38、轟く嵐
人類は、それぞれ自らの内部に、大きかれ小さかれ潜在能力を秘めている。無論、普段それが表に出ることもないし、テンポよく使いこなせることもまずない。サイコストの覚醒システム、ムゲンも同様と言える。
ムゲンは、所持能力の底上げ、もしくは根本的に成長させることによって、効果を激増させることができる。身体能力も向上し、普段できぬ動きが可能になる。飛行すらも、ムゲンによって可能になる。だが、前述の通り、誰もがそれを一発で使いこなせるはずもない。ムゲンは、それを発動中はもちろん、発動時、解除時にも精神的に疲労の蓄積がある。ムゲンが使えるのは、サイコストの中でも、十分の一程度しかいないと言われている。また、仕えたところで、それを適切に自分のものにすることができず、最悪死に至るケースすらある。
ムゲン。特徴はそのまま引き継がれ、それに更なる身体能力を加え、反射神経を格段に上昇させたのが、稀少究極覚醒システム、轟嵐である。ゴウランは、その能力の飛躍的上昇に比例し、精神的疲労も増える。ムゲンをなんとか使いこなせているようなものが発動させたら、一瞬でその生気を失う恐れもある。
しかし、そのゴウランを発動させた男が二人いた。しかも、二人共弱冠十五歳の少年であり、戦闘になっている。巨大な力同士が、互いにぶつけ合い、戦いの火花を上げる。この戦いを、もし客観的に見るものがいたら、感嘆の声しか上げることができないだろう。
二人の少年は、双方が高速で接近し、互いの剣をぶつけ、それを押し合いながら、自らの力を示さんとせめぎあっている。
その片方の少年――赤火紅蓮は、かつての友たる魂波闘也を相手に、一歩として引かなかった。が、やはり、戦闘経験の差ゆえか、こちらの動きは、いつも数瞬遅れる。紅蓮はすでにそのことに気づいていた。だからこそ、解決策を練ろうと、様々なパワーストーンを用い、闘也へと挑んだ。が、どれも大きく戦果を上げることはなく、むしろその隙が狙われ、逆に不利な展開を作っていた。
紅蓮は、二つのパワーストーンをコピリスへとはめ込む。コピリスが、機械的な音声を放つ。
『パワーストーン――ソウル・クロウ』
(これしかない。今は・・・・・・)
紅蓮の思考は、放たれた闘也のブーメランによって中断される。ブーメランをかわし、魂の能力を利用し、自らの分身を創り出す。そして、それぞれの両手の爪より、一人六機、全部で四十二機のクロウを展開さえ、闘也へと向かわせる。直撃コースは避けている。だが、傷をつけなければ、勝ち目はない。
闘也は、その全ての爪の軌道を予測したかのように、不敵な笑みをちらつかせる。そして、爪が闘也に当たる数瞬前に、闘也の目前でそれらの爪はことごとく弾かれた。
闘也も、魂の能力により、各所に自らの分身を創り出し、それを弾き飛ばしたのである。紅蓮は苦虫を潰したような顔を作った。さすがという感嘆が、紅蓮の中にあった。闘也だから、受けるなりかわすなりするだろうと思ったが、まさかこんな方法で防御するとは思っていなかったからだ。
正直、紅蓮は気分がよいとも悪いともいえなかった。前大戦の英雄である者と、ここまで対等に張り合っているからだ。だが、戦闘が長引けば、戦闘経験の浅いこちらは不利だ。いくら対等に張り合っていると言っても、やはり僅かながらこちらに後れが生じている。向こうもこれには気づいているだろう。
紅蓮は、魂を四方から接近させる。微粒子を撒き散らしながらその無数の刃から逃げる黄色い光点は、逃げながらも、一つ、また一つと、サイコ・クロウの数を減らしていた。
「ちっ・・・・・・拉致が開かない・・・・・・!」
紅蓮は、自らのサイコ・クロウを爪より切離し、自らの周囲でビームを放つ。すでに、紅蓮の右腕のコピリスには、粒子の能力のパワーストーンが埋め込まれていた。
その存在に気づいた闘也は、素早く反応し、距離を取りながら銃弾を放つ。しかし、その銃弾は爪の先より放たれたビームによって蒸発させられ、たとえかいくぐってきても、サイコ・クロウの位置の微調整により、宙を貫くだけであった。
「闘也さん!」
紅蓮は思わず声を上げる。サイコ・クロウの放った一本の粒子が、闘也の左腕をかすめたからである。蒸発の煙が一瞬漂う。痛がる様子や、怯む様子がない。おそらく、衣類をかすめただけで、直接当たったわけではないようだ。紅蓮はそのことで少しほっとする。
もし心臓部に直撃していたらと思うと、寒気が彼に襲い掛かる。
紅蓮は、闘也を追尾させていたサイコ・クロウのスピードを上昇させ、闘也へと追いつかせる。紅蓮自身、まさか追いつくとは思っていなかった。しかし、紅蓮は妙な引っかかりを覚えていた。
闘也さんの反応速度がぶれてきている・・・・・・?
