41、戦いの光の中で
一旦の戦力補充及び、各員の治療のため、紅蓮達は数週間、本部よりやや離れた場所でその時を待っていた。
離脱直後、Pカスタムとなっていた闘也は正気を取り戻した状態で意識を取り戻した。そのことに安堵したのは、紅蓮だけではなかった。
そして、待ちわびたこの時が来た。
紅蓮達は、再び本部へと乗り込んだ。完璧に修理されているカスタマー本部の外部装甲に、エスパーの潜水艦のミサイルが着弾の花火を上げる。
再び開けられた巨大な穴へと、紅蓮達六人は突き進んだ。不思議なことに、海中への迎撃部隊はいなかった。何千といたカスタム兵士達だったのだろうが、すでにその数は大きく減らされ、おそらく、数えるほどしかいないだろう。
紅蓮達が乗り込んだ場所は地下九階。この下の階は、おそらく耐水加工をしてあり、水の浸入は防がれているだろう。そして、その予想は当たっていた。闘也を先頭に地下十階に降りる。酸素ボンベを投げ捨てる。目の前には――紅蓮が知らない者もいたが――虹七色のメンバーが揃っていた。これはそうそうたるものである。
白亜光輝、深緑大地、銅石剛柔、銀城龍我王、王金羅神。虹七色ではないが、黒い三彗星の黒田暗志、黒岸信自、黒谷殺闇の姿もあった。その八人は、全員、数多の戦場を潜り抜け、経験を積んできた者達である。数で言えばこちらが不利なのは明確であった。
だが――と、紅蓮は自問する。
俺を追う者がいるのか分からない。だが、それでもやるしかない。紅蓮には、ある一人の男との戦闘、撃破が命じられていた。その男は、ここにはいない。なぜなら、その男は、この下――カスタマー本部最深部に居座る男なのだから。
カスタマー最高総司令官、黒田闇亜。やつこそが、紅蓮の戦う相手であった。
「決着をつけるぞ。覚悟はできているな?」
紅蓮の前にいた闘也が口を開く。次いで、乱州、的射、秋人、由利が口を開く。
「できすぎて怖いぜ」
「なくてここにはいないよ」
「今なら最高速度が出るかもしれねー」
「覚悟も、自信もあるみたいね。みんな」
闘也が紅蓮に振り向く。そして、紅蓮にも同じ問いをぶつける。
「覚悟はあるか、紅蓮」
紅蓮は、いつもと変わらぬ口調で、真っ直ぐに闘也の視線を受け止めて言い返す。
「無論だ」
「相変わらずだな」
乱州が苦笑を漏らす。紅蓮の目つきは鋭かった。紅蓮は一度、ゆっくりと目を閉じ、一つ呼吸をしてから、再び目を開ける。それから一秒とおかず、闘也の声が階全体に響く。
「行くぞ!!!!!」
紅蓮達六人は、それぞれの相手へと走り出した。
エスパーの潜水艦の中で、少年は、『少年ではない者』の意志によって目覚めた。
冷雅の体は、ゆっくりと起き上がる。各部に痛みはなかった。以前から愛用している太刀も、その足元で、静かにその時を待っていた。
ゆっくりと立ち上がった冷雅の体は、しっかりと太刀を握り締める。彼の右手が、その刃先に軽く触れる。触れた部分から、少量の血が溢れ、床に落ちた。彼は左手に黒い球体を創り出す。能力的な問題はなさそうである。彼は、自らのもう一つの能力で、右手の先ほどの傷を癒し、かき消す。愛用の太刀を鞘に収め、酸素ボンベを取り付ける。
冷雅の体をのっとった少年は、ゆっくりと、だがきつく、『自らの兄』の右手を握り締める。少年は、通信機に向かって、出撃を告げる。
「青水河川、目標との戦闘を試みる!」
兄の体と、弟の意志は、水中空間へと放り出された。
地下十階の各地で激しい戦闘が行われていた。紅蓮は、その戦闘の中をかいくぐり、先へと進む。地下十一階への階段を塞いでいるゲートを蹴り飛ばすと、その先へと進む。今までよりも長い階段が、まず紅蓮を待ち受けていた。紅蓮は数段平気で飛ばしながら突き進む。
やがて、一つの部屋にたどり着く。紅蓮は、自らの真正面に立つ男の姿を見やった。男はこちらの存在に気づき、振り返る。紅蓮は、このうえない警戒の目を作る。男はこちらに視線を注がせると、口元を歪ませ、不敵な苦笑を漏らした。
「よく来たな。赤火紅蓮」
「・・・・・・」
紅蓮は何も言わず、ただ男の顔を見ていた。男は、紅蓮の鋭い目に怖気づくことはなさそうである。逆に、紅蓮が怖気づくことも、絶対的になかった。
「貴様にとっては、我は伯父ということになるかな?」
「何・・・・・・?」
紅蓮には意味が分からなかった。母からも父からも、伯父伯母の話は聞いたことがない。いや、もしかしたら自分が聞こうとしなかっただけかもしれない。だが、そこで紅蓮に一つの疑問が生じる。
黒田闇亜は、黒い三彗星、黒田暗志の実父である。もし自分の伯父であるなら、暗志と自分の血は繋がっていることになる。その上、闇亜の両親は、すなわち紅蓮、暗志双方の祖父母ということになるのだ。昔、母親の父がなくなったときに、一度会っているはずだ。だが、自分と同年代の者がいた記憶はない。
「まさか・・・・・・」
母の・・・・・・浮気?
