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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第153話 水車小屋

 公衆浴場から戻ったあと、俺は湯冷めしないうちに着替えを済ませ、夜食を取ってから父の執務室へ向かった。


 さすがにこの時間なら、もう仕事は切り上げているかと思ったが、執務室の扉の下からはまだ明かりが漏れている。


 ノックをすると、すぐに父の声が返ってきた。


「入れ」


 中へ入ると、父は机の上の書類から顔を上げた。昼間と同じように几帳面に整えられた机の上には、まだ片づいていない報告書がいくつか残っている。


「遅くに悪い」

「いや。構わない」


 父はそう言って、向かいの椅子を顎で示した。


「工房を見て、そのまま公衆浴場へ行ったんだったな」

「ああ。で、その両方で気になることがあった」


 俺がそう言うと、父の表情が少しだけ引き締まる。


「まずは公衆浴場のほうから話す」


 椅子に腰を下ろして、俺は今日見たままを説明した。


 公衆浴場そのものは悪くない。

使い勝手も良いし、冬場にあれだけ人が入るなら、住民の満足度も高いだろう。

問題はその横を流れていた用水路だ。


「浴場で使った湯が、そのまま用水路へ流れ込んでた」

「……そうか」


 父は眉を寄せた。


「建てる時に、その点を気にした者はいた。

だが、まずは形にするのを優先したのだろう」


 俺は頷いた。


「今はまだいい。水温も低いし、利用者もそこまで多くない。

ぱっと見で被害が出ているようには見えない。

でもこのままだと、暖かくなって利用者が増えた時に一気に悪くなる」


「用水と排水か」

「このまま公衆浴場の使い終わったお湯が用水路へ流れると、汚れた湯が溜まって水質が落ちる。

下流に住む人たちがその水を使えば、そこにも影響が出る。

今はただの風呂の排水でも、人が増えればそれだけで水質は悪くなる」


 父は机の上で指を組み、少し考えるように視線を落とした。


「そうなると別の排水路を引く必要があるな」

「少なくとも、用水と同じ流れで考えちゃ駄目だ」


 俺がそう言うと、父は短く息を吐いた。


「分かった。そちらは冬の間にできるところまで手を打とう。」

「頼む。俺も街灯の問題が決着したら手伝うよ。春になる前にできることはしておいた方が良い」


 ひとつ目の報告を終えて、俺は少しだけ間を置いた。


「それと、街灯のほうなんだけど、、、」

「何か見つかったのか?」


 父の目が、今度ははっきりとこちらを見る。


「まだ確定じゃない。でも、突破口にはなるかもしれない」


 俺は工房で見たことを順に話した。


 青輝石に混じって運び込まれてくる純石。

 価値がないと思われている透明な石。

 足踏み砥石や研磨台の近くで、たまに規格外の青輝石が反応していたこと。

 そして、純石に一定の振動や回転を与えると、青輝石がごくわずかに光ること。


 父は途中で一度も口を挟まなかった。


「……つまり、その純石に動きを与え続ければ、街灯の青輝石へ流し込む魔力の負担を減らせるかもしれん、と」

「そういうこと」


 俺は頷いた。


「ただ、今のままだと使い物にはならない。

純石を手で揺らし続けるくらいなら、騎士が魔力を流し込むのと大差ない。

必要なのは、人の手じゃない。毎日、安定して動き続ける力だ」


 そこで、父の目がわずかに細くなる。


「水車か」

「そう。領都にもあるかな?」

「ある。古いものだがな」


 父はそう言って、机の脇に立てかけてあった領内図を引き寄せた。


「領都の外れに一つ、小さな水車小屋が残っている。

もともとは穀物を挽くためのものだ。

今も完全に止めてはいないが、主力と言うほど使っているわけでもない」


「見に行きたい」


「だろうと思った」


 父は苦笑ともつかない息を漏らした。


「ただし、お前の考えていることがそのままうまくいくとは限らんぞ」


「分かってる。水車が回ってるだけで純石が都合よく使えるなら、とっくに誰か気づいてるはずだ」


「そこまで分かっているならいい」


 父は領内図を軽く叩いた。


「明日の朝、案内をつける。ノルに声をかけておこう」


「ああ、ありがとう」


 席を立つ前に、父がふと口を開いた。


「リオン」

「ん?」

「街灯の件も、公衆浴場の排水も、どちらもただの思いつきで片づく話ではない。

だが、お前が今日それを見つけたのは大きい」


 その言い方は、珍しく少しだけ柔らかかった。


「悪くない仕事だ」

「……どうも」


 そう返して立ち上がると、父はもう次の書類へ視線を戻していた。


 けれど、その横顔が少しだけ安堵して見えたのは、たぶん気のせいじゃない。



 翌朝。


 空気はよく冷えていたが、空はよく晴れていた。


 俺はノルと、工房のベテラン職人を一人連れて、領都の外れへ向かっていた。


「まさか若様と水車小屋へ行くことになるとは思いませんでしたな」

 ベテラン職人が苦笑する。

「俺も、純石がこんな話につながるとは思ってなかった」

「昨日のあれ、本当に驚きましたよ」


 ノルは無口なほうだが、今日は珍しく素直にそう言った。


「私も街灯のことは長く見ていますが、まさかあの混じり石に若様が目をつけるとは思いませんでした」

「俺もまだ半分は勘だよ」

「その勘でここまで来られるのが若様です」


 褒めているのか圧をかけているのか分からない。


