43、受け継がれる物、受け継ぐ者
秋人が光輝の弱点を見つけてからは、完璧に秋人が、勝利の波に乗りつつあった。すでに、戦闘は終わりかけていた。相手がいくら攻撃をしかけてこようとも、最高速度に程近いスピードを出して動き回る秋人に、当てられるものではなかった。逆に、その攻撃が隙を生み、秋人の攻撃チャンスとなっていた。敵二人はたじろぎ、すでに秋人の独壇場であった。
秋人から見れば、相手が隙を作るような状況になれば、まず負けることはないらしい。
しかし、そんな秋人だからこそ、相手がわざと隙を作ったことを見抜けなかった。
大地が放った銃弾を回避し、大地の背後に回りこみ、腕にうなりを上げて振り下ろす。しかし、その攻撃は横合いから殴りかかってきた光輝によって阻止される。体勢を崩した秋人に、大地のバズーカが吸い込まれるように命中する。二人が秋人との距離を詰め、光輝は腕を、大地はバズーカを突き出してきた。秋人は、咄嗟に開いた白く巨大な翼で受け止める。細かい粒子状の砲撃以外はほとんど防げるこの「ウイングシールド」であるが、この時は、すでに緩みかけていた集中力と、向こうの気迫が相まって、翼を破いて進んでくる。
大地の砲口がその翼を突き破り、秋人を睨みつける。秋人は、その砲口が、僅かずつではあるがチャージしていることを悟った。大地のバズーカが、フルチャージによって大口径粒子エネルギーを発射することは、すでに噂で耳にしている。この距離で粒子ビームを撃ちこまれれば、比喩ではなく死に追いやられる。
「俺がっ・・・・・・」
秋人の呻きを嘲笑うかのように、バズーカがチャージされていく。
「死ぬわけには――」
間もなくその砲口が臨界に達する。そして、その時がきた。砲口の内は溢れんばかりの光が見える。秋人は声をあらんかぎりに張り上げ、翼を動かし始めた。
「――いかないんだぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
直後、翼は展開され、しがみつくように翼に攻撃していた二人が突き飛ばされ、同時に大地のエネルギービームもその砲口からまばゆい粒子を放出した。
秋人は間髪入れずにその翼から羽の矢を無数に飛ばす。羽は二人に大量に突き刺さり、ゆっくりと下降していく。光輝は、直前で僅かに防御の能力を発動させたのだろう。大地の真下につけると、大地を受け止め、そのまま光輝もろとも床に激突し、彼らの戦いはその幕を下ろした。
龍我王は、先ほどまで乱州相手に善戦していた。だが、今は違った。実のところ、この戦況打開は乱州によるものではなく、秋人の吹き飛ばした大地によるものであった。
大地が吹き飛ばされると同時に発射された、大口径エネルギー粒子ビーム砲が、戦闘中であった龍我王と乱州との間に割り込んだのである。乱州はその存在に気づき、龍我王の攻撃を回避する形で後退しながらバリアフィールドを発生させ、光の奔流を防ぎきった。一方の龍我王は、乱州の思惑通りの行動を見せ、右半身に大きなダメージを負った。頭をかすめるように、光が迸り、右腕を肩口から持っていかれる。右足の損害も並ではない。右目が見えない。先ほどのビームで、右目の視神経がやられてしまったようだ。
「くそ・・・・・・大地め!」
自分を苦戦に持ち込ませた同僚の名を吐き捨てると、龍我王は右手の指先から粒子を撃ち出す。乱州はその単調な攻撃を易々と回避し、こちらに接近してくる。
「けど、だからって!!」
龍我王は右腕をうならせ、乱州へと振り下ろす。乱州は腕を剣へと変形させ、その斬撃を受け止めると、すぐに身を翻して龍我王をいなし、背後から腕を伸ばしてくる。衝撃がもろに背中に響く。龍我王は、右半身のせいで体勢を立て直せずにいた。どうにか立て直したころには、すでに床に激突していた。向こうから再び拳が襲い掛かる。龍我王は上空へと飛び立ち、その拳を回避すると、接近してくる乱州に牽制の粒子ビームを撃ち込む。
