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死を選んだ花嫁  作者: 六軒さくみ(咲海)


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1/8

恋をはき違えた令息

寓話の方に入れていましたが、長くなっていたので、分けました。

 貴族の家に生まれたからには、政略結婚はついてまわる。

 それは、義務だ。

 だから、結婚相手が誰になろうが、愛することはなくても、大切に出来ると考えていた。


 両親は政略結婚だったが、互いに慈しみ愛し合う関係で、もしかしたら自分もと思っていた時期もあった。

 自分の家の置かれた状況を知るまでは、だが。


 10才になった頃に「侯爵家の危機」を知らされた。

 自分が予想していた「政略結婚」とは違っていたけれど、

 多分、これも正しい「政略結婚」の一つではあるのだ。



「申し訳ないが、家の為に結婚してくれないか」と、父が頭を下げたとき、

ああ、この時が来たのかと思った。


 我が侯爵家は王都の南の一大穀物庫といわれ、それはすなわち穀物の栽培が中心というこだ。

 ここ数年は夏とは思えない寒さや、春先の異常な暑さが原因で、収穫率が落ち込んでいる。

 領地は穀物の栽培だけではなく、交通の要でもあるので、不作分を通行税などで補っているが、農業よりは安定しているだけに過ぎない。

 天候が大きく左右するという意味合いでは、農業も交通も大差ない。


 数年おきに川の氾濫には悩まされるし、嵐が来れば当然、通行人は減る。


 領民の生活を考えると、これ以上の税も課せられないが、氾濫した土手の補修工事や、田畑の災害にも対応しなければならない。

 それには莫大な費用がかかるが、税収が少なければ調達する方法を考えなければならない。

 毎年、王家に納める税もある。

 幸いなことに、我が家は王家とつながりがあるため、優遇はされてるがその事が父のプライドを傷ついているのは理解が出来た。


 貴族の子息に生まれたらには政略結婚は当然のこと。

 名前を聞くまではそう思っていた。


「どなたですか」

「フランツオーネ伯爵家のアルシェリーナだ」


 話を一緒に聞いていた母の息をのむ声が聞こえた。

 あの、フランツオーネ家なのか…と。


 フランツオーネ伯爵家は、元は地方の小さな領地しかない子爵家だったが、国が見捨てた寂れた港を私財を投じて整備し海運業を興した。

 それだけではなく、川を利用した交通網を整備したことで、いまや権勢を誇るお金持ち貴族だ。

 投じた資金が莫大だったため一度は破産しかけたものの他国との貿易や海運業を建て直し、いまや王国には必要な家となった。


 その功績で子爵から伯爵に陞爵された。


 その部分だけならば先見の明がある傑物と言わざる得ないが、一方でいわくつきと言われ、特に貴族の間では評判があまりよろしくない。


 若い頃は放蕩で父親に勘当されたが、水夫の身分から船で働きはじめ、時に海賊まがいの奪略行為までしていたのだ。

 そうして着実に財を築き上げ、傾いていた実家の家業を実兄から買い上げた。

 その苛烈な性格は、貴族社会では嫌われているが、実力は誰もが認めるところだ。


 我が家は名門の侯爵家。

 相手は成り上がりの伯爵家。

 父の性格を考えたら、屈辱の一つではあると思う。

 本来ならば、もっと血筋のいい家から「選べた」はずの立場が、この婚約はいわば「こちらから頭を下げた」からだ。


 現王の異母妹として社交界の花ともてはやされ、美しさは折り紙付きといわれた母は、元は地方の田舎貴族それもたかが子爵家であったフランツオーネ家との婚約にはあからさまな難色を示した。

