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45歳社長、転生先でハズレスキル「綻びの目」を武器に没落領地を再建する  作者: コバチ
第10章 王立学院一年 二学期

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第130話 文化祭当日

文化祭当日の朝、王立学院はまだ開門前だというのに、すでにいつもとは別の場所のような熱気に包まれていた。


 中庭には各クラスの机や飾りが並び、校舎の窓には色布や看板が掛けられている。普段は落ち着いた石造りの学院が、今日はどこか浮き立って見えた。


 風は冷たい。

 吐く息が白くなるほどではないが、立ち止まっていると指先がかじかむくらいには、秋が深まっている。


「この寒さなら、条件は悪くないわね」

 店の前に立ったセレナが、小さく言った。


 その視線の先には、Sクラスの出店があった。


 白布を掛けた机。

 大きく掲げた看板。

 そこに書かれているのは、先日決まった名前だ。


青葉香るじゃがバター


 あらためて文字にすると、少しだけ不思議な感じがした。

 だが、もう誰も異論はなかった。


「看板の位置、もう少しだけ右だ」

 ガイルが周囲を見ながら言う。

「人の流れがこっちから来る。最初に目に入る角度で置いた方がいい」


「わかった」

 俺は看板の脚を少しだけずらした。


 調理台の上には、下ごしらえを済ませたじゃがいもが並んでいる。

 小分けした塩入りバター、刻んだ青葉草、包み紙、木串、会計用の小箱。


「釣り銭、確認した」

 ヴィクトルが言う。

「値札も大きめに出しておく。客が迷って止まるのが一番だるいからな」


「接客の流れも大丈夫です」

 ナディアが穏やかに頷く。

「最初に何のお店かをはっきりお伝えします」


 エドガーは少し離れた位置から、全体を静かに見ていた。


「開店したら最初は焦るな」

 短く、それだけ言う。


 だが、その一言で不思議と空気が締まる。


 開門の合図が鳴った。


 学院の正門が開き、外から人の流れが入ってくる。

 保護者、卒業生、王都の商人、子どもを連れた家族。制服ではない人間が一気に増えるだけで、学院の空気はまるで変わった。


 文化祭が始まった。


 ◇


 最初の十分ほど、うちの店の前を通る人は多かった。

 だが、立ち止まる者は少ない。


 やはり場所が少し悪い。

 中央通りに近い派手な店に、まず視線も足も流れていく。


 中でも目立っていたのが、ガレスたちのクラスだった。


 肉を焼く香り。

 大きな看板。

 遠目にもわかる派手さ。


「やっぱり向こうは強いな」

 補助に入っているクラスメイトの一人が、小さく言った。


 否定はできなかった。


 うちのじゃがバターは、見た目の派手さだけで勝つ商品ではない。

 食べて初めてわかる強さがある。

 だからこそ、まず足を止めてもらわなければならない。


「まだ慌てる時間じゃない」

 ガイルが低く言う。

「列がない時こそ、崩れるな」


「わかってる」

 ヴィクトルが会計箱を軽く叩いた。


 俺は鍋の火加減を見た。

 湯気は立っている。

 芋の火通りも悪くない。


 でも、客が来なければ意味がない。


 その時だった。


「温かい青葉香るじゃがバター、いかがですか」


 ナディアの声が、やわらかく前へ伸びた。


 大きく張り上げたわけではない。

 だが、寒い空気の中では妙によく通った。


 通り過ぎかけた年配の女性が、足を止める。


「青葉香る?」


 ナディアがすぐに笑顔で応じる。


「はい。温かいじゃがいもに、バターと青葉草を合わせたお料理です。寒い日によく合いますよ」


 その女性が、店先へ一歩近づいた。


 それだけで十分だった。


「一つ、お願いします」


 ヴィクトルが即座に代金を受ける。

 俺はじゃがいもを一つ取り、真ん中から割る。

 そこへバター。

 塩。

 青葉草。


 湯気が立つ。

 芋の素朴な香りに、溶けたバターの香りが重なり、最後に青葉草の爽やかさが抜けた。


 その女性は受け取ったばかりのそれを、店の前で小さく口に運んだ。


 一口。

 それだけだった。


「……あら」


 目が丸くなる。


 その反応を、たまたま近くにいた別の来場者が見る。


「何それ、美味しいの?」

「珍しい匂いがするな」


 流れが、ほんの少しだけ変わった。


 女性はもう一口食べて、それからはっきりと言った。


「おいしいわ。温かくて、香りがいい」


 それで足りた。


 隣にいた若い夫婦が寄ってくる。

 その後ろの子どもが看板を見上げる。

 さらに、その向こうで別の来場者が立ち止まる。


「二つください」

「私も一つ」

「香草多めってどんな感じですか?」


「定番と香草多め、塩強めがございます」

 ナディアが迷いなく案内する。


「注文こっちだ! 受け取りは右!」

 ヴィクトルが声を張る。


「列、看板の前を塞がないで! こっちへ!」

 ガイルが人の流れを整える。


 俺は手を止めない。

 芋を割る。

 バターを乗せる。

 青葉草を散らす。


 セレナが受け取り口で包みを整え、客へ渡していく。


「熱いのでお気をつけください」

 その一言に、雑さが消える。


 店が、回り始めた。


 ◇


「……何だよ」


 少し離れた場所で、ガレスの声が聞こえた。


 視線を上げると、向こうの店先からこちらを見ている。

 最初はただ鼻で笑っていた顔が、今は明らかに違っていた。


 青葉草は被せてきた。

 肉の派手さもある。

 それでも、こちらの前に少しずつ人が溜まり始めている。


 理由は簡単だ。


 うちは、寒い日に食べたくなる温かさを売っている。


 向こうが目で引くなら、こちらは湯気と香りで引く。

 その違いが、ようやく現実になってきていた。


「リオン、次!」

 セレナの声が飛ぶ。


「わかってる!」


 手を動かす。


 じゃがいもを割るたびに湯気が立ち、バターが溶け、香りが広がる。

 そのたびにまた、通り過ぎるはずだった人間が振り返る。


「これ、見た目よりちゃんとしてるな」

「香りがいい」

「寒いからちょうどいいかも」


 客の言葉が、次の客を呼ぶ。


「……いけるな」

 ヴィクトルが会計の合間に笑った。

「これ、ちゃんと勝負になる」


「最初からそう言ってるだろ」

 俺は答えながら、次の芋へ手を伸ばす。


 エドガーが少し後ろから全体を見ていた。

 そして短く言う。


「焦るな。この流れを切るな」


 その一言で、また全員の動きが整う。


 まだ勝ったわけじゃない。

 文化祭は始まったばかりだ。

 売上も、投票も、この先どう動くかわからない。


 それでも、少なくとももう、ただの芋屋だと笑える状況ではなかった。


 店の前には、確かに次の客が並び始めている。


 ガレスの顔が、はっきりと変わった。


 文化祭当日。

 勝負は、ようやく本当に始まったのだ。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
成績は良いのに、普通のことしか言わないバカ王子に見えるなこいつ
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