「命が惜しくないのか? お前は!!」
乱州が叫びながら剣を振り上げてくる。その剣が、龍我王の足に届く前に、乱州へと粒子を放つ。ゼロ距離のため、狙いは正確であった。もっとも、向こうも咄嗟の機転か、攻撃の勢いか、射線をずらさせ、心臓に向かうはずだった粒子は、腹部貫通に終わってしまったが。相手の腹部の粒子が消えかかったころ、左足の感覚が消え失せる。
「左足を犠牲にして・・・・・・!? 生意気な!!」
「貴様が言うな!!」
龍我王がその光剣をがむしゃらに振り回す。しかし、その光剣が乱州に届く前に、乱州が粒子となってその姿を消す。
「量子化か!?」
呟いた直後に、乱州が真横に出現する。
「――だがっ!!」
龍我王は、その光剣を乱州へと袈裟懸けに切り落とす。が、それは相手の腹部をかすめる結果に終わる。乱州がその腕を巨大化させ、それを後ろに引いた。そして、その腕が、無防備な龍我王へと襲いかかってきた。
「巨人拳――ギガント・アームパンチ!!!!」
乱州の放った巨大な拳が、龍我王にぶつかる。乱州はそのまま拳を伸ばし続け、床へと激突させた。
「世界を・・・・・・壊す・・・・・・わけに・・・・・・は・・・・・・」
拳に妨害されてか、龍我王の最後の言葉を、乱州が正確に聞き取ることは不可能であったが、それでも、ここでの戦いは、終わったのであった。
「これがゴウランか・・・・・・」
闘也は、ゴウランを発動させ、羅神相手に翻弄していた。相手の攻撃は、全てをゴウランの反応力でカバーし、それによって生まれた隙をつき、攻撃に転じる。時に離れ、時に接近し、剣をぶつけ、かわし、打ちかかる。それを繰り返しているうちに、こちらは完璧なまでの戦いを生み出していた。
闘也は、羅神の背後に回りこむと、素早い動きで十字に切り結ぶ。左手に握っていた剣を投擲し、それをかわすために隙ができた羅神に突撃する。
「貴様・・・・・・その力!!」
羅神が声にドスを聞かせながら闘也の剣に対応してくる。闘也の剣を跳ね除けた羅神が、後方に退避する闘也に向かって光剣を薙ぐ。
「返してもらうぞ!!」
「これは、貴様がもつべき力では――ない!!」
二つの剣の間で火花が飛び散る。闘也は、剣を巨大化させてさらに押し込み、羅神は光剣の出力を上げて応戦してくる。火花はいつしかスパークとなり、戦場に赤い大輪を咲かせる。闘也は、その剣をさらに強く押し込む。さすがに、重量で不利な光剣は、じりじりと羅神へと近づいていく。このまま押されれば、自らの粒子の剣によって焼かれ、回避に徹しても、この剣に体を分断されるだけとなる。
「もらったぁぁぁっ!!!」
闘也は叫びながら剣をさらに押し込む。ついに耐え切れなくなったのか、羅神は右方に逃げ出す。命を絶つことはできなかったが、左手を肘上から持っていく。続けざまに放った一振りで、右足を付け根から切断すると、ソウルブーメランを投擲し、諸に食らって体勢をくずした羅神が呻き声を上げる。
闘也は、剣を元の大きさに戻す。そして、その剣をきつく握り締めた。羅神は牽制とばかりに粒子を放つ。闘也はその攻撃に怯むことや、無理にかわすことはなかった。無駄に動いて、敵をしとめ損ねることを避けるためだ。右肩と左膝を、粒子がかすめる。最後のあがきとばかりに、羅神が光剣を作り、遮二無二振るってくる。しかし、闘也はその攻撃に当たることはなかった。ソウルソードの剣先は揺るがない。真っ直ぐに羅神の首元に直進し、腕を引く。斜め上へと振り上げたソウルソードは、その頭を体から跳ね除けた。
勢い余って一回転する。体に、羅神の光剣が僅かに触れ、焼け付くような痛みが、一瞬の襲撃の後、跡形もなく消え去った。
「紅蓮・・・・・・」
闘也は、下階で戦っている旧友へと呼びかけた。
「死ぬなよ・・・・・・」
