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おまけ「烏天狗の初恋」

 俺たち烏天狗は、一族そろって人間好きな奴がほとんどだ。

 例にもれず、俺も人間が好きだ。

 爪で引き裂かれるような弱い体で誰かを愛し、必死に守ろうとする。

 愚かで同じ過ちを繰り返すくせに、どこか優しさを忘れない。

 鳥の姿で人間の町を眺めるのが好きだった。人間は愛しい隣人だった。

 妖の中には、人間を嫌う者も多い。矮小なくせに数ばかり増やす、と。人間に居場所を追われた妖は多いのだ。

 その人間を見つけたのは、たまたまだった。

 いつものように鳥の姿で町を眺めていると、不意に見慣れない人間の姿を見かけた。

 その人間の腕には、一人の赤ん坊が抱かれていた。

 ぱっちりとした目をくりくりと動かし、母親の顔や風景をその目に映している。

 なぜだか、その母子から目が離せなかった。

 特に、母親の腕に抱かれた赤ん坊――人のようで人でない。そんな雰囲気に、俺は釘付けになった。

 母子が暮らすアパートの前にある電線に止まり、俺は赤ん坊を毎日観察した。

 赤ん坊はすくすくと育っていった。そして、その異常性に気付いたのは、三歳かそこらだった。

「ママ。あそこ、あそこ」

「なぁに、暘」

 赤ん坊――暘は、部屋の隅に居た小さな妖を指さした。

 しかし、母親には見えていないようだった。

「暘は……俺たち()が見えるのか?」

 俺は、窓からアパートの様子を見ながら独り言ちた。

 その懸念は、的中した。

 

 暘は、物心がつくようになってからというもの、母親に妖の存在を訴えた。

 しかし、母親には当然のごとく妖の姿は見えない。

 暘が五歳になるころには……母親は、暘の言動を不気味に思っているように見えた。

「暘、また変なこと言わないでちょうだい!」

「いい加減にしなさい暘!」

 そんな強い言葉で暘を叱りつけた。

 そのたびに暘は目にいっぱいの涙を浮かべ、小さくつぶやくのだ。

「うそじゃないもん……」

 可哀想な子供だ。

 現代で妖を目に映す者はほとんど存在しない。

 見える、というだけで、暘は周囲から距離を置かれた。

 保育園でも、母親にも、近所の子供にも。何度も妖を存在を訴えるが、暘以外の人間にその姿は見えない。

 やがて暘は「嘘つき」と近所の子供に呼ばれるようになっていた。

「うそつき。おまえ、うそつきなんだろ」

 そう近所の子供に揶揄われた暘は、泣くのを我慢するように唇を噛み、町のはずれにある丘へ走った。


「わたし、うそなんてついてないのに……」

 ぐすぐすと鼻をすする暘の小さな背中を見て、俺は胸がひどく痛んだ。

 俺が――俺が、人間だったら。妖じゃなく、人の子だったら。

 暘のそばに居てやれるのに。独りぼっちの暘の友達になってやれるのに。

 俺が……人間の姿なら。

 気が付くと、いつもの鳥の姿から、人に化けていた。

 そっと暘に近付く。

「なぁ」

「だれ?」

 ぱっと顔をあげた暘の目には、涙がたまっていた。

 雫のついたまつ毛は日の光に反射してキラキラと光っていて――その瞳を、とても綺麗だと思った。

「お前、妖が見えるんだろ。……俺、カケル。俺と一緒に遊ばないか?」

 手を差し伸べると、暘はぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 ぽろっと一粒涙をこぼすと、ニコッと笑みを浮かべた。

