39、意志と力
紅蓮達が激しい戦闘を繰り広げている地下八階。その遥下の階。最深部たる地下十一階では、闇亜は着々と、龍我王の言う『世界破壊』の準備を進めていた。
民衆を導く者が、この世界には必要だ。なら、その役を誰が背負う? エスパーのような下等な種族になど任せられない。反乱兵が上がっているならなおさらのことだ。ノーマルのような力を持たぬものなど、論外である。だが、ピュアサイコストに任せてはならない。人が自らの手で、自らをも超える力を手にすることに成功した。そして、その力を手に入れたカスタムサイコストこそが、世界を導くに相応しい種族なのだ。
人は、どんな言葉にも例えることができる。軟弱、非力、劣等、偽善、悪魔、鬼、死神・・・・・・。そう、そんな短所しか持たないのだ。今上げた中でも、偽善などまだいい方であろう。周りには、よきことをしている『つもり』なのだから。
「このシステム、完成すれば、大きな力となる。これだけは、守りきらねば・・・・・・」
闇亜の視線の先には、めまぐるしく動き回る文字列と、『システム』の原理や図解、その解説のために小さなウインドウが開かれている。闇亜は、その資料に一通り目を通すと、彼の背後に沈黙していた巨大な装置に手を触れる。
他に誰がいる。世界の民衆達に答えを与え、導ける者は?ノーマルもだめ、エスパーもだめ、ピュアもだめ。
「導けるのはカスタム――いや、我しかいない・・・・・・」
闇亜は、装置の端にあるレバーを下げ、『システム』立ち上げ始めた。
紅蓮の創り出したソウルから放たれたサイコ・クロウは、闘也によって全て撃ち落とすことに成功していた。武器を失った自らの分身をよそに、紅蓮は闘也へと突撃する。闘也は、振り下ろされた紅蓮の爪を後方に身をよせて回避する。がら空きになった紅蓮の顔面に、回し蹴りを入れる。闘也は、間髪いれずにソウルスティックを創り出し、器用に振り回す。流れるような連続攻撃に、紅蓮の回避は遅れ、闘也の繰り出すスティック乱舞の餌食となっていた。
「ん・・・・・・撤退しているだと?」
闘也は、地上でなにやら話し込んでいた龍我王が、更に深部へと撤退する様がよく見えた。闘也は、すでに引き際を感じていた。龍我王が撤退した今、こちらの戦力は十分ではない。眼下で戦闘を繰り広げ、虚しく命を散らしているカスタムの兵士達も、早い段階で全滅するだろう。
「ここは引くべきか――」
闘也は、先ほどの乱舞により身動きが取れなくなっている紅蓮を蹴り飛ばし、龍我王へ続く。だが、その進路は、六本の光の線により拒まれる。
「逃がすかっ!!」
紅蓮の声が、鼓膜を刺激するのとほぼ同時に、紅蓮は闘也の眼前まで迫り、自らの手に戻した爪を振り下ろす。間一髪で、闘也のソウルスティックが、闘也と爪の間に滑り込み、金属製の爪を受け止める。闘也は、その爪を弾き、ソウルダブルソードに切り替えると、紅蓮の爪を根元から切り落とす。それにより、武装解除された紅蓮の隙を突き、闘也は撤退する。
しかし、その眼前には、すでに紅蓮が待ち構えていた。闘也は、この行動の素早さに舌を巻く。どんなにこちらが撤退の隙を作ろうとも、激情ともいえる精神力で体制を建て直し、こちらに攻撃を畳み掛けてくる。並のサイコストができる所業ではない。
「逃がさないと言った!!」
紅蓮の足が、怯んだ闘也の腹部を捉える。闘也はその反動で後方へと吹き飛ばされる。完全に出口とは離れてしまった。こうなっては、一発で決めるしかない。
紅蓮が、二つのパワーストーンを抜き取り、新たに剣の能力のパワーストーンをコピリスにはめ込む。その動作に、一秒と時間はかかっていなかった。闘也は、まるで呼応するように、両手それぞれに握っていた剣のうち一本を投げ捨て、一本となった剣に力を込める。向こうも同じように剣を構える。おそらく、考えていることは同じであろう。