「ならず者娘が義娘になるのか」と激しく落胆もしていた。



 紹介されたアルシェリーナは、自分の想像とは全く違う子供だった。

 精巧にできた人形のようで、艶やかな光を放つ漆黒の髪に滑らかな白い肌。

 印象的な蒼天色の瞳。

 けれど、何よりも目を引いたのは、彼女の表情だった。


 生きてる人間なのが不思議なくらい、表情のない人形のようだったからだ。

 この人形を相手にしなければならないのかと何故か不愉快さがこみ上げたが、相手はまだ5歳の少女。

 しかも伯爵家の令嬢であり、この縁談には侯爵家の未来がかかっている。

 だから、微笑んで挨拶をしたら、彼女はとても驚いていた。


 人から笑いかけられたことがなかったかのように。


 その時、彼女の父親である伯爵が舌打ちをして、娘の背中を押したのが気になったが、深く考える事はしなかった。



 貴族の子息の習いとして、15才で騎士団に入るこになった。

 我が国では、子爵家から侯爵家、果ては騎士位に至るまで、貴族の位に所属している家の子息は、2年間は騎士団に入団することが義務づけられている。

 その後に、家を継ぐ必要のある者や高位貴族の子息は王家直轄の貴族学校で学び、次ぐ爵位がないものなどは、改めて騎士団の養成所に入るのが我が国の一般的な子息がたどる道。


