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死を選んだ花嫁  作者: 六軒さくみ(咲海)


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3/8

愚かな侯爵の最期


 彼女が命を絶ってからすでに3年の年月が過ぎ、真珠の君との間に生まれた子供は3才になった。


 辺境伯は前の年に任を解かれた後、もとの階級である準子爵として北の砦の総責任者として赴任した。


 真珠の君は自分が用意した王都にある、小さな邸で子供とともに暮らしている。

 前の別邸に比べると質素で時々、別邸に戻りたいと呟いたが、あの別邸は彼女の名義だからと、なだめすかした。

 買い取れないのかと言われた時に、侯爵家の財政を話したが、真珠の君はその手の話は苦手なようで、何度告げても理解できないようだ。


 折を見て子供とともに本邸に呼び寄せることも考えたが、周囲の反応を考えると実行には移せないまま時だけが過ぎた。

 自分は一日おきに子供に会いに行き、真珠の君と愛を語らい二人で慎ましやかな幸せを積み重ねている。


 いまは穏やかに生活が出来ている。



 あの事件以来、夜会などの招待は来ないが、王家主催の夜会と茶会には出席している。

 きつい言葉もかけられるが、子供と3人で幸せをかみしめている。

 彼女の事さえなければ、自分たちはもっと一緒に生活ができたはずだと思う事もある。

 時々、真珠の君の口から洩れる現状に対する不平不満は、聞かなかったことにするすべも身に着けた。



 彼女の死から4年を過ぎ、自分は真珠の君と結婚をした。


 侯爵家への嫁入りは家の格からして難しいが、すでに子供が生まれ、真珠の君のお腹には二人目の子供がおり、早めに婚姻する必要性があった。


 初夜に花嫁を殺した男と言われ、縁談はひとつも入らない侯爵家。

 同格の高位貴族との縁は無理だろうと、宰相からも君との結婚の許可を得た。

 ただし、この結婚は、貴族同士の結婚とは違い、侯爵家への婚姻ではなく、あくまでも自分の個人的な妻としての婚姻だ。


 結婚式は領地にある教会で、家族だけの小さな結婚式を挙げた。


 両親は参列はしてくれたものの、会話を交わすこともなく、孫を抱きしめることもない。

 息子である自分とも会話を交わすことなく、式が終わると教会を出て行った。


 真珠の君は最後まで貴族らしい王都での結婚式を望んでいたが、教会側からはっきりと断られてしまった。

 それも致し方ないと思う。

 君はとても残念がったが、最後には納得したので侯爵領地での式にした。

 君の父は、領地をもたない騎士階級であるうえ、父方の親戚からは一連の出来事で距離を、おかれているので、他に場所がなかった。


 真珠の君には言えないが、自分は君の両親が好きではない。

 まるで高位貴族のようにふるまうが、マナー一つとってもひどいものだ。

 一時は王都の本邸や、領地のマナーハウスに我が物顔で出入りしたが、父が「真珠の君のご両親は下町育ちなのか。ならば、マナー講師を雇ってあげよう」と、あからさまな嫌味を言って以来、犬猿の仲だ。


