27、運命の決戦
カスタマーの最終防衛ラインであるこの砦を後ろ盾に、襲撃敵戦力を減らし、敵を殲滅せよ。それがこの戦いにおいて、乱州に下された命令であった。最後に、ぼそりと、「できれば闘也は生け捕りたいがな」とぼやいていた闇亜の姿が思い起こされる。乱州は僅かに笑みをこぼす。
生け捕ってやるよ。俺のためにな。
乱州は、そう心中で囁きながらも、顔を引き締める。だが、それはこちらが相手よりはるかに強くなければできないことなのだ。互角と言っていいだろう。自分とやつとの差は。相手が上かもしれない。現に、前の戦闘により、乱州は敗北の二文字を叩きつけられたのだから。
「叩き潰す・・・・・・俺の拳で・・・・・・」
乱州は、小さくそう呟くと、ムゲンの覚醒を起こしている赤と黄の光へ向かって、その腕を伸ばした。
敵の攻撃が、その戦闘の先手を取った。闘也は、伸ばされてきた腕を苦も無くかわすと、そのままその腕の持ち主へと突撃する。引き続いてもう一本の腕が伸びてくる。闘也はやはりそれを苦も無くかわすと、無防備な乱州へと、拳を叩きつけた。
「ぐぅっ・・・・・・!」
乱州の小さなうめきが闘也の耳に入る。闘也は、両手を堅くコーティングする。闘也がこの二年間で習得した、新たな武器、その名はソウルグローブ。生身から剛鉄へと攻撃部分が変化したため、格闘能力が飛躍的に向上する。
「乱州! もうやめろ! 記憶を取り戻せ!」
「誰が!!」
乱州が闘也の要求へと応答を返した直後、闘也の体は戦闘を不可能とさせた。先ほど伸ばし、外れた腕が闘也へと巻きついたのである。長い腕は、そう簡単に放す気配がない。乱州は、腕を縮めることによって接近し、巨大化させた足を闘也へと叩きつけた。
「ちぃっ!!」
尚もその攻撃は止まない。闘也は、身動き一つできない状態である。乱州が再び腕を伸ばしそれを縮めてこちらへと接近してくる。闘也に戦慄が走った時、乱州は何者かに殴られ、攻撃を中断された。その余波によるものか、乱州の腕がほどける。闘也は、殴りかかった少年を見やる。左手にパワーストーンを作り出すことに成功した紅蓮がそこに立っていた。
『パワーストーン――ボディー』
コピリスの機械音声が闘也の鼓膜を刺激する。紅蓮は新たなパワーストーンを入手したのである。
しかし、その紅蓮も、後方より迫りくる冷雅の攻撃を、瞬時に受け止め、押し返し、闘也と乱州より離れていった。闘也は、立ち上がり、腕剣を作り出した乱州を迎え撃つべく、ソウルソードを創り出す。闘也と乱州の剣が交じり合い、火花を散らす。闘也と乱州は互いに雄叫びを上げ、それぞれの剣に属性を付加する。闘也は炎を、乱州は雷を。
二つの剣の間で、火花がさらに散った。
秋人、的射、由利は、現れた虹七色の少年二人と戦闘を開始していた。数の上では確実にこちらが有利だが、その差をかき消すように相手の連携が戦力に組み込まれていた。
秋人が援護のために駆けつけた時、少年達がそれぞれ自己紹介をしていた。的射達は、内心驚きながらも、顔は引き締めたままだった。秋人自身も、そうだったからである。
「集中攻撃をかけるしかないか・・・・・・」
秋人は、単調な戦闘スタイルを呟く。二対三での戦いなら、一人が陽動し、一対一で戦っている間に、残り二人でもう一人を集中攻撃する。それが一番効果的なのではないかと秋人は考えた。秋人に、大人げな声が聞こえてくる。
「秋人! 大地の相手を!」
由利の声である。由利は、火炎球や放電によって大地へと攻撃を仕掛けてはいるが、それらの攻撃の全ては防御の能力を所有する光輝によって阻まれていた。
秋人は、すぐさまその場を離れる。的射と由利が大地へ集中攻撃をかける。しかし、その攻撃は、かなり手前にて光輝に防がれる。しかし、これが狙いである。光輝の後方では、大地がバズーカのチャージを行い、間もなく充填が完了するというところである。秋人は、高速の能力を一気に開放する。速度が上がり、瞬く間に秋人は大地の眼前まで迫っていた。その速度の勢いにまかせ、秋人は自らの右拳を大地の右頬へとぶつけた。
「しまった!」
光輝の焦燥の声が鼓膜を震えさせる。こちらが取った。この戦闘を。二人しかいない敵戦力を分断すれば、数の多いこちらが有利である。さらに、光輝のほうには、まともな攻撃能力はない。それは、秋人にも言えることかもしれないが。
「もらったぁぁっ!!!」