 そのため、自分も15で騎士団に身を置くことになった。



 この頃から色々と彼女とのことを揶揄されることが増えて、大変、不愉快な思いをすることが増えた。

 なぜなら、彼女の話題が上ると必ずその父親である伯爵の話題が出るからだ。


 伯爵は相変わらず、評判の思わしくない人物だが、財は確実に築き上げられていて、我が侯爵家はかなりの援助を受けているようだった。


 定期的に婚約者になった彼女に会ってはいるが、表情が乏しく人形を相手にしてるようで、時々、言葉を発しているようだが、めんどくさくて聞こえない振りをしている。

 共通の話題があるはずもなく、ただひたすら退屈な時間でしかない。


 下に妹や弟がいない一人っ子の自分には、年下の子供の相手は煩わしいことこのうえない。


 そもそも、侯爵家の跡取りとして生まれ育った自分が、伯爵家といいえ格下の相手の機嫌をとるなどあり得ないことだ。

 母からもその点はつけあがらせてはいけない、と言われている。

 そのうち行くのが億劫になり、15で騎士団に入った頃には、完全に足は遠のいていた。


 18を迎え社交デビューの年齢になると、人との付き合い方も学び、自分の生活にも余裕が出てきた。

 騎士団の訓練期間も終え花形と言われる近衛に配属になり、将来の側近候補として王太子のもとに配属になった。

 母は現王の異母妹であり、自分は王太子とは従兄弟に当たることからも優遇された。


 この頃にはもう、彼女との定期的な面会すらもしておらず、手紙のやりとりもしていなかった。

 彼女の誕生日には執事に対して適当な贈り物を届けるように指示しているだけで、彼女の誕生日すら知らずにいた。

 彼女からは贈り物のお礼や手紙は届いていたが、それらはすべて執事に丸投げしていた。

 彼女から届く自分の誕生日への贈り物など、何を送られたのかも知らない。

 伯爵家からは特別に苦情もない事から、彼女に対して礼を欠いていたのに、気にすることもなかった。


 彼女から送られた手紙を執事が読むようにと何度も持ってくるが、それを読むことなく、机の上に放置し、時には暖炉に投げ捨てていたこともある。



 時々、彼女の何が自分の癪に触るのかと思う事がある。



 親の都合による一方的な婚約ではなく、夜会や茶会などで出会っていれば、普通の男女のように、なれていたのだろうか、と。

 恐らく、僕と彼女はその出会いから間違えていたのだ。


 いや、違う。


 そう思い込みたい自分がいるのだ。

 少年であったが故の無知さや、邸にいる身近な人間たちの言葉に惑わされ、両親の特に父の不出来さを認めるのが怖かったのだ。

 だから、すべてのいらだちの原因は、彼女でなければならなかった。


 勘違いしたプライドの高さもあって、歩み寄ることなど考えもしていなかった。

 歩み寄る必要すらもないと考えていた。


 心の底では、自分が爵位を継いで領地経営を軌道に乗せれば、彼女とは婚約を破棄できると考えていたのだ。

 王家から降嫁した母が忌み嫌うのだから、王家からも忌み嫌われていると勝手に判断して、伯爵家の令嬢との結婚は回避できると思っていた。


 だから、勘違いしたのだ。

 彼女の父である伯爵の真意を。


 領地経営を父から引き継いだ時、伯爵家からの援助がどれほど多額であるかを初めて知った。

 我が家にこれほどの資金援助をしているのに、伯爵家は傾くどころか、より財を築き上げている、その資金の豊かさに驚いた。

 同時に自分が伯爵家より派遣されていたと思っていた財務官は、伯爵家からではなく実は王家の管財人だった。


 はっきりと言われたのだ。


 現国王の異母妹が嫁いだ名門侯爵家が見るからに落ちぶれたため、王家側から伯爵家に支援を頼んだことだと。


 我が侯爵家は破産に近い状態であったのに、母は夜会や茶会の度にドレスを新調し、父も派手な夜会を当然のように開催し倹約など一度もしてはいなかった。

 管財人は幾度も進言し諫めたが、いつも「我が侯爵家は名門の血筋」であると、言い訳しては、聞く耳を持つことはなかつた。

 これでは、伯爵に鼻で笑わても仕方がない。


 この時、彼女との関係を見直し、謝罪して修復をする努力をしていれば良かったけれど、侯爵家の命運をあのいけ好かない伯爵に握られている事実に、ぶつけられないイラつきを再び彼女にぶつけた。


