46、敗北の兆候
紅蓮の次なるターゲットが、由利であることを闘也が感づくのは、由利に向かって粒子が撃ちこまれ、それを咄嗟に防いだ由利の姿を確認してからであった。由利の展開した、対粒子圧縮砲電磁展開型周囲包装球体盾、バリア・フィールドに、紅蓮の撃ちはなった粒子がはじける。元々、このバリアフィールドは、稀に見る高エネルギー集束型の大口径ビーム砲を防ぐことを前提に設計してある。指先から放たれる程度の粒子は軽く防ぐことが可能である。
「なめたまねを・・・・・・」
由利がうめき声と共に漏らし、その粒子の群れがおさまった隙を狙って、火炎球を作り出し、それを紅蓮に向かって連発する。しかし、紅蓮はその火炎球を楽々とかわし、由利に接近してくる。由利の少し前で、的射が牽制とばかりに銃弾を放っているが、機敏な紅蓮の動きに、その弾はついていけなかった。耐えかねて、乱州が腕を伸ばし、闘也もソウルソードを構えて接近する。一瞬にして紅蓮の真正面にたどり着いた闘也は、勢いよくソウルソードを振りぬく。しかし、その攻撃はかわされ、尚も由利に接近する。後から伸びてきた乱州の腕に掴まり、その伸縮性を利用して、一気に加速する。距離が縮まると、闘也は、その腕を放し、勢いのままに突っ込む。
しかし、ソウルダブルソードに切り替えたにも関わらず、闘也の剣は宙を薙ぐだけの結果に終わった。それほど紅蓮の加速が凄まじいものであったのだ。
――間に合わない。
すでに紅蓮は由利の真正面につけ、その爪を立てて、由利の右腕を肩口から切り裂く。無残だった。闘也は、この上ない戦慄を覚えた。闘也は蹴り飛ばされて地上へと落下していく由利に構っている暇はなかった。急加速で紅蓮の真正面まで接近すると、ソウルソードを煌かせ、横薙ぎに振るう。今回は両爪で軽々しく防ぎ、弾き飛ばすと、闘也を蹴り飛ばす。間髪いれずに、乱州が腕を伸ばして攻撃を開始するが、それすらもかわされ、距離を取られる。
闘也は体勢を立て直すと、自分達より遥上空からこちらを見下ろす少年を見据えた。
ここまで徹底的にやるとは、やはり紅蓮の感情も残っているのだろうか? それとも、ここまでの徹底さも、能力によるものなのか。
すでにこちらの戦力は大きく削られ、早くも秋人と由利を失った。的射は遠距離型であるゆえに、近づかれると弱い。近接戦闘用の武器として、スナイパーライフルの銃口より、高水圧を噴射することによる水剣を備えているが、その攻撃は範囲が広すぎて、下手をすればこちらも巻き込みかねない。大振りでなければならないほどの噴出量であるため、使い勝手ははなはだしく悪いのは事実だ。
乱州は、的射とは対照的に、接近戦型である。遠距離攻撃といったら、腕を伸ばしての攻撃以外、これと言ったものはない。遠方からの攻撃は、シールドとバリア・フィールドで防ぐことができる。乱州の使用するバリア・フィールドは、由利とは正式名称が異なり、対粒子圧縮砲電磁展開型前方防御電磁集束盾と呼ばれる。つまり、その能力を向上させる代わりに、前方のみを防御することになっている。
対する紅蓮は、前能力を使いまわすことができるため、弱点が皆無に等しい。闘也は歯軋りするほどに、強く歯を喰いしばった。
圧倒的なまでの存在感、そして、その強さそのもの。紅蓮の放っているものが、闘也達をここまでの劣勢に追い込んでいるのは、明確な気さえした。
紅蓮は、その両爪を展開させ、サイコ・クロウをこちらに突進させてくる。闘也達は、その攻撃の軌跡を読みぬき、易々とかわす。しかし、サイコ・クロウはその攻撃の手を緩めず、急旋回して、再びこちらに向かってくる。今度は、粒子ビームをその爪先から放ちながら。
三人は別方向にそれを回避する。しかし、これこそが紅蓮の目論んでいたことであった。
戦力の分断された三人のうちの一人――的射へと、サイコ・クロウを集中させ、一気に追い込みをかけてくる。的射はそのビームを、爪を、何とかかわし続けていたが、サイコ・クロウの放ったビームの一つが、彼女の携行しているスナイパーライフルに命中し、爆散する。その爆発に吹き飛ばされた的射に、すでにサイコ・クロウは接近し、右腕をビームが貫くと同時に、彼女の左足は無残に爪に貫かれ、引き裂かれる。
