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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第11章 王立学院一年 三学期

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第187話 学院長への報告

 ローヴェン先生は、福嶋亮太の『魔法理論』を慎重に手に取った。


「行くぞ」


 ローヴェン先生が短く言う。


「この件は、学院長に直接報告する」


「はい」


 俺とセレナは頷き、研究室を出た。

静けさの中で、俺たち三人の足音だけがやけにはっきり響いていた。


 ローヴェン先生は何も言わない。


 セレナも口を開かなかった。


 俺も、何を言えばいいのか分からなかった。


 ◇


 学院長室の前に着くと、ローヴェン先生は一度だけ俺たちを振り返った。


「色々と言いたいことはあるかもしれないが、ここでは確認できた事実と、読めた内容を伝えよう」


「はい」


「分かりました」


 俺とセレナが答えると、ローヴェン先生は扉を叩いた。


「どうぞ」


 中から、低い声が返ってくる。


 学院長室へ入ると、白髪交じりの髪に、温和な顔をした学院長は机の向こうで書類に目を通していた。


 学院長は俺たちを見て、眉を少しだけ上げた。


「ローヴェン。春休み初日から物騒な顔をしてるな」


「緊急に報告すべきことがあります」


「まぁ、まずは座れ」


 学院長は短く言った。


 俺たちは椅子に座る。


 ローヴェン先生は、持っていた古い本を机の上に置いた。


「王立図書館の古書です。表紙には魔法理論とあります」


「古書?」


 学院長は本を見る。


 それから表紙へ目を落とした。


「魔法理論、か。それがどうかしたのか?」


「問題は中身です」


 ローヴェン先生が言うと、学院長は本を開いた。


 しばらくページを見つめる。


 そして、すぐに顔を上げた。


「読めん」


 あまりにも短い一言だった。


 学院長は本をローヴェン先生の方へ少し押した。


「ローヴェン。お前は?」


「私にも読めません。

古代文字でも、王国の古文書に見られる文字でもありません」


 ローヴェン先生が、これまでの経緯を簡潔に説明した。


 王立図書館でリオンがこの本を見つけたこと。

 著者名として福嶋亮太という名前が出てくること。

 本人の記述では、アルスレイン王国の建国に関わったらしいこと。

 そして、現代の学院では扱われていない魔法理論が記されていること。


 学院長は黙ってローヴェン先生の話を聞いていた。


 途中で口を挟まない。


 ただ、転移という言葉が出た瞬間だけ、目が少し細くなった。


「転移が発動したのか」


 学院長が低い声で言う。


 俺は頷いた。


「はい。訓練場の端から端だけです。ただ、実際に移動しました」


「ヴァレスト」


 学院長がセレナを見る。


「見たのか」


「はい。私も見ました。リオンが一瞬で訓練場の反対側へ移動しました」


 学院長はしばらく黙った。


 その沈黙だけで、この魔法の重さが伝わってくる。


 やがて、学院長は本を閉じた。


「この本は私が預かろう」


 即断だった。


「王立図書館にはこっちから話を通す。

こんなものを普通の棚に戻すわけにはいかん」


「はい」


 ローヴェン先生が頷く。


「王立研究所にも回す。文字、紙、装丁、魔法理論。

調べることはいくらでもある」


 王立研究所。


 王国の魔法研究や古文書、魔道具の調査を担う機関だ。

 学院とは別組織だが、王立学院とは研究上のつながりがあると聞いたことがある。


 学院長は俺を見る。


「ただし、研究所でも読めん可能性は高い。その時は、ハル」


「はい」


「悪いが、君に協力してもらうことになる」


「分かりました」


「分かりました、で済む話じゃないぞ」


 学院長の声が少しだけ低くなった。


「お前が読めるということ自体が、相当重い」


「……はい」


 その通りだった。


 福嶋亮太の本は、この世界の誰にも読めないかもしれない。


 だが、俺には読める。


 その事実が、少しずつ自分の上に乗ってくる。


 学院長は続けた。


「ハル、ヴァレスト」


「はい」


「この本のことは口外するな。友人、家族にもだ」


 エドガーにも、ガイルにも、ナディアにも、ヴィクトルにも話せない。


 それは当然だ。


 だが、少しだけ苦かった。


「今はまだ、話を広げる段階じゃない」


「承知しました」


 セレナが静かに答える。


 俺も頷いた。


「分かりました」


「もう一つ」


 学院長は机の上の本を軽く叩いた。


「ここに書かれている魔法は、人前で使うな。亜空間収納も、浮遊も、転移もだ」


