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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第132話 祭りのあと

 昼の売り方を切り替えてから、店の流れは目に見えて変わった。


 迷う客を減らし、まずは定番を最速で出す。

 それだけで、列の空気が軽くなる。


「青葉香るじゃがバター、二つ!」

「はい、すぐです!」

「受け取りはこちらです」


 ヴィクトルの会計が止まらない。

 ガイルが列を捌き、ナディアが迷う客に短く、でも温かく声をかける。

 セレナは包み方の無駄を削りながら、見栄えだけは落とさない。

 エドガーは全体を見て、詰まりそうな場所へ自然に入っていく。


 そして俺は、ひたすら芋を割り、バターを乗せ、青葉草を散らし続けた。


 温かいうちに渡す。

 ひと口目で勝つ。


 それだけを、全員で共有して動く。


 午後に入る頃には、もう勝負の形ははっきりしていた。


 派手さでは向こうが上かもしれない。

 だが、人の流れを途切れさせず、食べた客の満足をそのまま次の客へ繋いでいく力は、明らかにこちらの方が上だった。


「……来たわね」


 受け渡しの合間、セレナがふと視線を上げた。


 店先へ足を止めたのは、見慣れた二人だった。


 一人は、ヴァレスト公爵――ユリウス。

 そしてもう一人は、俺の父だった。


 どちらも文化祭の賑わいの中にいても妙に浮かない。

 むしろ、そこに立つだけで周囲の空気が勝手に整うような存在感がある。


「父上」

 セレナが小さく言う。


 ユリウスはいつも通り落ち着いた顔で、まず店全体を見た。

 看板。

 列の流れ。

 受け渡しの手元。

 湯気の立ち方。

 ほんの数秒で、見ている場所がわかる。


 父も、少し目を細めて看板を見上げた。


「青葉香るじゃがバター、ですか」

 ナディアが穏やかに案内しようとすると、ユリウスは軽く頷いた。


「ひとついただこう」


 父も続く。


「私も頼む」


 ヴィクトルが一瞬だけ背筋を伸ばし、会計に入る。

 俺は芋を手に取った。


 変に気負っても仕方ない。

 いつも通りやるだけだ。


 芋を割る。

 湯気が立つ。

 そこへ小さく切った塩入りバターを乗せ、塩をひとつまみ、青葉草を散らす。


 セレナが包みを整え、ナディアが渡す。


 ユリウスは受け取ると、まず香りを確かめるようにわずかに目を伏せた。

 それから静かにひと口食べる。


 父も続いた。


 数拍の沈黙。


 先に口を開いたのは父だった。


「……これは驚いたな」


 芋を見下ろしながら、少しだけ目元を緩める。


「青葉草をこう使ったか」


 その声音には、領地の産物を知る者としての驚きと、素直な感心が混じっていた。


「ただ混ぜたんじゃないんだな」

 父は続ける。

「芋とバターの重さを、青葉草でちゃんと抜いている」


 その言い方が妙に嬉しかった。


 父は、味だけではなく、青葉草がどう効いているかまで見てくれている。


 一方、ユリウスは芋をもうひと口食べてから、ようやくこちらを見た。


「君は単に料理を出したのではなく、この条件の中で最適な形を組み上げたんだね」


 落ち着いた声だった。

 大きく褒めるわけではない。

 でも、その言葉の中に、見抜いた上での評価がきちんとある。


「……相変わらず、面白いことをしてくれる」


 そう言って、ユリウスは小さく口元を緩めた。


 その一言で十分だった。


 セレナが横で少しだけ誇らしそうな顔をしているのが見えた。

 たぶん父親に認められたこともあるし、それ以上に、リオンが見込まれたことが嬉しいのだろう。


「ありがとうございます」

 俺は短く頭を下げる。


「礼を言うのはまだ早いよ」

 ユリウスは穏やかに返した。

「文化祭は終わっていない。最後まできちんと回し切りなさい」


「はい」


 父も頷く。


「終わったら少し話を聞かせてくれ」

 そして、店をもう一度見回してから言った。

「これを、文化祭の思いつきだけで終わらせるには惜しい」


 その言葉を胸のどこかに残したまま、俺は次の注文へ戻った。


 ◇


 午後の文化祭は、そのまま最後まで勢いを保った。


 「青葉香るじゃがバター」の前には、長すぎず、でも絶えない列が続く。

 待っている間にも香りが届き、受け取った客の表情が変わり、その反応がまた次の客を呼ぶ。


 理想的な流れだった。


 一方で、ガレスたちの店は最後まで売れていた。

 肉料理というわかりやすい強さは、やはり大きい。


 ただ、午後に入ってからは待ち時間の長さが響いたのか、列の伸びはやや鈍って見えた。


 閉会の鐘が鳴る頃には、こちらの店の鍋もほとんど空になっていた。


「……売り切ったな」

 ヴィクトルが箱の中身を見ながら言う。

「いや、正確には、ほぼ完璧に読み切ったって言うべきか」


「最後の補充、ちょうどよかったわね」

 セレナが息を吐く。

