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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第141話 飛び級の条件

 その日の授業が終わる頃には、俺の頭の中はすっかり切り替わっていた。


 冒険者としての自分は机に向かっている間だけは少し遠くなる。

 代わりに前へ出てくるのは、期末試験と、学院長に言われた一言だった。


 ――武勇だけで進める道ではない。今度は机の上で結果を出しなさい。


 まったくその通りだと思う。


 放課後、いつもの6人で教室に残っていると、ヴィクトルが机に肘をつきながら口を開いた。


「で、結局さ」

 面倒くさそうな顔のまま、言うことだけははっきりしている。

「飛び級って、どれくらい取れば現実的なんだ?」


「現実的、じゃなくて条件は決まっているわ」

 セレナがすぐに返した。

「あなた、知らないで騒いでたの?」


「細かくは知らん」

 ヴィクトルは肩をすくめる。

「どうせお前らが把握してるだろ」


「まあ、してるけど」


 そこで俺も口を挟んだ。


「飛び級の条件は、筆記・応用課題・実技の3つで、1学期、2学期、3学期の各試験ごとに合計240点以上」

 言いながら、指先で机を軽く叩く。

「1回でも割ったら、その時点でかなり厳しくなる」


「かなり、じゃなくて、ほぼ終わりね」

 セレナが訂正した。

「少なくとも、よほど特別な事情でもない限り」


 ヴィクトルが顔をしかめる。


「240ってことは、平均80か」


「単純に言えばそうです」

 ナディアが静かに頷いた。

「でも、王立学院の試験でそれを3学期続けて取るのは、簡単ではありません」


「簡単どころじゃないだろ」

 ヴィクトルが笑う。

「普通に聞くと頭がおかしい条件だぞ」


「王立学院の飛び級制度なんだから、それでいいんだろ」

 ガイルが淡々と言った。


 エドガーは机に肘をつくこともなく、いつもの静かな顔で前を見ていた。


「問題は、届くかどうかじゃない」

 短く言う。

「届き続けられるかどうかだ」


 その言葉に、教室の空気が少し締まる。


「でさ」

 ヴィクトルがそこで少し身を乗り出した。

「1学期の時点で、俺たち全員どれくらいだったんだ? 総合順位は覚えてるけど、各科目までちゃんと見てなかった」


「あなたらしいわね」

 セレナが呆れたように言う。


「いや、今だからちゃんと聞きたいんだよ」

 ヴィクトルは言った。

「飛び級の条件って筆記・応用課題・実技だろ? だったら総合よりそっちの方が大事じゃないか」


 それはその通りだった。


「じゃあ、まずリオンから」

 ヴィクトルが当然のように言う。

「1位様、どうぞ」


「その言い方やめろ」

 俺は苦笑しつつ答えた。

「筆記97、応用課題100、実技89。合計286」


 ヴィクトルが反応する。

「そこは予想通りだったけど、改めて聞くと腹立つな」


「実技が一番低いのは、逆にわかりやすいわね」

 セレナが言う。

「リオンらしい」


「否定はしない」


「次、エドガー」

 ヴィクトルが振る。


 エドガーは面倒そうな顔ひとつせず答えた。


「筆記96、応用96、実技93。合計285」


「……一番完成度高いの、むしろお前じゃないか?」

 ヴィクトルが素で言う。


 ガイルが淡々と付け足す。

「一番隙が少ない」


「で、1点差で2位なのが余計に怖いのよ」

 セレナが言う。

「次は私ね。筆記95、応用97、実技88。合計280」


「やっぱり高いな……」

 ヴィクトルが呟く。


「でも、リオンやエドガーと比べると少しだけ足りない」

 セレナは自分でそう言った。

「だから2学期はそこを詰める必要があるわ」


「ナディアは?」

 俺が聞くと、ナディアは少しだけ控えめに答えた。


「筆記91、応用92、実技93です。合計276でした」


「全部90超えか……」

 ヴィクトルが言う。

「一番“崩れない”点の取り方してるな」


「安定してる」

 ガイルも短く言う。

「大崩れしにくい」


 ナディアは少し困ったように微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、一番上を狙うにはもう少し必要ですね」


