29、それぞれの過去
紅蓮と冷雅がその剣を交える時より二年半ほど前、エスパーは、サイコキネシストに対し、超能力戦争の開戦を発表した。サイコストは、そのエスパーに徹底抗戦の意を表し、戦争は始まった。各地で人が死ぬのが当たり前となった、殺戮の四ヶ月であった。
両親と弟と共に暮らしていたノーマルの少年、青水冷雅は、その悲惨な戦争の被害者となった。炎天より僅かに南に位置するその場所で、冷雅は一瞬にして家族を失った。両親が必死の思いで弟、河川を逃がしたものの、河川の怪我も、並大抵のものではなかった。
冷雅は、そのとき、自分が無力であることを知った。自分には、誰も守れない。誰に対しても、守られる側だった。彼は、小学生のころより、いじめの被害を受けていた。彼には、その屈辱を晴らすことはできなかった。唯一残った肉親の河川でさえ、今は意識を取り戻してはいない。当時中学一年であった冷雅は、雪のちらつくようになった十二月のとき、カスタムサイコストというのを募集しているのを確認した。
「俺の・・・・・・力・・・・・・」
冷雅は、自分も、どこかで戦っている超能力を得ることができることに喜びを感じていた。これで、もう誰も守れないことはない。誰も傷つけることもない。
彼は肉体改造を施され、ついに奪取の能力を手にした。その能力は、冷雅には落胆を覚えさせるものであったが、それに付属するように渡された太刀は、彼のお気に入りとなった。
が、そんな喜びが、長く続くことは無かった。
戦闘により、河川の病院の一部が崩壊したのである。
奇跡的に、その病院が一瞬のうちに崩れ落ちるようなことはなかったものの、その病院の外見は、すさまじいものであった。外部塗装はもちろん、鉄骨も完璧に抉り取られ、病院内部の骨組みをあらわにしていた。その報せを聞いた冷雅は、戦慄を覚えるよりも先に動き出していた。抉り取られた部分の病室に、河川がいたとしたら・・・・・・。冷雅は、その不穏な予感をかぶりを振ってかき消した。僅かな希望を、深い絶望を胸に、冷雅は病院の前まで走り抜けてきた。病院の横では、警察にレスキュー隊、そして。その病院の医師達がいた。そのほとんどは壮年から老齢期の者達だ。動かぬその医師に、冷雅は怒りを覚えた。
冷雅の腕が、その医師の襟元に突き出され、引っ張り上げる。
「おい、あんた医者だろ! 患者の救助はしねーのかよ!!」
「病院が崩壊したらどうするんじゃっ・・・・・・」
「自分の命を優先する気か!!」
さらに怒りを伴って襟元が手繰り寄せる冷雅を、周辺の警官が取り押さえる。冷雅は、その束縛から逃れようともがく。
「くそっ、放せ! 河川に・・・・・・弟に会わせろ、くそったれ!!」
冷雅は、警官の顔面を蹴りつけて、束縛を解いた。そのまま、警官や医師に構うことなく、病院内へと突っ込んだ。
「君、待ちなさい!」
警官や医師から制止の声が飛んだが、そんなもので止まる冷雅ではなかった。病院内に飛び込むと、階を探し、そこを駆け上がる。病院までを走った時よりも、数段速く走っていたのは、冷雅の自画自賛ではなかった。
河川の眠る病室に足を踏み入れた冷雅は、その病室が無害であったことに胸を撫で下ろした。冷雅は、河川の状態を即座に確認した後、すぐに行動に移った。河川を抱きかかえ、病室を飛び出す。階段を上る時ほどではないが、風を斬るが如く走った。すれ違ったり、追い越したりする人影はない。おそらく、患者以外で病院内にいるのは冷雅一人であろう。冷雅は、一階まで駆け下りた後、病院を飛び出した。
病院から河川を抱きかかえたまま飛び出した直後、周囲を警官に取り囲まれた。理由など、冷雅は分かりきっていた。だが、自分の手元には河川がいるのである。ここで降参して「すいませんでした」と手錠をかけられるよりも、警官を突破したほうが、冷雅個人的にも、状況的にもよかった。
「・・・・・・」
じわじわと寄ってくる警官が目を見張ったのは、冷雅が警官の一人を殴り飛ばし、その場を逃げ出した直後のことであった。
河川を無事、別の病院への入院が決まらせ、冷雅は久々に腰を下ろした。走りっぱなしであった。戦争が始まり、家族の死をかいま見、河川を治療すべく病院に走り、その後病院から河川を奪うように救出し、別の病院まで走ったのだ。入院の手続きやらを済ませるのも、立ったままであった。
冷雅は、心の中に渦巻く黒いものを感じ取った。黒い。近づけば破壊されるような黒。それが、自分の中に芽生えているのを、冷雅は感づいていた。冷雅は、入院の手続を済ませた後、住宅街をぶらついていた。すでに戦争も終盤に差し掛かっているらしい。自宅に帰っていく夫婦や親子の姿はあちこちに見受けられた。
冷雅は、その時、自分の中にある黒の正体に気づいた。
そう、これは、真っ黒な憎悪だ・・・・・・!