「はい」


 俺は深く頷いた。


 学院長はローヴェン先生へ視線を移した。


「ローヴェン。この件は、お前が窓口になってくれるか。

研究所と図書館への連絡は私がする」


「承知しました」


「ハルとヴァレストへの連絡も、当面は君を通すこととしよう」


「はい」


 学院長はもう一度、本を見た。


「フクシマ リョータ、か」


 聞き慣れない名前が、学院長の口から出る。


 ローヴェン先生が頷いた。


「はい。少なくとも、一般的な建国史には出てきません。

ただ、建国期の記録には欠落も多くあります」


「表に出なかった協力者、か」


 学院長は短く息を吐いた。


「厄介だな。魔法だけじゃなく、王国史にも触れる」


 それ以上は言わなかった。


「話は以上だ」


 学院長は本を手元に引き寄せた。


「ハル、ヴァレスト。この本のことが気になるだろうが、まずは三年に上がる準備をしっかりしよう」


「はい」


「二年の範囲を飛ばすんだ。そっちの方も軽く見てはいかんぞ」


「分かりました」


 学院長は少しだけ目を細めた。


「ハル。気を付けるんだぞ」


 刺さる。


「……気をつけます」


 学院長はそれで話を切った。


 ローヴェン先生が立ち上がり、俺たちも続く。


 福嶋亮太の『魔法理論』は、学院長の机の上に残った。


 ◇


 学院長室を出ると、廊下の空気が少し冷たく感じた。


 本は、もう手元にない。


 それだけで、妙に軽くなったような、逆に落ち着かないような気分だった。


「リオン」


 セレナが隣で言った。


「正しい判断だったと思うわ」


「ああ」


 俺は頷く。


 ローヴェン先生が振り返る。


「ハル、ヴァレスト」


「はい」


「学院長の言った通りだ。この件は私が窓口になる。何かあれば私に言え」


「分かりました」


「それと、春休み中の自習を疎かにするな」


 ローヴェン先生はいつもの調子に戻っていた。


「三年に上がってから、二年の範囲が分かりませんでは話にならん」


「はい」


 俺とセレナは、同時に返事をした。


 ◇


 その日の午後。


 俺とセレナは、学院の図書室へ向かった。


 春休みに入ったとはいえ、図書室には何人かの生徒が残っていた。

 短い休みの間に、次の学年の準備を進めているようだった。


 奥の長机には、すでにエドガー、ナディア、ガイル、ヴィクトルが集まっていた。


 机の上には、二年生用の魔法理論の参考書や、応用課題の過去資料、実技理論の解説書が広げられている。


 どうやら俺たちが来る前から、飛び級に向けて二年の学習内容を確認していたらしい。


 俺たちが近づくと、ヴィクトルが顔を上げた。


「二人とも、遅かったな」


「少し、ローヴェン先生に相談してた」


「春休み初日から先生に相談って、真面目すぎないか?」


 ヴィクトルが肩をすくめる。


 その軽さに、少しだけ救われた気がした。


 セレナが淡々と言う。


「今はそれより、二年の範囲をどう埋めるかよ」


「逃げたな」


「逃げていないわ。優先順位を変えただけよ」


「それを逃げたって言うんじゃないか?」


 ヴィクトルが笑う。


 だが、エドガーは俺とセレナを一度だけ見て、何も言わなかった。


 気づいているのかもしれない。


 何かあったことには。


 でも、聞かない。


 そういうところがエドガーらしかった。


 俺は机の上に広げられた参考書や資料を見る。


 二年の範囲。


 魔法理論。

 応用課題。

 実技理論。

 そして筆記で問われる基礎知識。


 思っていた以上に量がある。


 学院長が言っていた通り、三年では一年と二年の内容を理解している前提で授業が進む。

 この春休みで、少なくとも大きな穴は埋めなければならない。


 俺がそう言うと、ヴィクトルが目の前の参考書の山を見て、深く息を吐いた。


「春休みって、休みって意味じゃなかったっけ?」


 誰かが小さく笑った。


 けれど、誰も席を立とうとはしなかった。


俺たちは、三年生になるための準備を始めることになった。



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
貴重な本なんだから、基本的な部分だけでも抜き出してメモすべきでしたね。図書館から借りた本の普通の取り扱いですよ。気になる部分をメモするって。
先生方がどちらも「転移」に反応したのが気になります。 研究の最先端とか伝説中の存在とか想像が膨らみます。
楽しみすぎて待ちきれません(>人<;) 更新のペースを…お忙しいでしょうが、よろしくお願いします(^人^) 楽しくて、次はどうんるのか待ちきれませ〜ん\(^-^)/
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