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死を選んだ花嫁  作者: 六軒さくみ(咲海)


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2/8

花嫁を初夜に殺した男



「花嫁を初夜に殺した男」と、誰もが噂した。


 過去は忘れた頃に掘り返され、そして、忘れた頃に復讐される。

 自分の過去を切り捨てることも、塗り替えることも出来ない。

 ただ、いまは、己の愚かしい過去を清算することもできない。




 ***



 結婚したばかりの花嫁が初夜の服毒死したことは、一大センセーショナルな出来事だった。


 前々から、真珠の君と自分の人目をはばかる事のない関係は貴族社会の間では有名であったし、自分たちも隠すことなく、夜会や茶会、観劇などにも連れ立って出かけていた。

 婚約者である彼女を忘れたかのように振る舞い、実際思い出すこともなかった。

 真珠の君と自分は王都郊外にある緑の多い別邸で事実上の夫婦のように生活をしていた。

 小さめの邸だが、四方に庭があり四季によって花が変わるとても美しい屋敷だった。

 連れてきたときに彼女が一目で気に入り、そこに住むようになった。


 もちろん、彼女と初めて結ばれた別邸でもある。



 自分は確かに浮かれていたのだ。

 この美しい別邸が、婚約者である彼女の所有財産の一つであることを失念していた。

 別邸で君と自分は夫婦にのように生活し、時には茶会や小さな夜会を開くようになった。

 時々、そのことについて苦言を呈したり、非難する貴族もいた。


 上級貴族の出身ではない真珠の君は女主人として出来ることが限られており、そのことで陰口を言われたことから、参加人数や回数はかなり吟味するようにしていた。


 自分も真珠の君も恋の浮かれ、互いしか目に入らず、情熱的や肉欲に精神が浸食されていた。

 自分には婚約者がいて、婚約はまだ破棄されていないこと、結婚式の日取りも決まっている事など現実を直視するのがとても嫌だったのだ。


 自分には真珠の君しかいないと思った。


 彼女とは結婚式は執り行うが白い結婚にして、伯爵と今後の借財や事業のことを取り決めして、正式に離婚をしようと考えていた。

 勿論、ある程度の慰謝料は支払い、彼女の名誉がこれ以上は堕ちないよう考えようとした。

 伯父である王か、いとこである王太子に彼女の新たな輿入れ先を口添えしてもらえばいいのではないかとすら考えていた。


 彼女を貶めているのは自分なのにどこか他人事だった。

 そもそも、自分も多少は外聞は悪くはなるだろうが、仕事で周囲を見返せばいいと、安易に考えていた。


 伯爵はその人柄と強引な手腕で嫌われてたが、逆を言えば権力者に媚びを売る事もなく、あからさまな反政権派もなく、どちらにも対等な態度をしていたことから、派閥に属さない貴族や一代限りの爵位を持ち合わせている人からは支持者も多くいた。