紅蓮は、銃を片手に戦場を駆けていた。自分の両親が殺されるとも知らずに。
紅蓮は、隊長の正人の指示により、北朝鮮へと渡ることとなった。炎天からヘリに乗り込み、北朝鮮へと赴いた。他の兵士達と共に北朝鮮に乗り込んだ彼は、エスパーの偵察のために来ていた。しかし、紅蓮は自分達と共に闘也達が来ていることに気づかなかったし、向こうも気づいては無かった。
「終わらないな」
帰りのヘリの中、隊長の木下正人は呟いた。紅蓮は、そちらにちらと目をやったが、すぐに目をそらし、聞く体勢となった。
「何がです?」
紅蓮は、正人の呟きに応じ、問いただした。正人h、すぐにその答えを返した。
「戦争だよ。人が死ぬか生きるかしか選べないなかで、俺は生きたくない。早くこんな世界を抜け出したい」
「・・・・・・願って終わるなら、とっくに終わってます」
「・・・・・・!」
紅蓮の一言に、正人は驚愕を禁じえなかった。願いだけで、戦いも、ましてや戦争も終わらない。争いは、願うだけでは解決しない。言葉なり、力なり、なにかしら行動しなければならない。そんなことは、とっくに分かっている。
「俺だって、戦争になれと思っていたわけでもない。だが、戦いたくてここにいるわけではありません」
「ならお前は、何故ここにいる? 何故戦う?」
正人は紅蓮に問う。紅蓮は、しばらくの時を置く。紅蓮が、戦いに身を置く理由は、未来であれ、今であれ、変わるものではない。紅蓮は、横にいる正人を、人によれば睨みつけるように見られてもおかしくない状態で、目を細めて言った。
「森羅万象の超能力者となるためです」
「・・・・・・オールと呼ばれる能力か」
「・・・・・・はい」
紅蓮は、自分の言いたいことを言い終えると、先ほど同様、正人から視線を外し、ゆっくりと目を閉じた。正人は、人に大きな声を出されたからと言って、感情的になったり、「よくも上官に向かって!」などと権力を振りかざすような真似はしなかった。正人は、それ以上聞こうとはせず、「そうか」とだけ返答し、黙り込んだ。それから数時間後、日本の姿がはっきりとしてきた。
紅蓮が両親の死を目撃したのは、それから一日と間をおかぬときであった。
冷雅は、自分の中の憎悪をはっきりと認めた。そうだ。自分は不幸者なのだ。両親は殺され、弟も重傷である。こんなことをしたのは誰だ。なぜこんなことが起こった? 誰かが始めたから、こんなことになったのだ。誰かが始めなければ、戦いは起こらなかった。河川は傷つかなかった! 両親は死ななかった!
冷雅は、自分の前で、僅かに微笑みを見せる夫婦の姿を目撃した。家の中に入っていく夫婦が、憎たらしく見えた。自分達が生きていれば、それでいいというのか!? 他の人の命の尊さを忘れ、自分だけが、生存本能に従って生きようとする。
この野生の獣が・・・・・・! なにを偉そうに!
夫婦が家のドアを閉めたのと同時に、冷雅はその夫婦に走り出した。冷雅は、塀を飛び越え、ドアを蹴り破ると、中の夫婦を、自らの太刀で両断した。切られた夫婦からは、それぞれ同じ単語が聞こえた。
「紅蓮・・・・・・生き・・・・・・」
「生きてくれ・・・・・・ぐれ・・・・・・」
冷雅の目に、一枚の写真が映る。家族の写真である。写真のうち、二人はこの夫婦である。もう一人は、無愛想な顔をした少年である。表札より、この二人の名字が「赤火」であることはすでに彼の知識に入っていた。いつか、赤火紅蓮も、自らの手で殺す。だが、今はそれをすべきではないと、冷雅は思った。戦争ももうすぐ終わる。家に帰ってきた、哀れな少年の叫びでも聞こうと、冷雅はその家の周辺で待つこととした。
冷雅の耳に、その少年の心地よい悲鳴が聞こえたのは、それから数時間後の話であった。
紅蓮と冷雅、二人の因縁は、ここより始まったのであった・・・・・・。