 王女であった母に至っては真珠の君の母親の無礼さに、完全な無視を貫いている。

 ただ、あの事件で、真珠の君の父は恩給をかなり返上し、今後の出世の道の完全にふさがれたことも事実だ。


 宰相に結婚を報告をしたとき、王家からは祝いは出せないと事前に言われていたので、それも仕方がないと思っている。


 この4年の間に、自分は王太子の近衛騎士団を退任した。


 事実上の退職勧告を受けたこともある。

 幼馴染として育った王太子からは、「君はただの愚か者になったのだ。残念だ」と、冷たく告げられた。


 幼馴染としての絆は、この程度たったのだと思う一方で、自分の傲慢さが招いた結果を受け止められるだけの度量は自分にはなかったのだ。

 現在は王都の治安騎士団の責任者として、勤務しながら領地運営をしている。

 金銭的にはさほど変わらないが、名門侯爵家の当主としてはかなり痛手は被った。


 真珠の君は、あの後、泣きながら彼女に対して自分がしたことを打ち明けてきた。

 調子に乗って傲慢だったのだと。

 正直、驚いたが今更、過去は変えられないし、彼女はすでに死んでいる。


 何より、なぜ、彼女は自分に伝えてこなかったのか。

 伝えてきたなら自分も、君に対して気をつかったはずだ。


 領地での結婚式を決めてから、真珠の君は彼女が婚姻時に着ていたドレスにこだわった。

 普段、過度な要求をあまりせず、贅沢もさほど求めない君の我が儘を聞いてやりたい気もしたが、彼女が着ていたドレスは伯爵家が引き上げていったし、何より縁起が良くない。


 結婚の時くらい新しいドレスが欲しいと懇願されたが、今の侯爵家にあれほどの贅を凝らしたドレスを作成する費用などはない。

 そもそもすでに子をなしてしまっている身だ。

 なので、ドレスは母が嫁入りの際に、王家より下賜されたドレスを手直しした。


 母は最後までドレスにハサミを入れることを拒みはしたが、父が侯爵家の財政では新調は出来ない事や、領地での小さい結婚式とはいえ、侯爵家の当主の結婚式でドレスがないことは、やはり見栄えが悪いことなどを伝えて説得した。


