42、刃の先の因縁
闘也は、王金羅神との戦闘を繰り広げていた。互いに一歩も譲らぬ戦闘は、文字通り、消耗戦である。どちらが先に力尽きるか。気を抜けば、負ける。
「お前ら、世界破壊を支えるようなことを!」
「我々も、全てが終わった時に止めるつもりだ!」
龍我王の言っていた『世界破壊』については、すでに乱州より耳にしていた。
強制的な世界破壊。それにより混乱する民衆に答えを授け、導き、自らの支配下に置き、自らの秩序を作り上げる。それが、乱州が聞いた闇亜の狙いらしい。世界破壊が行われた時、地球は、世界はどうなるのだろうか? そんな傲慢な導きなど、人間には必要ないのだ。むしろ、邪魔である。
「それじゃぁ遅いだろ!!!」
闘也は、ソウルソードを羅神の光剣にぶつけながら続ける。
「世界破壊を止めたいなら、一刻も早く――」
「もはや止めることなどできん!」
「ここに来て、ホラを吹く気か!」
「一度動き出したシステムは、どうあっても止めることはできない!」
そこに来て闘也は、向こうの策略めいたものを感じる。そうやって嘘を吹き込み、こちらに精神的に失脚させる気なのかもしれない。だが、一方で本当なのではという気も起きる。もしそのシステムとやらがすでに動き、停止不可能なら、止めるより先に、ピュアである自分達を倒す。双考えれば、今ここで闘也達の相手をしていることに合点がいく。
「諦めるのか!? そうやって!!」
闘也は羅神を弾き飛ばし、ソウルブーメランを投げつける。羅新は苦もなくそのブーメランを回避し、かわりに粒子ビームをこちらに撃ちだしてくる。闘也は、高速で迫ってくるそれらをムゲンの助力もあってなんとか回避する。
ソウルスティックを創り出した闘也は、それを羅神の周囲を浅海しながら時折突撃し、それを振り回す。ヒットアンドアウェイの攻撃に羅神は完全に飲まれていた。
「人は、諦めの塊だ!」
羅神が遂に闘也の動きを見切り、軽々と回避する。光剣を作り出した羅神が、闘也に斬りかかる。闘也は咄嗟に突き出したソウルスティックでその光剣を受け止める。高濃度に圧縮された粒子はじりじりとソウルスティックを焼き進んでいく。闘也は、そこで無理に押し返さずに、半回転して光剣を受けながす。間髪入れずに闘也はソウルスティックをソウルランスに切り替え、それを投擲する。投げられた槍は羅神の光剣で切り裂かれるが、闘也が接近するには、十分な時間稼ぎとなった。
「そこぉっ!!」
闘也は羅神の懐にもぐりこむと、ソウルツインソードで切り刻んだ。闘也の剣が動き始めると同時に羅神も回避行動に転じたが、それでも、かなりの斬撃を羅神に叩き込んだ。
「ぐぅっ・・・・・・!」
羅神が呻きながらも吹っ飛ばされる。羅神が体制を立て直したころには、すでに闘也は羅神の眼前へと迫っていた。
しかし、闘也は攻撃できなかった。剣を振り上げる寸前、羅新の指から放たれた粒子ビームが、闘也の右足を貫いたからである。ビームの半分ほどが、その足を包む。直撃ではないようだが、ダメージは大きい。ビームとともに消え去った足の一部分を憂いながら、闘也はソウルガンを創り出し、それを羅神へと放つ。しかし、その攻撃は羅神を遠ざけるだけの結果に終わってしまった。
闘也は、足の痛みに耐えながらも、ソウルダブルソードを創り出し、羅神に向かって振り回す。しかし、大雑把な攻撃は全てが宙を斬るだけである。羅神は、自らの光剣を闘也に向かって横薙ぎに振るう。闘也はそれに対する反応が遅れた。ムゲンの助力ではどうにもならない。距離的にも限界と思われたその時、彼はその光剣に当たることなく、回避に成功した。
彼はそのとき、ムゲンの助力ではなく、ゴウランの助力で回避したのである。
