24、散り行く命
河川の放った黒い球体は、紅蓮が最大に展開した金属製の爪を破壊した。紅蓮はその金属片が飛び散るのを察すると、すぐさまその場を離れた。当初の三分の二程度まで砕かれた爪に、紅蓮は一瞬視線を送ったが、それを気にかけている時間はあまりに短く、砕かれて間を空けぬうちに河川へと切りかかっていった。
「まだ・・・・・・!」
紅蓮の攻撃は、河川が繰り出した右足にはじかれる。金属の爪が砕かれた部分は、尖っている場所も少なくなく、幾本かは、河川の右足に深く突き刺さった。
「離れろ!」
河川は球体を紅蓮の目の前で作り出す。紅蓮がその存在に気づき、回避行動を起こすべく、地を蹴って後ろに飛ぼうとしたときには、すでに球体は河川から放たれていた。
「ぐはぁぁっ・・・・・・!!」
紅蓮は、爪で受け止めることもできぬまま、後方へとその身を投げ出された。思い切り叩きつけられた頬が、紅蓮の吐血へとつながる。紅蓮は血を吐き出し、息を荒くしながらも、何事もないように軽やかに立ち上がった。
「君は、なぜ生きる? なぜこうにもなるまで戦い続ける?」
河川は、口から下が血でぬれている紅蓮に、それとなく聞いた。紅蓮は、躊躇うこともなく、即答する。
「森羅万象の超能力者となるためだ!!!!」
紅蓮の各所でスパークが起こる。誰にも見えないし、それは精神的なものであった。挫折を幾度も味わってきた。それに類する感情も。戦えないからと自分の能力を鍛錬し、それでも来て欲しいといわれ、中年ばかりの軍隊に入れさせられた屈辱。戦いが終わろうとし、安堵していたところに、両親の死。それから二年。決死の覚悟で単身、エスパー諸島に潜入し、コピリスを奪った。だが、それすらも奪われた。
世界は、俺から全てを奪っていく。
両親もコピリスも、俺の人生を・・・・・・。
破壊されていく。
破壊されるまま、生きろというのか?
無理だ。破壊から創られるものはある。
だが、行き過ぎた破壊は創造すら破壊する。
なら、その破壊を・・・・・・。
「俺が破壊する。そのために・・・・・・」
自分には今、やるべきことがある。誰にも他にできるものがいない。
「お前を討つ!!!」
紅蓮は、その気力によって完全に復活した両爪を振りかざし、河川へと突っ込んでいった。
「甘い!!」
紅蓮は一喝し、河川へと爪を突き立てる。河川は攻撃を横転で受け流す。突き出した左腕を引っ込めると、最初の攻撃から間を空けずに紅蓮から見て左側へと逃げ込んだ河川へと右腕を突き出す。河川はほとんど使い物にならない左腕を立てにして爪の攻撃を受け止めた。爪は河川の左腕に深く突き刺さり、反対側よりその爪が姿を現した。貫通した爪の先は、赤い鮮血に彩られていた。
河川は、その幼さの残る顔に小さく笑みを浮かべると、その左腕を、腰をひねることで紅蓮の体勢を崩させた。紅蓮は、なんの対応もなせぬまま、河川に引き寄せられる。河川は、右手の中で作り出した巨大な球体を、ゼロ距離で紅蓮へと発射した。
「ぐぁぁぁぁっ・・・・・・!!」
紅蓮は、いまだに河川の左腕から、爪を抜けずにいた。体勢を崩されている今は、敵の攻撃を受けることすら、困難を極めた。河川の攻撃を中断させるには、もう、核を潰すしかない。核――心臓である。
「俺は・・・・・・まだ!!!!!」
紅蓮は、貫いた爪を真横に振るい、左腕に沿って突き進ませた。それに呼応して、河川の左腕の細胞は次々と死んでいき、河川の左手を両断し、爪を抜き取ることに成功した。
「はぁぁぁっ!!!!」
「何・・・・・・!」
紅蓮は、半ば、獲物をひたすらに追いかける獣と化し、一気に爪を河川の右肩へと突き刺す。河川の肩から、腕に沿って爪を直進させる。先ほどの左腕の二の舞となった右腕を、河川は驚愕と呆然の目で見ていた。
「回復!」
河川は、急速なまでに細胞を回復させ、両腕を再生させ始めた。だが、紅蓮の攻撃が、それを許すはずもなかった。
紅蓮は瞬く間に右足を切断すると、両爪を頭上に振りかざし、並べた。陽光を受けて光り輝く金属の爪には、そのメタリックな色とは対照的に、血なまぐさい赤も混じっていた。
「これでぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
紅蓮の両爪は、真っ直ぐに河川の心臓へと振り下ろされた。
カスタマー達の間で、『第一次超能力戦争』と呼ばれている前大戦。その英雄の一人である波気乱州。彼もまた、エスパー諸島襲撃のために、カスタム達と共にエスパー諸島へと足を踏み入れていた。各地で過激な戦闘が行われているなか、乱州は素早い動きで、次々とエスパーを昇天させ、とある一人の男との戦闘にもつれ込んでいた。エスパー正規軍特殊任務専門部隊『雷雲』の隊長、出雲武その人である。武の武闘の能力に、乱州は苦戦を強いられていたものの、その攻撃のクセを見抜き、徐々に戦いの流れを、乱州自身に引き寄せつつあった。
