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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: アカメノコバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第138話 煙の綻び

 勝てるとは思わない。


 だが、殺されずに済む道がゼロじゃないのなら、そこへ賭けるしかない。


 俺は血の滲む肩を押さえながら、半壊した炭焼き跡へ向かって走った。

 背後では、ガルムベアの重い足音が森を揺らしている。


 速い。


 あの巨体で、どうしてここまで速いのかと思う。

 振り返る余裕もない。視界の端で黒褐色の影が膨らんだ瞬間、俺は横へ飛んだ。


 次の瞬間、さっきまでいた場所の石組みが砕けた。


「っ……!」


 破片が頬を掠める。

 炭焼き跡の低い壁が、前脚の一撃で半ば吹き飛んだ。


 ガルムベアは煙も石も気にしていない。

 ただ、俺だけを見ている。


 綻びの目が淡く明滅した。


 《興奮:極大》


 《追尾意識:高》


 《視野:狭化》


 《誘導可能性:有》


 なら、まだ使える。


 俺は炭焼き跡の内側へ踏み込み、転がっていた乾いた枝と古い炭へ火魔法を落とした。

 小さな火種が走る。


 そのまま近くの湿った落ち葉を蹴り込み、さらにもう一度火を入れる。

 炎は大きくならない。代わりに、重い煙が一気に立ち上った。


 焦げた匂い。

 湿った葉の嫌な煙。

 古い炭が燻る、鼻の奥に張りつくような臭気。


 ガルムベアが低く唸る。


 嫌がったわけじゃない。

 むしろ怒った。


 煙の向こうから、黒い塊がそのまま突っ込んでくる。


「そう来るよな!」


 俺は石壁の残骸を蹴って横へ逃げる。

 直後、ガルムベアの体当たりで炭焼き跡の入口がさらに崩れ、石と土が跳ね上がった。


 煙が散り、また溜まる。


 視界が悪いのは相手だけじゃない。

 俺も喉が焼ける。目も痛い。


 だが、それでいい。


 火で焼くんじゃない。

 煙で息を乱し、動きを崩す。


 相手はAランク。

 まともに斬って勝てる相手じゃない。だからこそ、巨体と興奮を綻びに変える。


 ガルムベアがまた肩を沈めた。


 綻びの目が走る。


 《前肩沈下:深》


 《呼吸:荒い》


 《突進精度:低下》


 《平衡感覚:微減》


 まだ足りない。

 だが、崩れ始めている。


 俺はわざと一歩だけ遅れて見せるように動いた。

 煙の切れ目に身体を晒し、相手の狙いを固定させる。


 ガルムベアの目が俺を捉える。


 来る。


 俺は炭焼き跡の外れ、石組みと倒木に挟まれた狭い地面へ向かった。

 そこはすでに踏み荒らされ、表面の土が緩んでいる。


 ガルムベアが吼える。

 突進。


 綻びの目に、次の文字が浮かんだ。


 《前脚着地点:集中》


 《転倒可能性:有》


 今だ。


 俺は振り向きざま、着地点へ向けて水魔法を叩き込んだ。


 地面が一気に濡れる。

 ただ濡らしただけじゃない。踏み荒らされていた土が、一瞬で泥濘へ変わった。


 ガルムベアの前脚がそこへ突っ込む。


 巨体ゆえに、その一歩は重い。

 勢いの乗った前脚が泥へ深く沈み、次の一歩がわずかに遅れた。


 そのわずかな遅れが、Aランクの巨体には致命的だった。


 ガルムベアの身体が前へ流れる。

 踏ん張れない。

 さらに煙で視界も甘い。


 巨体が大きく傾き、そのまま石組みの残骸へ肩から激突した。


 轟音。


 石が砕け、泥と炭が跳ね上がる。

 ガルムベアは即座に立て直そうとしたが、前脚がもつれ、首が不自然に大きく開いた。


 綻びの目が強く光る。


 《前脚支持:破綻》


 《首筋防御:低下》


 《急所露出:大》


 勝ち筋が、見えた。


「ここだ!」


 俺は泥を蹴って踏み込み、全体重を乗せて剣を突き出した。


 狙うのは喉元ではない。

 そこはまだ厚い。


 わずかに横を向いた首の付け根。

 毛並みと筋肉の流れが乱れた、ほんの一瞬だけ開いた綻び。


 刃が食い込む。

 浅い。


 だが、それで終わりじゃない。


 俺は左手に集めていた火魔法を、刺さった剣へ流し込んだ。


 柄越しに伝わる熱。

 肉の内側で、魔力が弾ける。


 ガルムベアが咆哮した。

 森が震える。


 次の瞬間、振り上げられた前脚が俺を横から薙いだ。


「がっ……!」


 避け切れない。


 まともに受ける前に身を捻ったが、それでも身体が吹き飛ぶ。

 地面を転がり、倒木に背中を打ちつけてようやく止まった。


 息が詰まる。

 視界が揺れる。


 立て。

 まだ終わってない。


 無理やり顔を上げる。


 煙の向こうで、ガルムベアがよろめいていた。

 前脚に体重を乗せ切れず、首を大きく振っている。呼吸も荒い。足元の泥濘と砕けた石が、その巨体の踏ん張りを邪魔していた。


 綻びの目が、最後の文字を示す。


 《平衡感覚:大幅低下》


 《致命綻び:維持中》


 終わらせる。


 俺は立ち上がり、もう一度だけ踏み込んだ。


 ガルムベアがこちらを見た。

 だが、遅い。


 煙。

 泥。

 激突。

 荒れた呼吸。


 積み上がった全部が、たった一瞬だけこいつの動きを鈍らせた。


 俺は剣を深くねじ込み、そのまま全力で引き裂いた。


 ガルムベアの巨体が大きく震える。


 一歩。

 二歩。

 こちらへ出ようとして、出られない。


 そしてそのまま、地面へ崩れ落ちた。


 重い音が、森の奥まで響く。


 しばらく動かなかった。


 それでも俺はすぐには近づかない。

 荒い息を整えながら剣を構え、煙が少し薄れるのを待つ。


 やがて、完全に沈黙したのを確認してから、ようやく肩の力を抜いた。


「……勝った、のか」


 自分で言っても、実感は薄かった。


 勝ったというより、生き残った。

 それが正しい気がする。


 膝から力が抜け、その場に片手をつく。

 肩も脇腹も痛い。喉も煙で焼けるようだった。


 だが、死んでいない。


 その時、後方から足音がした。


「お、おい……!」

 さっきの三人組の冒険者だった。少し距離を取っていたらしい。

「本当に……倒したのか?」


「……たぶん」


 俺がそう答えると、前衛役の男がガルムベアの死体を見て、唖然とした顔になる。


「Aランクだぞ……」


「正面から勝ったわけじゃありません」

 俺は息を整えながら言った。

「地形と煙で崩しただけです」


「それをやってのけるのが異常なんだよ……」


 若い冒険者がそう呟いたが、今はそれに返す余裕がなかった。


 俺はガルムベアの巨体をもう一度見た。


 本来なら、こんな王都近郊の森にいる魔物じゃない。

 「なんでこんなところに出てくるんだ、、、」


 ガルムベアは倒した。

 だが、これで終わりとは思えない。


 その確信だけが、煙の残る森の中で妙に鮮明だった。 

 


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
こ、これは転生ラノベ定番のす、す、スタンピードってやつですかァアーーーッ!?
もう~リオンくんっ! おもろ過ぎw ギルドでも大変な事になるんじゃ  ある意味ヒーローじゃん
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