 母はことあるごとに彼女を悪しきざまに言っていた。


 曰く金遣いの荒い令嬢である。

 曰く愛想のない娘である。

 そして最後には、所詮は「あのならず者の娘」なのだと。


 金遣いの荒さは母の方だ。

 今の侯爵家には、豪華なドレスを頻繁に作成する金銭的な余裕はない。


 愛想がないとは言うが、いつも誰かの陰口を言うのが貴族なのか。

 なにより、そのならず者の御情で生きているのが我が侯爵家。

 母は「伯爵家が侯爵家を支えるのは当然のこと」だと嫌悪もあらわに口にした。



 そんな時だった。


 王国で5年に一度開かれる王国建国記念祭の花となる聖女に辺境伯の令嬢が選ばれた。


 美しい金髪に青い瞳。

 象牙色の肌。

 美しく微笑むと、確かに伝承の聖女のようだ思った。


 記念式典は国を挙げたイベントだ。

 自分は、その聖女の使徒である聖騎士に選ばれた。

 名誉なことである。


 そして真珠の君と呼ばれたローラに一目で恋に落ちた。

 思えば初恋だった。

 政略による一方的に押し付けられた感情からは生まれる事のない恋心。

 それは真珠の君も同じ気持ちで、二人はあっという間に恋人となった。


 彼女とは親愛の情や恋情などを育てる前に婚約者となり、互いに歩み寄れない関係だった。

 だから、真珠の君に恋する自分を否定することはなかった。

 自分の伴侶にするのなら、真珠の君以外にはいないとさえ思った。


 婚約破棄を何度か申入れしたが、伯爵は「今までの債務をすべて一括で返済しろ」とだけ言ってきた。

 無理に決まっている。

 かといって、このまま彼女と結婚は…出来ない。


 したくもない。


 今まであれだけ悪しきざまに悪口を言って、彼女との結婚に反対していた母が「政略とはそういうものよ」と結婚を進めてきた。

 彼女のことは気に入らなくても、息子が幼い頃からの婚約を破棄する事には懸念を抱いたのだ。

 彼女の有責でなら別だが、どう判断しても息子の有責。

 母の懸念はもっともだ。

 けれど一度、火のついた恋心は止めることは出来なかった。


 当然だが、自分たちの関係は真珠の君の父である辺境伯の耳にも届いたが、彼は侯爵家との縁なら大いに結構だと思っていたようだ。


 伯爵とも何か因縁があるようで、自分の娘が彼女を蹴落とせるならとはっきりと口にしていた。

 人は自分ではない誰かが自分の敵と対峙すると、卑怯な方法で応援をするものだ。




 ******




 一大イベントである建国祭の夜に、自分たちは心も体もすべてを繋いだ。


 彼女と婚姻したら住む予定だった美しい別邸で。

 その別邸が、彼女の財産であることは理解していたが、傲慢だった自分は、それすら趣旨返しだと思っていた。


 長年仕えてきた執事が、何か言いたいことがあったようだが、気づかない振りをした。

 多分、別邸に真珠の君を連れ込んだことがひっかかっているのだろう。


 その日はどうしても、真珠の君のすべてを奪いたくなったのだ。

 お互いに若い男女で恋心もある。

 ふるまわれた酒で理性も崩壊していた。

 貴族の娘を未婚のまま妊娠させることは、外聞が悪いと頭のどこかで理解していたけれど、酩酊状態で正常な判断は出来なかった。


 子供が出来るかもしれない事も頭の隅に追いやられた。

 いや、真珠の君が子を孕めば、彼女との結婚を回避できるかもしれない。

 自分が有責の婚約破棄だとしても、生まれた子が男子であるならば周囲も押し黙る。


 なんといっても真珠の君の父は辺境伯だから、王家とて無下には扱わない。

 うまくいけば、有責である賠償金も持参金の返還も王家が調停してくれるかもしれない。

 そんな甘ったるいことを考えたのは、君と口づけする前までだった。


 その後は幾度も深い口づけを交わし、舌を絡ませ、互いの手足を重ねて、どこまでも酔いしれた。

 一度で放出されることのない白濁した熱。

 真珠の君の純潔を奪う際に発した彼女の痛みを訴える声さえも、耳に届くころには背中をぞくりとさせる快楽に変わった。


 浮かれた頭で初めて抱いた女性の柔らかさと、その場所のきつさに恍惚のため息を吐いた。

 小さく痛みを訴える口に自分の舌をねじ込んで、なだめて先に進む。


 閨教育で相手にしていた女性人とは比べ物にならない、その快楽。

 結合した部分から混じる純潔の証にすら歓喜した。

 真珠の君の最初で最後の雄になれるのだ。

 征服欲は感情を揺さぶり続けた。

 吐けるだけの白濁した熱を君の体の奥に吐き出して、何度も腹に口づけをした。


「孕めばいい」と言葉にしたら、

「私に子を授けてください。愛しているのです」と。

 たかが外れた獣のように何度も呻き、互いに疲れ果て意識を飛ばした。



 翌日、腕の中で恥ずかしそうに微笑む真珠の君をみて、自分の選択は間違ってないと思い込んだ。


 それからも、人目を忍んで互いの体におぼれたが、それを見られても私たちは愛し合っているのだからと開き直っていた。

 二人でいれば何も怖くないと、青臭いことを考えていた。

 それに名門侯爵家、母はもと王族であるから、王家も強くは言わないと思っていた。


 辺境伯も政敵であった伯爵に対抗できたことで、二人の関係を許していた。


「婚約者に見向きもされない哀れな娘と、愛される我が娘では格が違う」とうそぶいて、公爵家の夜会で伯爵を卑下したらしい。

 意外なのは伯爵の対応だ。


 その沈黙が怖いことは、のちに知ることになる。


 真珠の君と離れがたく別邸に住まわして、そこに帰る日々が続いた。

 その別邸が彼女の持ち物であることも、別邸を維持するための資金も伯爵家から出ていたことを、自分はすっかり忘れていた。


 恋は人を愚かにしたのだ。

 遅すぎる初恋。

 すべてが言い訳だ。

 結局、恋が人を愚かにしたのではなく、自分が愚かだったのだ。




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