 王家の下賜品だけあって母のドレスは、素晴らしいものだった。

 若干、流行遅れではあるが一品ものだった。

 ドレスの仕上がりに上機嫌の真珠の君は、ティアラはないのかと聞いてきた。


 伯爵家以上の高位貴族の家には、家の伝統のティアラがある。

 当然、侯爵家にもティアラはあった。

 母が降嫁した時に、下賜された王女のティアラも。

 けれど、そのふたつのティアラは、現在、王家に借財として召し上げられている。


 その時、自分はやっと真珠の君にそれを説明した。

 君は今まで見たことがないほど自分をののしり、彼女をののしった。

 ティアラがない結婚式なんてする意味がない。

 私はティアラを身に着けたいと、とにかく手の付けられない状態だった。

 母に土下座をする勢いで頼み込み王家に手紙を出してもらい、結婚式の間だけ、侯爵家のティアラを貸してほしいと要請した。


 結婚式当日に、王家より届けられた侯爵家のティアラ。

 美しく光を放つさまを見て、真珠の君はとても喜んでいた。

 今まで苦労をかけたことから喜んでもらえてよかったと思う。


 式が終わりティアラを王家に返す段になり「これは私のよ」と泣いて手放さなかった。

 真珠の君がこれほど拘るとは思っていなかったので正直、困惑した。

 けれど終了次第、確実に返還がされるように、監督官が付いてきており、君がどれほど泣いても彼らは王都に持ち帰った。



 結婚式の後、半年後には二人目の子供が生まれた。

 女の子だった。


 その後も、侯爵家にはあるまじきことだが、夜会には出席をしなかった。

 人は過去のスキャンダルを忘れてはくれないからだ。

 時には「結婚初夜に花嫁を殺した男」と陰口を言われ、妻も「婚約者のいる男を寝取った女。妊娠までした卑しい女」と陰口を言われた。


 領地でひっそりと暮らしていた父は、最期まで孫の顔を見ることに拒み続け静かに息を引き取った。

 ときを置かずに母も精神的な疲れから、ひっそりと命をたった。


 彼女が死んでから5年を過ぎたあたりだった。



 母が死んだときにも王家からはお悔やみの一つもなかった。

 現王の異母妹であるにもかかわらずだ。

 侯爵家の置かれている現状が突き付けられた出来事だった。


 遺品の整理に出向いた際、王家からとくに陛下から母を叱責する手紙が見つかった。

 これでは母が命を絶つことも仕方ないことだと思ったが、これに苦情を言う事は出来なかった。

 書かれていたのは、すべて自分の不始末に対することだったからだ。


 遺品整理をしていると、王家から派遣された管財人が訪れ、面会を求めてきた。

 両親が住んでいた別邸は、母への下賜されたものなので、母の死亡と同時に王家に返還を求められた。


 妻は、また王家に召し上げられたと、王家に対して不満を漏らした。




 ****



 妻との間には3人の子供に恵まれて、慎ましやかな生活を送った。

 妻の父は北の任期があけると騎士団を退団し、王都にある侯爵家の別棟で暮らすようになった。

 邸の者から、侯爵家の縁者でないものが当主顔をしていると陰口を言われて、憤慨していたが、娘から「夫を困らせないで。迷惑だわ」という言葉に負けて、自分の恩給で暮らせる郊外の小さな貸家に移っていった。


 貴族生活を夢見ていた夫人は、離れたくないと泣き喚き部屋に籠城した。

 最近、気がついたが、妻はこの母によく似ている。

 この二人を勘違いさせたのは、自分も一因だ。


 代々支えてくれたいた執事やメイド長はあの事件で引退し、その後両親も逝った。

 長年仕えていた数人のメイドたちが、年老いたこともあり職を辞していった。

 静かに、静かに、名門侯爵家の歴史が終わりつつあることに、自分はまだ気づいてなかった。


 伯爵家への弁済は、まだ続いている。


 幾度か不作の年もあり、支払いが大変なこともあったが、王家が保証人として伯爵に口利きをしてくれ、利息なしで待ってくれた年もあった。

 最終的には、宰相からの助言で、侯爵家のティアラの宝石部分をすべて売り、母の死亡後に母のティアラの宝石部分を売り、足りない部分は、王都にある侯爵家の本邸を王家に売却することで借財をすべて返済した。


