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異世界探偵のひとりごと ~ 【WEB短編版】  作者: D'Salvatore
第1巻

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第9章 - 前例なき手術(後編)

 手術室は広々としていて、簡素な空間だった。照明は影を消すように慎重に配置され、白いタイルが窓の高さまで壁を覆っている。


 中央には手術台。木材と金属でできた、狭くて機能的な構造物が置かれていた。俺が前世で読んだ近代医学の黎明期の記述を思い出させるものだ。


 台の横には金属製のトレイが並び、伝統的な器具がずらりと揃えられている。様々なサイズのメス、止血鉗子、開創器、粗末な縫合糸、体液を入れる金属製のカップ。


 手術用ガウンを着ながら、責任の重さがのしかかってきた。手術そのものに伴うリスクだけじゃない。これから実演する技術が、この時代の医学を革命的に変える可能性があるからだ。


 メレディスを救えれば、の話だが。


「ハインリヒ先生」


 俺は一つ一つの器具を几帳面に確認しながら言った。


「記録をお願いします。俺は特殊な冷却滅菌技術を使って、あらゆる微細な汚染物質を除去します」


 器具に氷の魔法を流し始める。薄い氷の層が形成され、瞬時に消えた。器具は氷点下の温度に数秒間さらされ、それから通常の温度に戻る。


「正確な温度は?」


 ハインリヒ博士が呟いた。


「およそマイナス十五度を十秒間」


 俺は答えた。


「金属の完全性を損なうことなく、あらゆる病原体を排除するのに十分な時間と温度です」


 ハインリヒ博士は頷き、何か頭の中でメモを取っているようだった。


 その時、俺は横にいるジュリエッチに目を向けた。彼女は明らかに集中している。


「緊張してる?」


 俺は尋ねた。


「緊張ってわけじゃ……」


 ジュリエッチが答えたが、その声にはわずかなためらいがあった。


「でも、あなたが戦争の英雄になる前から有名だった、その一面を知りたいって思ってるわ」


「なら今、技術の聖女を間近で見た人たちがどれだけ驚くか、わかったんじゃない?」


 俺は彼女に近づきながら言った。


「とにかく、これから一緒に手術するわけだから……ドローンを制御して、風と火の魔法を一定に保って。どんな変化でも、ほんのわずかでも、すぐに報告してくれ」


「わかったわ、エリオット」


 彼女は頷いた。


「あなたの手に委ねるから、各段階で何が必要か正確に教えて」


「まず、俺が冷却を始めて麻酔層を作る時、メレディス夫人が痛みを感じないように、制御された冷却で完全に麻酔がかかる」


 俺は説明した。


「その時、火の魔法で彼女の体温を36.8度から37.2度の間に保ってほしい。俺が作る冷気は、痛覚神経を完全にブロックするほど強力だ。でも、循環器系全体に影響したら危険になる」


 ジュリエッチは頷き、軽く手を伸ばした。まるで温度を制御する能力を頭の中で試しているかのようだ。


「次に、出血を抑えるために血管を焼灼する必要がある時は、マナの流れで場所を示すから、そこに火の魔法を当ててくれ」


 俺は続けた。


「温度は隣接組織を傷つけずに血管を塞ぐのにちょうど十分でなければならない」


「わかったわ……他には?」


「風の魔法がとても重要になる。手術野を完全に清潔に保つためだ」


 俺は続けた。


「浄化された空気の障壁を作って、切開部に粒子や微生物が近づくのを防いでくれ。俺の氷が作る蒸気も散らして、完璧な視界を保つ。気流は優しく、でも一定でなければならない」


