15、霞む決意、見えてきた迷い
コピリスを失ったショックは大きく、朝になっても、紅蓮はまだ泣いていた。全身の力が思うように入らない。涙は出ていない。ただ膝を屈して、うずくまり、叫び声を上げているだけだった。傍から見れば鬱陶しく見えるであろうこの光景も、当人や関係者にとっては、目を背けたくなる事実ではあったし、同情する者もいるであろう。
「俺は・・・・・・どうすれば・・・・・・」
コピリスが、自らの右腕にない。
彼の悲愴感を余計にかきたてるように、パワーストーンが一つ、コピフから転げ落ちる。
「紅蓮」
頭の上から、一人の少年の声が降りかかる。闘也だ。その目には同情なんてものはない。だが、その目には彼が無慈悲な人間であるという証明はなかった。
と、安心していたのはその時だけであった。無理やり立たされ、腹部に重い一撃がのしかかる。闘也の拳が紅蓮の体を押し出したのだ。紅蓮は地面とほぼ平行に飛び、近くの塀に叩きつけられる。全くの進路のブレがないことから、どうやらこれを狙ったらしい。紅蓮には、なぜ殴られ、吹き飛ばされ、塀に叩きつけられたのかが分からない。
「迷うことは、悪いこととは言わない」
闘也はその口を開いた。
紅蓮はその意識は僅かながら吹き飛んでいたが、その言葉を聞き取ることはできた。
「だが、迷いながらでも戦う。それが戦士・・・・・・お前自身じゃないのか」
紅蓮の心に、脳に、体に、迷いという単語が無形の刃となって各所を刺し、貫く。紅蓮は塀から零れ落ちるように倒れた。その目がゆっくりと闘也に向けられる。
「お前の決意は、そんなもんか、紅蓮」
「俺の・・・・・・決意・・・・・・」
紅蓮は、苦し紛れに呟く。綺麗事だけでは、世の中は渡っていけないし、人々をまとめることも、最悪、人と触れ合うことすらできない。汚い言葉をぶつけあってこそ、人と人は分かり合える。
俺の決意はなんだ?
綺麗事の中に、俺の決意はあるのか?
自身も希望も、何一つ失った自分に、差し伸べられる手はあるのか。
差し伸べられる手の持ち主にも、決意はあるのか。
迷いの中で自分は、決意があるのか。
「迷いの中の決意ではない。お前の根本的な決意だ」
根本的な決意。
「そうだ・・・・・・」
思い出した。自分の、起源にして、目指す頂点でもある場所。いや、場所ではない。それは、起源にして、頂点であるべきものだ。
いつも、自分に言い聞かせてきた。
訊ねる奈美にも、それを伝えた。
俺は・・・・・・。
「森羅万象の超能力者になる・・・・・・!」
その決意は、今でさえ、霞むことのない紅蓮の根本的なものだ。彼の原動力でもあるのだ。揺らぐことも、霞むこともない、彼の夢。目指すべき頂点、彼の行う行動全ての原動力。
目の前から足音がする。一つではない。多数の足音である。紅蓮はゆっくりと顔を上げる。反乱兵。エスパーである。紅蓮は、わずかによろめきながらも立ち上がる。数は五十。紅蓮はエスパー達を睨みつける。
「赤火紅蓮、戦闘を開始する」
カスタマー専用の兵士輸送艦、『CSR-01 アオミ』には、コピリスを奪取した青水冷雅が乗艦していた。傍らには、彼の弟である、青水河川も同乗している。
ちなみに、CSというのはカスタムの略称したものであり、河川は気に入っているが、冷雅はそこまで気に入ってはいない。Rはレインボーで、和訳は虹である。つまり、簡単に言えば、これを利用するのは『虹七色』のメンバーが大半だということだ。
「作戦が成功したんだね。兄さん」
「たいしたことねぇよ」
軽く返答した冷雅は、正面にいる河川から目を離し、携帯用のゲームを操作しはじめる。
シューティンングアクションゲームである。目の前に出てくるたくさんの敵に銃をはなちながら、敵の砲撃をかわしていき、敵を殲滅させるなり、拠点を制圧するなりの任務をこなしていく。
「今、大地さんから連絡があったんだ。これからエスパー島に攻め込むらしいよ」
冷雅は、同じ虹七色の一員である深緑大地の顔を浮かべる。やや大きな目ではあるが、その目は鋭く、痩せ型ではあるが、筋肉が皆無というわけではなかった。
「分かった。俺はとりあえず本部に戻る」
「え? 九州にわたるんじゃないの?」
「とりあえずの勝利報告ってこと」
「それじゃあ、僕の作戦に支障が出る」
河川の顔が歪む。子供っぽい顔をしている河川だが、言っていることは一人前である。
「兄に逆らうなよ」
「・・・・・・分かったよ・・・・・・」
口を尖らせる河川に少しなかり苦笑する。冷雅は立ち上がり、操縦席へと向かう。