冷雅もまた、他と同様、善戦していた。剛柔の放つサイコ・ヘアを易々とかわし、お返しに太刀をふるって頭上より躍り出る。剛柔はなんとかその斬撃を受け止めるが、完全に力負けしていた。冷雅はにやりと口元を歪ませると、一気に押し込み、剛柔の左腕を肘上から大仰に斬りおとす。剛柔は冷雅を恐れてか距離を取る。その間にも、後退しながら放ったサイコ・ヘアが襲い掛かる。冷雅は、弟の能力を使って、襲い掛かるサイコ・ヘアの一つを撃ち落とす。しかし、熱線が降り止むことはない。冷雅は、上空に飛翔し、その直後に急降下する。背後に回りこんだ後に、その太刀がうねりを上げる。剛柔の右腕は、肩口から切り裂かれる。次いで右足も斬ろうとしたが、それは正面に割って入ったサイコ・ヘアによって拒まれる。
「残りは五つか。厄介だな」
剛柔を確実に仕留めるためには、あのサイコ・ヘアを撃墜することが絶対的であった。冷雅は、冷静な状況分析で、すでにそれを承知であった。もっとも、河川の方は軽率な攻撃で、逆に窮地に陥らされたが。
「おらぁっ!! 邪魔すんじゃねぇっ!!」
黒い球体を作りだし、それを空中を飛び回るサイコ・ヘアに向けて放つ。放った十発のうち、二つは見事サイコ・ヘアを捉えたが、残り七つは、冷雅の狙いが甘かったことと、サイコ・ヘアの回避運動が相まって、全てが虚しく消散した。
残り三つとなったサイコ・ヘアが、先ほどまでとは比べ物にならないスピードで動き回り、冷雅を狙ってくる。ビームの速度も速い。左腕を、一発の粒子がかすめる。威力もかなり上がっている。
おそらく、サイコ・ヘアは、数があるうちは、その熱量にものを言わせて攻撃し、数が少なくなったら、その分一機に与える気力の量も多くなり、機動力、突貫力、威力等が大きく伸びるのだろう。
(数がダメなら、個々の能力を高めるということか・・・・・・)
「お前にしちゃ、よくわかってんな?」
(このくらいは当然分かるよ)
そんな他愛もない話をしている間にも、粒子はいたるところから高速で接近している。冷雅は、それをことごとく回避し、球体を発射する。先ほどとは違い、今度は冷雅も狙って撃つ。機動力は大きく伸びているとはいえ、やはり狙って撃ったものは、確実にその目標を捉え、爆散させた。
サイコ・ヘアは、その数を減らされたことでさらに素早く動き回っていた。冷雅は、そのビームを反射的にかわしながら目標を狙って撃ち続けている。素早い動きは、なかなか当てさせてはくれない。冷雅が同時に二発撃ち出した時、うち一発がサイコ・ヘアに当たり、爆発する。残るサイコ・ヘアは一機。機動力も、粒子のスピードも尋常ではないだろうが、闇雲に残り一機を追うより、本体を殺害させることが効率的であると、冷雅は判断した。
冷雅は、自らの持つスピードを限界まで引き出す。すでに両腕を失くした剛柔にとって、防壁はたった一機の、だが強力なサイコ・ヘアしかない。撃ち出される粒子ビームは、接近する冷雅と相まって、かなりの速さで接近する。だが、冷雅はそこで停止し、回避行動に移るような愚行は行わない。体をひねりながら、その攻撃をかわし、剛柔の真正面につける。冷雅は、その胸に、太刀を突き刺した。
終わった。冷雅は確信した。自らを裏切った者を、自らの手で、闇に葬りさることができた。
だが、安堵した直後に、背中に切り裂かれる痛みが走る。幸いかすめたようだが、サイコ・ヘアはこちらにその先を見せると、嘲笑うかのように粒子をチャージし始める。
「しまった!」
その粒子が、臨界に達し、冷雅に向けて放たれた。
森羅万象。この世の物の全てという意味を持つこの四字熟語は、紅蓮の誇りであり、夢であり、目標であった。
だが、夢は、紅蓮にとっては掛け値なしの悪夢であった。
なぜあいつが持っている?なぜあいつが習得している?
なぜあいつが、森羅万象の超能力者なのだ!?