 今は、領地にあるマナーハウスと、王都にある小さな別邸のみだ。



 あの時父が言っていたことの意味を最近知った。

 宰相が代替わりする際に、打ち明けてくれたのだ。


 名門侯爵家が領地経営に失敗し続け数年にもわたり王家への納税をしていなかったことや、母が陛下の妹であることから、祖父母も王家に甘えた。

 陛下は妹も嫁いでることから、管財人を派遣して立ち直りを希望したが、父がそれを嫌がった。

 そこで、考えあぐねた宰相が、若い頃から懇意だった伯爵に相談したのだそうだ。


 まず伯爵の娘を自分と婚約させ資金援助を行う。

 結婚の段階で自分が侯爵位を返上し、借財を返済すれば、伯爵位を自分に引継ぎ、侯爵家の屋敷も借財として受け取るつもりだったらしい。

 その後、結婚の祝いとして娘に侯爵家の屋敷を譲るり、王家も祝いとして侯爵位を返却するつもりだったと。


 自分は彼女と結婚すれば、何一つ、手放すことはなかったのだ。

 ただし、根っからの商人である伯爵は、万が一の保険をかけることにした。

 それが娘の固有資産であり、侯爵の領地の整備をしたのち、反故にされれば伯爵のものになる。

 という取り決めだった。


 なのに妻と出会い、彼女をぞんざいに扱ったことから、伯爵は自分に見切りをつけたのだ。

 自分は、あのやり手の伯爵に見切りをつけられたのだ。


 新しく伯爵をついだ彼女のいとこは、若い頃は修行のために外商に出向き、人からも慕われたいるらしい。

 いまや国一番の裕福な貴族となり、権勢をふるっている。

 二人いる娘の一人は現王太子と婚約し、未来の王妃となる。


 かたや自分は名門侯爵家は名前ばかりで、貧乏ではないが裕福でもない。

 ただ、貧乏貴族のように身売りをしなければならないほど落ちぶれる事もないことは感謝しなければならない。


 ここ数年で妻は、己の不遇を嘆くようになった。


 5年に一度行われる建国際に選ばれる聖女たちは、みな良い結婚し社交界でも有名な貴婦人になっている。

 片や自分は…と妻は最近、泣くようになった。


 今年、聖女に選ばれたのは伯爵家の娘だ。

 皮肉なもので、亡くなった彼女によく似ている。

 そして年を取ったせいだろうか。

 陰口を言われた彼女の苦しみが理解できるようになった。




「おとうさま…彼が婚約の話をなかったことにしてほしいと言ってきました」と、長女が静かに泣いた。


 自分と妻の間には、2人の男の子と1人の女の子がいる。

 娘は今年16才になり、一応は侯爵令嬢として社交界にデビューした。

 派手なドレスは新調出来なかったが、恥ずかしくない程度には仕立てられたドレスで。

 同時期に、伯爵家の令嬢がデビューしたが、それは美しいドレスだった。

 昔の侯爵家なら仕立てられたはずだと、妻はとても悔しがったが、恐らく出会った頃の侯爵家では無理だった。


 侯爵家であれば、早くから婚約者を定めてもおかしくはないが、我が家は過去のスキャンダルもあり、高位貴族の間ではあまり評判がよくない。

 それに、自分の両親は侯爵と元王族だが、妻の両親は父は一代限りの騎士子爵位、母は平民のなので格が落ちる。

 自分たちの過ちを子供たちに背負わせたくないことから、昔のことは話していない。

 それが裏目に出てしまった。


 長女は社交界で出会った、伯爵の息子と恋仲になっていた。

 地方の小さな伯爵だが、工芸品で名を馳せる裕福な家柄だった。

 自分とくに妻は、大変喜んだ。


 伯爵の妻は、彼女の異母妹だった。

 あのスキャンダルは、伯爵家だって巻き込まれて、かなりの陰口を言われたのだ。

 だから彼女の妹は、ひっそりと婚姻したのだと思う。


 娘は本当にその長男が好きだったのだろう。

 ずっと泣きどおしだ。

 妻が怒って伯爵と夫妻とその息子を自宅に呼んだ時、はっきりと言われたのだ。


「我が実家にあれだけの汚辱を与えた侯爵家の娘なんて、輿入れされても迷惑だわ」


 あの当時、自分たちだけがひどい目に遭ったと思っていたが、そうではないことを初めて知った。

 引退した執事の言葉がよみがえる。


 伯爵夫人は帰る際に、一通の手紙を自分に渡してきた。

 ふるぼけた手紙。

 亡き父から、いつか時が来たら使えと言われたものらしい。



「今夜、彼が来くれたら、今後の話をしようと思う。でも来なければ、私は死のうと思う。少しでも私を思ってくれるなら、私も彼の立場を考える。でも、考えてくれないなら、私は復讐のために死ぬ」