操縦席の中のずらりと並んだパネルに目を通す。この艦――アオミ――は虹七色の移動手段のために用意された輸送艦の一号機である。冷雅はパソコンを操作し、自動操縦の輸送艦の針路変更を決定した。針路変更が完了すると、僅かに艦体が揺らぐ。僅かではあるが、アオミがゆっくりと下降を始めたのである。雲の間を突き進むアオミは、その後その雲を抜けた。冷雅は操縦席から離れ、再び河川のいる場へと戻っていった。
エスパー諸島内の一つの島、Sエスパー島の砂浜で、一人の少年が押し寄せては引いていく波を見つめていた。Sエスパー島は、エスパー諸島内では、いうなれば身分の低い、低級のエスパー達が住んでいる。そこに住んでいる少年、エルガ・ハットは、常人の肉眼では決して見ることのできないほど遠くで動いている一つの輸送艦を眺め始めた。
「進路予想・・・・・・高度、速度、咆哮より推測の結果、目的地は、水中・・・・・・」
脇に抱えていたサイコパソコンを取り出し、計算処理を始める。地理分野に関して、彼はそこまで優秀なわけではないが、日本の各都道府県と県庁所在地程度なら、ほぼ全てを言い当てることができる。
「ん・・・・・・?」
電子音がサイコパソコンより鳴り響く。電子メールが届いたのを知らせる音である。彼は一時計算処理を中止し、そのメールを読み始める。彼はそこで、自分が重大なミスを犯していたことを知った。
「Lエスパー島にカスタムが侵略だと・・・・・・!!」
もっとはやくに気づくべきであった。そうなれば、僅かたりとも準備はできていたはずだと言うのに!
エルガは立ち上がり、すぐ後ろに聳え立つ灯台の壁を走る。彼には、その重力を支配する能力さえも持ち合わせていた。ただし、視界に映っているものに限られるが。
「あれか・・・・・・!」
灯台の途中で、周辺を見渡していたエルガは、数隻の艦がLエスパー島へと向かっていったのが見えた。
エルガは、通信回線を呼び出し、Sエスパー島軍本部へと連絡を入れた。エルガはその口を開く。
「こちらエルガ・ハット。これより敵機を歪ませる」
彼の指先が、踊るように動き始めた。
紅蓮は五十のエスパーと対峙している。傍らには、闘也と秋人がいる。紅蓮はパワーストーンが収納さえているコピフから、二つのパワーストーンを取り出す。コピーとサブマシンガンのものである。彼はそれを両手それぞれに持つ。縦長な六角形のパワーストーンを、逆持ちにする。逆持ちは、例えば短剣などを持つ時のグリップである。刃がどちらかと言えば自分の方に向いているため、リーチ、つまりは攻撃範囲が小さい。ただ、短剣はそれにより、通常の持ち方ではできないようなトリッキーな技や、特殊な技も出すことができる。
「ストーンカッター」
紅蓮はエスパーに肉迫し、すれ違いざまに左手に持っていたストーンを突き刺す。無論、それは心臓ではなく、腹部に向けられたものである。困惑しているそのエスパーが真横に見えた頃、紅蓮はしゃがみ、そのエスパーの足を切りつける。引き続いて、目の前の数人のエスパーの間を、しゃがんだまま突っ切る。通り過ぎたうちの数人はかわしたようだが、そのかわした人数よりも多くのエスパーが、足を紅蓮に切られた。
「真似させてもらう、紅蓮」
闘也はいつも使っているソードを、小型化する。通常では止まる大きさになっても、その勢いは止まらず、ついには短剣となった。
「ナイフ」
闘也は一言、その武器の名を呟くと、敵機を一気に切りつける。紅蓮以上の動きで、エスパー達を死なせぬように、だが、確実に戦力を削っていった。
「おぅおぅ、カッコいいねぇ」
秋人は半ばふざけながらも二人を褒めた・・・・・・つもりだろうが、二人に届いている様子はなかった。それに、聞こえていても、まともに耳はかさないだろう。
「石・断絶剣!!」
紅蓮はそのパワーストーンを今度は通常の剣と同様の持ち方をする。パワーストーンが、紅蓮の腕ほどまでに伸びる。紅蓮はそのパワーストーンを持った腕を横に広げる。そのままエスパー達へとパワーストーンを入れる。無論、闘也の指示通り、狙うは足。心臓は狙ってはいけない。
最初のエスパーにそのパワーストーンが入った頃、紅蓮はその腕を交差させる。つまりは。左右両方の敵を斬ったのだ。そして、交差させた腕を、再び元の位置へと振り戻す。前方の敵すらも攻撃対象であった。
「もうやめろよ! 俺の同胞達!!」
闘也は一人のエスパーを押し倒し、足を斬り、向かってきた数人のエスパーを一瞬にして通り抜けたかと思うと、そのエスパー達の足を斬っていた。
「戦闘・・・・・・沈黙・・・・・・」
紅蓮は、いつものように、誰にとも無くそう呟く。小さくなっていくパワーストーンを、コピフへとしまいこむ。
「・・・・・・」
「闘也・・・・・・」
秋人は、闘也を心配してか、小さくその名を呼んだ。