「次、ガイル」

 ヴィクトルが言う。


「筆記84、応用86、実技99。合計269」


「うわ、極端だな」

 ヴィクトルが笑う。

「でも、すげえ納得する」


「筆記と応用は少し低めでも、実技はほぼ満点なのね」

 セレナが言う。


「剣と魔法は昔から鍛えてるからな」

 ガイルは淡々と返す。

「逆に筆記と応用は、2学期でどこまで落とさずに行けるかだ」


「最後、ヴィクトル」

 セレナが少し面白そうに言った。

「逃げないで答えなさい」


「逃げねえよ」

 ヴィクトルは鼻を鳴らす。

「筆記90、応用92、実技80。合計262」


「やっぱり応用が高いわね」

 セレナが即座に言う。


「商売人の息子らしいです」

 ナディアもやわらかく続ける。


「逆に実技が一番低いのも、らしいな」

 ガイルが言うと、ヴィクトルが露骨に嫌そうな顔をした。


「お前ら、こういう時だけ連携いいよな」


 でも、これでかなりはっきりした。


 1学期の時点で、6人とも240点は超えている。

 つまり、条件だけ見れば全員が飛び級の資格を残している。


 だが同時に、それぞれの得意不得意も見えてくる。


 俺は応用が強く、実技がまだ弱い。

 エドガーは全体が高水準でまとまっている。

 セレナは極めて優秀だが、一番上を取るにはもう一押しいる。

 ナディアは全科目を安定して高く取る。

 ガイルは明らかに実技寄りだ。

 ヴィクトルは応用で伸ばしてくるタイプだ。


「……何度見ても変だな」

 ヴィクトルが改めて言う。

「1学期の時点で6人とも条件内って、普通におかしいだろ」


「でも事実だ」

 ガイルが言う。

「1学期だけなら、俺たちは全員届いている」


「1学期だけなら、ね」

 セレナがすぐに釘を刺した。

「そこを勘違いしたら終わりよ」


 そこでヴィクトルが、ふと思い出したように言った。


「ちなみに7位って、たしかどれくらいだった?」


「203点くらいだったはずです」

 ナディアが静かに答える。


「……そこで一気に落ちるのか」

 ヴィクトルが目を丸くする。


「それが普通なんでしょうね」

 セレナが言う。

「私たち6人の点数の方が、むしろ異常なのよ」


「240って、改めて高いな」

 俺が呟くと、エドガーが短く返した。


「高い。だから飛び級の条件なんだ」


 その一言で、空気がまた少し締まった。


 俺が言うより先に、エドガーが続ける。


「1学期で取れたから、2学期も取れるとは限らない」

 淡々と、だがはっきりと言う。

「むしろ、ここからが本番だ」


 誰も反論しなかった。


 当然だ。

 2学期の試験は、1学期の延長ではない。


 範囲は広い。

 応用課題は深くなる。

 実技は1学期より明らかに完成度を見られる。


 そして何より、1学期に高得点を取った人間は、次から周囲に意識される。

 教師側も、簡単には同じ点を出させてくれない。


「1学期の成績は、才能の証明にはなるわ」

 セレナが言う。

「でも、2学期の保証にはならない。ここで落とせば、それまでよ」


「リオン」

 そこでガイルが俺を見た。

「怪我はどれくらいで完治するんだ?」


 その聞き方は、心配というより確認だった。

 でも、だからこそありがたかった。


「ギルドの医師の見立てだと、1週間もあれば完治するらしい」

 俺は答える。

「だから実技試験に影響はないよ」


 ガイルは短く頷いた。


「ならよかった」


 それだけだったが、十分だった。


 怪我が残ることを前提に話されるより、ずっといい。


「でも、1学期より条件が悪いのは事実よ」

 セレナがすぐに続ける。

「怪我そのものは間に合っても、Aランク討伐の後で外のことも増えてる。あなた、今までより確実に忙しいでしょう」


 図星だった。


 商会の件。

 父の件。

 王都ギルドでの立場の変化。


 1学期より、学院の外側が明らかに近い。


「だから、今までと同じつもりでは足りないわ」

 セレナは腕を組む。

「勉強時間も、実技の調整も、全部組み直した方がいい」


「でも、実技を捨てるわけにもいかないですよね」

 ナディアが言う。


「当然よ」

 セレナは頷く。

「飛び級を狙うなら、どれか1つだけ良ければいい制度じゃないもの」


「本当に、嫌な制度だな」

 ヴィクトルが天井を見た。

「全部できろって話じゃねえか」


「飛び級なんだから当たり前だろ」

 ガイルが返す。