紅蓮の戸惑いは、動きを当然の如く鈍らせる。放たれる無数の粒子ビームを、必死にかわすも、十発に一発は、ほんのわずかではあっても、紅蓮の体をかすめるものであった。すでに、何百発と放たれている粒子ビームを、紅蓮は憎々しげに睨みながら、それでもなんとか回避運動に徹していた。
(防戦一方の展開・・・・・・。これでは長く持たない)
理性では分かっていても、肉体は紅蓮の思うようには動いてはいなかった。ゴウランを発動してこんなものでは、ムゲンを最大まで引き上げて使用している向こうの方が、はるかに有利である。それは、外面だけではなく、精神面からしてもだ。
紅蓮は襲い来る粒子の群れをかわすと、お返しとばかりにサイコ・クロウを放ち、爪先から粒子を発射させる。しかし、すでに精神的に後れを取っている紅蓮のクロウは、狙いが粗く、全てが宙を貫くだけである。
「我が導く! この能力を使って!!」
闇亜がこちらに急速で接近してくる。振り下ろされたビームソードを、背後に回りこんでかわし、爪を振り下ろすが、それは闇亜が振り向きざまに爪の前に突き出したビームソードで受け止められる。
「そう、我こそ、森羅万象の使い手となるカスタムサイコストだ!!!」
そこで紅蓮は、自分がいままで間違っていたことに気づいた。
自分をここまで動かしたのはなんだ?
自分をここまで導いたのはなんだ?
自分が、これまで戦ってこれたのはなぜだ?
答えは一つしかない。紅蓮も、すでにその答えに気づいていた。
何が正しいとか、間違ってるとか。導く者が誰とか、民衆だとか、世界破壊だとか。
そんなもの、今ここで戦う理由には、当てはまらない。当てはまるのは一つ。そう、それは、紅蓮の誇り、夢、目標。
「違う!!」
紅蓮は闇亜の言葉を否定する。爪と光剣の間のスパークの眩しさも、今の紅蓮には感じない。
「俺が――」
紅蓮は、爪に力をこめると、一気に闇亜を押し出す。紅蓮は、一喝して、闇亜を吹っ飛ばす。
「森羅万象の超能力者だ!!!」
闇亜が、壁に勢いよく叩きつけられる。紅蓮は、コピリスからパワーストーンを抜き取り、そして、新たにはめ込む。紅蓮の原点の力を。
『パワーストーン――コピー・クロウ』
コピリスの機械音声さえ、今の紅蓮には、ただの無機質な音にしかならなかった。紅蓮は闇亜に向かって言い放つ。
「黒田闇亜。かつて、闘也さんが言ったとされる言葉を知っているか?」
「何?」
闇亜が、驚愕と懸念をその顔に浮かばせて聞き返す。紅蓮は、闇亜の返答を聞いた直後に、再び口を開く。
「世界を統べるのは、サイコストでもエスパーでもない。たった一人でも、人の話を聞き入れ、それを世の中で提案していく力のある『人間』だと」
その言葉を聞いた闇亜が口元を不敵な笑みを浮かばせて、こちらへと突進してくる。
「なら我がその一人だ!!」
しかし、紅蓮の言葉は、一人の人間という部分ではない。
「貴様は自らのエゴを押し通す独裁者に過ぎない! そうだ――」
紅蓮は、爪をぴったりとくっつけ、まるで一本の刃になったかのように変形させる。何事も寄せ付けぬような威厳すれ漂っていた。紅蓮も、闇亜同様に突進する。
「貴様は、森羅万象の超能力者ではない! ましてや、人を導くなど、愚の骨頂!!」
紅蓮は勢いそのままに闇亜にその刃を突きたてる。
闘也が、二年前にそんな言葉を残したというなら、自分も、それに付け足してやろう。歴史に名を残す気はないが、それでも、自分が生きた証が欲しい。
今、死に行く貴様に、この言葉を送ろう。エゴを押し通さんとしていた男に。
「世界を導くのは、この世界に住む、全ての人間だ!!!」
紅蓮の爪が闇亜の心臓に深く突き刺さる。最後のあがきと、光剣を振り回してくるが、それは空いている右手の爪で腕ごと斬りおとす。左手の爪をさらに深く差し込み、背中からその爪が突き出る。紅蓮は、そこで自分のもう一つの能力を解き放つ。ゆっくりと左手の中に、物体が生成されていくのが実感できた。紅蓮は闇亜の胸部を蹴りつけ、その体kら爪を引き抜いた。
両爪の能力を解くと、強く握られた左手の中には、まばゆい光を放つパワーストーンがあった。
「これが、俺の力・・・・・・」
ついに手に入れた。
待ち望んでいた、心の底から、幼き時から渇望していたもの。それが、いままさに自らの手の中にある。
紅蓮は、二つのパワーストーンを抜き取ってコピフにしまいこむと、新たに創られたまばゆく光パワーストーンを、コピリスにはめ込み、ふたを閉める。コピリスから、待ち望んでいた単語が発せられる。
『パワーストーン――オール』