6話
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」
「それはお姫様、貴方で御座います」
「では世界で一番美しいのは?」
「それは貴方です、お姫様。隣国で妃となる貴方は、世界で一番美しい!」
世界で一番美しい妃を失った世界は、次代として王女を選びました。これでかの王は世界一美しい妻の、夫であることに変わりはありません。これで王は幸せに暮らせるはずだ、と王女は安堵して隣国へ嫁ぎました。嫁入り道具の中へ魔法の鏡を忍ばせて。
王女は隣国で式を挙げ、名実ともに隣国の妃となりました。かの王の隣に自分の座る席があることに、妃は心から幸福を覚えましたが同時に不安も益々色濃く染まるのでした。妃の予想した通り、隣国の民達は彼女を快く迎えてはくれなかったのです。
亡くなった前の妃は、それはそれは美しく聡明な女性でした。誰もが彼女の死を嘆き、悲しみ、惜しんでいました。それは王も同じであると疑いもしなかったのです。
ところが彼女が亡くなってたった1年で王のもとに新たな女性が現れたのですから、民は元より王の配下達は皆騒ぎだしました。揃って亡くなった王妃がいかに美しく、素晴らしい女性であったかを語り、隣国の王女を娶ることに反対しました。
王が新たな婚姻を口にして7日は、彼の部屋に続く廊下は面会を求める人の列が絶えなかったと言います。それでも王は決して首を縦には振りませんでした。只管に隣国の王女を妃にすると繰り返し、全ての意見をはねのけ、無理やりに婚姻を結ばせてしまいました。
祝いの式は、以前のそれとは比べ物にならないほど小さな物でした。亡くなった妃よりも盛大に祝っては彼女があまりにも可哀想だと民の間で騒ぎになったからです。新たな妃となった姫の為に、王と続き部屋になっている王妃の間が用意されましたが内装を取り換えることも許されませんでした。城に残る王妃の思い出が消えてしまうと、使用人達が揃って涙したからです。
王が一言言えば覆る事柄でしたが、新たな妃はそれらを堪えることにしました。婚姻を結べたこと自体が奇跡のようなもの、それ以上を望むのはあまりにも強欲であるように感じたからです。
確かに妃は幸せになりました。かの王が彼女だけを見て愛していると囁き、唇を寄せて微笑むのです。今まで幾度となく望み諦めた幸福な夢が手の届く場所にあるのですから、これ以上の幸福などこの世にあるはずがありません。月のような澄んだ瞳の中に、自らの太陽と称された姿形が映るのを確かめるたびに、胸が高鳴るのを感じました。
例え、自分がかの妃の代わりに過ぎないとしても。
妃が自らの娘となった少女と初めて会ったのは、結婚式から3年も過ぎたあとのことでした。小さな姫君が本当の母がいたことを忘れてしまうから、と乳母達が面会を拒否していたのです。
ところが姫君は、周囲の思いとは裏腹に父親の隣にいる見知らぬ女に興味を抱いていたようです。ある日こっそりと部屋を抜け出し、使用人達の目をかいくぐって王妃の部屋までやってきてしまいました。
「お姉さん、あなたはだあれ?」
自分の前で可愛らしく小首をかしげる姫君を見て、妃は息を飲みました。何と愛らしく美しい姫君でしょう。髪は、まるで夜空に浸して染め上げたような漆黒。肌は対照的に白く、柔かそうな唇は瑞々しい林檎色。そして、宝石のように澄んだ瞳は父親と同じ月の色をしていました。
まさに、あの美しい2人から生まれたただ1人の姫君――白雪に違いありません。妃には彼女が歳を重ね、さらに輝く白雪の姿までもが目に浮かぶようでした。
妃は膝をつくと、震える手で白雪の髪に触れました。
「初めまして、白雪姫。私は貴方の新しい母です」
「母?」
白雪はぱっと表情を明るくしました。
「新しい、母?」
「そう、私はあなたにとって2人目の母です。本当の母君ではないけれど、よければ私をそう呼んでくれますか?」
「はい、母様!」
白雪は嬉しそうにそう言うと、小さな手で妃のドレスの裾を握り笑顔を見せました。その顔を見た途端、何故か胸の奥が冷えて行くのを感じたのです。
小さな姫君が帰った後、妃は鏡に問いかけます。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」
「それはお妃様、貴方で御座います」
「では世界で一番美しいのは?」
「それは貴方です、お妃様。王に嫁いだ貴方は、世界で一番美しい!」
「……本当に?」
妃は、不安を滲ませ問いかけます。鏡は何時もの通り平淡な声で答えました。
「私は真実を映す鏡。偽りで鏡を曇らせたことはありません」