 ジュリエッチは控えめに魔法を試し、手の周りに小さな気流を作った。彼女のドローンが静かに部屋の周りを浮遊し、すでに予備的な測定を行っている。


「私の能力を、私自身よりもよく知ってるみたいね」


 ジュリエッチが言った。


「何年も一緒にいたからな。お前の才能は全部知ってる」


 ジュリエッチは眉を上げ、手術室を回るドローンに視線を逸らした。


「ドローンの初期状態」


 彼女が報告する。


「心拍数、毎分104回。体温、37.6度。呼吸パターン、やや速いが規則的。エリオット……戦争中もこういうことを?」


「ああ……戦争では、こんな清潔な場所を保つのは難しかった」


 俺はマスクの下で微笑んだ。


「だから、マニフェストや論文を書いて、こういう場所を作ろうとしたんだ。でも、こういう適切な場所にいれば、この手術が成功する自信は十分ある」


 ジュリエッチは頷き、俺たちは手術台に向き直った。


 ちょうどその時、助手たちが細心の注意を払ってメレディスを台に配置していた。


「ハインリヒ先生」


 俺は言った。


「メレディスの生命兆候を常に監視してください。脈拍、呼吸、触診による温度、皮膚の色、意識レベルの変化。どんな変化でも、些細なものでも、すぐに知らせてください。ジュリエッチがドローンで補完的に監視します」


「了解しました」


 ハインリヒ博士が答え、患者と手術の両方を観察できる台の横に戦略的に位置した。


「すべてのパラメータを継続的に記録します」


「準備はいいですか、メレディス夫人?」


 俺は尋ねた。


「あなたの手に委ねますわ、エリオット先生……」


 深呼吸をして、俺は精神的に集中した。帝国研究所で何年もかけて学んだ医学知識と、戦争での経験を組み合わせた形で。


「ジュリエッチ、制御された体温上昇を開始してくれ」


 俺は指示した。


「俺は局所的な深部冷却麻酔を始める」


「体温上昇開始」


 ジュリエッチが確認した。


「中心温度維持、四肢を温めて局所麻酔を補償」


 俺はメレディスの腹部に手を置き、細心の注意を払って氷の魔法を流し始めた。


 戦闘で使う破壊的な冷気じゃない。層ごとに浸透する、外科的に精密な冷却だ。皮膚、皮下組織、筋肉。痛覚を担う神経終末を体系的にブロックしながら、重要臓器の機能には影響を与えない。


