5、失うわけにはいかない
反乱兵の襲撃から二日。紅蓮は今日も静かに机に向かう。コピリスを盗み出した罪が大きいことは分かっている。闘也の怒りがあそこまでなのも、紅蓮には納得ができた。
いくらサイコストであるとはいえ、闘也もエスパーの血を引継ぎし者。エスパーとしても、生きていかなければならない。だからこそ、闘也はその運命を正面から受け止めて生きている。
自分に、反乱兵鎮圧部隊が務まるのだろうか。足手まといにはならないと思うが、大きく役に立てるとも思ってはいない。ただ、紅蓮には、一つの思いがある。
(俺は与えられた任務を遂行するのみ)
それは、彼の中で揺らぐことのない決意。余計な事に一切手を出す気はない。出して、得になることもない。
やがて、授業が終わると、紅蓮は一人、屋上へと進む。紅蓮は何も考えずに屋上にいることが好きだ。茶色がかった髪を風になびかせ、次なる任務を静かに待つ。紅蓮にとって、この時間が休息と言ってもよかった。だが、その休息を壊すやつが現れた。
「やっほー紅蓮! まぁたぼけっとしてんの?」
黒く、長い髪を後ろにまとめている少女が紅蓮の肩をポンと叩く。紅蓮は嫌悪して声を出す。
「何しに来た。邪魔だ」
紅蓮は、相手が女だからとか、子供だからとか、老人だからとか言って手加減をしない。
自分と馴れ合っていいのは、闘也さんの他ない。
他のやつと馴れ合う気はない。誰の助けも借りる気はない。逆に、貸す気もない。
その少女は、紅蓮とは、中学校からの付き合いだ。だが、紅蓮は常に彼女に対して拒否反応を起こす。彼女――藤森奈美は、それでも抵抗するように紅蓮に話しかける。
「紅蓮ってあれでしょ? 超能力者なんでしょ?」
紅蓮は黙る。分かっているなら聞く必要もないだろう。確認する必要もないはずだ。名簿の中には、サイコストが誰かも記されているのだから。
「何故だ?」
「え?」
「何故お前は、俺に付きまとう」
紅蓮はじっと、奈美の目を見つめて――というよりは、睨んでいる――問いかけた。
「それは・・・・・・」
今度は奈美が黙り込む。そのとき、屋上のドアが蹴破られた。エスパーだ。エスパーのエネルギーを確認した紅蓮はすばやく戦闘態勢に入る。
「戦闘レベル確認。数、六。赤火紅蓮、戦闘を開始する」
紅蓮は誰にともなくそう呟く。サイコストではない奈美は、紅蓮の後ろへと回り込む。紅蓮は、奈美にささやくように言った。
「俺が突破口を開く。その間にお前は逃げろ」
そう呟くと、紅蓮はコピフからパワーストーンを取り出し、勢いよくコピリスにはめ込み、ふたを閉じた。
『パワーストーン――ソード』
紅蓮の前に実体剣が姿を現す。紅蓮は、それを左手で握り締める。紅蓮は一瞬奈美を心配するように見た後、すぐにエスパーへと走り出した。
奈美は、屋上に取り付けられている手すりに後ろ向きで這うように、ゆっくりと移動していた。奈美は、紅蓮を信じている。きっと、紅蓮が自分を助けるはずだと。
「紅蓮・・・・・・」
奈美は小さく、目の前で戦っている少年の名を囁く。無論、彼に聞こえているはずもないだろう。紅蓮が、腕にはめている何かに、石をはめ込む。
『タイプツール――ファイア』
機械が出すような音が聞こえた後、紅蓮の剣から炎が吹き出た。何者も寄せ付けない灼熱の炎。紅蓮はそれで、エスパー達を追い詰める。
「奈美! 行け!」
紅蓮が奈美に向かって叫ぶ。奈美は、すぐに屋上から逃げ出す。
奈美は、屋上から抜け出すと、すぐに階段を数段飛ばしながら降りる。エスパーの反乱兵の鎮圧だか重圧だかのサイコストがいたはず。いくら彼がサイコストとはいえ、一人では苦しいだろうと考えた奈美の賢明な判断だった。
とあるクラスに駆け込む。そこにいるのは、血だらけの生徒達の中で一人、息を荒くして座り込んでいる少年だった。自分よりも大人びている少年に、奈美は急いで話しかける。
「どっ・・・・・・どうしたんですか!? これは一体・・・・・・」
少年は、その口を開こうとはしない。ふらふらと立ち上がると、奈美とすれ違って屋上へと向かっていく。これはただ事ではない。いや、エスパーが来ている時点でただ事ではないのだが。