紅蓮の思考は、目の前の男のためにめまぐるしく動いていた。その理由は、闇亜が数多の能力を紅蓮にぶつけていることにあった。
こちらが攻撃に転じれば、向こうは光輝の使う防御の能力で防ぎ、こちらが距離を取って攻撃すれば、羅神や龍我王が使う粒子の能力を用いてくる。その上、闇亜は分身の能力で個体数を増やし、こちらに圧倒的な数的不利を生み出していた。紅蓮は距離を取り、迫りくる粒子を回避しながら、サイコ・クロウを、拳から切離す。
「サイコ・クロウ!!」
紅蓮の放ったサイコ・クロウが次々と分身の闇亜をかき消す。が、その間に闇亜は新たな分身で逃げ延びている。これではただ闇雲に時間を浪費するだけである。紅蓮はコピリスにパワーストーンをはめ込む。
『パワーストーン――クロウ・ソウル』
電子的な雰囲気の機械音声が告げると、紅蓮の周囲には、幾つもの魂が現れた。
魂と分身の能力の違いはいくつか上げることができる。分身の方は、精神的な気力の消費を抑えてあり、ほぼ無限に出現させることが可能である。しかし、その分身は能力が常に一定で、所有者の基準値より上回ることはない。さらに、分身はそれぞれが同一の動きをするため、戦略性は大きく損なわれる。その上、死亡する部分に攻撃された場合、一瞬で消滅してしまう。反対に、魂の能力は、それぞれの分身が異なる動きをさせることが可能で、戦略にも幅が出る。分身の能力とは違い、体を半透明にすることで攻撃の回避も可能で、逆に実体化して所有者の護衛も可能である。感情によって、個々の魂の能力も変化するのも、分身にはない特徴である。つまり、感情によっては、分身よりも強くも弱くもなるということである。また、能力使用時の気力消費は、魂の能力の方が格段に大きいのも、分身に劣る部分と言えよう。
「魂波闘也の能力か」
闇亜が呟く。しかし、その呟きは紅蓮に聞こえることはなく、紅蓮はサイコ・クロウで次々と分身を屠っていく。
(拉致が開かない。なんとか戦況打開の楔を打ち込まなければ・・・・・・)
紅蓮が苛立ちを覚えながら口の中で呟く。闇亜はこちらば分身と次々と屠っていくにも関わらず、分身を出しながら逃げ延びている。紅蓮は痺れを切らした。本物たる紅蓮は、一瞬にして闇亜の本体と思われる者に近づく。躊躇なく振り下ろした両腕は、あっさりとその姿を消されて不発に終わる。
「何!?」
紅蓮は、自らに隙ができたことを悟った。だが、向こうからの攻撃はこなかった。紅蓮は憮然とした表情のまま、床に足をつける。ゆっくりと巨大な装置の背後から闇亜が現れる。紅蓮の真正面に立つと、口を開いた。
「紅蓮よ。我の能力がなんなのか分かるか――いや、もうすでに分かっているんじゃないのか?」
実のところ、紅蓮はまだ闇亜の能力を特定できずにいた。確かに多彩な能力を併用している。そこには迫力めいたものを感じるが、それ以外に特徴という特徴はない。
そんな気持ちを読み取ってか、闇亜が苦笑を漏らしながら続ける。
「何せ、お前は赤火紅蓮なのだからな」
そこで、紅蓮の中で、何かが警報をかきたてた。恐ろしいほどの覇気。能力という能力を全て集結させた、何にも劣ることのない、伝説の能力。
紅蓮だから。それで合点がいった。そう、それは紅蓮の目標であり、戦う理由であり、夢であり、生きる糧であった。コピリスを奪取したのも、乱州達と手を結んでまで、闘也との対立を拒んだのも、全てはそのための小さな、だが確実な一歩のためだったのだ。紅蓮は、自らの追い求めてきた物が、今目の前にあることを悟った。
「まさか・・・・・・」
ありえないという思いはある。だが、おそらく紅蓮のありえないという思いは否定されるだろうし、闇亜の方もそんな質問を待っているのだろう。紅蓮は、目の前にいる男の声に耳を澄ませた。
