47、真の敵は己
紅蓮の目の前には、怒りに燃え盛った闘也がこちらを睨んでいた。その眼光は鋭く、紅蓮とほぼ互角の眼光であった。
闘也は、一つ、大仰の深呼吸をした後、再びこちらを睨みつけ、そして、真正面から突っ込んできた。紅蓮は、サイコ・クロウを展開し、それを闘也へと向ける。サイコ・クロウの先から発射された粒子は、まるで闘也に命中するのを拒むように、闘也の横を抜けていく。紅蓮は、すぐにサイコ・クロウを呼び戻すと、斬りかかってきた闘也を、両爪で対抗する。二つの金属の間で激しく火花が散る。紅蓮は、がら空きになっている闘也の腹部を蹴りつける。闘也はよろめいたが、紅蓮が追撃する前に体勢を立て直し、距離を取りながら、弾丸を撃ち込んでいる。
――怒りが包んでいても、冷静な判断ができる。いや、怒っているからこそかもしれない。
「ぐぅぅぅれぇぇぇぇん!!!!!」
闘也が怒号を飛ばしながらこちらへと接近してくる。粒子を撃ち込んだが、そう簡単には当たってはくれない。さらに距離が縮まり、小ぶりなソウルツインソードで頭上から叩きつけてくる。紅蓮はそれを、後退しながら粒子ビームを撃ち込んで拒む。紅蓮の放った粒子ビームが、闘也のソウルツインソードに命中し、弾き飛ばす。
紅蓮はその隙を見逃すことなく、粒子を撃ち込む。牽制代わりに放ったソウルブーメランを貫通し、粒子は闘也の左肩に命中する。
「くっ・・・・・・・!」
闘也の苛立ちの声が届く。紅蓮は、これを機に接近する。闘也の方は接近を許すまいと弾丸を放ってはいるが、もう遅い。一気に眼前まで接近すると、闘也が右手にグリップしていた銃を切り裂く。紅蓮は、剣を作り出し、その切っ先を闘也の腹部へと突き刺した。
一瞬、ほんの一瞬であったが、時間が止まった。紅蓮はそう感じた。
しかし、すぐに時間は現実に従い、動き始めた。闘也が紅蓮を蹴りつけて、強制的に自分の腹部から剣を抜き取る。なんという強引な状況回避。だが、そうでなければ面白くない。
「これで終わらせる。今度こそ・・・・・・」
紅蓮は、自らの傍らに、僅かに白く、薄くなった分身を作り出す。魂である。紅蓮の魂は、実体の紅蓮同様、両爪を装備していた。紅蓮は、まるで命令するかのような口調で叫んだ。
「いけよ!! サイコ・クロウッ!!!」
実体を含めた五人の紅蓮の指先から、サイコ・クロウが放たれる。計五十のサイコ・クロウを前に、闘也は成す術がなかった。どうにか回避しようと試みていたが、サイコ・クロウの先から放たれた粒子は、闘也の各所を、まるで切り刻むように貫いていった。そして、闘也は声を漏らすこともなく、堕ちていった。
「俺が・・・・・・」
紅蓮は、自分自身に、確認あするかのように言った。
「森羅万象の超能力者だ」
地上で光輝と大地の手当てを終わらせたあと、冷雅は、上空から落ちてくる一人の少年を見つけた。秋人である。紅蓮との戦いに敗れたのだろうか。運のいいことに、こちらに真っ直ぐに堕ちてくる。
「おいおい! 何だよ!?」
冷雅は、かろうじて秋人を受け止める。ひどい傷である。ビームの貫通によるものだろう。各所は、綺麗に丸い穴を、いくつも空けていた。
「河川!」
冷雅は弟の名を呼ぶ。その当の弟は、すでに状況を理解しているらしい。あっさりと冷雅を押しのけ、治療に当たる。各所の傷はひどい。それは先ほども感じていたことである。それだけ、ひどいということであった。
河川は、その治療に専念し、空けられた各所の穴を塞ぎ、内部から治療する。その時もう一つの人影が堕ちてくる。今度は、少女である。さっそく効果が出たのであろう。秋人は飛び起きる。
「あ、まだ動かない方が・・・・・・」
「軽く走るくらい、治療前でもできるさ」
そう一言言うと、秋人は走り去り、遠くに映った少女を地上で受け止め、数秒とかからぬうちに戻ってくる。
連れ帰ってきた秋人の顔には、恐怖と不安しか見えなかった。少女は右腕を肩口から引き裂かれていた。秋人の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
(治せるか?)
