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魔法の鏡  作者: 芽緒
2/6

2話

 あの王子がついに王位を継いで王となってからも王女の生活は変わりませんでした。王女は毎日同じことを鏡に尋ね続けました。鏡もまた、同じことを返し続けました。今日も王女は国中で一番美しく、隣国のお妃様は世界一美しく、王も幸せに暮らしているのです。


一月ほどして、あの物売りが城へやってきました。王と王妃は王女を元気にしてくれたお礼にと沢山物を買ってやりました。物売りが鏡の調子を見たいというので、王女も喜んで部屋へ案内しました。物売りは鏡をじっと見つめ、振り返るとにやりと嫌らしく笑いました。



「王女様、あなたはこの鏡の使い方をまだよく御存じない」

「知っているわ。この鏡は、真実を答えてくれる鏡なのでしょう?」

「ええ、その通りです。だからこそこの鏡は色々な王や貴族の方々に重宝されてきました」



 曇りもヒビもなに1つない、今日も美しく磨かれた鏡には最初見た時より整った服装の物売りが映っています。鏡の中の物売りも目の前の男と同じくにやにやと笑っていました。



「この鏡は真実を知っています。例えばあなたも知らないような真実を。過去も、現在も、未来さえも見通す真実の鏡なのです」



 その後何度尋ねても物売りは嫌らしい笑みと一緒に自分で確かめなさいと言うばかりで何も教えてはくれず、部屋を出て言ってしまいました。王女は首を傾げ、物売りがそうしたように鏡を覗きこみますが、そこには不思議そうな顔をした王女が映っているだけで他に不思議な物は何一つ映ってはいませんでした。



「鏡よ鏡、あの物売りは何のことを言っていたの?」

「私は真実の鏡ですから全ての真実を知っています。例えば誰かが秘密にしていることでも、王女様がご存知ないような昔のことも、これから起こる未来のことも。もし王女様がお尋ねになったなら、それらを全てお答えいたしましょう」



 鏡はいつもの問いに答えるような淡々とした口調で言うと、静かになりました。王女は驚いてまぁ、と声を上げましたが鏡に映っているのは相変わらず、王女の驚く顔だけでした。



「それならあなたは私の秘密も知っているのね」

「はい、王女様。あなたは6歳の頃、王の部屋にあった高価な壺を割ってしまった時に飼っていた猫が壊したと嘘を言いましたね」

「あら、嫌だわ!誰にも言っていないのに!」



 王女は恥ずかしそうに顔を手で覆いました。鏡が言ったのは本当のことでした。王の部屋にあった綺麗な壺が気に入った王女は、どうしてもそれに触ってみたくて手を伸ばしただけでした。ところが壺は大きく傾き、床へ落ちて砕けてしまいました。


 床に散らばった壺の欠片を見て怒った王に驚いた王女は、思わず嘘を言ってしまいました。王が王女の前で声を荒げたことは、それまで一度も無かったのです。


 今まで誰にも話したことはなかったのに、どうして鏡は知っているのでしょう。尋ねると、鏡はそれが当然であるとばかりに答えました。



「私は真実の鏡ですから、何でも知っているのです」



 それからというもの、王女は鏡に皆の秘密を尋ねるのが楽しみになりました。王がベッドの側に高いお酒を隠していることも、王妃が内緒でドレスを買ったことも、王女はみんな知っていました。

 何も知らない振りをして王にお酒の匂いがすると囁いたり、王妃のドレスをほめそやしたりすると2人がどっきりした顔をするので尚の事楽しい気分になれました。王女は想像もしませんでしたが、誰ひとりとして秘密を持っていない人はいませんでした。


 皆が隠していることを知っているというのは、何と愉快なことでしょう。料理長の秘密、侍女たちの秘密、近衛兵達の秘密、庭師の秘密…たわいのない毎日の中にひっそりと隠された秘密を1つずつ尋ねては、鏡を前にくすくす笑っていました。

 ある日、王女は新しく側仕えになった侍女の秘密を鏡に尋ねました。その侍女は年の近い、可愛らしい少女でした。



「鏡よ鏡、新しく私の側仕えになった可愛いあの子の秘密を知っている?」

「知っております、王女様。あの娘はただの侍女ではありません。海の向こうから来た者で、王女の命を狙っています。明日王女と2人きりになったとき、隠していたナイフで刺し殺してしまうつもりです」



 王女はあまりにびっくりして、手にしていたカップを落としてしまいました。本当なのか尋ねると鏡はいつものように私は真実の鏡だと訴えるのです。確かにこの鏡は今まで嘘を言ったことはありません。心配になった王女は、一番信頼している侍女に一日中王女の部屋の隅に隠れていて欲しいと言いました。侍女は不思議そうな顔をしながら部屋の隅に隠れました。


 次の日の昼過ぎでした。あの新しい侍女が1人で部屋にやってきたのです。王女は怖くて逃げ出したい気持ちを飲みこみながら侍女を部屋へ招きました。侍女は部屋に入るや否や、突然隠し持っていたナイフを振り上げました。


 鏡の言ったことが、本当になったのです。王女が悲鳴を上げると、部屋の隅に隠れていた侍女が飛び出してきて大声で人を呼びました。新しい侍女はすぐに部屋を出て、逃げていきました。あの鏡を信じたお陰で、王女は怪我1つ負うことなくすんだのです。


 王が調べさせたところ、鏡の言った通りあの娘は海の向こうから来た刺客でした。鏡は確かに未来を知っていて、王女の命を救いました。鏡の素晴らしい力を知って、王女はますます鏡に夢中になりました。この鏡が嘘を言わず、真実だけを告げ、王女を救ってくれる鏡だと確信したからです。


 あの事件以来、毎朝するいつもの質問が1つ増えました。今日も王女は鏡に問いかけます。国で一番美しいのは誰か、世界で一番美しいのは誰か、今日も隣国の王は幸せであるかどうかを。そして鏡は国で一番美しいのは王女で、世界で一番美しいのは隣国の王妃で、隣国の王は今日も幸せに暮らしていると答えます。そうして付け加えるように、王女は問いました。



「私が今日すべきことは何かしら?」



 そう尋ねれば鏡は何か大変なことが起こる時にはそれに対処するよう教えてくれました。何も無い日はいつもと同じように、と答えました。僅かに緊張する王女の前で、鏡はさっきの問いに答えた時と同じ声音で答えました。



「いつもと同じように、お好きなようになさいませ。」

「今日は何もないのね、良かったわ。」



 王女はほっと息をつき、侍女の用意してくれた紅茶を飲みました。こうして王女の一日は始まります。


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