長時間の戦闘だから、と割り切ればそれで済むだろうが、まさか、これほどまでで体力、気力が尽きるとは考えにくい。
今、自分と闘也さんは同様の力を使用している。紅蓮がその力の名を知るのはもう少し先ではあったが、紅蓮には、反応速度が遅くなった闘也のことを考えるので精一杯である。
(闘也さんが、まさかこちらのサイコ・クロウに追いつかれるなんて・・・・・・)
紅蓮は、そう思って初めて気がついた。
自分は、敵の身を心配している?
戦士であるはずの自分が?
だが、前にも似たようなことはあった。
青水冷雅。自分でも無意識のうちに彼を死の淵から引き上げた。
何なんだ。一体。
俺の中にある、この救済力は・・・・・・。
俺は、本当に、戦士なのだろうか・・・・・・?
龍我王と乱州は、激しい攻防を続けていた。乱州が伸びはなった腕を、龍我王は難なくかわし、右手で銃を形作り、その指先から粒子を発射する。向こうはそれを左手に掲げたバリアで受け止める。バリアに弾かれたビームは虚しく消散し、乱州の周囲を覆う。龍我王が一瞬の瞬きをする。しかし、その目を開けた時には、すでに乱州の姿はなかった。先ほどまで乱州がいた場所には、先ほどのビームの残骸、そして、それとは少し違う粒子だ。後者は、はじめ、人型を形成してはいたが、すぐに消散し、前者の粒子と入り混じった。
一つの考えが浮かぶ。
「量子化・・・・・・!?」
龍我王の呟きから数瞬の時を置いて、後方より乱州が躍り出る。乱州は、両腕を剣に変形させ、それを自らの頭上より、こちらへ振り下ろすつもりらしい。龍我王は振り返りながら、両手それぞれに、ビームソードを握らせる。
「だがっ!!」
両手のビームソードで、乱州の剣を受け止める。二つの剣の間でスパークが生じる。乱州は、またも量子化する。龍我王は、焦りながらも背後に剣を振る。しかし、そこに乱州は現れなかった。背後に気配を感じた。龍我王は、すぐさま両手で銃を形作り、それを肩越しに後方へと発射する。
「ちくしょぉっ・・・・・・・」
バリアで受け止めた乱州が苦悶の表情と声を上げる。龍我王は、二つの剣で乱州へと斬りかかる。乱州は後退しながら様子を見ている。
「なら!」
龍我王は、両手それぞれに持っていた光剣を投げる。高速回転しながら突き進む光剣に向かって、龍我王は、ビームの奔流を浴びせる。粒子は剣に当たると、それを四散させ、広範囲に粒子を撃ち込むことが可能になる。これは、粒子の能力を使っている中でも、高度な部類に入る。粒子の威力を、四散したときに、攻撃できるほどに保持し、尚且つ、剣を破壊しない。非常にシビアな威力ではあるが、だからこそ、切り札となり、効果がある。
「こちらの粒子が尽きるのが先か、やつのバリアが消えるのが先か・・・・・・」
消耗戦になることは、必至であった。
龍我王の放った粒子は、周囲にも影響を及ぼしていた。
紅蓮のサイコ・クロウの粒子をかわしていた闘也に、別方向からの粒子が襲ってきたからだ。瞬間的にそちらへと視線を送る。案の定、龍我王の放った拡散粒子が、こちらにも向かってきたのだ。闘也は、粒子の発射主に叫ぶ。
「龍我王!! ちっ!」
舌打ちの後、闘也は紅蓮より浴びせられる粒子をかわし、接近してきたサイコ・クロウを数機撃ち落とす。さらに接近してきた数多のサイコ・クロウを、ソウルツインヌンチャクで振り払う。
「数が多いんだよ!!」
闘也は、両手にソウルブーメランを握り、同時に投げつける。ソウルブーメランの刃に両断されたサイコ・クロウの爆発。その爆風を利用し、さらに加速したサイコ・クロウが、闘也へと襲い掛かる。闘也は、ソウルツインソードに切り替え、迫りくる爪を切り刻む。いつの間にか、周囲を囲まれていた。前方の二つを切り落としたところで、後ろの爪が一瞬触れる。ゴウランがなければ、直撃していただろう。
闘也は、接近した紅蓮の爪に対し、自らの剣をぶつけた。
乱州は、ようやくおさまったビームの雨に、安堵を覚えながらも、龍我王へと腕を伸ばし、攻撃を再開した。しかし、龍我王は、反撃どころか、受け止めもしない。ただただかわすばかりである。何か作戦でもあるのだろうか?
