17、現れた友、その瞳は殺意に満ちて
紅蓮、闘也、秋人の三人は、エスパーの殲滅を完了していた。紅蓮の瞳は、未だどこかを彷徨っていた。闘也は、一回はその瞳を凝視し、憐れんだが、すぐに瞳をそらし、その感情を消し去った。
静まり返った戦場を、三人は一言も喋らぬまま離れていった。死体があちこちに転がっている戦場は、戦いに縁のない人が見ればなんと血なまぐさい場所だろうと思うだろう。だが、サイコストやエスパーは、それを四ヶ月以上も続け、それが終わり、二年経った今でさえ、戦いを続け、その命を散らすものがいる。
「紅蓮!!」
闘也のその一声が聞こえたころ、紅蓮はすぐさまに周囲を警戒する。遠くの山から、巨大な拳が地面に突き刺さる。紅蓮の回避の方向が間違っていたら、例え足だけでも、あの拳の下敷きになっていたはずだ。
「拳・・・・・・まさか・・・・・・」
秋人が僅かに震えた声で、その言葉を紡ぐ。その秋人に、闘也が叫ぶ。
「秋人後ろ!!」
「!!」
秋人が鋭敏な動きでその場を離れて、一秒と間をおかずに拳が突き刺さる。
空中移動加速安定装置に乗った一人の少年が、ゆっくりとこちらに向かってくる。闘也や秋人には攻撃の意志はないように見える。だが、問題は、向こうのほうだろう、と紅蓮は三人の状況を見て考えた。
「乱州だろ・・・・・・おい・・・・・・!」
秋人が、尚も震えた声で少年に話しかける。データでは見たこともあるし、実際に会ったこともある。その上、話した――かどうかは微妙であるが――こともある。闘也はその顔を歪ませて、向かってくる少年に叫んだ。
「俺と共に戦った、戦友であり、親友である、波気乱州だろ!」
「違うな」
少年は短く闘也に返答する。闘也はその顔を見る。乱州――であろう――人物は、その言葉の後に続けて言う。
「俺の名は波気乱州。カスタマー内エリート集団虹七色のPカスタムだ」
ピュアカスタム。それは秋人のときもそうであった。おそらくは乱州も同じなのだろうが、何か特殊な措置を施され、記憶を消されているのであろう。いや、正確に言えば、措置前の記憶を凝縮し、脳の隅に隅にと追いやったのかもしれない。
「俺の任務は、魂波闘也の捕獲。多少強引でも連れて行く」
無理やりでも闘也を連れて行くつもりというのは分かった。紅蓮は、うちにある力を呼び覚ます。相手は、秋人とは比べ物にならないほど強い。
「俺が倒す!! 目を覚ませよ! 乱州!!!」
闘也は声を張り上げ、向かい来る乱州と対峙した。
カスタマーの本部へと戻った冷雅と河川は、闇亜からの報告に渋い顔を作った。
「どういうことですか、あいつを出したんですか!」
事実を冷雅は再び闇亜に問い詰める。一方の闇亜は、表情を一つとして変えぬまま再び同じことを繰り返す。
「何回言えば分かる。今この時点であいつを出すことによって、向こうに精神的ダメージを与える。そのために出したのだ」
闇亜の言っていることは正論であり、河川は理解の顔を作っていたが、それとは対称的に、納得のできない顔を作っている冷雅が横にいた。
「まさか、あいつを一人で・・・・・・!」
「そのほうがいい。あいつは味方なら心強いが、敵では危険だ。手元に取っておくべきなのだ」
「せめて一緒に連れて行かせろよ・・・・・・!」
「口を慎め、冷雅」
上官であるべき闇亜に声を荒げる冷雅に、側近のユルが口を開く。冷雅はその一言で静まる。「だが・・・・・・」と闇亜が口を開いた時、冷雅は何かを感じ取ったのか、険しい表情を作る。
「あの三人を出した」
「黒い三彗星ですか・・・・・・」
隣でずっと会話を聞いていた河川が闇亜に訊ねる。闇亜は、「そうだ」とうなずき、話を続ける。