 伯爵は国内だけではなく、周辺諸国にも広い人脈を有しており王家もあからさまに無下には出来ない存在だった。

 とても評価の割れる人物であったが、貴族には忌み嫌われた事業や外交では、ひとかどの人物で、強引なところはあっても、堂々とした人物だった。

 彼女は親の評価をそのまま受け貴族女性からの評判も良くなかった。


 曰く、美しいが表情が乏しく冷たい人。

 曰く、婚約者に相手にされない哀れなお人形。



 女性同士の機微に疎い自分には、その曰くの殆どがやっかみだとは気づかなかった。

 夜会への招待も婚約者の彼女ではなく、真珠の君に届いていたことから、貴族社会におい真珠の君が自分の「妻」だと認められていたと自分も真珠の君も暢気に思っていた。


 真珠の君が自分の知らないことろで、彼女の陰口を話し、夜会などで辱めていた筆頭であることは知るよしもなく、実際のところ興味もなかった。

 それとなく、自分の耳に入れた人もいたが、はっきりいって煩わしいとしか思ってなかった。

 ただ、真珠の君はほんの少しだけ誇張して話しただけのことだ。


 自分をよく見せたくて。

 恋人の可愛い嫉妬でしかない、と言い返したこともある。


 夜会に婚約者を差し置いて出席することを自分も止なかったし、それを当然だとしていた。

 真珠の君が茶会を開いて貴族の子女を呼ぶことも止めなかった。


 彼女は噂を聞いていただろうが一度も苦情を申し立てることもなかった。

 だから、許されていると思っていた。

 結婚後に白い結婚を提案すればいいのだからと。

 彼女は望めば、有力者に嫁げるはずだ。

 なにより自分が恥を忍んで白い結婚だと宣誓をするのだから、受け入れて当然だと思っていたのだ。


 自分より高位の貴族の家に嫁げることはないかもしれないが、後妻ならばあるはずだ。

 自分は、由緒正しい侯爵家の人間で、王太子とはいとこ同士。

 多少の融通は利くはずなのだから。


 自分は真珠の君のことを思っていても、すぐには結ばれることはない。

 どれほど強く思い結ばれ、情熱的な夜を過ごしても婚約者ではない。

 だから、彼女だって少しくらい、自分たちに協力をしてもいいはずだ。


 ただ、子供まですでに生まれたことは予想外だった。

 子供が生まれてしまっては猶予はない。

 予定とは違ってしまうが、婚姻前に結婚自体をなかったことにしなければ、生まれた我が子は庶子の扱いになり祝い事も出来ない。


 伯爵に再び婚約破棄を申し出たが、前と同じように借財を一括で返せと言われた。

 そんなことは到底無理だった。

 今まで通り分割で支払い、多少の上乗せも申し出た。

 それも断られた。

 王家に仲裁に入ってくれるように頼んでみたが、宰相からいい顔をされずに追い返された。


 それでも何度も伯爵に話だけでも聞いて欲しいと手紙を送り続けていたら、会ってくれるとの返事をもらい、伯爵家の本邸に出向いた。

 会ってくれる事は、自分の打診を受け入れてくれるのだとばかり思い込んでいたのだ。

 だから、伯爵と会うなり、こつらの都合のいい事ばかり話し、彼女が着るはずだった芸術品のようなドレスも慰謝料の一環として買取を申し出た。


 一方的に話をし、一息ついたころ、伯爵は思いも寄せない言葉を吐いた。

「結婚式は予定通り」と。


 万が一、結婚を反故にした場合は違約金や慰謝料を求めると言われた。

 なにより、伯爵からは「結婚式のドレスは今の侯爵家では払えない」と言い切られた。

 今や伯爵家の財力は王家に匹敵するほどだ。


 とにかく生まれてしまった子には責任はない。

 なにより、生まれた子を庶子にだけは出来ない。

 真珠の君は子まで出来たのに、自分は結婚式が出来ないことや、あこがれていたドレスを譲ってもらえないことなど、ひたすら自身の不遇を泣いた。

 そんな真珠の君をなだめすかして、自分は嫌々ながらも、結婚式の当日を迎えてしまった。


 正式な婚姻のない子は爵位を継げない。

 だから、真珠の君と自分の子を彼女の養い子にしなければならない。

 そういって君を説得した。

 子供の未来のために。


 彼女とは時機を見て離婚する。

 ただし、以前のような白い結婚は出来ない。

 だからこそ、君との子は、最初の子とならなければならい。


 やっと納得した真珠の君をおいて、別邸を出るときには、悲しいのに笑顔で見送るいじらしさに胸が詰まった。

 何度も愛してると呟き、キスをして、抱きしめて「今夜もここに帰ってくる」と伝えたときは、驚きに目を見開いていたが涙を流しながら「信じてる」といった。



 結婚式の会場に着いた時、自分は不機嫌さを隠しもしなかった。


 彼女さえいなければ、自分は何の問題もなく、真珠の君と結ばれて幸せになれた。