「わたしとあそんでくれるの?」

「うん」

「やった! あそぼ」

 きゅっと握られた手は温かく、とても小さかった。

 何て柔らかく、細い手だろう。こんなの……こんなの、俺が守ってやらないと。

 それから、俺たちは一緒に遊ぶようになった。

 近くの山へ行き、川遊びをした。濡れた石に足を滑らせた暘が転んで、俺は「しかたねーなぁ」なんて言いながら手を貸した。

「えへへ。カケルくん、ありがと」

「ほんと、暘は俺が居ないとだめだなぁ」

 そんなことを口にしながら、俺が頬がゆるみそうだった。

 ――暘。俺たち()が見える、特別な子。

 人の世界ではさぞ生きづらいだろう。

 俺の……俺たちの里に、来たらいいのに。

 烏天狗は人間が好きだからみんな歓迎するだろう。見えるというだけで迫害してくる人の世界なんかより、ずっとずっといいに決まっている。

「しょーがないから、これからも俺が支えてやる」

 そうだ。それがいい。

 俺がずっとそばに居てやる。俺がずっとそばで守ってやる。

 暘を傷付ける者は許さない。誰であっても――。

「それってプロポーズ?」

 きゃはは、と暘が笑った。

 それは「プロポーズ」という言葉を覚えたての子供がそれを言いたかっただけに思えたが――それでも、よかった。

 そうだ。俺がずっとそばに居ればいいんだから。俺がずっと暘を守ってやればいいんだ。

 俺がそばに居たら――もう、あんな風に独りぼっちになんてさせない。

「――お前が十六歳になったら、結婚しよう。それまで待ってろ」

 約束だ。約束――俺がお前をずっと守るから。もう独りぼっちになんてさせたりしないから。

 あんな風に泣くことも無い。俺が……ずっとずぅっと、そばに居る。


 けれど……暘が別の妖に襲われそうになった時、俺の正体がバレてしまった。

 暘は目にいっぱいの涙を浮かべて叫んだ。

「うそつき、うそつき! カケルくんのうそつき!」

 暘……暘。ごめん、ごめんな。俺の浅はかな考えのせいで、お前を余計に傷付けてしまった。

 もう人に化けて近付くのはよそう。その代わり、ずっとそばに居るから。

 あの約束を――あの約束だけを、心の支えにして。

 暘が十六歳になったら、もう一度会いに行こう。今度はちゃんと、妖の姿で。

 嫌われてるかもしれないけど。拒絶されるかもしれないけど。それでも、会いに行こう。

 俺は……きっと。あの時お前を見つけた時から――暘のことを、大切に想っていた。

 だから。だから……拒絶されてもいい。もう一度「嘘つき」と罵られてもいい。

 俺のそばに居てほしい。俺に守られていてほしい。

 俺の――俺だけの、暘で居てほしいんだ。


 それから、俺は時には鳥の姿で、時には妖の姿で暘のそばに居続けた。

 暘に危険が及べば妖の姿で対処し、普段は鳥の姿で暘を見守る。

 どうしてもそばに居られないときは、羽根を使った。

 飛ばした羽根から伝わる音の振動を頼りに暘へ危険が迫っていないかを確認した。

 術を込めた羽根はお守りにもなる。暘に近付く低級な妖程度なら、はじき返してくれるだろう。

 俺がそばに居れば大丈夫だ。俺がずっとこうして守ってやる。

 暘は十歳になるころには妖関連の発言は控えるようになっていた。そのせいもあってか、中学生のころは暘に密かに想いを寄せる男も居たが――それは、俺が人に化けて対処した。

 暘には俺が居るんだから、他に男なんて要らないだろ? 俺がずっとそばで守ってやるんだから。

 暘は自分の周りに人が居ないことを特に気にしていないようだったので、助かった。

 そして、暘は高校生になった。

 高校は、地元から少し離れたところに決めたようだった。

 暘の過去を知る者が居ない環境の方がいいとは思っていたので、俺も安心した。

 電車に乗って学校へ向かう暘を見送るのが俺の新しい習慣になった。

 電車に乗る暘は、本を読むかスマートフォンを操作するかのどちらかだ。窓の外に視線を向けることは無い。

 暘が十六歳になるまであと少し……俺は、指を折って日にちを数えた。

 本当は十六歳の誕生日に会いに行きたかったが、勇気が出なかった。

 直前になって、情けないことだ。

 もう一度暘から拒絶されたら――そう思うと、怖くて足が震えた。

 しかし……暘が学校の帰り道に、妖に襲われた。

 あの妖は、数年前から人を食うようになり、危険視していた。

 人を食う妖は、特に妖力の強い人間を好む。

 そう――暘のような。

「もうやだ……。誰か、助けてよ……!」

 暘の声が聞こえる。すぐに行く、今すぐ……!

 大きく口を開けたヘドロのような妖の前に立ちはだかり、俺は殺意を込めて「失せろ」と吐き捨てた。

 ヘドロ妖は去ったが、こんな形で暘の前に姿を現すとは……。

「おい、大丈夫か」

 振り返り、暘の目を見る。

 まっすぐその目に射貫かれ、ドキリと心臓が跳ねる。

 ああ、暘だ。十六歳になった……暘だ。

 対面するのは五歳の時以来だった。ずっと見守っていたので成長は知っているが、それでも対面した時の感動に心が震えた。

 暘。暘。暘。

 ああ――今、俺の目の前に暘が居る。

 嬉しい。この感情を、高ぶりを「嬉しい」の一言では言い表せない。

 じんわりと胸に広がる感情に浸っていると、暘が口を開きかけ――そのまま、気を失った。


 気を失った暘の傷の手当だけ済ませた。

 初めて出会ったあの丘へ行き、木の下に寝かせる。

 起きるまで待っててもいいが、無防備な姿を見られるのは嫌がるだろうか、と考えて木の上で見守ることにした。

 ああ――ようやく、暘の目を見れた。

 薄ブラウンの瞳。痛みを知ってるからこそ、優しさを持てる強い瞳。

 目を覚ました暘をこっそり見送り、俺は暘が寝ていた場所に寝そべる。

「暘……暘。ああ――好きだ。これからも、俺が守ってやらなくちゃな……」

 だから、腹をくくろう。

 たとえ暘にまた「嘘つき」と言われても、俺は俺の姿で暘の前に出る。そう、心に決めた。

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