 同時に、ジュリエッチの火の魔法が完璧な調和で働いているのを感じた。


 彼女はメレディスの胸部と四肢を繊細に温め、俺の局所冷却が取り除いている体温を正確に補っている。


「体温の状態は?」


 俺は麻酔している部位から目を離さずに尋ねた。


「37.1度で安定」


 ジュリエッチが報告する。


「心拍数は毎分98回で安定、呼吸は規則的」


「ハインリヒ先生、皮膚の色は?」


「正常で健康的、循環障害の兆候はありません」


「では、局所麻酔の効果を検証します」


 冷却した部位の皮膚を金属鉗子の先で軽く触れ、徐々に圧力をかけていく。


 メレディスは反射的な動きすら見せなかった。


「局所麻酔完全で効果的」


 俺は確認した。


「ハインリヒ先生、患者は完全に意識があり、見当識も保たれていますか?」


「はい、先生。彼女は私たちを観察しており、呼吸は規則的で制御されています」


「メレディス夫人、腹部に全く感覚がないことを確認できますか?」


 俺は尋ねた。


「全くありませんわ、先生……この部分が存在しないかのようですが、意識ははっきりしています」


 俺は頷いた。


 ここからが最も複雑な部分だ。


「ジュリエッチ、風の障壁を起動してドローンで継続監視」


 俺は言った。


「ハインリヒ先生、常に監視して変化を記録してください」


 清潔で制御された空気の流れが手術台の周りを循環しているのを感じた。


「浄化された空気の障壁確立」


 ジュリエッチが確認する。


「ドローンが全パラメータの安定性を報告」


 俺は慎重で極めて制御された動きで最初の切開を始めた。


 メスが完璧な滑らかさで皮膚と皮下組織を通過する。大きな出血はない。冷気が小さな血管を収縮させ、清潔で明瞭な手術野を提供してくれている。


「最初の皮膚層が合併症なく完了」


 俺は報告した。


「ハインリヒ先生、生命兆候の状態は?」


「脈拍安定、呼吸規則的、患者が寒さで少し眠気を感じ始めているだけです」


「わかりました。ジュリエッチ、俺が合図したら二箇所で精密な焼灼が必要になる。瞬時に制御された火の魔法を準備してくれ」


 俺は層ごとに解剖を続けた。


 助手が開創器を使って適切な露出を維持し、同時にジュリエッチが風の魔法で手術野を完全に無菌に保っている。


「腹腔にアクセス」


 俺は告げた。


「影響を受けた臓器の直接視認」


 数秒後、マナの結晶が正確にどこに位置しているかを特定できた。


 四つの主要な形成物。一つは肝臓にあり、他のものよりかなり大きい。二つは腎臓にあり、サイズは似ている。そして一つは心臓に危険なほど近く、主要血管と絡み合っている。


「最初の結晶を特定し視認」


 俺は告げた。


「肝臓の右葉に位置し、周囲組織と有機的に絡み合っている。おおよその寸法、縦2センチ、横1センチ。出血や肝臓損傷を引き起こさずに血管線維を切り離すために、非常に精密な焼灼が必要だ」


