↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
157/499

第149話 冬の帰郷

王都を発った馬車の中で、俺は窓の外を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。


 吐いた息は白い。


 冬だ。


 当たり前のことなのに、王都で慌ただしく過ごしていた数か月のあとだと、その冷たさが妙に新鮮に感じられた。


 2学期。


 たった3か月半ほどのはずなのに、思い返せばやけに長く、濃かった。


 王のローヴェル領視察に同行したこと。

 行軍訓練で他クラスの連中と組んだこと。

 文化祭でじゃがバターを売ったこと。

 冒険者として森に入り、Eランクの身でAランク魔獣ガルムベアを倒したこと。

 そして、期末試験。


 最後の最後に騎士団長と木剣を交えた実技査定まであった。


 我ながら、よくもまああれだけ色々詰め込まれたものだと思う。


 だが、濃かったぶんだけ、確かに前へ進んだ実感もある。



 ……とはいえ。


「3学期で決まる、か」


 食堂でエドガーが口にした言葉を、思わず小さく繰り返す。


 そうだ。


 2学期が終わっただけで、何も決まっていない。

 飛び級を狙うなら、本番はまだ先だ。


 だからこの冬休みを、ただ気を抜いて過ごすつもりもない。


 けれど同時に、久しぶりに帰るハル領のことを思うと、肩の力が少し抜けるのも確かだった。


 王都の学院は刺激が多い。学ぶことも多い。

 だが、常に張っていなければならない空気がある。


 帰れば少しは息がつける。


 いや、今の俺にとっては、帰った先でもやることはあるだろう。

 それでも、王都とは違う。


 馬車が揺れる。車輪が冬の道を軋ませる音が、一定のリズムで耳に残る。


 窓の外では、白く乾いた畑と、葉を落とした木々が流れていった。


 ◇


 数日後の日が傾き始めた頃、遠くに見慣れた領都の輪郭が見えてきた。


 そこで、俺は思わず身を乗り出した。


「……おお」


 小さく漏れた声は、ほとんど無意識だった。


 明るい。


 前より、明らかに。


 夕暮れから夜へ移る、その境目の時間。

 普通なら町の輪郭は少しずつ闇に沈んでいく。けれど、ハル領の領都は違った。


 通りに灯る街灯の数が、目に見えて増えている。


 ぽつり、ぽつりではない。

 夏休みの終わり時点で少なかった灯りが、今は大通りの線を描くように連なっている。


 以前なら薄闇に溶けていた道筋が、今は夜の中でもはっきりと分かった。


 人の流れも残っている。

 店じまいの準備をする者。買い物帰りらしい者。巡回する夜警や騎士。

 前よりも、夜の領都が生きている。


「本当に増えたな……」


 夏休みの間に考え、形にして、領内で広げ始めた街灯。

 それが、ここまで景色を変えるとは。


 もちろん、頭では分かっていた。報告も受けていた。

 けれど、実際に自分の目で見るのは、まるで別だった。


 馬車が門をくぐり、領都の中心部へ入る。


 馬車を降り、俺はそのまま屋敷へ直行することもできたが、少しだけ遠回りして帰ることにした。


 せっかく帰ってきたんだ。

 まずは今の領都を、この目で見ておきたかった。


    ◇


 冬の夜気は冷たい。

 頬を刺すような空気に、思わず襟元を押さえる。

 けれど、街灯の下には確かに人の気配があった。


 以前なら日が落ちる前に店を閉めていたような小店が、今はまだ明かりの中で片付けをしている。

 表通りでは、子どもの手を引いた母親が足早に家路を急いでいた。

 それでも、その表情には前ほどの不安はない。


 街灯があるだけで、夜道というのはここまで変わるのか。


「若様?」


 通りを横切ろうとしていた男が、俺に気づいて足を止めた。


「ああ。戻ったのか」

「お帰りなさいませ、若様」


 男はぺこりと頭を下げる。

 顔には見覚えがあった。たしか市場の近くで布を扱っている店の主人だったはずだ。


「街灯、助かっておりますよ」

「そうか」

「前より閉める時間を少し遅らせても安心ですし、女房も子どもを迎えに行きやすくなったと言ってました」


 その言葉に、胸の奥がじわりと温かくなる。


「それはよかった」

「ええ、本当に」


 それ以上長く引き留めることもなく、男はまた頭を下げて去っていった。


 少し歩くと、巡回中の夜警とすれ違う。

 向こうも俺に気づいて姿勢を正したが、その足取りそのものは前より自然だった。


 灯りがあるだけで、見える範囲が違う。

 死角が減り、不審な動きにも気づきやすい。

 夜警や騎士団長が言っていた「治安に効く」という話は、誇張でも何でもなかったわけだ。


 ただ、その一方で気づくこともある。


 街灯が増えたぶん、管理の手間も増えているはずだ。