奈美は、すぐに隣の教室をのぞく。そこにも、血だらけになって倒れている生徒達がいた。その隣も同じだった。自分が教室を離れていたほんの数分の間に、学校が、生きた墓場のようになってしまっていた。
奈美が見つけた唯一の生き残りの少年、闘也は、屋上を目指していた。さきほどの彼女は屋上から降りてきていた。屋上に誰がいるのかは分からないが、エスパーも、サイコストの感覚もしていた。
それにしても、一体あいつらはなんだったんだ。エスパーでもなければ、サイコストでもない。能力なんて持っていない。それなのに、彼らは、非超能力者――ノーマルだけでなく、自分達サイコストもここまで追い込んだ。そして、何よりもの失態は、仲間である乱州たちをさらわれたことだ。運良く自分は見逃された。だが、闘也はそのことに苛立ちを覚えていた。自分は、サイコストとして認められなかった気がして。
屋上では、紅蓮がエスパーと戦っていた。剣でエスパーの攻撃を受け止め。腹部に蹴りを入れ、エスパーの一人を後ずさりさせる。そのエスパーが、傷だらけの闘也を見つける。
「闘也ぁ! なんだぁ? その情けねぇ姿はよぉ」
エスパーの一人は少しずつ闘也へと近づいていく。闘也だって戦士だ。いつまでも、やられてばかりではない。
そのエスパーの右足に、槍が突き刺さった。闘也は、苦し紛れに刺しこみ、そして抜き取った。
「槍」
闘也は、この二年間の間に、武器の能力の中で成長していた。いままでの武器であるソード、スティック、ハンマー、ガンに加え、さらに倍近くの武器の具現化能力を習得した。そのうちの一つが、今繰り出したランスだ。
「紅蓮・・・・・・」
闘也は、少年の名を呼ぶ。紅蓮は、闘也には気づいてはいない。紅蓮が、コピリスに付けられているボタンを押す。
『フィニッシュアタック――ファイアソード』
コピリスの機械音声がその能力を発する。紅蓮は一回転して、エスパー達の足を焼き斬った。
「ぐぁぁぁぁっ!!」
エスパー達の悲痛な叫びが闘也の胸の奥を刺激する。いくら同じことを二年前にやっていたとはいえ、同胞達が傷つけられるのは、今となっては目を背けたくなることだった。
「紅蓮」
闘也は、先ほどよりも声量を大きくする。闘也の声に気づいた紅蓮がこちらに向き直り、普段見せることのない驚愕の表情を闘也に向けた。
エスパーの殲滅が完了したところで自分を呼ぶ声がした。屋上の出入り口を見ると、そこにいたのは闘也だった。体は傷だらけで、とてもまともに戦える状態ではない。
「闘也さん!!」
紅蓮は、倒れこむ闘也を支える。闘也が少量の血を吐き出す。
「紅蓮・・・・・・」
闘也は、すでに何もかもがぼろぼろだった。これが前大戦の英雄の姿なのかと思ってしまう。実際、紅蓮もそう思っていた。まさか、自分でも倒せるエスパーで、やられるはずはない。何が、闘也をそこまで追い込んだのか、紅蓮には見当がつかなかった。
「俺の仲間を救ってくれ」
「闘也さん以外、助ける気はありません。無論、闘也さん以外の命令も聞く気はありません」
自分は、闘也以外に頼るものがない。もしかしたら、単にすがっているだけかもしれない。なぜ?
弱い自分を隠したいから?
闘也しか、信じられないから?
自分で、心を閉ざしているから?
闘也は、待ってましたとばかりに少し笑ってみせる。闘也は顔を上げ、紅蓮を見つめ、まるで風のように、囁くように紅蓮に言った。
「じゃ、これは命令だ。俺の仲間を助けろ」
「・・・・・・」
紅蓮は押し黙る。確かに、闘也以外を助ける気は、紅蓮には微塵もない。だが、闘也の命令以外は聞く気はない。つまり、闘也なら命令してもいいということ。そこに、助けろという命令が入っていたとしても。
「これ以上、何も失うわけにはいかないんだよ」
闘也は、そこで口を閉じる。紅蓮は、下を向いたまま、闘也に宣言した。
「任務・・・・・・了解」
それは、闘也の仲間を助けると誓ったことになる。紅蓮は、ゆっくりと立ち上がり、赤黒い校内とは正反対の、青い空を見上げた。