「うん。腕の一本や二本、数分あれば、なんとか復活はできる」
しかし、その数分の治療が終わる前に、新たなけが人が、空から落ちてくる。秋人は、再びそちらへと駆け出し、連れ帰ってきた。的射である。こちらもかなりの状態であった。爆発により、微量ではあるが、放射能を浴びている。治すことはできそうだが、何より時間がかかる。河川は、由利の治療と並行して、的射の治療に当たる。
由利の治療が終わったころ、やはり新たな敗北者が空から落ちてくる。
「まさか、そんな・・・・・・」
たった一人で、すでに四人も倒したというのか。紅蓮は?
河川は、的射の足を復活させると、すぐに秋人によって運ばれてきた乱州の治療に当たる。左腕、右足、腹部には、おそらくサイコ・クロウ本体が突貫したであろう痕がある。河川の目は絶えず患部のチェックをし、次々と回復させていった。
しかし、河川、その内部にいる冷雅、そして、治療された四人が息を呑んだ。
無数のビームが空中で網のように展開した後、一人の少年が、音もなく堕ちてくる。彼らは、その堕ちてきたものが、誰なのかは、重々承知であった。
運ばれてきたのは、闘也であった。いたるところうぃ粒子によって貫かれ、腹部は剣で突き刺されたらしい大きな痕があった。
「闘也!」
「おい、闘也ッ!!」
「闘也ぁっ!!」
「闘也!! 闘也!」
四人はそれぞれが、最も信頼している友の名を呼んでいる。河川は、彼らの気持ちを羨ましく思いながらも、治療を開始した。患部のダメージが大きかったが、それでも何とか、治療に成功した。
五人の体調が回復したころ、空中ではいまだ、一つの赤い光がとどまっていた。冷雅は、隊長格たる闘也に言った。
「俺達ができるのは、このくらいしかない。だが、闘也。約束して欲しいことがある」
「何だ」
闘也が聞き返してくる。冷雅は、その返答が聞こえると、再びその口を開く。
「あいつを・・・・・・紅蓮を倒せ。けど、絶対に殺すな」
「えっ?」
闘也が疑問を顔に浮かべている。冷雅の意志は、決意は、揺るがない。
――お前らなんかに、あいつを殺されてたまるかよ。
「紅蓮は、俺が殺す。この手で」
本心であった。闘也はそれに対し、返答した。
「分かった。俺達は、あいつを倒す・・・・・・いや、止めてみせる」
「頼む」
その一言を告げると、五人は、上空の赤い光へと向かっていった。
途中、彼の目には、驚きの光景が映る。五人は、ゆっくりと近づき、一つの体となって、紅蓮へと向かっていったのである。しかし、その時の冷雅や河川には、あの現象の正体が分からなかった。
地上からかなりの速さで、巨大な一つの光がこちらに向かっていることは、すでに紅蓮も確認していた。その光はすぐに紅蓮の目の前まで接近する。光は、紅蓮を欺くように、眼前を通過すると、距離を取って旋回し、こちらに向かってきた。
「融合か!」
紅蓮の中で、今彼らに起こっている現象を確信する。紅蓮は、粒子ビームを放ち、闘也達の接近を拒む。しかし、闘也達はその熱線を、まるで最初からこちらが狙っていないかのように、鮮やかに回避する。紅蓮の中で、相手の華麗さ、鮮やかさに対する憤りが芽生える。紅蓮は、両爪を装備すると、振り下ろされたソウルソードを受け止める。かなりの力だ。いくら両手持ちとはいえ、この押してくる感じは、今までとは比べ物にならない。闘也達が、見限ったのか、剣を放し、距離を取ってくる。遠距離攻撃でも仕掛けてくるつもりだろうが、そうはさせない。紅蓮の指先から、ビームが発射され、吸い込まれるように闘也達に向かった。