 結晶は小さな宝石ほどの大きさで、特徴的な青銀色の光を放ち、俺のマナを吸い取ろうとするエネルギーを物理的に感じることができた。


「ジュリエッチ、集中を保ってくれ」


 俺は呟いた。


「結晶が俺たちの魔法に積極的に干渉してる。だから、体温上昇の強度をわずかに上げて補償してくれ」


「了解」


 ジュリエッチが答えた。


「補償適用、温度は安定を維持」


 特殊器具と氷のマナの精密な操作を組み合わせて、損傷なく組織を分離しながら、結晶を周囲組織から隔離する細心のプロセスを始めた。


「ジュリエッチ、俺が示している点で焼灼を」


 俺は言い、封鎖する必要がある特定の血管を照らすために、細く集中したマナの光線を向けた。


「必要な正確な温度、約180度を2秒間」


 瞬時に、ジュリエッチの指先から精密な火の糸が現れ、完璧に血管を封鎖した。


 焼灼された人間組織の匂いが氷の蒸気と混ざり、この世界のどの手術室も経験したことのない環境を作り出した。


「完璧」


 俺は確認した。


「完全な止血、隣接組織への損傷なし。ハインリヒ先生、生命兆候は?」


「安定」


 彼が報告する。


「呼吸規則的、皮膚の色は正常」


「最初の結晶が完全に隔離された」


 俺は告げ、鉗子を使って結晶形成物を慎重に取り出した。


「これから除去する……」


 結晶は最小限の抵抗で出てきた。すぐに魔法干渉の減少を感じた。


「最初の結晶の除去が完全に成功。領域の止血を確認中……完璧。腎臓の結晶に進む」


 プロセスは腎臓の結晶でも繰り返された。


 サイズは小さいが、主要血管や腎機能を制御する重要な神経構造に近いため、さらに繊細な位置にある。


「二番目の結晶」


 俺は告げ、右腎臓の形成物を特定した。


「前のものより小さいが、主腎動脈の近くに位置。極度の注意が必要」


「ドローンが心拍数のわずかな上昇を報告」


 ジュリエッチが知らせた。


「毎分102回」


「予想の範囲内」


 俺は答えた。


「監視を続けて。ハインリヒ先生、次の数分間は特に皮膚の色を観察してください」


 腎臓結晶の除去はさらに洗練された技術を要したが、最初の結晶での経験が必要な自信を与えてくれていた。


「二番目と三番目の結晶の除去に成功」


 俺は報告した。


「腎機能保持、完全な止血」


 手術全体を通して、ハインリヒ博士は生命兆候について一定のコメントを維持していた。


「脈拍は96から104の間で安定的に変動、呼吸は規則的で深い、温度は完璧に維持、色調の観察から血圧は明らかに正常」


 しかし、心臓近くに位置する結晶が最大の技術的挑戦を代表していた。


 それは心筋に近いだけでなく、大きな冠状血管や心臓の電気伝導系の構造とも絡み合っていた。


「これが最も複雑で危険だ」


 俺はジュリエッチに呟いた。


「結晶の周りで極めて局所的な冷却を行う間、正確な温度で心臓の加温を維持してほしい。わずかな変動でも不整脈や心停止を引き起こす可能性がある」


「了解……」


 彼女が答え、その集中は彼女の焦点の強さに完全に表れていた。


 さらに慎重で正確な動きで、心臓結晶の周りで作業を始めた。


 各組織接続は注意深く解除され、各血管は封鎖または保存される前に個別に評価された。


「ジュリエッチ、俺が合図したら三箇所同時の焼灼」


 俺は指示した。


「ハインリヒ先生、次の数分間は特に脈拍と不整脈を監視してください」


「三重焼灼の準備完了」


 ジュリエッチが確認した。


「今」


 俺が合図すると、三本の精密な火の糸が同時に現れ、完璧な協調で血管を封鎖した。


 最終的に心臓から結晶を解放できた時、専門的能力を超えた満足感を感じた。


「最後の結晶の除去が完全に成功」


 俺は告げた。


「四つのマナ結晶すべてが摘出され、出血は制御され、すべての臓器の機能が保持され、生命兆候は安定」


「ドローンが完全な安定性を確認」


 ジュリエッチが報告した。


「心拍は規則的、温度は完璧」


 俺は従来の糸を使って縫合プロセスを始めたが、組織に微妙にマナを適用して、優れた接着を促進し、より速く完全な治癒を保証した。


 氷の魔法が切開全体の周りに最後の微細な保護障壁を作り、治癒の最初の重要な数時間、感染に対する絶対的保護を提供する。


「外科的処置が完全に成功して完了」


 俺は最終的に言った。


「すべてのマナ結晶が合併症なく除去され、手術野は清潔で無菌、患者はすべてのパラメータで安定」


 ゆっくりと、メレディスの腹部に通常の血液循環の外観が戻り、数秒後、彼女は完全に目を開け、長く回復的な夢から目覚めたかのように何度も瞬きをした。


 不自然な青銀色の輝きは完全に消え、健康的で自然な目の輝きに置き換わっていた。


「どう感じますか、メレディス夫人?」


 俺は尋ね、彼女の表情と不快感の兆候を注意深く観察した。


「まるで……」


 メレディスは一呼吸置いた。


「何ヶ月も窒息していた後、再び呼吸できるようになったみたい。痛みが……完全に消えましたわ。ひどい重りが体の中から取り除かれたように感じます」


 彼女は微笑んだ。


 その表情が彼女の顔を完全に変える。それから再び眠そうになった。


「ハインリヒ先生」


 俺は医師長に向き直りながら言った。


「メレディス夫人には一週間の完全安静が必要ですが、その後は軽い活動を再開できます。特に最初の48時間は生命兆候の継続的な監視。症状が再発する兆候があれば、些細なものでも、すぐに俺を呼んでください。切開部は乾燥して清潔に保ち、治癒を加速する特殊な軟膏を用意します」


「承知しました、エリオット先生」


 ハインリヒ博士が答え、明らかに感銘を受けていた。


「先生、あなたの知識と技術に対する敬意を表現する言葉がありません……ジュリエッチ嬢を技術の聖女と呼ぶように、あなたを医学の聖人と呼ぶべきだと信じます」


「ハインリヒ先生、俺はただ、人を助けるために知識を使おうとしている普通の人間です」


 俺は呟き、几帳面に手術領域を清掃し整理し始めた。


「今日ここで行ったことで、適切に訓練された他の医師も同様の処置を行えるようになるでしょう。ですから、詳細な報告書を書いて帝国研究所に送ってください。技術的な質問があれば、俺に連絡してくれて構いません」


 ハインリヒ博士が俺に近づいた。


 俺は彼が処置のすべての詳細を頭の中で記録し終え、これから書く報告書のためにまとめているのに気づいた。


「もし教会があなたがここでしたことを知ったら……おそらく、彼らはジュリエッチ嬢にしているように、あなたを迫害するでしょう」


「構いません……医療処置にこの種の魔法を使うことが、保守的な人たちから冒涜と見なされることは知ってます」


 俺は冷静に答えた。


「でも、一部の無知な人間が魔法を理解できないからといって、後退はしません。魔法は人類への神の祝福であり、医学から孤立させておくべき技術じゃない。とにかく、メレディス夫人が回復するまで、個人的に監視を続けてください。この処置の真の成功の尺度は、今後数週間の彼女の状態になります」