「お前ら、こういう話になると容赦ないな」


「甘いこと言っても意味がないもの」

 セレナが言う。

「実際、1学期の点が高かったせいで、今の私たちは“届く側”として見られる。だったら、そこから落ちた時の方が目立つわよ」


 それは、かなり嫌な見られ方だ。

 でも正しい。


 1学期に高い点を取った。

 だからこそ、次に落とした時の失速は余計に見える。


 ナディアが少しだけ困ったように笑う。


「皆さま、言い方は厳しいですけれど、結局は同じことを言っているのですね」


「何を?」

 ヴィクトルが聞くと、ナディアは静かに答えた。


「油断してはいけない、ということです」


 それに対しては、誰も否定しなかった。


 その時、教室の前を通りかかったローヴェンが、半開きの扉越しにこちらを見た。


「まだ残っていたのか」


「少し、期末の話を」

 俺が答えると、ローヴェンは教室へ一歩だけ入ってきた。


「飛び級の条件か」


「はい」

 セレナが答える。


 ローヴェンは俺たちを一度見回してから、短く言った。


「1学期だけ見れば、確かにお前たちは全員条件内だ」

 そこで視線を上げる。

「だが、2学期は1学期より難しい。当然、採点も甘くならん」


「やっぱりそうですよね」

 ナディアが言うと、ローヴェンは短く頷いた。


「特に上位層は見られる。前回できたことを、今回も安定してやれるか。そこが問われる」

 そこで一拍置く。

「飛び級は、たまたま1回高得点を取った人間のための制度じゃない。3学期続けて上に立てる人間のためのものだ」


 教室の空気が、また少し重くなる。


 ローヴェンは余計な励ましを入れなかった。


「まあ、無駄話をしていないのなら続けろ」

 最後にそれだけ言って、扉の方へ向かう。

「今のお前たちに必要なのは、浮かれることでも焦ることでもない。詰めることだ」


 そのまま出ていった。


 いつものぶっきらぼうさだったが、言っていることは完全に本質だった。


 詰めること。


 それしかない。


 しばらく、誰もすぐには喋らなかった。


 最初に空気を動かしたのは、意外にもヴィクトルだった。


「よし」

 大きく息を吐く。

「つまり、こういうことだな。1学期で条件を残してるから夢物語じゃない。けど、2学期で落ちたら普通に終わる」


「そういうことね」

 セレナが言う。


「雑だけどな」

 ガイルが付け足す。


「雑でもわかりやすい方がいいだろ」

 ヴィクトルは肩をすくめる。

「で、どうする? このまま各自でやるか、どこかで勉強会でも入れるか」


「勉強会はありですね」

 ナディアが頷く。

「苦手なところを早めに見つけた方がよさそうです」


「私は賛成」

 セレナも言う。

「1学期より難しくなるなら、なおさら」


 エドガーは短く言った。


「首席を取るつもりでやれ」


 その言葉が、教室の真ん中へ静かに落ちた。


 誰も笑わなかった。


 1学期、俺は確かに1位だった。

 だがエドガーとは1点差。セレナたちもすぐ後ろにいた。


 今回も同じように行く保証はどこにもない。

 むしろ、怪我も外の用事もある分、1学期より条件は悪い。


 それでも。


「……そうだな」

 俺は小さく言った。

「飛び級を狙うなら、中途半端じゃ足りない」


 ナディアがやわらかく微笑み、ガイルが無言で頷き、セレナは当然という顔をした。

 ヴィクトルだけが、少しだけ面白そうに笑う。


「じゃあ次の勝負は、また別の意味でしんどいな」


「Aランクよりはましだと思いたいけど」

 俺が言うと、セレナが即座に返した。


「どうかしら。試験の方が逃げ道は少ないかもしれないわよ」


 それは妙に納得できた。


 森の中なら、動いて崩して綻びを探せる。

 でも試験は違う。

 机の上で、正面から問われる。


 ごまかしも、勢いも、煙も使えない。


 俺は自分のノートを開いた。


 1学期の結果は、可能性を示しただけだ。

 2学期で届かなければ、それはただの過去になる。


 飛び級の条件は、もう遠い話じゃない。

 


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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ナディアさんの冷静さを見て、いつもほっとする。
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