しかし、そのビームあ、彼らの目の前で弾け、消散する。由利のバリア・フィールドである。強固な粒子砲用の防御壁は、紅蓮の扱う粒子程度では、びくともしない。
見ると、闘也達は、握っていた剣を大きくし始めた。しかも、時折闘也が使う大きめの剣を超え、更に巨大化していく。あれよあれよという間に、その剣は、まるで巨人が両手持ちでようやく扱えるような巨大さに変化した。
「これほどまでとは・・・・・・」
感嘆と驚愕を感じずにはいられなかった。第一次超能力戦争の折、最終決戦において、彼らが使用したとされる、人類史上最強の剣。その巨大さは聞いてはいたが、これほどまでとは思わなかった。油断していた。侮っていた。だが、いまさら逃げるわけにはいけない。逃げることは、すなわち負けることだ。自分に負けは許されない。戦うことでしか生きられない自分が。
紅蓮を包み込んでいた赤い光が、微粒子を撒き散らしながら輝き始めた。
出現させた巨大な剣を、闘也は躊躇なく紅蓮へと振り下ろした。一方の紅蓮はそんなことにやられるはずもなく、防御の能力で防ぎきる。闘也は、すぐに剣を放すと、急接近して、紅蓮の腹部の僅か下を薙ぐ。紅蓮は、攻撃を見切り、かなりの速さで後ろに飛び退く。紅蓮もまた、剣を作り出す。巨大化させ、いつも闘也が使用している、ビックソウルソードほどの大きさにはなった。紅蓮は、その剣で太刀打ちしようとしているのだ。
闘也は、先ほどと同じ場所に剣を入れる、今度は命中した。紅蓮の左足が、無残にも引き裂かれ、切り口から大量の血が噴出す。闘也はこの隙を見逃すはずもなく、今度は腕を斬りおとすべく、剣を振り下ろす。それに対し、紅蓮は大剣でそれを受け止める。どちらの刃も、無駄な刃こぼれが一切なかった。闘也は、決心を決めた。紅蓮は、この上なく力を込めて押してきている。これで決めるしかないのだ。
闘也は、その手先から炎を生み出し、紅蓮へと着火させる。火は瞬く間に紅蓮の体を包み込む。ゴウランによる光の赤、灼熱の炎が生み出す赤は、色合いとしては、この上なく絶妙なものであった。
引き続いて、秋人の風が舞い起こり、その炎の威力をさらに高める。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!!!」
紅蓮のうめき声が聞こえる。できることなら、こんなことはしたくはない。だが、しなければならない時なのだ。その後、的射の水が、炎全てを、一瞬にしてかき消す。ひりつくような痛みを、今紅蓮は味わっているのであろう。そこに、乱州の雷が紅蓮を直撃する。水を通して、紅蓮の体には、通常以上の電流が走っている。闘也は、こんなことをしてしまったことを、この上なく後悔していた。
しかし、それでも紅蓮は倒れなかった。一度は弱まった力を、再び強め、じりじりと押し込んでくる。
「紅蓮!! もうやめろ! 俺だって本当は、こんなことはしたくない!」
「うるさいっ!!」
しかし、反論した紅蓮の意志は、あっけなく崩されることとなる。
闘也は、紅蓮の握り締めていた剣を半ばから切り裂いた。先ほどまで彼が手加減していたように、こちらも手加減をしていたのだ。無論、手加減なしでは、すでに帰らぬものとなっているだろうが。
闘也は、弾かれ、落ちてくる剣の破片を利用し、紅蓮へと一気に接近する。