「我の能力、それは――」
信じたくない。
嘘だと言って欲しい。
だが、紅蓮が否定したい事実を闇亜は受け入れず、あっさりとその事実を突きつけた。
「森羅万象――オールだ!」
紅蓮の中で、驚愕が全身を駆け巡る。鼓動が早くなり、息苦しくなる。だが、何とか紅蓮はそんな姿を晒すまいと、断固立ち続けていた。正確には、立ちすくんでいたという方がいいのかもしれない。
「貴様は・・・・・・」
紅蓮の中にある一つの思いが、全身に駆け巡る。
「貴様は・・・・・・」
震えるような声で同じ言葉を二度、闇亜へと呟く。悲しみで震えているのではない。怒りで震えているのだ。紅蓮は、自分でも驚くほどの声で怒鳴りつけた。
「貴様はオールサイコストではない!!!!!!!!」
その時、紅蓮を纏っていた赤いムゲンの光の尾に、光の微粒子が混じったことを、紅蓮は感じていた。
怒りに任せていても、今はこの力を使うしかない。紅蓮の決意は固い。
紅蓮は、ゴウランを発動させたのである。
いまだ防御の弱点位置の特定が完了していない秋人は、二対一ということもあり、さらなる苦戦を強いられていた。こちらが弱点を探していることを察したのだろう。先ほどよりも、しなやかでより強固な連携をこちらにぶつけてきたのである。秋人は、襲い来るバズーカの雨をしのぎ、光輝に接近する。高速の能力を瞬発的に完全解放し、背後へと回り込む。秋人は、手当たりしだいに攻撃を開始する。後頭部に始まり、首、肩、腕、背、腰、尻、足、かかとを攻撃する。そして、その中で一つ、たった一箇所の小さな部分ではあったが、手応えを感じた。いつものような、なんだがのれんを押しているようで、岩石を叩いている感覚がない。それは、直に触れた時の、独特の温かさである。秋人は、勝機を見出した。その一箇所は、足の膝裏。そのほんの一部が、弱点であるのだ。
「見つけたぜ! テメーらの短所をな!!」
的射、由利と、黒い三彗星との戦闘はいまだに続いていた。
暗志に向けて的射が放った一射は、確実に暗志の左腕を捕らえた。暗志は、その攻撃意欲をくじかれ、バランスを崩して、床に激突し、血のにじみ出る左腕を押さえなければならなかった。的射は、暗志が戦闘復帰の可能性をそぎ落とされたことによって、勝機を見出した。
文字通り、こちらの連携が勝る。
要である暗志の戦線離脱により、残った二人の連携は、あっけなく崩れ始めた。的射の撃ち放つ弾も、完璧に捉えるまではいかなくとも、全てが、確実に着弾していた。ダメージは小さいが、ちりもつもればなんとやらだ。
「的射!」
由利が叫びながらこちらに振り返り、杖の先を向ける。その意図を理解した的射は、すぐさま滑り込むように床に伏せる。直後、由利の放った火球が、背後から襲い掛かっていた信自に直撃する。同時に、由利が飛び上がる。的射は、由利の足があった場所の先に見える、殺闇の脚部に狙いをつける。万人には一瞬に思える時間でも、正確に撃ちぬくための時間は、的射には十分すぎるほどあった。
的射が殺闇に向かって撃った弾丸は、真っ直ぐに殺闇の右足を貫く。それに呼応して、殺闇は床に倒れこむ。床から撃っていた的射に戦線復帰した暗志が襲い掛かる。しかし、的射が回避行動に出るより先に、由利の高電圧仕様の『プラズマウイップ』と呼ばれる鞭型の武装によって、虚しく不発に終わった。
この瞬間、遠藤的射と白鐘由利は、黒い三彗星、黒田暗志、黒岸信自、黒谷殺闇に勝利したのであった。
河川が振り下ろした太刀を、剛柔は後方に飛び退いて回避する。河川は、湧き上がる憤りを、そう簡単には抑えることはできなかった。仮でも比喩でもなく、これは兄の体だ。傷ついても、最終的には肉体的な痛みは、全て冷雅が受けなければならなくなる。