 それを読んで妻は卒倒した。

 出仕していた長男も、同時期に恋仲になった男爵令嬢との破談が言い渡された。

 私と妻は子供たちに、過去のことをかいつまんで話をした。


 その時もまだ、自分たちの都合の悪い部分はぼかしてしまったのだ。

 社交の場に行かない自分たちは、噂話がどれほどなのかわからなかったのだ。

 長男はそれを聞いて、絶望した顔をしていた。

 1週間後、手紙をおいて家を出てしまった。

 長男はすべてを知っていたのだ。

 自分たちの都合のいい話をしたことで、親に見切りをつけてしまったのだ。


 家を出た長男はその後、家に戻ることはなかった。


 風の便りに聞いたところでは、伯爵家の商会にはいり、船乗りとして生計を立て、その後、伯爵家の商会の支店長となったらしい。

 侯爵家の血筋であることは、一言も言わずに、独り身のまま逝った。


 長女はその後、貴族の家に嫁ぐことは諦め、一介の騎士の妻に収まった。

 相手は男爵家の次男。

 侯爵家の令嬢としては格下ではあるが、貴族世界では受け入れてもらえない立場だ。

 婚姻できただけでも十分だ。

 贅沢は何一つできない生活で、娘はそれでも幸せにくらした。


 子供に恵まれなかった。


 次男は、すべてを理解したうえで侯爵位を継いだ。

 この頃には、もう、本当に名前だけの侯爵家になっていた。

 次男は文官として王城に努めている。



 人が忘れるまでは、長い時間がかかる。




 *****




 王都での生活には、使用人が多ければ多いだけ出費がかさむ。

 けれど人数を絞ってしまうと、大きな屋敷の維持は難しい。

 妻とともに領地のマナーハウスに引っ越したものの、数年でここの維持も難しいことから、母が残してくれたこの別荘に移り住んでまだ、10年は越えていない。


 王家の直轄地に佇むこの別荘は、母が降嫁の際に、祝いとして贈られたものだ。


 保養地の一角にあるので、静かな環境ではある。

 ただ、休暇であるとか、療養をする意味合いでは良い場所だが、生活をすることを前提とすると随分と不便である。

 王都からは馬車をつかえば半日の距離だが、寄合の馬車だと一日はかかるうえに、村の中心部からは多少外れていることから、生活に必要な品物をそろえるのも苦労する。


 体が動くころは、野菜など最低限のものは、妻と二人で栽培した。

 素手で土をいじる等、体験したことがなかった。

 近くの湖からは、水が通る道が整備されているので、風呂には困る事がないが、これを沸かすにはまた一苦労で、若い頃に騎士団で集団生活を体験していなければ、自分たちは何もできなかったと思う。

 飲み水は庭の井戸でくみ上げることが出来る。


 最初は随分と不便をした生活で、マナーハウスが良かったと妻は文句を言っていたが、この別荘の調度品は気にっていたようだった。

 ここは母の持ち物だったので、調度品も王家が用意したもの。

 売り払う事はできない。


 人は生活に疲れると、愚痴が増えると聞くが、妻は確かに愚痴が増えた。

 自分だって思う事は沢山あるが、今更、言いつのったところで何も変わらないのだ。

 若い頃は二人で一緒に居られるだけで感じた幸せは、いまはもうない。


 昔は年を経ても仲睦まじく、互いに手を引きあいながら、庭で散歩をしたり、花をめでたりすることを夢見ていたが、現実とは辛いものだ。

 この別荘は景観は素晴らしいが、妻が病気が付いてからは外出も難しくなくった。



 妻は時々、わが身の不幸をののしる言葉を吐く。

 その中には、すでにいない彼女への呪詛が多い。

 自分にとっては遠い過去の人だ。

 今では、名前はしか思い出せないというのに。


 ある時、妻が言った。


「私はあなたに一目ぼれしたの。だからどうしてもあなたが欲しかった。あの日…とても強いお酒を飲ませて、抱いてもらったの。侯爵夫人になれると思って。平民は嫌。なのに、あなたと結婚したことで、私は妻になったけど、侯爵夫人ではない。くやしい」