乱州は、武の繰り出してきた右腕の攻撃をムゲンの助力によって回避するなり、自らの拳を武に叩きつけた。武はよろめいたが、そこはやはり隊長なだけはある。すぐに体勢を整えると、高速移動による残像を、乱州に見せ付けてきた。乱州は、攻撃の方向を予測できずに、背後より飛び出した武に、背中を強打される。乱州は吹き飛び、地面を数メートル滑った。
「こんな攻撃!」
乱州は、すぐさま飛び起きるようにその体を起こすと、懐にもぐりこんだ武の攻撃を後ろへと飛び退いてかわす。今の動作が少しでも遅れていたら、あの拳の餌食となっていただろう。乱州は、攻撃後の隙となった武に、頭部への一撃を叩き込む。ふらつく武へと、乱州はさらに追撃する。腹部に拳を叩き込み、足を蹴りで払うと、巨大化した手を作り出し、武の両腕へと突き落とした。
「巨大腕――ギガントアーム!!」
潰された両腕の痛みは、武の吐血によって、乱州が認識するところとなった。乱州は周囲によってきたエスパーを、腕を伸ばして撃退する。乱州は腕を剣へと変化させると、武の喉下に当てた。
「死ぬ前に、仲間に伝えたいことはあるか? 隊長さん」
武は、乱州を真っ直ぐに見つめる。そして、呟くように乱州へと言った。
「仲間には、生きろと伝えろ。そして、お前も死ぬな」
武の思わぬ発言に、乱州は驚愕の表情を浮かべた。その表情を気にせず、武は続けた。
「仲間が悲しむだろう? お前が死ねば。カスタマーの方も、闘也様の方も」
乱州は、自分の涙腺が僅かに緩んでいることに気づかなかった。が、任務は果たさねばと、武の襟を掴み、無理やり立ち上がらせ、右腕の腕剣を構える。
「来世で会おう」
武の最後の言葉が、武の口から放たれた。
「・・・・・・ああ」
乱州は、その腕剣を、武の心臓へと突進させた。
森林の中を、一つの影が飛びわたっていく。目標へと向かっていくその影の存在は、鳥達を空へと避難させることとなった。その影の所有者、青水冷雅は、河川の援護のため、戦闘の用意をし、虹七色輸送艦『アオミ』より、逐次出撃していた。
河川の出撃より十分後に、アオミを出た冷雅は、すぐさま河川のいるポイントへと跳躍していった。木を蹴りながら加速をつけ、目的地へと到着を早めるよう尽力していた。右腕には、紅蓮より奪取したコピリスが装備されている。途中に進路を拒む枝が視界に入ったが、それを腰に収めていた鞘から抜き放った長刀でなぎ払った。
そして、そのポイントへとたどり着いた。冷雅は、紅蓮との戦闘になっている河川を発見する。それに気を取られたのが災いした。右側に現れた枝が、彼の体に突き刺さったのだ。冷雅は、五秒ほど怯んだが、すぐに目を覚ますと、河川の方へと向き直る。
しかし、そのときすでに、河川の心臓に、紅蓮の爪が襲いかかろうとしていた。
エスパー諸島で、襲撃してきたカスタムを殲滅しながら進んでいた闘也もまた、同じような状態に陥っていた。
これまでにない数のカスタムである。闘也は、そのカスタム達に行く手を阻まれる。その射撃センスはかなりのものであった。闘也は、切りかかってきた一人のカスタムの右腕を、ソウルガンで撃ち抜く。それに続いてか、一斉にカスタムが飛び掛ってくる。闘也は、ソウルガンを変形させ、ソウルスティックを作り出す。背後から迫っていたカスタムを、ソウルスティックを横に振ってなぎ払うと、すぐさま回避行動を行った。闘也は、ソウルスティックを、ソウルツインヌンチャクに切り替えると、両方を同時に操作し、縦に振り、横に振り、一気にカスタムの数を減らす。背後に迫っていたカスタムの気配を感じ取ると、すぐさまソウルツインヌンチャクをソウルツインランスへと切り替える。そして、その二つの槍を、脇から後ろへと投げる。槍は見事に、そのエスパーの右腕に突き刺さった。
「数が多い・・・・・・!」
闘也は、苛立ちの含んだ声で呟く。そして、今度はソウルダブルソードを作り出す。闘也は、叫びながら、残っているカスタムへと突進した。
「てぇぇやぁっ!!」
見事に足を両断されたカスタムに気を配らぬまま、闘也は一気に突っ込んだ。雷雲の三人の戦闘域へと向かうためである。
「武!! 乱州!!!」
しかし、その叫びは虚しく空に響いた。
紅蓮の両爪が。
乱州の腕剣が。
河川の心臓を。
武の心臓を。
貫いた。
闘也と冷雅は、場所は違えど、時を同じくして、仲間の、弟の名を叫んだ。
「武ィィィィ!!!!」
「かせぇぇぇぇぇん!!!!!」