腹部を斬って、とどめを刺す。
その時、闘也は不意に昔のことを思い出した。
父と対峙したあの時。互いが腹部を斬ろうと飛び掛った時。
自らの剣が、父の命を、意志を、一閃したこと。
自分が殺めたのだと、彼はうなだれた。あのときの、まるで人生を悟ったような放心感、自らに対する苛立ち、怒り。
しかし、すでに闘也の中には、『迷い』の二文字は消えていた。
更に強く、剣を握る。それだけでも、勝てるような気がした。紅蓮が真っ向より突進してくる。闘也もまた同じように突進する。
かくして、二者は同時に咆哮する。二つの剣がそれぞれの体を一瞬のうちに通り過ぎる。おそらく、どちらにも剣が入ったはずであろう。問題はこの後だ。どちらが早く、剣を手放し、地上に落ちるかで、勝負は決まる。闘也は、同じように剣を滑り込ませた者を見るべく、背後を振り返る。
俺が勝つ。絶対に――
しかし、相手の姿を確認する前に、彼の意識は閉ざされかけた。地面に落ちる感覚が全身に満たされる。誰かが抱きとめたような気がする。しかし、それが誰なのか、いや、自分が本当に抱きとめられたのか分からぬまま、彼の意識は暗闇の中に逃げ込んだ。
闘也は、本当に抱きかかえられていた。抱きかかえたのは乱州である。落ちてきた闘也を抱きかかえた乱州は、ゆっくりと闘也を床に下ろす。すでに戦闘は終了していた。周囲にあったのは、生き残っている仲間達と、無残にも命を散らせたカスタム、そして、自らの目の前の親友だけだった。
ゆっくりとその耳を心臓へと近づける。だが、やはり恐れていた。その恐れから、途中で体が凍り付いて動かなくなる。怖かった。もし死んでいたらという不安に襲われて、乱州には、心臓に耳を当てることができなかった。しかし、その乱州を突き飛ばし、代わりに闘也の安否を確かめる者がいた。突き飛ばされた乱州は、ゆっくりと顔を挙げ、その者の顔を見やる。紅蓮である。紅蓮は、素早く呼吸の有無を確かめている。先ほど怯えていた自分とは正反対に、紅蓮は行動したのである。
紅蓮は、未来を恐れる自分を突き飛ばし、今を救おうとしていた。
乱州は、そうでなかった自分を嫌悪し、俯いた。一通り作業を終えた紅蓮は、ゆっくりと立ち上がり、こちらへと向かってきた。乱州は、ゆっくりと顔を上げる。見上げた先にいる紅蓮は、腕を真っ直ぐ上に振り上げると、呆然としていた乱州の頬を殴りつけた。
何か言ってくるかと思っていたが、紅蓮は何も言わなかった。紅蓮は闘也を持ち上げ、撤退を開始した。やはり、戦力的には闘也抜きでは厳しいのであろう。他の三人も、撤退する紅蓮に続く。乱州は、自らの頬をゆっくりと触る。ひりついた頬からは、口にせずとも、紅蓮の意志が伝わってきていた。
「俺になくて、あいつにあるものって・・・・・・一体・・・・・・」
乱州は、その答えを今導き出すことはできなかった。
進んだ先で、気絶した冷雅を発見する。先鋒は、彼の攻撃を恐れて、ここに放置したのだろう。だが、乱州には、彼らと同じことはできなかった。
たとえ強制的とはいえ、一度は同じ者に忠誠を誓った者だ。特に仲が言い訳ではなかったが、それでも、どこか自分と同じ境遇の者のような気がした。だから、特に友好的ではなかったが、自ら離れようとはしなかった。
それは、今も同じであった。
(たぶん、違うだろうな・・・・・・)
倒れている味方を連れ帰ることが、あいつにあり、自分にないものではないだろう。
乱州は、冷雅を連れて、エスパーの潜水艦へと撤退していった。