秋人は、その右腕を大地へと突き出す。倒れている大地に当たることは必然的と思われた。だが、その拳が大地に当たることはなかった。その前に何かが当たったのである。それは、右手である。無論、秋人や大地の物ではない。だとしたら考えられるのは一人しかいない。
「やらせない・・・・・・」
右手を突き出した光輝が、怒りの目で秋人を睨みつける。秋人は、すぐさま距離をとる。あのままあそこにいたら、大地のバズーカにゼロ距離で撃たれかねないからだ。
「わりぃな、大地。後でなんかおごる」
「生還したらな」
二人のささいな会話の後、すぐさま相手の攻撃が開始される。秋人には光輝の隠し持っていたハンドガンが、的射と由利には大地のバズーカがそれぞれ襲い掛かる。秋人はハンドガンがこちらに向けられたのを感じ、すぐさま回避の行動を起こし、見事に成功したが、フルチャージされた大地のバズーカに、的射と由利は被弾した。
「由利ちゃん! 的射ちゃん!」
秋人は二人の名をそれぞれ叫ぶ。秋人は怒りに身を任せて大地へと突進していく。接近するにあたり、光輝の銃弾が向かい撃たれたが、秋人はその弾幕の中を、身をかがめながら接近していく。秋人は、光輝のハンドガンを右足で蹴り飛ばす。両手それぞれに握られていたハンドガンは、いとも簡単に光輝の手から離れた。秋人は、それに目もくれぬまま大地の背後へと回りこむ。秋人は、その場で腕を軸にして一回転した。足がちょうどよく大地の腰部に直撃し、吹き飛ばされた大地が光輝とぶつかった。
「たぁぁぁっ!!!」
秋人は、左拳を光輝の顔面に、右拳を大地の顔面にそれぞれ振り下ろした。
これは、憎しみで戦っている。
冷雅との戦闘になった紅蓮が最初に思ったことはそれであった。攻撃の一つ一つ、あるいは、動きの一つ一つが、怒りに満ちた鬼神のものである。紅蓮には、冷雅がここまでなった理由は予想がついている。冷雅が細い長刀を横薙ぎに振るい、一時距離を取る。紅蓮は剣を左手に構えて冷雅へと突っ込む。冷雅はそれを空中に飛んで回避する。紅蓮も空中に飛び出し、それと同時に剣を振ったが、追撃にはならなかった。
背後に回りこんだ冷雅が、細い刀身を持った長刀――太刀を頭上から振り下ろす。紅蓮は即座にその動きに対応し、剣で太刀を受け止める。
「あんたが河川を殺した!!」
紅蓮の脳裏に、河川に爪を突き刺した瞬間と、冷雅が怒りと悲しみをこめて突撃してきたときの瞬間が順に蘇る。そうだ。俺が殺した。罪を背負う気は、紅蓮にはさらさらなかった。何せ、これは向こうがけしかけてきた戦争だ。誰かが死んで当然である。
「あんたのせいでぇぇぇっ!!!」
冷雅の押し込んでくる太刀が重みを増してくる。紅蓮は、その勢いを利用して冷雅の剣を受け流すと、腰部を右拳の甲で殴りつけた。
「これは、俺の戦いだ!!」
紅蓮は冷雅へと叫ぶ。復讐のために、冷雅がここに来たことは分かっている。その目標も、十分に承知している。目的は、自分。そう、紅蓮を殺すため、河川の仇を討つために、冷雅は来たのである。なら、それに対してしっかり戦うのが戦士であるはずである。
「赤火紅蓮・・・・・・あんたを・・・・・・殺す!!」
振り向きざまに太刀で薙いだ。紅蓮は咄嗟に回避行動をとるが、右腕が肘より前の部分より切られた。両断とはいかないが、傷は深い。幸い、紅蓮の利き手である左手は無事であった。紅蓮は、再び横薙ぎに振るわれた太刀をかわす。冷雅が大きな隙を見せる。紅蓮は冷雅の背後に回りこむと、冷雅の背中を十字に切り結んだ。冷雅のうめき声が聞こえたが、紅蓮はそれに気を向けることなく、冷雅の左肩から、右のわき腹までを、斜めに切り下ろす。冷雅のうめき声がさらに大きく聞こえる。紅蓮は、傷だらけの背中を左足で蹴り飛ばす。背中へのダメージが大きいのか、冷雅は地表へと落下していく。紅蓮は、追撃しようとはしなかった。地表へと落下していく冷雅の姿を、ただただ見つめていた。
「俺の戦いだ・・・・・・」
紅蓮は再び同じことを呟いた。自分の戦い。だからこそ、ここで追撃はしなかった。
地上の芝のおかげで、落下によるダメージは軽く済んだ。冷雅は、落下した瞬間に、完全に闘争本能をくじかれていた。背中の傷が痛む。おそらくは流血しているはずである。現状を確かめようと、背中に手を伸ばそうとしたが、背中の痛みが、その動作を拒んだ。冷雅は、空中で何もせず、ただ黙ってこちらを見ている紅蓮を見上げた。何もしてこない。
情けをかけられたのか。復讐の相手に・・・・・・!