 領都を離れ、用水路沿いの道をしばらく進むと、小さな建物が見えてきた。


 木造の小屋。

 その脇に、大きな水車が一基。


 ごとり、ごとり、と重い音を立てながら、冬の水を受けてゆっくり回っている。


「これか」

「はい。今は主に近場の粉挽き用ですな」


 ベテラン職人が言う。


「昔はもう少し使っていたんですが、今は手挽きと併用してる状態でして」


 小屋の近くまで寄ると、水車の回転がよりはっきり見えた。


 速くはない。

 むしろ遅い。


 だが、止まらない。


 水の流れを受けて、一定の重さで、ゆっくりと回り続けている。


 俺はしばらく黙って、それを見つめた。


 水の落ちる位置。

 羽根の角度。

 軸の太さ。

 回転のぶれ。

 小屋の中へ伝わる動き。


「どうです?」


 ノルに聞かれて、俺は正直に答えた。


「悪くない」

「使えそうですか」

「水車そのものはね」


 そのまま小屋の中へ入り、動力の伝わり方を見る。


 木の軸が回り、簡単な仕組みで石臼側へ力を渡している。

 構造は単純だが、そのぶん無駄も見えやすい。


 俺はそこで綻びの目を発動した。


 《回転出力:安定》

 《力損失:中》

 《伝達効率:低》

 《連続稼働:可》

 《用途転換余地:有》


 表示を見て、思わず口元が上がる。


 やっぱり、動力自体は足りている。


 問題はそこじゃない。


「若様?」

 ベテラン職人が不思議そうにこちらを見る。


「足りないのは水車じゃない」


「は?」


「純石が欲しがってる動きと、水車が生み出す動きは、たぶん少し違う」


 ノルがわずかに眉をひそめた。


「違う、ですか」

「ああ」


 俺は回り続ける水車を見ながら言った。


「水車は強い。しかも、人の手よりずっと長く、安定して回り続ける。

そこは問題ない。けど、昨日工房で見た純石の反応を思い出すと、ただ大きく回せばいいって話でもなさそうなんだ」


 昨日の実験を頭の中でなぞる。


 純石は、手に持っているだけでは反応しなかった。

 一回強く振っただけでも駄目だった。

 反応したのは、細かい振動が続いた時。あるいは、一定の回転が途切れず伝わった時だ。


 つまり、必要なのはただの力じゃない。


 純石が反応しやすい形の動きだ。


「このまま水車の軸に純石をつけても、うまくいかないかもしれない」

「では、どうするんで?」

「水車の回り方を、そのまま渡すんじゃなくて、変えるんだ」


 俺は水車の横にしゃがみ込み、回る軸と木組みを見比べた。


「たとえば、今の回転は遅くて重い。なら、歯車を噛ませて速さを変える。

あるいは、回る力を少しずつずらして、細かい揺れに変える。

水車の力をそのまま使うんじゃなくて、純石が一番反応しやすい動きに作り替える必要がある」


 口に出しているうちに、自分の中でも考えが少しずつ形になっていく。


 水車はある。

 純石もある。

 青輝石もある。


 足りないのは、その三つを一本につなぐ仕組みだ。


「なるほどな……」

 ベテラン職人が腕を組んで唸った。

「水車の力を、そのまま使うんじゃない。使いやすい形に変えるってことですか」

「そういうことだ」


 ノルも水車を見上げたまま、低く言う。


「確かに、この回り方は石臼を動かすには向いていても、若様の言う純石にはそのままでは合わないのかもしれませんな」

「たぶんな」


 俺は立ち上がって、もう一度水車を見た。


 ゆっくりだ。

 だが、止まらない。


 水の流れを受けて、変わらず回り続けている。


 もしこの力を、純石に都合のいい揺れや回転へ変えられたら。

 もしその先で、純石が帯びた何かを青輝石へ渡せたら。


 それは街灯の点灯補助だけで終わらないかもしれない。


 人の手でやっていたことを、流れそのものが少しずつ肩代わりし始める。

 そんな未来が、ぼんやりとだが見えた気がした。


 もっとも、今はまだ早い。


 水車が使えると分かっただけだ。

 純石にどう伝えるのか。

 どれくらいの速さや揺れが必要なのか。

 帯びた力をどう青輝石へ渡すのか。


 考えるべきことは、まだいくらでもある。


「若様」

 ノルが声をかける。

「何だ」


「見込みはありますか」

「ある」


 俺ははっきり答えた。


「水車は使える。問題は、その力の使い方だ。工房に戻って、どう変えるかを考えればいい」


 ノルは短く頷いた。

 ベテラン職人も、今度はさっきより納得した顔をしている。


 小屋の外へ出ると、冬の水が変わらず流れていた。


 人が疲れても、水は流れ続ける。

 人が眠っても、水は回り続ける。


 誰に聞かせるでもなく、俺は小さく呟いた。


「動力を、動きに変える仕組みだ」



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「たとえば、今の回転は遅くて重い。なら、歯車を噛ませて速さを変える。 あるいは、回る力を少しずつずらして、細かい揺れに変える。 水車の力をそのまま使うんじゃなくて、純石が一番反応しやすい動きに作り…
親子の会話 AIだから区別出来ないのかなぁ 転生前の年齢を足すと… なんて返事が、以前の感想にあったけど そもそも父は、そのあたりのこと知らない 貴族の情操教育で、親にタメ口ってありなの?
何故父親にタメ口?
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