やがて、龍我王は、両手に構えていたビームソードを投げ捨て、地上に降り立った。そして、乱州へと叫ぶ。
「話がある。降りろ」
命令形の口調に苛立ちを覚えた乱州であったが、警戒を緩めることなく、距離を取ったまま、龍我王の話に耳を傾けることとした。
「お前達は今、重大な過ちを犯している」
「過ち?」
乱州は聞き返す。重大な過ちの意味が知りたい。それは、向こうは知っている。わざと焦らしているのは分かりきっていた。
「闇亜を知っているな?」
乱州は、その名前に聞き覚えがある。実際に会ったこともある。カスタマー最高司令官。乱州自身、Pカスタムの時に、顔を会わせ、服従していた。乱州は、自らの脳裏に闇亜の姿がよぎると同時に、龍我王が上官たる闇亜を呼び捨てしていることに気づく。やはり、カスタマーを裏切ったのは、冷雅ではなく、彼らなのだろうか?
「闇亜は今、世界に安寧と秩序を築き上げるために、ある計画に着手している」
龍我王は一人話し始めた。龍我王の言葉が真実であれ嘘であれ、耳を傾けておく必要は十分にある。だが、乱州には、彼が嘘をつくような小賢しい人間には見えなかった。
「新しい法律でも作っているのか?」
「違うな」
龍我王は、乱州の冗談めいた言葉に苦笑を漏らす。だが、すぐに顔を引き締め、乱州に向かって、まるで殺人事件の核心を言いぬくように言った。
「世界破壊だ」
「・・・・・・何?」
思わぬ返答に、乱州は驚愕の顔を浮かべる。だが、龍我王は、そんな乱州に気を配ることなく続ける。
「世界破壊には、強大な力が必要。そのために、『虹七色』は作られたと言ってもいい」
「世界破壊なんて、そう簡単にできるはずがない――」
「できるさ。俺達やお前達が何だと思っている?――超能力者だぞ?」
世界破壊を否定した乱州の言葉をさえぎり、龍我王は続けた。確かに、言っていることは筋が通っている。だが、世界破壊と、闇亜の目指す安寧と秩序に何の関係があると言うのだろうか?
「世界破壊によって惑い、怯える民衆に、闇亜は『答え』を授け、導き、自らを人類の絶対者とするつもりだ」
「絶対者などいない! 今までも、これからも!」
乱州は、龍我王の言葉に反論する。人類に絶対者などいないし、必要もない。乱州は、自らの意思をぶつける。
「それに、俺達と敵対することは、結果的に闇亜を守護するということだぞ!」
「ピュアを憎む気持ちに偽りはない!!」
龍我王の言葉に、乱州は怯み、押し黙る。
「そのために、我々はここ――カスタマー――に入った」
乱州は、その龍我王の言葉に、黙ることしかできなかった。
世界破壊。それが行われれば、世界は、地球は、地上に生きる人間達はどうなるのだ?
「死に、混乱するのは人間ではない」
乱州の無言の問いかけを読み取ったかのように、龍我王は続けた。
「破壊され、融合される世界達だ」