「まさか!!」
「そうだ。君の母親は、我の弟と浮気していた。おっと、子供に言うことではなかったか?」
子供扱いされたことと、小ばかにされたことに苛立ちを覚えた紅蓮であったが、そのことをすぐに振り切ると、コピリスを起動させ、パワーストーンをコピリスにはめ込む。
『パワーストーン――クロウ』
小気味のいい機械音声が鼓膜を刺激する。紅蓮の目は鋭い。獲物を追い求める獣の如しである。
「伯父を殺せるかな? いや、君ならできるだろうな」
闇亜はやはり小ばかにした口調で紅蓮に言い放ってくる。紅蓮はそれを無視し、そして、闇亜と戦闘すべく、一言発する。
「赤火紅蓮、戦闘を開始する」
秋人は、白亜光輝、深緑大地のコンビと、一人で対峙していた。向こうの連携は前より衰えることなく、逆に精度が増し、ギリギリまでひきつけたり、やはりギリギリのところで退避してその背後からバズーカを撃ちだされたりしている。相手の攻撃に完璧に翻弄されていると言えば大げさではあるが、劣勢という二文字に偽りはなかった。
「後ろ!?」
秋人はバズーカを肩に乗せてこちらに銃口を向けている大地へと接近する際に、背後に気配を感じる。咄嗟に行った上空への回避の後、光輝の拳が宙を殴りつける。秋人は、先ほどよりも格段に速いスピードで、大地の背後に接近する。しかし、その拳は、大地に当たる前に、光輝の掌に納められる。秋人はすぐにもう一方の腕を突き出すが、その時にはすでに大地は上空でバズーカを放っていた。しかし、まずいことに、光輝は秋人の拳を掴んで放さない。否応なしに、秋人は投げ上げられ、大地のバズーカの餌食となっていた。
「くそぉっ!! 何だよ一体!」
秋人は毒づき、体勢を立て直し、大地のバズーカを警戒しながら、光輝へと突進する。光輝に接近していると気づいた大地が、チャージしていたバズーカを連続で撃ちだしてくる。秋人はその射線を容易く回避し、光輝の眼前へと躍り出る。そして、光輝のわき腹に右足で蹴りを入れる。が、それは光輝の防御の能力で言うまでもなく防がれる。だが、秋人は光輝への攻撃を継続した。無論、考えがないわけではない。すでに秋人は、光輝撃破のための策を、少ない脳で考えていた。
本部突入前に、闘也より入れ知恵されたことである。
「防御の能力は、基本的にどんな場所でも完璧に防ぎ、傷一つもつけさせない。だが、それでも能力は完全ではない。防御の能力の使用者の一箇所だけ、無防備な場所が存在する」
淡々と話す闘也に、秋人は質問する。
「それはどこだ?」
「分からない。それは使用者によって異なる。だが、もしその部分を攻撃できれば、相手には大きなダメージになる。防御の能力は、体全体を強化する代わりに、一箇所が極端に弱い」
やはり淡々と話す闘也に、脳が足りない秋人は同じ質問をしてしまった。
「それはどこだ?」
「・・・・・・分からない。しかし、防御の能力に熟練したものほど、その範囲はどんどん小さくなる。心してかかれよ」
「分かった。ところで、それはどこだ?」
秋人は決してわざとではなかったのだが、闘也の方は怒ったのか、それを通り越して呆れたのか、秋人の質問に答えを返すことはなかった。
剛柔が五つのサイコ・ヘアを真正面から突撃させ、それぞれから粒子ビームを放たせる。その幾重にもなる粒子を回避し、その回避行動の中で放った球体で一つを破壊する。だがそこで、わき腹に焼け付く痛みが走る。河川を貫いた粒子が、河川の前方へと直進し、やがてその力を失う。
(後ろ!?)