 妻は愛しているといいつつも、ずっとわが身の不幸を呪う。

 自分だって呪いたいのだ。

 すくとなくも自分は、名門侯爵家の当主と、国王の異母妹という両親のもとに正当な血筋の嫡男として生を受けた。


 家令も使用人もいない、小さな別送で生活するような身分ではない。

 恋とか会いに溺れ、色々なことを間違えた自分の結果だと思う。

 自分が愛した妻と幸せに人生を終えたかったのだが、最近、自分は妻の何にひかれたのか疑問に思う事がある。


 妻は3人もの子供を産んでくれたし、慎ましくも幸せであったと思いたかったが、妻はいまだに彼女の呪詛を吐く。

 妻の中には私への愛はもうないようだ。


 侯爵夫人なりたかった。

 貴族として贅沢がしたかった。

 なのに、「ひとつも叶えられなかった」という。

 一目ぼれで、あなたが欲しかったというけれど、「愛している」という言葉を聞いたのはもうずいぶんと昔な気がする。


 時々、心の蔵あたりが痛むことが増えた。

 けれど、妻を医者に見せられないと同様に、自分も医者にかかる金銭的な余裕がない。


 騎士に嫁いだ娘が時々、多少の金銭的な援助をしてくれるが、これ以上、お願いするのははばかられる。

 なにより自分たちのせいで、娘は婚約破棄をされたうえ、侯爵令嬢であったのに、爵位も持たない騎士に嫁ぐ羽目になったのだから。

 幸いなのは夫となった男爵家の次男が、娘を大切にしてくれてることだ。


 娘が婚約破棄をされた時、貴族階級の娘が婚約破棄をされたなら、それが高位であれば、身の振り方の選択肢がないことを身をもって知った。

 自分には女の兄弟がおらず、一人息子だったので、そのあたりに疎かったのだ。


 今ならわかる。


 彼女があの日、死を選んでも当然だったのだ。

 彼女が自分たちに復讐をして当然だとも思う。

 月日とともに後悔が募る。


 次男はすべてを理解したうえで、落ちぶれた侯爵家の爵位と名を継いでくれたものの、先日、ひっそりと命を絶ってしまった。

 文官として王城で勤めていたが、やはり財政が苦しく、爵位の維持が出来なかったようで、

 宰相と相談し、爵位を返上したらしい。

 爵位を返上してしまうと、貴族の特権は何も受けられず、身分は平民になる。

 様々な苦労があったのだろう。

 遺書に綴られていた言葉はどれも、世をはかなんでいた。



 妻に次男の死を伝えたら、やはり今はいない彼女への呪詛を吐いた。

 君の中ではいまだ彼女は生きているのか。

 自分の君とのこの何十年は一体なんだったのかと思う。


 家の為に伯爵令嬢の彼女と婚約した。

 婚約者として愛せなくて、妻との恋にのめりこんだ。

 その結果は、彼女を死なせ、侯爵家は没落した。

 すべてが借金のせいだとは言い難い。

 借りたお金で自分は妻にドレスを買い、宝石を買い与えた。


 国王の妹が嫁いだ名門家が没落することを王家としても心配し、宰相に相談して伯爵家との婚姻だった。

 なのに、自分は何をしたのか。

 貴族としての義務は何一つ果たさず、政略結婚にも嫌悪し、好き勝手した。

 父と母は没落する侯爵家を見てどう思っただろうか。

 むなしかっただろうか。


 妻に1週間ほどで帰ると告げた。


 次男の弔いと遺品の整理をしなくてはならない。

 妻は一人は嫌だと泣いた。

 息子の死でショックをうけたのだろうが、それよりも傍にいてくれと。


 若い頃は妻の「傍にいて」をすべて聞いた。

 婚約者との語らいも無視して、妻を優先した。

 夜会にも茶会にも、妻を連れだった。

「傍にいて」と言われたから、結婚式の夜ですら、妻を優先した。

 だけど、今回の「傍にいて」は聞いてあげることはできない。


 独り逝った次男をそのままには出来ない。

 何もできなかった親だとしても、せめて最期の弔いはしたい。

 しくしくと泣く妻をなだめて家を出た。


 今住んでいるこの家は、自分が死ぬと他の家族は住む権利を失う。

 すでに病が重くなりつつある、妻をいまさら見捨てることも出来ない。

 せめて、妻が息を引き取るまでは自分が長生きしなければならない。


 家を出るとき、心の蔵がまた痛んだ。



 ****


 娘とともに対面した次男の亡骸は王都の騎士や商人が多く住む二の格の小さな教会の好意で大切に保管されていた。

 暫く会えていなかった次男の体は、やせ細りとても小さなくなっていた。

 次男にたったひとりついていた侍従の話では、精神的な疲労が蓄積した処に、愛した女性から、侯爵家の過去のスキャンダルを知られ破談し心を病み、食事をとれなくなっていた。


