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魔法の鏡  作者: 芽緒
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1話

 とある国に、国中で一番美しいと言われる王女がいました。太陽の光を集めたような黄金の髪に、空を映したような真っ青な瞳をした王女のもとにはたくさんの求婚がありましたが、彼女はそのどれにも首を縦には振りませんでした。王女には心に決めた人がいたのです。それは舞踏会で出会った隣の国の王子様でした。


 手を取って一緒に踊った夜のことを、目を閉じればついさっきのことのように思い出すことが出来ました。それ以来どんなに美しいと言われる王子を見ても何も感じなくなってしまったのです。まるで世界が違ってしまったかのようでした。例えこの国の誰よりも美しいと言われる自分でも、あの王子の月の光のような眼差しには劣るように思えたのです。


 王女は王に隣の国とのつながりを深めてもらうよう頼み込みました。美しい王女を誰より愛していたのが王と王妃でしたので、彼らは娘の望みをすぐに叶えました。暫くして王子から手紙が届くようになりました。王女は心から喜び、王子のために手紙をたくさん書いて贈り物をたくさん送りました。

 隣国が不作で困った時にはたくさんの食糧を送り、お金に困った時はお金を送りました。王子が悩んでいる時には励ましの言葉を送り、苦しんでいる時にはあらゆる手を尽くして彼の苦しみを解消する方法を探しました。


 そうするうちに、王子が自ら王女に会いに来てくれるようになりました。王子は舞踏会では決して見せることのなかった温かい笑みを見せてくれました。何もかもが王女の望んだとおりでした。あとは王子が王女と結ばれれば全てが上手くいくはずでした。ところがある時城を訪れた王子が王女に手渡したのは、結婚式の招待状でした。

 王女と同じように、王子にも心に決めた人がいたのです。それは隣の国に住んでいる貴族の娘でした。その娘が隣国では国で一番美しいと言われていることを、王女は知りませんでした。


 招かれた結婚式で王女は初めて娘を見ました。黒檀のような黒い髪に、新雪のような白い肌をした娘でした。まるで夜空に輝く星のような美しさに、王女は打ちのめされてしまいました。自分は国中で一番美しい王女であるはずなのに、あの娘の美しいこと。なおのこと、王子と並んだ時娘はより一層美しく微笑むのです。


 王女はすっかり自信を無くして国に帰りました。人が変わった様にふさぎこみ、部屋から出てこなくなってしまいました。王と王妃は心配し王女を励まそうとありとあらゆることを試しましたが、王女は笑顔を見せることはありませんでした。

 王は諦めず必死に王女を励ます方法を探しました。幾月が経ったでしょうか、王女が部屋から出ないという噂を耳にした遠い国の物売りが珍しい鏡を城へ持ち込みました。


 それは不思議な魔法の鏡でした。物売りは王女を鏡の前に立たせ、言いました。



「この鏡は真実を告げる鏡です。王女、鏡にこの国で一番美しいのは誰かと尋ねてみてください」



 王女は促されるまま、鏡に問いかけました。



「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」

「王女様、それは貴方です。この国で一番美しいのは、王女様です!」



 鏡が小さく震えて、声を出しました。大人か子供かも分からない不思議な声でした。王女は心から驚きましたが、やはり騙されているのではと思いました。誰かが鏡の裏に居て声を出しているのかもしれません。例え本当の魔法の鏡だとしても、嘘を言っているのかもしれません。物売りは嫌らしくにやにや笑いました。



「信じられないのでしたら、王女様にこの鏡をお預けしましょう。3日後に鏡を取りに参ります。それまでに色々尋ねてみてください」



 物売りが立ち去った後、王女は鏡を調べました。部屋のどこにも王女以外の人はいないし、鏡もまるで変哲のないただの鏡でしかありません。半信半疑のまま、王女は再び鏡に問いかけました。



「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」

「それは王女様、貴方で御座います」

「では世界で一番美しいのは?」

「それは隣国のお妃様です。お妃様は王女様、貴方よりずっと美しい!」



 それは嘘のない真実でした。この国の誰もが、王女の方がお妃より美しいと慰めの言葉をかけたにもかかわらず鏡は躊躇いなく本当の言葉を告げたのです。王女はぼろぼろと涙を流し、鏡に縋りました。



「あなたは嘘をつかないのね」

「はい、王女様。私は決して嘘をつかない、真実を告げる鏡で御座います」

「私よりお妃の方が美しいなんて言ったら、怒って壊されるかもしれないのに」

「私は決して嘘をつかない、真実を告げる鏡で御座いますから」



 鏡の言葉は揺らぎ無く、淡々としていました。それが王女には誰よりも本当のことを言っているように聞こえました。王女はすぐに物売りに鏡を売って欲しいと言いました。鏡は普通の鏡の何倍も何倍も高い物でしたが、王女は王に頼み込んで鏡を買ってもらうと部屋に飾りました。

 そして今日も王女は鏡に問いかけます。



「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰?」

「それは王女様、貴方で御座います」

「では世界で一番美しいのは?」

「それは隣国のお妃様です。お妃様は王女様、貴方よりずっと美しい!」



王女は涙を飲んで王子の幸せを喜ぶ決意をしました。あの美しい王子は、世界一美しい姫を娶ったのだから、これ以上の幸せなどあるはずがありません。国一番美しいと言われても、かのお妃より美しくない王女と結ばれるよりも幸せでしょう。王達のつく優しい嘘よりも、鏡の言う真っすぐな真実が王女の励ましとなりました。



「それでは王子は、幸せですね?」



確かめるような問いに、鏡は淡々と答えました。



「はい、王女様。王子様は幸せに暮らしています」


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