0800着信事象に係る対応方針に関する私的報告
0800着信事象に係る対応方針に関する私的報告
――サファリパークケンタロス属性業者への対処実践記録――
第1章 背景
0800から始まる番号による営業着信は、頻度が高い時期には週二回から三回に達する。本状況は偶発的接触の域を超えており、筆者の電話番号が電脳空間上の営業データベースに組み込まれている可能性を示唆するものである。
なお、主要通信事業者各社に対しては、電話営業停止の依頼を正式に提出済みである。しかしながら、謎の業者達からの着信は依然として継続している。
従来、筆者は法的妥当性の確認、企業名の厳密な提示要求、契約条件の論理的検証等を試みてきた。しかしこれらの行為は、通話の即時終了を招く結果となった。
ここに、特定業者の行動特性が存在する。
第2章 サファリパークケンタロス属性の定義
本報告書において「サファリパークケンタロス属性業者」とは、以下の特性を有する営業主体を指す。
1.契約成立確率が低いと判断した瞬間に撤退する
2.交渉の持続よりも成果確率を優先する
3.対話そのものに価値を見出さない
本概念は、初代『ポケットモンスター赤・緑』のサファリパークに登場するポケモン「ケンタロス」に由来する。
ケンタロスは、
捕獲確率が著しく低く、かつ逃走確率が著しく高い個体である。
プレイヤーは以下の行動を選択可能である。
・石を投げる
・餌を投げる
・サファリボールを投げる
しかし、
石は捕獲確率を上昇させると同時に逃走確率を上昇させる。
餌は逃走確率を低下させると同時に捕獲確率を低下させる。
営業電話との対比は以下のとおりである。
【サファリパーク】 【営業電話】
石 論理的追及・違法性の指摘
餌 感情的肯定・曖昧な同意
逃走 通話終了
ここで重要なのは、「捕獲」の再定義である。
本報告書における捕獲は、業者に一泡吹かせることをもって捕獲と定義する。
したがって本研究の目的は、会話を無駄に長引かせ業者の時間を浪費させ、最終的に業者に一泡吹かせることである。
第3章 基本方針
上記特性を踏まえ、以下の三原則を策定した。
1.石を投げない
企業名の厳密な追及や法的問題の指摘は即時撤退を招くため、原則として実施しない。
2.餌を限定的に投与する
感情的肯定を行うが、理解の確定は避ける。
3.契約直前で構造を断絶する
業者が成果を確信した段階で、会話前提を破壊する。
これらの三原則から導かれた基本方針をどうするかを考えていた際に、放鳥中の我が家のセキセイインコ、ピーちゃんが「カエルヨー」と話していた。ピーちゃんは非常に賢く、行く、帰る、怒られたなどの基本的な行動は理解し、それを言語化することに成功している。なるほど、ならばサファリパークケンタロス属性業者の対応は、ピーちゃんレベルの知能指数があれば十分に対応可能であろう。
私は、サファリパークケンタロス属性業者の対応には一貫してピーちゃんレベルの知能指数に合わせることを基本方針とした。
第4章 実践記録
祝日の夕方、0800番号からの着信。言うまでもなくサファリパークケンタロス属性業者である。
筆者は受話ボタンを押し、通常よりかなり高い声域で応答した。自分でも少し驚くほどの高さであったが、結果として我が家のセキセイインコ、ピーちゃんの声色に酷似していた。ピーちゃんも一瞬こちらを凝視した。声まで寄せる合理性は本来存在しないが、ピーちゃん前後の知能水準を演出しようと意識しすぎた結果である。
発音は明瞭に保ちつつ、語尾には微妙な揺らぎを含ませる。自信はないが会話は可能である、という印象を与えるための調整である。文字にすれば、
「パィ……」
が最も近い。
電話口では、若く爽やかな男性が大手通信業者名を名乗り、来月から回線料金が割引になる旨を説明し始めた。
私は企業名を復唱し、日本人特有の条件反射的謝罪を挿入した。
この時点では、ピーちゃんらしさが抜けきっておらず以下のような応答となった。
「チョミマチェン」
現在の料金が六千なにがし程度であるという説明に対しては、数字のみを抽出して反復した。
「ロクセェン? ロク? エ? ロクゥ?」
否定はしない。しかし理解を確定させない。
割引という単語が出た瞬間には、内容を精査せず感情だけを肯定する。
さらに、知能レベルがピーちゃん並みであることを加味すると以下の応答になった。
「パリガトウゴザリマス」
その後、男性は専門用語を交えて説明を続けた。正直に言えば、途中からほとんど聞いていない。しかし、聞いていないことが伝わってはならない。よって、都度オウム返し(ピーちゃんだけに)を実施する。
業者「月々二千円ほどお安くなります」
私「ニセンエーン!」
業者「光回線を一本化することで」
私「イッポンカァ!」
意味は理解していない。理解していないことも認めない。
やがて男性は核心に踏み込んだ説明に入っていく。
「お客様、インターネット回線の解約のご予定はありませんよね」
ここで私は、意図的な誤読を行った。
「エェ……? インターネットォ? ボクゥ、使エナクナッチャウンデスカァ?」
男性は丁寧に否定し、解約の意思確認であることを再度説明した。
私はさらに理解不足を強調する。
「インターネットォ……ボク、インターネットハ使イタイナァ……」
このやり取りにより、男性は“著しく物分かりは悪いが、押せばいける対象”と判断した可能性が高い。
その後、男性は私の明確な了承を得ないまま手続きを前進させようとした。住所確認や切替手続きの説明に移行し、会話は明らかに契約段階へ向かっていた。
この時点で通話時間は五分を超過していた。私は既に精神的に疲弊していた(というより飽きてきた)が、ここで撤退しては意味がない。臨界点である。
私は発話構造を崩壊させた。
「ア、アバババババ……」
男性は一瞬沈黙したが、すぐに持ち直した。
「……お客様?」
私は再度、
「アババババババ……」
数回反復した後、男性の声色は明確に変化した。
「お客様、ふざけてらっしゃいますか!?」
もちろん、ふざけている。しかしこの段階でそれを認めることは戦略上許されない。
私は、可能な限り誠実な音声を生成した。
「フ、フザケテナイヨー」
男性は断定した。
「いいえ、ふざけてらっしゃる!」
そして通話は終了した。
第5章 総括
本実践は公共的意義を有しない。
純然たる私的遊戯である。
しかし、サファリパークケンタロス属性業者への対処として、
・逃走を誘発しない
・契約を成立させない
・臨界点で断絶する
という手法は有効性を示した。
均衡を破壊する最小単位は、
「アバババ」
である。