 彼女と婚約さえしなければ、こんな茶番をすることもなかった。

 ひたすら、心の中で彼女―の呪詛を吐いた。

 自分の両親の借金が原因であることは抜け落ちていた。


 結婚式の会場で見た彼女のドレスは、贅を尽くされた豪華なドレスだった。

 真っ白なドレスには、繊細な金糸と銀糸が巧みに織り込まれた刺繍、花をかたどった刺繍の中心には、淡く光るピンクの宝石とちりばめられた真珠。

 頭にのせられたティアラは、いくつものアーチが連なる伯爵家のティアラ。


 この隣に侯爵家のティアラ、いや、母が降嫁の際に持参した王女のティアラを身に着けた真珠の君がいたならば、どれほど幸せだったことだろう。

 この女のせいで、自分は君と婚姻できない。

 なにより、侯爵家のティアラも王女のティアラも、借財のため伯爵家に差押えされている状態だ。


 忌々しくて、手を差し出した彼女に舌打ちをして、「なぜ、君なんだ…」と憎々しげにつぶやいたら、人形のように表情のない彼女の顔が青白くなった。

 弱弱しくこちらを見るのもいらだちが沸いてくる。

 手を握るのも嫌悪感を感じ、自分は彼女の爪の部分をつまんだ。

 その行為を大神官が咎める視線をよこしたが、彼に聞こえない程度の舌打ちをして視線を外した。


 結婚式が終わり、侯爵家の本邸に引き上げ、執事にこれから別邸に出向くことに伝えた。

 何か言いたそうに口を開いたが、ひとつため息をつくと「いってらっしゃいませ」とつぶやいた。

 父の代から長年侯爵家に仕え、自分のことを支えてくたれた執事だが、近頃は随分と年老いてきた。


 彼は自分が真珠の君と付き合い始めた頃も、苦言を呈してきたことから、煙たい存在になりつつある。

 なにより彼は、本邸に君を迎え入れようとしたときに、大反対をしてきた。

 年齢を理由に領地に追いやってしまおうか。


 別邸では、君は白いドレス姿で自分を待っていた。

 華やかなドレスではないが、君が身に着けていれば、それだけで美しいドレスに見える。

 真珠の君にキスをして体を愛撫し、互いの肌と肌を寄せ合って何度も君の中をうがち、奥底に子種を残す。


 二人、朝まで睦あって、初夜の夜に彼女を放置したことをあざ笑った。



「妻の躾は最初が肝心だ。これで自分が正妻だとは思わないだろう。今後は、ローラに敬意を払う事を約束させる。」

「時機を見て、彼女には侯爵家の離れをあてがい、ローラを本邸に呼ぶ。私の妻は君だけだ」

「もちろん、この別邸は私たちの思い出の邸だ。彼女に使わせるつもりはない」




 その言葉を聞いて真珠の君が妖艶な顔でにんまりと笑った。

 ほんの少しだけ、その笑みに醜悪なものを感じたが、きっと気のせいだ。

 二人、再びキスをして、睦言の世界に入り浸ることにした。


 睦言の同時刻に、彼女が命を絶っていた。



 ****




「旦那様、本邸より急ぎの使いが…」という、家令の言葉で意識が浮上した。


 この別邸を使い始めたときに、新しく雇った者だ。

 本邸の執事を引退させて、彼を昇格させてもいいかもしれない。

 我ながらいい考えだと思いながら、寝台のカーテンを開けると、驚いたことにかなり日が高くなっていた。


 どうやら寝過ごしたらしい。

 時間的にはお昼を過ぎたころだろうか。

 もっと早くに起きて、昼前には本邸に戻り、「ローラとの子供をアルシェリーナの養い子として届け出る」事などを彼女と話し合いをしようと思っていた。


 結婚初夜に花婿に見向きも知れない哀れな女が、屋敷内でどれだけの冷淡な対応をされるか当然、自分はそれを理解していた。

 当てつけにわざと真珠の君のもとへと向かったのだから。


 彼女に、お前の居場所はここにはないこと。

 侯爵夫人はあくまで表面上だけであり、屋敷内では自分に逆らうなということを解らせるために。

 なによりも、今まで伯爵家から多額の融資を受け、ことあるごとに無駄だと切り捨てられた事に対する趣旨返しの意味もあった。



 伯爵より受けた数々の屈辱を、これからどうやって彼女に仕返しをしていこうか。

 この時の自分は、そのことを考えて心の底から愉快だと、楽しみだと感じていた。

 手のつけようのない下種な思考と下劣さだ。

 自分はそこまで人として落ちてしまっていたのだ。


 邸に到着した際に、執事が今までないほど、青ざめた顔で自分を待ち構えていた。

 邸内は静まりかえり、自分を出迎えたのは執事一人というありさまだった。

 理由を尋ねようと口を開きかけたとき。



「奥様が命を絶たれました」と執事が言ったので「ローラは生きてる」と怪訝な顔をしたら、執事が今までないほどの冷たい目をしていた。


 この目は覚えがある。