「的射!! 的射ッ!!」
返事はなかった。的射はただ悲鳴という絶叫を上げながら、地上へと落下していく。闘也の奥底が、マグマのように煮えたぎっている。すでに、その怒りのマグマは、彼の体を通して噴火寸前であった。
「よくも的射まで・・・・・・!!」
愛する者を撃たれた悲しみ、怒り、撃った者に対しての憤り、苛立ち。そして、何もできず、ただ失うだけの自分に、闘也は心底憤りを覚えた。あの時と同じだ。
超能力戦争の中ごろ、闘也の母親が、エスパーの八幹部の一人によってさらわれた。闘也達は彼の母が捕らわれている山への侵入ルートと、それを成功させるための作戦を立案し、決行した。一方の八幹部の一人、ファーガは、闘也の母を殺す宣言をし、指定された場所に来なければ、仲間も殺す――と。
しかし、闘也はそれに対し、自分が来るまでは殺すなと伝えていた。しかし、闘也達がその場所に向かった時には、すでに母は帰らぬ人となっていた。実は、その時に、闘也は覚醒し、ムゲンを初めて引き起こしたのである。その悲しみや怒りの感情を覚えたあの時と、今この瞬間の光景が、いやなほどダブっていた。
「くそぉぉっ!!!!」
闘也は怒りに身を任せ、雄叫びを上げながら、上空にたたずむ紅蓮へと突っ込む。
「闘也! あのバカ!」
背後から乱州の制止の声が飛ぶが、闘也はそれに構っている暇はなかった。再び向けられたサイコ・クロウのビームを、爪を、軽々とかわすと、さらに接近する。魂の能力が怒りという感情によって、その能力を膨張させ、通常よりもはるかに大きな反応力を生み出していた。
両手それぞれに、剣を作り出す。闘也はダブルソウルソードを構え、紅蓮に向かって、交差させた。
「・・・・・・っ!」
切り結んだ先に、紅蓮はいなかった。すでに闘也の攻撃を読みきり、距離を取り、攻撃に転じていた。
四方からサイコ・クロウがその爪先に粒子を臨界させ、すでに放っていた。そして、後方からは紅蓮もビームを撃ちはなっている。
「闘也! どけ!!」
口調は激しかったが、それは闘也を嫌っているのではなく、必死になっているものであることを、闘也は知覚していた。
闘也が紅蓮に攻撃をかわされた時から、すでに乱州は行動を起こしていた。身動きのできない闘也を突き飛ばし、バリア・フィールドを展開する。いくつかのビームは、その盾に弾かれる。が、その場所以外にあったサイコ・クロウが、乱州の左腕を、右足を貫き、細く鋭く尖ったサイコ・クロウの一つが、乱州の腹部を貫通する。何かがはちきれるような痛み。乱州は、その痛みに耐えていたが、すぐに耐え切れなくなり、血を吐き出した。
「がはっ!!」
「乱州!!」
闘也の、相棒の声が聞こえる。乱州は、このときようやく見つけた。
紅蓮にあって、自分にはなかったもの。そして、それを自分は今、手に入れた。
たとえ自らの手で誰かを傷つけても、それが愛する者であるなら、自分の命を投げ出しても、救う。それが、今までの自分には足りなかったのだ。
「闘也・・・・・・」
乱州は、口元から、腹部から、血を流しながら相棒の名を呼んだ。
「俺は――」
絶対に死なない。という言葉は、乱州の口から出ることはなかった。
紅蓮が、乱州の眼前に現れ、たった今空いた腹部のすぐ上を蹴りつける。その蹴りは、想像以上の威力があった。そのまま、乱州は地面に向かって急降下していった。
負けて戻ってくるな。
勝って戻って来い。
どんなに傷ついていてもいい。生きてさえいれば、俺は。
乱州が落とされたことに闘也は愕然としていた。頭の中で噴火寸前であったマグマが、遂に噴火した。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
闘也の猛獣のような雄叫びの後、闘也を包む黄色い魂の色は、まるで金にその色を変えたように、まばゆい微粒子を撒き散らし始めた。