「行け! サイコ・ヘア!!」
剛柔が分離させた六つのサイコ・ヘアをこちらに飛ばしてくる。河川は、反射的な動きでそれらを回避し、剛柔へと接近する。振り下ろした太刀は、あっさりと回避され、背中にやけつく痛みが走る。剛柔が創り出したビームソードが、河川の――正確には冷雅の――背中を薙いだのである。幸い、かすっただけで、致命傷ではない。しかし、それも好都合といえば、好都合であった。
何せ、こうなるからこそ、僕は強くなる。
外傷の能力によって。
「僕に・・・・・・いや、兄さんの体に――触れるなっ!!」
河川が振り向きざまに撃ちはなった球体は、剛柔の放った粒子によって相殺されるが、続けざまに放った一発はしたたかに剛柔の腹部を捉え、そのまま弾き飛ばした。剛柔はのけぞりながら吹っ飛ばされ、体勢を立て直し損ねていた。河川は、球体を放ちながら接近する。回避もままならないまま、剛柔はその球体を諸に二度も食らった。壁に打ち付けられた剛柔へと、頭上から太刀を振り下ろす。しかし、壁によりかかったことで、体勢を立て直したのか、振り下ろされた太刀を、剛柔が光剣で受け止める。河川は歯噛みしながらも、さらに強く押し込む。しかし、ここで剛柔はこちらを押し返し、つばぜり合いを中断させる。河川は、そこからの立ち直りも速かった。すぐさま太刀を握る手に力を込めると、わめきながらも、剛柔の両手に傷を入れ、左手を手首から切断する。切断された先から粘度の高い赤い液体が流れ出る。
「うぉぉぉっ!!」
――殺れる。
確信的であった。河川は、太刀を胸の前に構えると、そのままの体勢で剛柔に向かって剣を貫かせる――はずだった。
剛柔は、当たる直前になって身を翻し、こちらの突きをかわしたのである。剛鉄の内壁に突き刺さった太刀から、いやというほどの振動が襲う。その隙をつかれ、剛柔に横っ面を蹴り飛ばされる。その勢いで剣も壁から抜けるが、完璧に体勢を崩してしまっていた。
その隙を敵が見逃すはずがなく、残っている右手の先から粒子ビームを乱射してくる。先ほど感じた感覚と真逆のそれが、脳裏にちらつく。
――殺られる!!
河川は、この時死を覚悟した。自分はもう終わった。ここまでなのだ、と。
しかし、河川は諦めていても、それでも、まだ諦めない者もいた。
突如、河川の視界がブラックアウトする。河川は、やられたのかと思っていた。しかし、すぐに視界は明るくなる。不思議なことに、死ぬ直前のようなぼんやりした感覚はなかった。むしろ、鮮明な感じである。なぜか、肉体的な痛みが消えていたような気がした。そこで河川は、先ほどまでの自分と違うことに気づく。
自らの意志とは無関係に体が動き、襲い掛かる粒子の群れを軽やかに回避し、剛柔との距離を取る。その時、耳からではなく、脳に直接響く声が、河川に届いた。そこで、河川は、先ほどまでと今との『違い』に気づく。
「河川! てめぇ人様の体を勝手に使ってんじゃねぇ!!」
その声は、河川にとっては、聞きなれた兄の声であった。いきなりの叱責に、河川はしどろもどろに応える。
(え・・・・・・あぁ・・・・・・あ! ご、ごめんなさい!!)
ようやく紡いだ謝罪の言葉に対し、冷雅は返答する。
「よく耐えたな。サンキュ」
先ほどの叱責からころりと変わって謝礼の言葉を述べられた河川は混乱しながらも、心の中に生まれた温かいものに感動を覚えていた。
(兄さん)
「あん?」
(生きて帰ろう!)
冷雅は、好戦的な笑みを浮かべると、河川の言葉に対して返答する。
「あったりめーだ。バーカ」
冷雅は、太刀をその手に握らせると、剛柔へと突進していった。