3話
魔法の鏡は王女が思ったよりずっと素晴らしい鏡でした。
ある時には今日から日持ちする食糧をため込むようにと言いました。王女は鏡の言うとおりに王に願い出て食糧を貯めました。その年は雨が少なく、多くの国々で食物が枯れ飢饉が起りました。ですが王女は鏡の言うことを聞いていたので、国中の民に食糧を分け与えることが出来ました。
またある時鏡は高価な薬草を買っておくようにと言いました。王女は鏡の言うとおりに薬草を買ってくるよう侍女に命じました。薬が王女の元に届いた次の日、王が急に倒れてしまったのです。王女が持ってきた薬で王はすぐによくなりました。
こういったことが起るたび、王女はますます鏡を気に入り、それはもう大切に扱いました。
また新しい朝を迎えました。王女の元には今日も沢山の求婚の手紙が届きました。以前は隣国の王と結ばれることを夢見て断り続けてきましたが、もうその必要はありません。隣国の王は世界一美しい娘をもらいうけ幸せになったのですから。
部屋に沢山運び込まれた手紙を見て、王女は困り果てました。一体誰の所へお嫁に行けばいいのか検討もつかなかったからです。この山の中には、あの王の様に自分から嫁ぎたいと思う人はいませんでした。
王女は困りに困って、鏡に尋ねました。
「鏡よ鏡、この中で私を一番幸せにしてくれるのはどのお方?」
「王女様、その中にあなたを幸せにしてくれる方はおりません」
鏡は淡々と答えます。王女は少しだけほっとして、侍女に手紙を全て捨てるように命じました。侍女は手紙をまとめると全部暖炉の中に放り込んでしまいました。
それでも手紙は次々やってきて、王女の部屋を再び埋め尽くします。そのたびに王女は鏡に尋ねるのですが鏡の返事は変わらず、この中に王女を幸せにしてくれる方は居ないと答えました。
一月が過ぎ、三月が過ぎ、春を過ぎて夏になり、秋を越して冬を耐え、とうとう1年が過ぎてしまいました。王女の夫となるべき人は見つかりません。ちっとも良い返事を出さないので、手紙も前の半分まで減っていました。
王女は自分を幸せにしてくれる人などこの世界には居ないのかもしれないと思いました。鏡が王女を幸せに出来る人を見つけてくれないからではありません。誰かの元へ行かなければと思うたびに、忘れたはずの隣国の王のことばかり考えてしまうからです。
例えあの手紙をくれた人のうち、誰かの元へ嫁いだとして王女はその方へ心からの愛情を示せるでしょうか。あの王へしたように夫となった人を思い、つくすことが出来るでしょうか。王女にはきっと出来ないでしょう。嫁いだ後もずっとずっと、心のどこかにあの王を住まわせて暮らしていかねばなりません。
一番に愛せない人の元へ嫁いだ王女が、幸せになれるとは到底思えませんでした。
「鏡よ鏡、本当に私を幸せにしてくれる方など居るのかしら?」
「勿論です、王女様。あなたを幸せにして下さる方は必ず現れます」
王女は鏡の言葉を信じて待ち続けました。それからどれ程の時が過ぎたでしょうか。王女はいつものように鏡に問いかけました。
「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」
「それは王女様、貴方で御座います」
「では世界で一番美しいのは?」
「それは隣国のお妃様です。お妃様は王女様、貴方よりずっと美しい!」
いつもと変わらない返事でした。だからこそ次の問いも変わらず返ってくると思っていました。鏡は機能と変わらない声音で、いつもと違うことを言いました。
「それでは隣国の王は、幸せですね?」
「いいえ、王女様。王様は幸せではありません」