腕を巨大化させ、紅蓮を、晴れ間が見え始めた空へと殴り上げる。紅蓮は力なく投げ出されている。むろん、それで終わる気はない。疾風の如きスピードで接近し、様々な角度から、殴り、蹴り、紅蓮の動きをさらに鈍らせる。鈍くなったところに、スナイパーライフルを構え、銃弾を発射する。紅蓮の右肩に、吸い込まれるように当たった銃弾は、そのまま貫通し、空高くへと消え去った。そして、闘也は両手を広げ、全属性を開放する。威力を弱めてある高水圧の水が叩きつけられる。地上から高速接近してきた岩が、細かく砕かれ、その破片を飛び散らせ、電気が迸る。切り裂くような風が紅蓮を包み込み、身を焦がす炎が全身を覆っていた。
その全属性がおさまり、紅蓮は、どうにか意識を保ち、なんとか浮いている状態であった。闘也は、右手に、ソウルソードを握らせる。もう、ここまできたからには、迷いはない。
迷いながらでも、戦い、答えを導き出す。迷わなければ、戦いの中で、はっきりとした答えがあるはず。
だが、それはただの決め付けに過ぎない。人は迷い、悩み、そして、その先の答えを見つけることができる。人は、迷わなければ、答えを見つけ出すことはできない。未来を掴み取ることはできない!!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
ありったけの声をあげ、紅蓮の腹部に、その剣を刺す。勢いよく、剣を抜き取る。紅蓮が力なく地上へと落下していく。体の力がふっと抜ける。その瞬間、五人を繋いでいた融合が解けた。
本当にこれでよかったのだろうか。友を傷つけ、(今は味方とはいえ)敵である冷雅の言うことを聞いて。それで本当に、戦いのない、平和という言葉が、真に送られる世界が来るのだろうか。分からない。分からないから、苦しい。
でも、だからこそ、悩むのだ。迷うのだ。人は、人間は、その答えを知るために、迷うのだ。
「終わるのか。これで」
闘也は、地上にその足をつけたと同時に、傍らにいる四人に聞いた。
「これで、世界から本当に、争いはなくなったのか? 終わったのか?」
「分かんね」
乱州が、ややぶっきらぼうに答える。だが、その先の言葉が本音であることは、すでに闘也は知っていた。
「でもこれで、とりあえずこの戦争は終わるだろ」
真実であった。カスタマー最高司令官、黒田闇亜は葬られ、カスタマーという組織は、崩壊の一途をたどることになるのだから。
「皆の願いが、一つになれば、終わるよ。きっと。これからは、それをがんばんなきゃ」
的射の声が聞こえる。闘也は的射に目を向けると、かすかに笑みを浮かべた。
「じゃ、どうする?食べ物で世界統一しようぜ! 織田信長みたいにさぁ!」
脳の足りてない秋人が、無意識にそんな単語を口にする。
「食文化が違うでしょ。それに、日本統一したの、豊臣秀吉よ」
由利が、苦笑混じりに秋人の間違いを訂正する。秋人はえっ、と声を上げたが、乱州がそれに追い討ちをかける。
「食べ物で日本統一したわけじゃねぇしな」
「そんなぁ」
秋人が肩を落とすが、それによって周りは終始、笑いに包まれた。
そうだ。戦争は終わった。
こうして笑いあえる日が、戻ってきたのだ。
戦争は終わったのだ。
「どっかの焼肉屋でも行くか? 戦争終結祝い。おごるよ」
「おっ! 闘也太っ腹ぁ!」
「よっしゃぁ! 食いまくるぜ!!」
空は、暗雲を完全に排し、澄み切った青空になっていた。