「足りなくも余らなくもない、って一番面倒なのに」


「ガイルが昼の切り替えを早めたのも効きましたね」

 ナディアが言う。


「リオンが気づいたからだろ」

 ガイルは短く返した。


 エドガーはいつもの無表情のまま、空になった調理台を見ていた。


「終わったな」


 それだけだったが、その一言に、ようやく本当に終わったのだと実感が湧いた。


 ◇


 夕方、講堂前で結果発表が行われた。


 文化祭を終えた生徒たちが集まり、まだ熱の残ったざわめきの中で、実行委員長が紙を手に前へ出る。


「それでは、今年度文化祭の結果を発表します」


 空気が張る。


「まず、売上部門第一位――1年Bクラス」


 ざわ、と小さく空気が動いた。


 ガレスたちのクラスだ。


 肉料理の派手さと立地の良さを考えれば、そこは十分あり得る。

 むしろ納得の結果だった。


 ガレスの口元がわずかに上がる。


「続いて、来場者投票第一位――1年Sクラス」


 今度は、こちらの空気が揺れた。


 クラスのあちこちから、思わず息を呑む音がする。

 ナディアがぱっと顔を上げ、ヴィクトルが小さく拳を握った。

 セレナも一瞬だけ目を見開く。


 そして最後。


「総合評価による学院長賞――1年Sクラス」


 一拍遅れて、はっきりと歓声が上がった。


 売上だけではない。

 運営、完成度、来場者の評価、その全部を含めた上での一位。


 それは、こっちが一番欲しかった勝ち方だった。


「……っ、ふざけるな」


 その声は、静まりきる前の空気の中で妙に目立った。


 ガレスだった。


「売上はうちが上だろう!」

 顔を赤くして前へ出る。

「たかが芋だぞ! あんな平民臭い食い物に群がったからって、何が学院長賞だ!」


 その瞬間、周囲の空気が変わった。


 ざわめきが引いていく。

 代わりに残るのは、微妙な沈黙だった。


 教師たちの目が厳しくなる。

 保護者たちの視線も、ガレスへ向く。


 ガレスはそれに気づかない。

 いや、気づいていても引けなくなっているのかもしれない。


「見た目も規模も、うちの方が上だった!」

 吐き捨てるように言う。


 だがその言葉こそが、なぜ負けたのかを自分で証明していた。


 客が何を求めていたのか。

 何を喜んだのか。

 どこで票を入れたのか。


 それを最後まで理解できていない。


「ガレス」

 教師の低い声が飛ぶ。


 それでようやく我に返ったのか、ガレスは顔を歪め、何も言えなくなった。


 勝敗はもう決まっている。

 そしてその後の振る舞いでも、差はついていた。


 ◇


 片付けが終わる頃には、空はすっかり夕方の色になっていた。


 中庭の熱気もだいぶ引き、あちこちで机を運ぶ音と、疲れた笑い声だけが残っている。


「勝ったな」

 ヴィクトルが箱を閉じながら言う。

「売上では向こうに負けたけど、あの勝ち方は悪くない」


「悪くないどころじゃないわ」

 セレナが答える。

「一番欲しい賞を取ったんだから」


「本当に、いいお店でした」

 ナディアがやわらかく微笑む。

「途中で皆さまの動きがぴたりと噛み合った時、見ていて気持ちよかったです」


「途中で売り方を切り替えたのが効いた」

 ガイルは相変わらず簡潔だった。

「勝負どころが見えていた」


 エドガーがこちらを見て、短く言う。


「勝つべくして勝った」


 それだけだった。

 でも、こいつにそう言われると妙に重みがあった。


 クラスの他の連中も、自然にこっちを見る。

 感謝、安堵、少しの興奮。


 けれど、それを長く味わう時間はなかった。


「リオンくん」


 背後から、落ち着いた大人の声がかかる。


 振り返ると、そこにいたのはヴィクトルの父だった。


 商会を率いる人間らしく、派手ではないが隙のない身なりをしている。

 目元はヴィクトルによく似ていたが、そこに乗っている圧は比べものにならない。


「父上」

 ヴィクトルが少し驚いたように言う。


 だがその父は、まず俺を見ていた。


「あの店の考え方は、誰のものかな」


 単刀直入だった。


 ヴィクトルが口を開きかけたが、俺は一歩前へ出た。


「主な形は、僕が考えました」

 そう答えると、男はゆっくり頷く。


「青葉草を前に出したのも悪くない」

 視線は静かだが、見ているところは鋭い。

「だが、それ以上に面白いのは、売り方の組み立てだ」


 そこで少しだけ口元を緩める。


「君、少し話せるかな」


 文化祭は終わった。


 けれど、その勝ちがただの拍手で終わらないことを、俺はその一言で悟った。


 祭りのあとは、まだ続いている。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
1年S組と1年B組以外はどうなっているのでしょうか。 他の1年のクラスは展示系だったとか、説明が有ったほうが良いと思います。 2年生以上は不参加だったのかな?
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