12、青き盗みの風
目の前の少年、青水冷雅の自己紹介から察すれば、今回この『サイコスト狩り』を始めた組織は『カスタマー』。無論、カスタムが中心で構成されてはいるが、中には能力を持たないノーマルもいる。だが、サイコスト狩りを行っていることから、おそらくピュアはいないと思われる。カスタマーの組織内での一つの部隊、もしくは、強者が集まった幹部組織と思われる『虹七色』。冷雅曰く、彼はその一員らしい。どの道、ここに現れたということは、サイコスト狩りが第一の目的のはずだ。
しかし、気になる点もある。確かに、あれだけの大部隊のカスタムを投入してきたが、こちらを疲弊させるには十分だ。いや、疲弊したところに強者を送り込んで一気に叩く作戦かもしれない。
だが、もし別の作戦があるとしたら、彼が一人で現れたのも納得がいく。彼が――大部隊のカスタム達を別にして――一人の方が戦いやすいと判断し、一人で来たのか、あるいは敵の指揮官が一人の方がいいと判断したのか。どちらにしても、疲弊したところを一気に叩くわけではない。彼の能力を今一度振り返る。
出現はいきなりだった。俊敏な動きでこちらの剣を取り上げた。だが、豪快に力づくで取られた感じはなく、しなやかな動きでとっていった。秋人が持っている高速の能力では、あんなしなやかな動きはできない。彼は自らの知識の中から、冷雅の能力を引っ張り出した。
「その力・・・・・・奪取か!!」
闘也の読みが当たったのか、冷雅は少しばかり口元を挑むように笑わせた。
「さすが超能力戦争の英雄様だ。俺の能力をすぐに言い当てるとは」
小ばかにした口調を気にすることなく、闘也は冷雅に問うた。
「狙いはなんだ」
「お前なら、分かるだろう? 俺が何を狙ってるかなんて」
やはり、疲弊したところへの突撃ではないようだ。彼の能力からして、こちらへの攻撃というよりは、何かを、実体のあるものを狙うはずだ。この戦場で、自分が知っていて、価値のありそうなもので、実体のあるもの・・・・・・。
闘也の中で一つのある物が浮かび上がった。
まさか――あれを!!
「お前っ・・・・・・!!」
「遅い」
一言闘也に言い捨てると、カスタムの大部隊の上を飛び越えてある一人の少年の前へと降り立った。
「しまった!」
この距離では、そう簡単に間に合わない。やつの狙いはただ一つ。
コピーングリスバン。
闘也の中で、様々な感情が巨大な渦を巻く。
怒り、悲しみ、喜び、憂い、その他諸々・・・・・・。いつかもこんな感情を味わった。なぜか、それが今は思い出せない。でも、あのとき闘也は言ったのだ。
――コピーングリスバンは、お前のために作らせたのではない、と。
それは、紅蓮に向かって言った言葉だ。だが、それは紅蓮以外ならば誰でも持っていってほしいというわけではない。誰でさえも、持ち出すことは許さない。
それは、エスパーの――同胞達を守るために作られた力だ!!
あれが自分にも紅蓮にもなくなってしまえば、エスパー達は、本当に自衛の術を持たなくなってしまう。同胞として、国家元首として、そして何より、数多の同胞達を殺してきた罪を償うために!!
俺は・・・・・・盗らせるわけにはいかない!!
闘也の中で、全神経が研ぎ澄まされる。視界が三百六十度全て見えたような気分になる。見えてはいなくても、感覚で分かる。何がどこからどのような動きで活動しているのか。視覚や第六感だけではない。嗅覚、聴覚も異常なまでの伸びを見せる。
「ムゲン!!!!!!!」
闘也は一喝する。その一喝より早いか同じかの動きで冷雅の肉体を殴り飛ばす。その拳で吹き飛ばされた冷雅は、闘也の数十メートル先まで飛んでいた。
超能力戦争時、闘也含め英雄達は覚醒を起こした。その原理は未だサイコスト協会でさえ究明できてはいないが、協会は、この覚醒、そしてそれを引き起こす体内のシステム、発現の原理、それらを総称し、『ムゲン』とした。
発動中の身体能力、神経系の飛躍的な上昇はもちろん、能力も飛躍的に伸びる。中には、能力そのものが変わる場合もあれば、能力の効果が変わる場合もある。どちらにしろ、戦闘能力が急上昇するのに変わりはない。
闘也は右手に持っている剣と同じ大きさの剣を作り出す。そして、誰に言うわけでもなく、その武器の名称を呟いた。
「ダブルソウルソード・・・・・・」
紅蓮も秋人も、その姿を見て唖然としていた。
秋人は、その身を僅かに震わせながらムゲンを発動させた闘也の姿を見ていた。
四年ぶりの覚醒。この覚醒は超能力戦争以来である。もちろん、戦闘以外において、覚醒する必要はないからだろうが。エスパーに対しては一切覚醒せず、自分にすら覚醒しなかった闘也がいきなり現れた少年に対して覚醒する。秋人は、そのことに対し、少年に嫉妬心を抱いた。自分が弱いからかもしれないが、闘也には考えることも多い。もしかしたら、咄嗟の判断でそうしたのかもしれない。
どっちにしても、覚醒した闘也はやっぱすげぇ。
ムゲンを超能力戦争以来起こしていない自分では絶対に届かない存在であろう。でも、闘也には闘也の戦いがあるし、自分にも同じように、自分の戦いがある。ムゲンを発動させようとさせまいと、戦う意志を示していることに変わりはないのだろう。
秋人は、しばしの間吹き飛ばされた少年と闘也を交互に見ていたが、カスタムの大群がいることを思い出し、再びその大群の方へと体を向ける。彼らも秋人と同じだったのだろう。
『虹七色』の一人が吹き飛ばされた。それもたった一撃で。戦意喪失もあり得ぬ話ではない。
秋人は呆然と吹き飛ばされる様子を見ていたカスタムの隙を突き、一気にその大群の中を駆け抜けた。その素早さに気づかぬうちに、カスタム達は自分達が宙に跳ね上げられたことを悟る。いや、悟ったころには、すでに地面に叩きつけられている。
「遅いぜ! カスタムさん達!」
小ばかにしている口調の秋人を攻撃するのは愚か、視界に捉えることすら困難を極めた。
秋人が走り過ぎ去った部分には瞬間的な亀裂が入る。その光景は、その通行進路上にいたカスタムが全て吹き飛ばされ、道を開けたような状態になっていたのだ。
『パワーストーン――ソード』
秋人以上に闘也のムゲン発動に気を引かれていた紅蓮が動き始める。秋人は少し笑って見せると、先ほどとは違うルートで、大群の中を走り抜けていった。