冷雅の中で、全身の力が蘇ってくる。そうだ。なんのためにここに来た。河川が、こんな敗北を見て喜ぶはずがない。彼の気力は、限界を超えるギリギリまで来ていた。
冷雅は、全身を使って体を起こす。口の中に感じた苦い血を、つばと共に吐き出す。口元を右手で拭き、真っ直ぐに紅蓮を睨む。河川の仇を討つ。それ以外の理由で、俺がここで、あいつと戦う理由はない。戦えるなら戦うしかないのだ。
冷雅の気力が、限界を超えた。
紅蓮達が剣を交えていたころ、闘也も乱州と拳と剣を交錯させる戦いを続けていた。
闘也は、正面から伸びてきた腕をかわし、接近する。尚も伸ばされる腕をかわし、乱州へと接近していく。先ほどの攻撃と同じ。後方から腕を巻きついてこようとしてきたのは明白であった。
「させるかっ!」
闘也は振り向き、ソウルブーメランを生成する。勢いよく投げられたブーメランは、腕の部分を通りぬけた。しかし、すでにその場所に腕はなく、ブーメランの攻撃をかわし、さらに接近してくる。闘也は右手にソウルソードを生成し、巻きつこうとよってきた腕を切りつけた。その攻撃に怯み、腕の動きが止まる。この隙を闘也は狙っていた。闘也は一瞬にして乱州の背後に回りこむと、ソウルソードをソウルハンマーに切り替え、その背中に叩きつける。乱州は苛立ちのこもった声を漏らすと、すぐさま体勢を立て直し、拳を巨大化させ、接近戦を強制させる。闘也は、ソウルハンマーを放棄し、ソウルグローブを両手に装着する。繰り出された腕に、闘也も拳で応戦する。二つの拳がぶつかった瞬間、誰に見えたものでもなかったが、激突する二人の波がぶつかっていた。
「ちっ・・・・・・」
闘也は小さく舌打ちする。こちらが完全に力負けしている。やはり能力的相性では、直接組み合ったりすれば、身体の能力は必然的に魂以上である。闘也は、この拳での組み合いを降りた。闘也は、左右に自らの分身を創り出した。組み合いは降りる。が、その組み合い、利用しなくては意味がない。闘也の創り出した魂はそれぞれに攻撃を開始する。攻撃を受けた乱州の腕の力が弱まっていることを、闘也は確信した。闘也は、その拳の真下をかいくぐるように通ると、傷だらけの乱州の眼前まで迫った。闘也は、乱州に向かって真っ直ぐに剣を向け、それを突進させた。
「てぇぇやぁぁっ!!」
無論、殺す気はないし、殺したくもない。臓器は狙わないという彼の決心は固く、闘也は、乱州の左のわき腹の本当に端を貫いた。咄嗟の回避行動を取っていた乱州ではあったが、闘也の攻撃に間に合うことはなかった。
「がはぁぁぁっ・・・・・・くそ・・・・・・この俺がっ・・・・・・!」
うめき声を上げながら、結果に納得がいかないという乱州に向かって闘也は叫んだ。
「乱州! お前は、俺の親友だぁっ!!」
闘也は、乱州の腹部を蹴りつけた。すでに意識も遠くなってきているのか、乱州はほとんど身動きもせずに、地上へと落下していった。闘也も、それを見ているうちに、自分も力なく落ちていることに気づいた。幸い、地面は芝である。自分も乱州も、特に怪我をすることはないであろう。と、彼は心中、安堵した。
地面が、思っていた以上にゆっくりと近づいていた。