 自分が何か問題を起こした時に、彼はこういう目をして非難してきたから。


「あなた様の奥様は、昨日、婚姻されたアルシェリーナ様ではございませんか」

「……」

「アルシェリーナ様は、先程、医師の診断で死亡が確認されまた」



 激しい耳鳴りがする。


 そして言いようのない不安が一挙に押し寄せてくる感覚。

 急激な息苦しさと、めまいが襲い来る。

 いま、何が起きているのだろう。




 彼女にあてがわれた部屋は、格下の来賓をもてなす際に使われる別棟との境にある質素な部屋だ。

 昔は家令や執事などが居住していた部屋でもある。

 日当たりだけは良いが、内装は華美ではない。

 自分も、そして自分の意をくんだ屋敷の者たちも、彼女に貴婦人室は使わせなかったのだ。

 質素な部屋の、リネンだけは上質なベッドの上で、彼女は横になっていた。


 昨夜、自分が真珠の君のもとへと向かったことは屋敷の誰もが知っていた。


 当然、初夜に花婿に逃げられたのだから、恥ずかしくて部屋から出せてくるはずがないと、使用人たちも彼女を嘲笑っていたのだ。

 伯爵のおかげで維持されている侯爵家、使用人たちの御給金も伯爵家からの援助で賄われているのだが、誰一人、それに思い至る人物はいなかった。



 朝食にも呼ばれず、昼過ぎになってもよばれない。


 丸一日、食事を運んでいないことに気が付き、彼女の担当だったメイドが執事に相談にいき、メイド頭とともに部屋に入ると、彼女はすでに息絶えて、冷たくなっていたらしい。


 何から手をつければいいのか、解らなくなった。

 すべての予定も計画も崩れてしまう。


 すぐにでも伯爵家に使いをと言われたものの、

「このまましばらく彼女の死を伏せル事は出来ないか」と、 

迂闊にも言葉にしたら、執事とメイド頭に、

「これ以上、人としての道をはずすのはおやめください」と言われた。


 気が動転していた自分は、この言葉の意味を深く考える事は出来なかった。


 それでも執事とメイド頭を説得してこのまま彼女の死を少しの間だけ黙っていようかと思ったが、騒ぎを聞きつけて駆け付けた父が、


「伯爵家にはすぐに使いを出しなさい。娘が死んだことを知らせるのは人として最低限の義務だ。お前は…無力な女性をいじめて楽しんだ最低な男だ」と、


 自分を叱り飛ばした。



 父に叱られた記憶のない自分は驚いたが、その後、母が啜り泣いた。

 思わず両親に、「自分は家の犠牲で彼女と結婚してやったのだ」と反論した。

「好きな女は自分で選びたい」とも彼女の遺体を前にして、大声を張り上げた。



「なら、婚約破棄をすればよかった。土地を処分して邸を手放して爵位も返上すれば…。その方法をとれば、それが出来ないほどお前は」と、父は力なくつぶやいた。


 その後、両親とは会話らしい会話をしなくなった。

 何がいけなかったのか、両親が死んだ後に気が付いたくらいだ。


 結局、父が伯爵家へ使いを出した。

 誰もが、この非現実を前にして、震える事しかできない。

 使いを出してから間を置かずに訪れた伯爵は、娘の遺体を見ても何も言わなかった。

 ただ、自分を見てひとつ深くため息をついただけだ。

 それがとても不気味だった。


 結婚したばかりの妻が初夜に命を絶ったことは、その日のうちにスキャンダルと化した。

 侯爵家の邸の者は花嫁が命を絶ったことに誰一人気が付かず、昼過ぎまで放置していたこと。

 夫である侯爵は、初夜に花嫁ではなく妾のところに出向き不在で、陽も高くなってから、事態を知ったこと。


 人の口には戸は立てられない。


 翌日の昼を過ぎるころには、王都中の人の耳に届いていた。


 当然、真珠の君にも伝えられ「心細いから戻ってきて」と何度も使者が来たが、自分は、王城からの登城命令を受け取っており、別邸には戻れそうになかった。

 事がことだけに王城に呼ばれ、宰相を入れての話し合いになった。


 彼女の葬儀は、侯爵家ではなく伯爵家で行うと伯爵は申し出た。

 そんなことを認めたら、侯爵家は恥の上塗りになる。

 ただでさえ、初夜に妻が死んだこと、初夜に新郎は愛人と別宅にいたことなどが面白おかしく噂されているのだ。

 この上、彼女の葬儀を伯爵家で執り行えば、侯爵家の面目は丸つぶれだ。

 さすがに侯爵家で執り行うと主張したが、婚姻届は王家に届けられていなかった。


 あの婚姻の日の伯爵の笑みはこれが理由だったのだ。


 伯爵は、

「娘という婚約者がありながら、婚姻前に妾に子供を産ませ、我が娘とは白い結婚をするなどとのたまった。ましてや娘名義の別邸に妾を住まわせて正妻のような振る舞いを許した。そんな男を信用などできるはずもない。娘の固有資産狙いの婚姻だったのだから、当然か」と、あざ笑った。


