9、すれ違う行動、交錯する拳
目の前にいる英雄に、紅蓮は挑むような目で見ていた。いや、その目は、見ているよりは睨んでいる。視線を全くそらすことなく、ただ睨んでいる。
「秋人」
闘也は秋人の名を呼ぶ。だが、秋人はその問いかけに、明るい笑顔で返してくると予想とは違う反応を見せた。
「殺す!」
「秋人・・・・・・?」
様子がおかしい。それは、秋人が現れたときから紅蓮が感じていたことだった。予想通り、秋人はあの伝説的な英雄とはまるで別人となっていた。おそらく、今の風見秋人は、超能力戦争の英雄なんかではない。
「俺は・・・・・・Pカスタムだぁぁぁっ!!!」
秋人は俊足で闘也の目の前まだ接近し、腹部に強烈な拳を入れる。闘也は一気に吹き飛ばされ、靴の裏が一気に磨り減る。なんとか体勢を立て直した闘也は、殺傷能力のない武器、スティックを構える。
「闘也さん!」
「紅蓮!!」
自分を呼ぶ声が聞こえたのは、腹に鈍い痛みを感じてからだ。体が地面から離れる。減速のしようもなく、近くにあったコンクリート製の塀に体を腰からぶつける。痛む背中に、崩れた塀の破片が追い討ちをかける。紅蓮は、とりあえずはその塀からその身を離す。腰の痛みからか、上手く立ち上がることができない。
「赤火紅蓮・・・・・・戦闘を・・・・・・開始・・・・・・する・・・・・・」
途切れ途切れにその言葉を紡ぐ。紅蓮はゆっくりと立ち上がる。腰に激痛が走ったが、今の彼にそんなものはたいしたことはなかった。
闘也さんを傷つけた。ならば自分は、その加害者の魂をこの世から消し去るのみだ。
『パワーストーン――コピー』
パワーストーンをはめ込んだコピリスからいつもと変わらぬ音声が発せられる。紅蓮は、複製の力を身に纏う。自らの本当の力。ここから全てが始まるのだ。自分の原点は、ここ――複製という能力――にある!
「敵の排除を開始するっ!!!!」
紅蓮の叫びが、三人しかいない小さな戦場に響きわたった。闘也は走り出した紅蓮に声で止めようとした。
「紅蓮止めろ!そいつは秋人じゃない!正気を取り戻すまでは・・・・・・」
「あれは敵です!!」
きっぱりと紅蓮は告げる。紅蓮は尚もその足を止めようとはしない。闘也は半ば絶句していた。
違う。秋人は敵じゃない。仲間だ。共に戦場を潜り抜け、戦い抜いてきたかけがえのない戦友だ。超能力戦争という、絶望を覚えさせる戦争の中で、生きる希望を見失うことなく、ただ戦争終結という光だけを信じ、戦ってきた。
だが、紅蓮はそんな闘也の思いをやはりきっぱりと拒んだ。
「秋人でないなら、遠慮はしません!」
「そういうわけではない!」
闘也はいうが早いが飛び出していた。迷うことはたくさんある。超能力戦争でも、迷いを抱え、だが、時としてそれを振り払って戦ってきた。エスパーの創設者ともされるキラー・エスパーとだって、どこか心に迷いを覚えながらも、仲間との繋がりを信じ、覚悟という力で斬った。
今でも迷いは脳を埋め尽くすほどだってある!
だが、人は迷う生き物だ。迷うから進化してきた。迷うからこそ、その迷いの末の決断が――大きな意味を成す!
「よく考えろ! 悩め! 迷え!」
闘也はスティックを紅蓮に向かって振り下ろす。紅蓮はそのスティックの攻撃位置を知っていたかのようにかわす。そして、闘也を横目でちらりと見ると、一気に闘也の後ろへと抜けていった。紅蓮が握り締めた左手を秋人の腹部へとのめりこませた。
「複製」
紅蓮の左手の中に、パワーストーンが生成される。その石がなんの能力を持っているかは、闘也はすでに分かりきっていた。
「迷っていれば、時は過ぎる。過去は取り戻すことはできない。なら――」
紅蓮はパワーストーンをコピリスにはめ込む。しっかりと固定されたパワーストーンは、紅蓮の目には新鮮だった。紅蓮はそのふたを勢いよく閉める。
『パワーストーン――スピード』
瞬間、紅蓮の姿は闘也の視界から消えた。紅蓮は一瞬にして秋人の背後へと回り込み、蹴りを繰り出す。
「がはっ・・・・・・!」
秋人がうめき声を上げる。紅蓮は素早く着地する。そして、ゆっくりと立ち上がり、それと同時にゆっくりと頭を上げる。
「今この時、迷うよりも、行動することの方が、意味がある」
紅蓮は淡々とした口調で話す。闘也の前には倒れている秋人がいる。正気を失っていることは知っている。だからこそ、闘也は秋人からはある程度の距離はとっていた。
「思想することは、なんの意味もない。行動しなければ、当人達の時間は進まない。世界の時間しか、流れることはない」
紅蓮の言っている言葉が、闘也の過去と繋がる。
記憶の片隅にある、紅蓮との記憶。六年生?五年生?それすら分からない。三年以上前の話だ。闘也自身も、自分が戦争するとは思っていなかったし、その英雄になるとも思ってはいなかった。
「はーい、皆さん。皆の好きな四字熟語はなんですか」
