6、覚悟はある
闘也を支えている紅蓮は、青空を見上げた後、ゆっくりと視線を闘也へと戻す。闘也も、紅蓮同様空を見上げていた。そこには何もない。答えが存在しない。それでも、そこに何かあると信じて、あるいは目的もなく、とりあえず見上げて心に癒しを求めるゆえに。
「紅蓮!」
屋上に、奈美が飛び出してくる。紅蓮は、やはり表情を固くする。それでも奈美は、抗うように笑顔を作ろうとしている。だが、それができるはずもない。紅蓮はまだ見ていないが、教室は肉体のある墓場のようだし、屋上もまた、戦いの爪痕が残っている。
「何をする気なの・・・・・・?」
奈美は紅蓮に問う。紅蓮は、何の躊躇いもなく口を開く。
「森羅万象の超能力者となる」
言葉としては長ったらしいが、意味はいたってシンプルだった。
森羅万象――この世の全てのもの。
俺は、森羅万象の超能力者――オールサイコストになる。
幻とも言われる、サイコストの能力中最大の力。何にも負けることのない力。森羅万象。
俺は、必ず森羅万象のパワーストーンを手に入れて見せる。そして、全てを司る超能力者となる。そのために、手段を選ばないわけではない。それでも、多少非人道的といわれてもいいことをしてでも、この夢を叶えたい。単なる欲望に過ぎないのかもしれない。だが、俺はやれると信じたい。単なる自己中に過ぎないのかもしれない。それでも、俺は夢を諦めたくはない。
「俺は反乱兵鎮圧部隊の、赤火紅蓮だ」
彼はきっぱりと、自分の身分を告げた。自分は、もしかしたら初めて、名前以外に自分を表せるものを手に入れたのかもしれない。でも、この肩書きに頼る気はない。もし、肩書きに頼るなら、『森羅万象の超能力者』という肩書きに頼りたい。すがりたい。それまでは、実体のないものにすがる気はない。
「なれると思ってるの?」
それは目の前で遠すぎる夢を言い放った紅蓮に対しての冷やかしではなく、心配の言葉だった。自分は何もできないからと、せめてその気持ちを受け入れようとしていた。
「覚悟はある」
紅蓮は、静かにそう告げる。紅蓮は、闘也を自分の肩に腕を回させ、ゆっくりと、屋上を出て行った。
奈美は、たった今屋上を出て行った紅蓮の言葉を受け止めた。
(覚悟はある・・・・・・か)
紅蓮は、その言葉にいつも嘘や偽りはない。でも、嘘ではないことを言うせいか、意味が理解しづらい言葉も時折発することがある。でも、今の紅蓮は違った。はっきりと、覚悟があることを示した。
「紅蓮・・・・・・」
自分はどうすればいいだろうか。このまま、この場所で震えている? 世界の情勢も、紅蓮たちが戦い続けていることも知らぬまま、ただひたすらに待ち続ける? 場合によっては、紅蓮が死んだことも分からぬまま・・・・・・。
いや、と、奈美は首を横に振ってその想像をかき消す。奈美は、屋上からすでに見えない紅蓮の後を追って出て行った。
自分にでも、できること、手伝えることはあるのではないのか? 力になれるとは思わない。一緒に戦えるとは思っていない。奈美は、尚も階段を降り続けた。その歩みは止まらない。すでに、彼女の行動で決断が下されていた。自分は、足手まといになるだけでも、邪魔な存在だとしても、自分は紅蓮を支えていたい。なんとなく、世話を焼きたくなった。
こんなに軽い気持ちなんて・・・・・・。
奈美は、少しうつむく。世話を焼きたいなんて理由では、それこそ、邪魔にしかならないだろう。自分には、きっとその理由が他にはあるのだろう。でも、今自分はその答えが見つからない。見つける力がない。きっとこれを探すのは、どんなサイコストでも無理であろう。自分の隠れた心を見つけられるのは、自分しかいない。
「奈美」
自分の名前を呼ばれて奈美ははっとして足を止めた。
「紅蓮・・・・・・」
今日、何回この名を呼んだだろうか。教室の光景を目にした後では、数える気にもならない。そもそも、数える必要はないであろう。紅蓮は少しばかりこちらを見つめる。だが、すぐに視線をそらし、一階へと降りていった。
「私も・・・・・・!」
奈美は唐突に口を開く。紅蓮が振り返る。再び、こちらをまっすぐに見つめてくる。
「私も、紅蓮と一緒に行く」
「必要ない」
答えは、言って一秒も経たぬうちに返ってきた。文字通り、即答だ。奈美が理由を訊ねる前に、答えは来た。
「邪魔だ。俺の戦いに」
紅蓮は視線をそらし、再び歩き出す。紅蓮はすでに一階にいる。奈美は、急いでその後を追う。すぐ後ろまで来たとき、剣先を首元に当てられた。
「お前を殺す。従わないなら」
「私は従うために生きてるんじゃない」
奈美は、今までにない強い視線で紅蓮の瞳を見つめる。紅蓮は微動だにしない。紅蓮は、剣を消すと、再び奈美に背を向け、反対方向に歩き出した。
「紅蓮・・・・・・」
紅蓮の背中を見つめることしか、今の奈美にはできなかった。
ふと気がつき、首元に指を当てる。こするように首に指をやったあと、首から指を離し、それを見た。微量の血が、奈美の指についた。奈美がその指から前に視線を戻したとき、すでに紅蓮達の姿はなかった。