 真珠の君のことを「妾」と言われたことにも腹が立った。

 それを聞いていた辺境伯も、「ローラを妾などというな。無礼者。手打ちにされたいのか」と怒鳴り散らしたが、宰相から「無礼者はそちらだ。私はあなたの発言を許可してはいない。黙りなさい」と冷たくあしらわれ真っ赤な顔をして悔しそうに閉口した。


 宰相は、現国王陛下の同腹の弟であり、母の異母兄でもある。

 王に次ぐ権力者であると同時に、この人の意見は王の意見でもある。

 真珠の君の父も黙るしかない。


「婚約者がいることを知りつつ、婚姻前に子供を産んだのだから言われても仕方のない事。今の立場は妾でしかない。子も庶子として受理している。なにより一代限りの騎士位でしかない家の令嬢と、侯爵家の嫡男の正式な婚姻は認められない」と、宰相に指摘され、今度は屈辱に身を震わせて押し黙った。



 聖女として選ばれ、社交界でも人気で自慢の娘の置かれている立場と、貴族社会において、娘がような立場にいるのか、はっきりと認識したようだった。

 過去に伯爵に対し「相手にされない可哀そうな娘」と夜会であざけった言葉が身を突き刺している。


 辺境伯は本来ならば、一国の主でもおかしくはない立場だ。

 守備の要であり、先祖代々続く…と言われる中で、君の父である辺境伯は、任期制の名誉職でもある。

 南の辺境地は王家の直轄地であり、この領地だけは、軍のトップが就任する地位だ。


 元をたどれば真珠の君の父親は田舎のそれも爵位も継げない次男であり、騎士位があるだけの平民で、期限のある辺境伯位。

 おのずと真珠の君の身分も「ただの平民」でしかない。

 自分の地位があるうちに娘を貴族に縁づかせたかったこともあり、娘のふるまいを許していたのだ。


 彼女が生きていた間はまだいい。


 彼女が命を絶ったことで、娘の置かれている立場をやっと理解したのだ。

 宰相は、辺境伯に「すみやかに娘と孫をつれて辺境伯領に戻るように。沙汰は追って知らせる」と申し渡した。

 辺境伯もそれを聞いて早々に暇を申し出た。


 生まれた子供については、侯爵家の血をひいている事は確かで、ましてや男子であるので、「跡取り」であることは間違いないことから、いずれは折を見て、という話になった。

 娘が妾と呼ばれたことには屈辱を感じたが、孫は未来の侯爵だと気が付くと、留飲を下げたらしい。


 正面上だけ謝罪を述べた辺境伯に、伯爵は「底の浅い男だ。小さな世界しか見ていない」とバカにした。

 どうにも、宰相と伯爵は旧知の仲のようだった。


 残された自分は伯爵から、改めて、

「娘が死んで思惑が外れたな。娘の資産は、娘が子供を産んだ時にだけ自由にできる事になっている。娘が養子を迎えても自由にはならない。娘の腹から生まれることが重要だ。残念だったな。もっとも結婚したとしても、すぐに離縁になっただろうがな」と言われた。


 彼女の資産を狙っていたのに、当てが外れたなと揶揄されたことは、屈辱で心外だったが、今まで伯爵家からの援助を思えば、何も言い返せなかった。


「侯爵、あなたが妾と住んでいる別邸は娘の名義ですから、すみやかに退去願おう。そのうえで、住んでいた期間の家賃は請求する」と、言い渡した。


 そこでやっと自分は気が付いた。

 あの、別邸は「彼女」の持ち物であって、侯爵家の別邸ではないことに。


 伯爵は娘の名誉を地に落としたとにも慰謝料を求めてきた。

 散々、今まで自分と君を好きにさせた理由はこれだったのだ。

 長年にわたり融資された金銭を一括で返すことは到底不可能であり、彼女と住むはずだった別邸も、真珠の君と暮らしていたのは事実で、なにひとつ反論が出来ない。


 伯爵は狡猾な手段で自分を追い込んできたのだ。


 結局、王族であった母が降嫁した名門侯爵家という表面上だけでも取り繕う必要のある我が家は、農作物などを運搬するための港の権利の一部と、陸地の通行料の一部を伯爵家に売り渡すとともに、王家の保証を受けて、通行料の一部で残りの弁償を行う事になった。