担任である女教師の声が教室に響き渡る。闘也は無論何もいう気はない。それを知っているのか、担任は闘也には四字熟語は聞かなかった。
その中で、紅蓮はとある二つの四字熟語を上げた。その当時から、僅かに目じりの上がっている鋭い目つきをしていた。闘也は別として、他の子からは、やや距離を置かれる存在であった。勿論、気持ち悪いからというのもあるが、なによりも、彼から発せられる気が、恐怖を呼び起こすからだ。その顔立ちからではない。彼そのものからだ。
「はい、じゃぁ紅蓮君」
担任が紅蓮を指名する。自分よりも小さい机に手をつき、立ち上がりながら、椅子を足で押す。その鋭い目つきのまま、紅蓮は言った。
「粉骨砕身、そして、森羅万象です」
決して大きい声ではない。闘也も、その発言を記憶のどこかに閉まったままであった。
そう、彼は今、それを成そうとしている。粉骨砕身――紅蓮なりの解釈なら――考えている暇があるなら、行動したほうがいい。行動しなければ、何も始まらない。何も進まない。何も終わらない。
「くっ・・・・・・」
今になって、闘也はサイコスト狩りを憎んだ。なぜこんなことをするのか。サイコストにもエスパーにも、もちろん、ノーマルにも、本当ならば罪はないのだ。それでも、なぜカスタムはピュアに対して『サイコスト狩り』を行うのか。自分達もサイコストなのだ。同胞なのだ。
そして、その同胞の中で仲間として戦ってきた秋人。本当はピュアなのに、カスタムにさせられたというのか。
「ピュア同士が戦うなんて――」
間違っている。超能力戦争の終結。そのとき考えていた未来とは遠くかけ離れている現実が目の前で起こっている。なんとか正気に戻さなければいけない。どうやって戻す?戦うことしかできなくなってしまっている少年の正しいはずの心を。
闘也は、ゆっくりとスティックを構えなおす。
――紅蓮の言うとおり、たまには考えずに動くのもいいかもしれない。だが、あくまで自分は自分のやり方を貫き通す。
「誰も死なせはしない!」
死者を出さずに戦う。体に異常を来たすことはあっても、絶対に死には導かない。更正させるための光へと導かなければならない。超能力戦争の時には思いつくはずもなかった戦い方が、彼を動かす。
けど、もし秋人が正気をとり戻したとき、とても一緒に戦えないようでは困る。だからこそ、彼はスティックを構える。秋人はゆっくりと立ち上がり、こちらをまっすぐに見てくる。その目に今までのようなにこやかなものはない。それは目だけではなく、顔も、その体勢もだ。
「正気を戻せ!!! 秋人ォォォォッ!!!!!」
闘也のスティックがほのかな光を放つ。闘也はそのスティックを片手で振り回す。時計周りに動くスティックが、秋人のわき腹をこの上ない威力で打ち込んだ。
そのとき、闘也に迷いはなかった。
紅蓮は、その光景を少し離れた場所で見ていた。秋人が闘也のスティックをもろにくらい、一気に吹き飛ぶ。紅蓮は、追撃をしようとはしなかった。紅蓮はゆっくりとパワーストーンをコピリスから取り出す。コピフにそれをしまうと、ゆっくりと闘也の方へとゆっくりと歩いていく。
紅蓮は闘也の前に立つ。そして、紅蓮はゆっくりとその姿勢をかがめる。右ひざが地面につく。
「誰も死なせない戦い・・・・・・」
しかし、その姿勢から一変、瞬間的に紅蓮の体勢が変わる。拳を後ろに引き、すぐに前へと突き出す。闘也の頬の感触が紅蓮の拳に伝わる。闘也が二、三メートル吹っ飛ぶ。
「闘也さん・・・・・・あなたは――」
紅蓮はゆっくりと近づく。それでも、それなりの距離を闘也とはとっていた。紅蓮は、普段出すことのない声を張り上げた。
「あなたはそれでも戦士なんですか!!」
紅蓮の声は、闘也には痛いほど届いている。
戦士。戦う者。弱い敵も強い敵も構わずなぎ倒し、世界に平和をもたらしていく。紅蓮は、敵を倒せば、世界には必ず平和が訪れると信じている。実際、あの超能力戦争もそうして終結を迎えたのだ。エスパーをただひたすらなぎ倒していき、やがて終結した。紅蓮は、その間、闘也たちとは全く戦うことはなかった。戦いを傍から見ていただけだった。
「戦士が、情なんてもったら、戦士じゃないです」
紅蓮は自分では怒りが爆発していると思っていたが、闘也から見ればすでにその熱は冷めていた。
「なら、俺は戦士じゃなくていい」
「っ・・・・・・!!」
「単に『戦ってるサイコスト』でいい」
紅蓮は押し黙る。言い倒したつもりが、逆に押し倒されていた。紅蓮は、闘也の言葉の返答に迷い、しばらく黙る。
「戦うのは戦士だけじゃないし、戦士が戦うとも限らない」
紅蓮へとゆっくりと闘也が近づいてくる。反撃を食らうかと僅かに身構えたが、闘也は軽く肩を叩いて紅蓮から離れていく。
「考えろ、紅蓮。人は、戦士とそうじゃないものに二分されるわけではない」
紅蓮を通り過ぎると、闘也はその足取りを速めることも遅めることもなく、英雄――いや、仲間の下へと歩いていった。