 その女性は裕福な商家で新興子爵家の令嬢たった。

 女性側の家族も侯爵家であることで、乗り気だったそうだが、さすがに過去のスキャンダルを知ると、二の足を踏んだらしい。

 親の因果は子にめぐるというが、慚愧の念に堪えない。


 もう少し慎重に、それこそ妻の伯父が言っていたように、手順を踏んで出来なかったのかと、後悔ばかりが胸に去来する。

 様々な思いがあふれ出して、次男の亡骸にすがりつき咽び泣いた。

 参列者のいない簡単な葬儀の後、次男の亡骸は、平民のように骨にして共同墓地に埋葬した。


 領地にある侯爵家の墓地に埋葬してやりたかったが、すでにその土地も侯爵家の領地ではなく、王家の直轄地となっている。

 両親の棺も、先祖の棺も、灰にして共同墓地に埋葬した。

 いずれ自分もここに骨だけを埋葬されるのだろうと思う。

 貴族のそれも高位侯爵家の当主だったころを考えるとなんとも頼りない事か。


 次男が自宅として利用していた小さな家は、家具が殆ど置かれていなかった。

 どうやら、金目の売れるものはすでに処分したようだった。

 妻と出会った頃は、愚かにも伯爵家からの資金援助を受けていながら、別邸の内装費をつかい、豪華な調度品を購入したこともある。

 本邸にあった調度品の一部は、現在の家に移したが、価値のあるものは残っていない。


 この家は婿の実家が買い取ってくれることになった。

 そのうち、娘夫婦が移り住むことになっているが、妻には伝えていないし、言わないつもりだ。

 自分たちの最期を娘に迷惑をかけることはしたくない。

 なにより、妻は若い頃から難しい話になると、逃げることがある。


「侯爵夫人」になりたかったと言っていたが、妻の考えてる侯爵夫人は、煌びやかに着飾り、夜会や茶会に出る事であって、邸のすべてに目を光らせ、時に代理として領地の経営をするという実務的なことは理解できていなかったのだと思う。


 認めたくはないが、妻はその点では軽薄で貴族の妻としての義務は理解できてない。

 父が、貴族が貴族同士で婚姻するのは、政略的な意味だけではなく、同等の教養部分が大きいと言っていた。

 身代が大きくなれば、なるほど、妻の役割も増える。

 煌びやかなドレスを着て笑っているだけの頭の悪い女ではだめなのだ。

 妻は「男爵家」相当の教養は持ち合わせていだが、高位貴族としての教養はなかった。


 平民出の人間では当然なのだから、そこは教育をしなければならなかったが、妻にはそのあたりの向上心は皆無だった。

 だから、自分は娘にだけはその点の教育を施したつもりだ。

 爵位のない人間と結婚したので、それも意味のないものだったが、いつか役に立てばいい。


 次男のことに関するべての手続きを終えて、明日には妻のともに帰ることになった。

 王都からは馬車で半日、明日の備えて早めに次男が使っていた寝台に身を横たえると、

 急に体が鉛のように重たくなった。

 次の日も回復することはなく、体の重たさを抱えたまま、寄合の馬車に乗った。

 妻のいる自宅に戻ったら、私も少しゆっくりと休もう。



 近衛時代の恩給はあるが、高級な貸し切り馬車をかりれるほどの裕福さはない。

 日々の生活には困らない程度だが、その恩給も、自分が死ねば打ち切られる。

 妻の為にももう少し生きながらえなければならない。


 半日かけけて近くの村までたどり着き、宿に一泊をして、再び寄合の馬車に乗った。

 家のある近くの停留場で降りると、歩いて30分ほど。

 その距離がこれほど長く感じたことはなかった。

 歩いても歩いても、前に進んでいる気がしない。



 心の蔵の痛みは前々からあったが、突然、今までない痛みにうずくまった。





 妻のもとには帰れそうにない。



※ 恋に溺れた愚か者の末路は大抵不幸である。

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