 事実上、侯爵家の名前は残せるが、今までのような「侯爵家」を維持するのには難しい。

 伯爵には「領地が減るわけではないのだから良いだろう」と嫌味を言われたが、恐らく、彼はずっと昔からこれを狙っていた。


 多額の資金を投入して、農作物の運搬路の為の港を整備し、その事業のすべてを侯爵家に任せてきたのは、自分の娘が婚姻し子供が生まれれば、その子供に継がせることが出来るからだ。

 けれど、自分が彼女に見向きもしなかったことで、彼は別の手段を講じた。

 侯爵家が金銭の調達にあえいでいた頃から、計画していたのだろうと思う。

 彼女との婚姻は資金を回収するための手段の婚姻でしかなかった。


 伯爵は娘の遺体を引き取ると、伯爵家の所有する霊廟で派手に葬儀を行った。

 結婚式が行われてから、わずか3日後には同じ場所で葬儀が行われたのだ。

 貴族の間で噂話をするなという方が無理だ。


 夫として葬儀を行うでもなく、ただそこに立つことの苦痛。

 誰もが自分に蔑みの目を向け、真珠の君のことを売春婦よりたちが悪いと噂した。

 伯爵には「最後くらいは誠意を見せてほしいものだな婚約者殿」と、意地悪く言われ両の掌を握りしめて、その時間を必死に絶えた。


 なぜ、命を絶つような愚かなことをしたのだ、この女は。

 せめて一日、待てなかったのか。


 確かに初夜は真珠の君のもとへ出向いたたが、次の日にはあらためて彼女との初夜をと考えていたのだ。


 我が家と彼女の家との契約は複雑だ。

 販路のためには、水路や陸路など、伯爵家側の協力が必要だ。

 ただ、それを無償で使えるのは、彼女が生んだ子供だけだ。

 だから、彼女とは子をなさなければならなかった。


 君が生んだ子供では爵位は継げても、商いは方は継げないのだ。

 我が侯爵家が生き残るためには、その商い部分が必要なのだ。



 なのに。

 初夜の夜に服毒死を選ぶとはなんと愚かな不始末をしてくれたのか。

 愛せるかは別として、子供くらいなら、その腹にくれてやったし、愛することはしないが、侯爵家の為の子供なら、養育くらいは許したのに。


 本当に、最期まで忌々しい。


 なぜ、初夜に命を絶ったんだ、と、彼女に対して理不尽な怒りを感じ、混沌の原因はすべて彼女のせいだと責任を転換しようとした。

 今までにないほど酒を飲み、酔いつぶれた自分に執事が逢いにきた。

 職を辞すための挨拶に来たのだ。


「若様はご自分で、ご自分の幸せを放棄しただけですよ」と言われ、反論の為に酒のまわっ頭で考えた。

「若様は、一度でも婚約者だった彼女と話をされましたか。彼女が何を考えていたのか」


 考えたこともなかった。


「どうぞ、ご息災で。遠くから侯爵家の繁栄をお祈りいたします」


 執事は父にも挨拶に行き、この後は隣国に嫁いだ娘のもとに身を寄せたと聞いた。

 娘が嫁いだのは隣国の裕福な商家で、彼は請われて商家の執事として働いたと、父から聞きいた。



 彼女の葬儀が終わり、社交シーズンも終わりを告げた頃、両親は周囲からの好奇の目や、嘲りに耐えかねて領地に引きこもるようになった。

 なによりも、息子である自分には関わり合いになりたくないのか、彼女の葬儀以来、顔を合わせていない。


 彼女が死んで1年もたたずに真珠の君と子供を本邸に呼ぼうとしたら、両親や親類からは反対され、両親からは孫にも会う気はないと言われてしまった。

 今の当主は自分であるから「好きにする」と告げたら、両親は早々に領地の隣にある母名義の邸に行ってしまった。


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