「できる限りのことをします、エリオット・ルンド先生。そして、許されるなら……今日、あなたは医学に革命をもたらしました」


 俺は頷いた。


 メレディスが有能で献身的な看護師チームに監視され、快適にしていることを個人的に確認した後、ジュリエッチと俺は手術室を出た。


 最終的に手術用ガウンを脱いで、より静かな廊下に出た時、疲労が物理的な波のように押し寄せてきた。


 何時間もの精密な魔法制御の後、俺のマナ貯蔵量はほぼ完全に枯渇していた。


 でも同時に、安堵と満足を感じていた。


「エリオット」


 ジュリエッチが言った。


 彼女が俺に近づいてくる。


 彼女の声には何か違うものがあった。完全には識別できない口調だった。


 振り返って彼女を見た時、いつもの防御が完全に消えているのが見えた。


 彼女は純粋で強烈な感謝の表情で俺を見つめていた。それが一瞬、俺を言葉もなくさせた。


 答えられる前に、俺の意図を処理することすらできる前に、彼女は俺を抱きしめた。


 それは同時に予期せず、完全に自然だった。


 それは形式的でも、礼儀正しくも、職業的でもなかった。本能的なもので、純粋な感謝、深い安堵、そしてジュリエッチがその瞬間隠すことを気にしていないように見える、より複雑な感情に満ちていた。


 彼女の腕が俺の首に回り、まるでこの接触を必要とし、感謝を表現したいと望んでいるかのような切迫感があった。


 彼女の体が震えているのを感じた。


 おそらく、過去数時間に経験した激しい感情的ストレスへの遅れた反応だろう。


 抱擁が俺を不意打ちしたが、俺の体は本能的に反応した。


 躊躇なく抱き返し、腕が自然に彼女の周りに閉じられた。


 彼女の体の温かさを俺に対して感じた。いつも彼女に付き添っているジャスミンの柔らかな香りが、今は病院の消毒剤の匂いと混ざり、何かとても奇妙に、親密なものになっている。


 俺はジュリエッチの首に顔を埋め、一瞬目を閉じた。


 処置の技術的な激しさの後、この稀な人間的つながりの瞬間を吸収することを自分に許しながら、彼女の匂いだけに集中した。


「エリオット……どう感謝していいかわからない」


 ジュリエッチが言った。


 彼女の声は俺の肩に対してこもり、あまりにも生々しく正直な感情に満ちていて、無意識に彼女の周りの腕を強く締めさせた。


「おばあちゃんの命を救ってくれてありがとう……」


 しばらくの間、俺たちの誰も動かなかった。


 薄暗い照明と消毒剤の匂いがする病院の廊下が完全に消えた。


 このつながりの瞬間、以前経験したことのない予期しない親密さだけが存在していた。


「心配するな、ジュリエッチ」


 俺は答えたが、声がしわがれて詰まって出た。


「医師としての俺の義務だ。それに……お前のことを深く気にかけている人間として」


 最後の言葉は検閲する前に出てきた。


 無意識だが、完全に正直な告白だった。


 彼女は俺を見るために離れたが、手は俺の肩に置かれたままだった。


 彼女の目は、頑固に落とすことを拒否している涙で輝いていた。


「エリオット」


 彼女は言った。


 声は低いが確固としている。


「ありがとう……全部。ちょうど正しい瞬間に現れて、正しい時間に、正しい場所にいてくれて」


「もしかしたらメレディスが正しいのかもな……俺たちを一緒にしようと決めたのは運命だったのかもしれない、ジュリエッチ」


 長い間、俺たちは半分人けのない病院の廊下に立ったまま、互いに何か奇妙な微笑みを浮かべていた。


「ここから出ましょう」


 ジュリエッチが低い声で提案した。


「遠くないところに知ってる場所があるの。それに、話す必要があると思う。メレディスがどうして私にとってそんなに大切なのか説明したい……あなたにその説明をする義務があると思うから」


「俺に義務なんてないよ、ジュリエッチ。でも同意する……」


 俺は誠実に答えた。


「この消毒剤の匂いじゃない何かを呼吸する必要がある。それに、お前たち二人の物語をもっと知りたい」

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