「あいつらも、ショックを与えるには十分な材料だ」
「・・・・・・」
冷雅は先ほどのユルの叱責から一言として喋ってはいないが、憤りを感じているのは、表情から安易に察することができた。
突き落とされた拳が、地面に激突し、地面をへこませ、アスファルトを跳ね上げる。空中移動加速安定装置から降り立った乱州は、いつにもない殺気に満ちていた。闘也は剣を作り出す。腕を剣に変えた乱州と、つばぜり合いになる。
「乱州! お前も改造されたのか!?」
「お前には・・・・・・関係ないッ!!」
乱州が闘也を弾き飛ばす。闘也は乱州を見やる。今まで、乱州と戦うことなんて、一度としてなかった。今、目の前にいる乱州は、もはや超能力戦争を共に戦った英雄ではなかった。ただのカスタマーの兵士に成り下がってしまった。
「お前を見ると・・・・・・体中が疼くんだよォォッ!!」
乱州の目が、瞬間なくなり、まばたきのうちに覚醒した目を作り出す。体は銀色のオーラを纏い、腕には防御用のシールドが取り付けられている。乱州がムゲンを引き起こしたのである。闘也はより素早くなった乱州の動きをぎりぎりで見切る。
「くっ・・・・・・!!」
剣型の腕を振るい、乱州は闘也を切り落とす体勢を作る。闘也はなんとか斜め前方に回避する。反撃を試みるため、足を僅かに切るつもりで横に振るう。が、その剣の動きは完璧に見切られ、乱州が一気に距離を取られる。乱州は、ムゲンの覚醒を引き起こしたことによって、空高くで闘也を睨みつけている。
「乱州・・・・・・俺が止めてみせる!!」
闘也の脳内で、全神経が研ぎ澄まされる。黄色い魂の色を纏った闘也は、空へと飛び出す。その手には、ソウルソードを約二分の一にしたものを二本構えた、ツインソウルソードが握られている。
「魂剣――百連斬!!!」
流れるようなスピードで闘也の腕が動き始める。闘也の剣のほとんどは、乱州の腕に取り付けられた盾で防がれる。闘也の攻撃が止むと、乱州はその腕を伸ばして闘也の腹部に直撃させる。完全に身動きがとれなくなった闘也は、そのまま地面に叩きつけられる。
「これで、終わりだァァァァッ!!!」
ゆっくりと、闘也を押さえつける手が大きくなっていく。それと比例し、闘也の体感重量も大きくなっていく。潰されると諦めた直後、乱州の腕が引っ込む。瞬間的に、闘也の上を何者かが通り過ぎる。闘也への攻撃を中断させたのは、紅蓮であった。紅蓮は、パワーストーンを剣の持ち方で叩きつけようとしたが、それがかわされたようだ。だが、そのおかげで、闘也はその腕から逃れることに成功した。
「秋人!!」
乱州がその問いかけに反応し、後方を見ようとした。が、その動きは行われぬまま、乱州は後頭部を殴りつけられる。
「ちぃっ!!」
乱州の後頭部を蹴りつけた本人である秋人は、僅かによろめく乱州に、上空からの蹴り落としを食らわせる。乱州は少しばかり高度を落とす。秋人の蹴り落としは、乱州の腰に直撃する。闘也は、そのチャンスを見逃すことなく、攻撃に転じる。体勢を崩した乱州に肉迫し、剣で乱州の顔を切りつける。乱州の左頬に切り傷が入る。闘也は、剣を切り替え、ソウルスティックへと変形させる。そして、そのまま乱州の腹部に突き刺す。棒なのでリーチは長いが殺傷能力は皆無といっていい。
「もう止めろォォッ!!」
闘也は乱州に一喝し、ソウルスティックを今度はハンマーへと変える。ごつごつとした打撃部分を、乱州の横腹に叩きつける。
「ぐぁぁぁぁっ!!」
乱州は、その体を吹き飛ばされる。あわやというところで体勢を立て直すが、戦うのにはすでに無理があった。闘也は、乱州とは別に、サイコストの気配を感じていた。