 あれを毎夕、1つずつ点けて回るのはかなり骨が折れるだろう。


 しかも、ただ歩けばいいわけじゃない。

 魔力を流し込んで灯す以上、担当する騎士の消耗もある。


 景色が良くなった分だけ、裏で増えている負担もある。


 そのことが頭の片隅に引っかかったが、今はまだその先まで考えすぎないことにした。


 今日は帰ってきた日だ。

 まずは、ちゃんと帰ったことを味わっていい。


 ◇


 屋敷の門をくぐると、ようやく肩の力が少し落ちた。


 見慣れた石畳。

 見慣れた建物。

 王都の貴族街とも学院の寮とも違う、ハル家の空気だ。


 玄関へ向かう途中で、先に知らせを受けていたのだろう、使用人たちが慌ただしく動いているのが見えた。


 扉が開く。


「リオン!」


 最初に声を上げたのは母だった。


 その顔を見た瞬間、ああ、帰ってきたんだな、と妙に実感した。


「ただいま」

「お帰りなさい。もう、本当に……よく帰ってきたわ」


 母は嬉しそうに近寄ってきて、俺の顔をまじまじと見た。


「また背が伸びたんじゃない?」

「うん。」

「ちゃんとご飯を食べているのね」


 矢継ぎ早の言葉に少し苦笑する。


 その後ろから父が、いつもの落ち着いた顔で歩いてきた。


「よく戻ったな」

「ただいま、父上」

「充実した日々を送れているようだな」


 表立って大げさにはしない。

 でも、ちゃんと帰還を喜んでくれているのは分かる。


「お帰りなさいませ、リオン様」


 少し遅れて、ミアが綺麗に一礼した。


「ミアもただいま」

「お疲れでしょう。温かい飲み物をすぐにご用意いたします」

「助かる」

「好みは変わっておりませんよね?」

「そこまで短い期間で変わらないよ」


 そう返すと、ミアはほんの少しだけ口元を和らげた。


 それを見て、また少し肩の力が抜ける。


 変わったものもある。

 でも、変わらないものもある。


 その両方があるから、帰ってきたと感じるんだろう。


 ◇


 荷を解く前に、まずは温かい飲み物が出された。


 指先に伝わる熱がありがたい。

 王都でも温かいものは飲んでいたはずなのに、家で飲むそれはどこか別物だった。


 夕食の席では、母が王都での生活をあれこれ聞きたがった。


 ちゃんと眠れていたか。

 寒くなかったか。

 変な怪我はしていないか。

 学院の食事はどうだったか。


 父は父で、試験結果に興味津々だった。


「二学期も学年トップだったのか。大したものだな」

「そう言われると、ちょっとむず痒いな」

「むず痒がっている場合ではないだろう。3学期がある」

「分かってるよ」


 その返事に、父は小さく頷いた。


「お前ならそう言うと思っていた」


 そこで一度、父は杯を置いた。


「領都の様子は少し見たか?」

「見た。街灯がかなり増えてたな」

「増えた。効果も出ている。夜の人の流れが変わったし、商いにも良い影響が出ている」


 そこまでは、予想通りの話だった。


「ただ」


 父が続けたその一言で、空気が少しだけ締まる。


「良いことばかりでもない」


 俺は黙って父を見る。


「街灯の本数が増えた分、騎士たちの点灯作業の負担が重くなってきている。領都の夜が長く動くようになれば、別の問題も出てくる」


「……なるほど」


 やっぱり、そこか。


 さっき街を歩いた時に感じた引っかかりは、間違っていなかったらしい。


 父はさらに続けようとして、一度口を止めた。


「他にも話したいことはあるが、今日は戻ったばかりだ。全部は明日にしよう」

「いや、別に今でも」

「休める時に休め」


 きっぱりと言われて、少しだけ言葉に詰まる。


 その横で母が頷いた。


「そうよ。帰ってきた初日くらい、ちゃんと家で落ち着きなさい」

「……分かった」


 そう返すしかなかった。


 けれど、その“他にもある”という言い方だけで十分だった。


 街灯の問題だけじゃない。

 領地は確かに良くなっている。

 でも、良くなったからこそ出てくる課題もある。


 この冬休みは、ただ休んで終わるものにはならなさそうだ。


 ◇


 自室へ戻り、窓辺に立つ。


 外には、以前より明るくなった領都の灯りが見えた。


 夏休みに考え、形にし、動かしたことが、今こうして夜の景色になっている。


 それは素直に嬉しかった。


 けれど同時に、その灯りが増えたぶんだけ、新しい負担も、新しい綻びも生まれている。


 父の口ぶりからすれば、街灯以外にもまだ何かあるのだろう。

 変わり始めた領都には、次に解くべき問題が、もう生まれ始めている。


 この冬休みも、退屈はしなさそうだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ミアにも幸せになってもらいたいね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。