振り返った瞬間、粒子を放ちながらこちらに接近するサイコ・ヘアが視界に入る。先の五つを囮に、虎の子の二つを背後より迫らせたのだ。河川は、サイコ・ヘアを破壊すべく、球体を創り出す。だが、それを放つ前に、剛柔の光剣を太刀で受け止めざるを得なかった。
「くぅぅっ・・・・・・」
河川は呻き声を漏らす。だが、その劣勢を跳ね除け、河川は太刀を振るった。
「くそぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
河川は素早い動きで敵の死角に回りこむと、太刀で横薙ぎに振るう。剛柔の背中に一筋の切り傷を作る。河川は立て続けに太刀を振るい、次いで右足、左腕に切り傷を負わせる。致命傷を与えられぬことに河川は憤りを感じてはいたが、それでも、剛柔には十分なダメージとなっていた。
「僕と兄さんが、こんなところで・・・・・・」
河川は呟き、そして剛柔へと向かっていく。太刀を振るい、剛柔へと振り落とす。
「死んでたまるかぁぁぁっ!」
黒い三彗星と戦闘を繰り広げていたのは、的射と由利である。
しかし、戦闘開始直後より、二人は劣勢に追い込まれていた。
黒い三彗星は、中学時代より時間をともに過ごしていた。そのせいあってか、息の合いようも恐ろしい。融合と、それぞれの能力をフルに活用しての戦闘スタイルは、彼女らを圧倒していたのだ。融合など、そうそう連発できるものではない。それをあっさりやってのけるところを見ると、彼らは、「絶対に勝つ」という強い意志と、それを支える驚異的な集中力でここまでの戦闘を繰り広げているのであろう。さすが、元不良ということだけはある。
数では相手は勝っている。連携力も高い。その上、自軍基地という地の利も向こうにはあった。
黒い三彗星の三人が、殺闇の創り出したブラクホールへとその姿を消す。周囲の警戒は怠らない。背後より感じた気配は、完璧に当たっていた。由利が飛び出す。そして、その背後にいた暗志の姿を確認し、的射は前方に飛び出しながら、ハンドガンの銃口を向ける。的射と由利がすれ違った瞬間、的射のハンドガンの銃口から、一瞬のマズルフラッシュの後、銃弾が放たれる。それと同時に、由利は火炎球を作り出し、的射の背後より迫っていた信自へと向かわせる、的射の放った銃弾は、狙いこそ正確ではあったが、体を半回転させた暗志の横をすり抜ける結果に終わった。一方の由利の方は、目の前に現れた殺闇のブラックホールに吸い込まれて不発に終わる。
「今のは――」
由利の真横につけた暗志が呟く。
「いい攻撃だった」
その言葉と同時に、暗志の創り出したブラックホールより、先ほど由利の放った火炎球が現れる。的射は慌てて左手から水を噴射させ、消し止めようとするが、それは威力を軽減させるだけに終わり、常人では耐えられない熱さに襲われる。的射は耐え切れずに悲鳴をあげ、床に倒れ落ちる。
「きゃぁぁっ!」
「的射!」
的射の被弾を知った由利が的射の名を呼んでくる。的射はよろけながらも立ち上がる。先ほどの攻撃で的射がしばらく戦線復帰できないと踏んだのか、由利に攻撃を集中させてくる。由利の方は、まともに攻撃できていない。もし何かしら攻撃すれば、最悪の場合ほとんど身動きのとれぬ的射に向けられる可能性だってあるのだ。
――私のせいで、由利が死ぬ?
「そんなこと!!」
的射はスナイパーライフルを構え、由利に猛攻をかける黒い三彗星に向ける。あの連携は、三人いてこそのものである。ならば、そのうちの一人でも満足な動きができなけれ、連携は崩れ、こちら側の『連携』の利が生まれるのである。
「絶対に――」
引き金を抑える指に力が入る。スイナイパーライフルのスコープは、まるで影のように、三人のうちの一人、暗志を追っている。暗志が左拳を振り上げたその瞬間が、彼女が狙い撃つ隙となった。
「させるかぁぁぁっ!!!」
的射のスナイパーライフルから、鉛の弾丸が放たれた。