「何だ・・・・・・?」
闘也はその方向を向く。その瞬間、正面に黒い物体が現れる。そこから、闘也と同じ年であろう少年が飛び出し、闘也へと攻撃してきた。闘也は間一髪で少年の繰り出してきた拳を後ろへと下がって回避する。闘也は、その顔を知っていた。黒い三彗星である。おそらく、一人だけということはないはずだ。やつらは、三人でいることで力を発揮する。
「そこか!!」
黒い三彗星のリーダー、黒田暗志がブラックホールから飛び出してくる。闘也は出てくる場所を予測しており、その予想に暗志はバッチリはまった。闘也は、勢いよく暗志へと蹴りを食らわせる。
「お前達も改造・・・・・・?」
「俺達は元々カスタムだ。だからこそ!」
暗志が闘也に答える。だが、その答えが言い終わる前に、後ろからの攻撃を、ハンマーを剣に変えて受け止める。黒岸信自である。
「攻撃は俺達の意志だ!!」
「く・・・・・・!」
闘也は信自を足で引き寄せ、腹部を横切りする。僅かな流血を見た信自は、臆するかと思われたが、さすがに元不良なだけはあった。闘也を蹴り飛ばし、すぐに距離を取った。
「黒い流星の如く、この拳を叩きつける!」
信自が黒く変色した拳を闘也へと突きつける。しかし、その信自の攻撃は当たらなかった。薄緑のオーラを纏った秋人が、信自を殴り飛ばしたのである。秋人がムゲンを引き起こしたのだ。
「吸い込む! こいつで!」
黒谷殺闇がブラックホールを作り出し、秋人と闘也を吸い込む。これは、回避の問題ではなかった。捉まってしまえばそこで終わりだ。
「くそ・・・・・・!」
「闘也さん!!」
その一言と共に、紅蓮が殺闇を蹴り飛ばし、ブラックホールを消滅させる。闘也は、目の前に来た暗志を斬りつけるが、ブラックホールに逃げ込まれる。気づいた時には、真上から組まれた拳を頭に叩きつけられていた。
「黒脳天!!」
殴られた直後、闘也は真上を剣で横に斬る。が、そこに暗志の姿はなく、闘也の剣は空を切った。闘也は、一本のソウルソードを分裂させる。ソウルソードと同じ大きさのまま、二本の剣が生まれる。ツインソウルソードよりも攻撃力は高い。手数は僅かに減るが、その攻撃力がフォローする形になっている。ダブルソウルソードである。
「この動き、彗星ならではだ!!」
暗志が背後から飛び出してくる。闘也はダブルソウルソードを暗志へと振り下ろす。しかし、暗志はやはりブラックホールへと逃げ込み、今度は下方から飛び出し、拳を後ろに引く。闘也はその動きを見切り、一回転する形で暗志にダブルソウルソードを振り下ろす。が、やはり暗志は、自らの進路にブラックホールを作り出し、そこに逃げ込む。
「くそ・・・・・・いつまでもちょこちょこと!!!」
闘也は誰もいない空を連続で切る。全神経を集中させ、空を切りまくる。いつしか、闘也の周りには、真空の刃が生まれていた。
「時空切断!!!」
その瞬間、闘也の周りにあった真空の刃は、空を切り裂いた。攻撃が外れたわけではなく、本当に空間を切り裂いたのである。その時空の裂け目から、暗志はほうり出される。闘也はそれを見逃さなかった。闘也はダブルソウルソードを暗志の脚部へと滑らせる。真横に暗志の脚部を切りつける。下半身の衣服の下半分が破け、右足からは激しく流血しているのが見て取れていた。
「畜生・・・・・・!!」
暗志は一言呟くと、三つのブラックホールを作り出す。信自と殺闇がそれぞれブラックホールへと入っていく。暗志は闘也に言った。
「次は倒す! 必ずな!!」
そういうと、自らも作り出したブラックホールに吸い込まれていった。遠くで倒れていた乱州も、よろよろと立ち上がり、ブラックホールへと吸い込まれていった。