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二十二話「好きです」

 わたしは、丘の上にきていた。

 作り直したパウンドケーキを手に、カケルくんを呼ぶ。

「カケルくーん」

「呼んだか」

 やっぱり、カケルくんは誰よりも速くわたしに会いにきてくれる。

 他の妖から聞いた。

 烏天狗の中で一番速く飛べるのがカケルくんなんだって。

 鍛えられた体も、誰より速く飛べる羽根も、全部わたしのためなの? って、聞いてみようか。

「ねぇ……思い出したよ。あの言葉」

「……!」

 カケルくんがはっと息を飲むのが分かった。

 わたしも緊張からごくり、と唾を飲む。

 胸に当てた手から心音が伝わってくる。

 わたしの心臓が、痛いほど脈打つ。

「――十六歳になったら結婚しよう。そう言ってくれたよね」

「暘……」

 カケルくんが、すっと膝を地面につこうとするのを、手で制する。

「ごめん。結婚はできない」

「……! 暘……」

「今はまだ、ね」

「え」

 ぽかん、と間抜けに開いた口に、わたしは小さく笑う。

「たしかに人間の女の子は十六歳になったら結婚できる。でも、わたしはまだ子供なんだ。妖のカケルくんとやって行けるのか、不安もある。だから……成人する十八歳まで待ってくれる?」

 ぱちぱち、と瞬きを繰り返し、やがてカケルくんの赤い目からぽろりと一粒涙がこぼれ落ちた。

「いいのか、俺で」

「カケルくんだからだよ」

 ぼろぼろと涙を流しながら、カケルくんが唸るように言葉を続ける。

「お前の母親は妖から逃げたんだ。暘も逃げるかもしれないぞ」

「それはちょっと、分かんない。でも、カケルくんとなら多分、大丈夫だよ」

「暘……抱きしめても、いいか」

「パウンドケーキがつぶれないぐらいの力なら」

「暘……!」

 ぎゅうっと強く抱きしめられた。

 わたしよりもずっと大きな体なのに、くしゃくしゃにして泣くその顔はずいぶんと幼く見えた。

 密着した体から、早い鼓動が伝わってくる。

 緊張してる……と気付き、わたしはそっと大きな背中に手を回した。

 ぽんぽん、と子供をあやすように背中を叩く。

「暘……好きだ、あいしてる。ずっとずっと、これから先も……しあわせに、する」

「わたしはカケルくんからもらってばかりだね。これからは、わたしも返すから。好きだよ、カケルくん」

「うぅ、ぐすっ。暘……もう二度と、手放せない。いいのか? 本当に……。俺はきっと、十八歳になったらもうお前を手放せない」

「カケルくんだから、いいんだよ。二人でしあわせになろうね」

 にっこりと笑う。カケルくんの顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

 カケルくんの首に手を回し、ぐっと顔を寄せる。

「大好き」

「暘……!」

 ちゅ、と唇を重ねれば、カケルくんの顔はみるみるうちに耳まで赤く染まってしまった。

 ああ、なんて可愛いひと。

 やさしくて、愛情深くて、誠実で。

 そんなカケルくんだから、信じて、愛せると思ったんだ。

 妖と人間。種族も寿命も違う。これから先何が起こるかわからないけれど――二人なら、きっと大丈夫。


「娘さんを、お……ぼ、僕にください!」

 十八歳になった日、人に化けたカケルくんが我が家を訪れた。

 母にはカケルくんのことは話してあった。もちろん、彼が妖であることも、すべて。

 妖である父から逃げ出した母は、話した時複雑な表情をしていた。

 それでも、人に化けたカケルくんを家に招き、何度も関わっていくうちに――母も、認めてくれるようになった。

「暘のこと、よろしくお願いします。私はずいぶんとこの子を独りにしてしまったから、どうかそばに居てあげてね」

 そう言って、母は穏やかにほほ笑んだ。

 カケルくんは、泣きそうになるのをこらえるようにぐっと目元に力を入れていた。

 その顔が何だかおかしくて、わたしはくすくすと小さく笑った。

「俺……じゃない、僕が人に化けてこっちで生活してもいいんですが……」

「あら、いいのよ。この子があなたに付いて行くって決めたんだもの。それに、あなたの羽根ならすぐでしょう?」

 そう。結婚するにあたり、どこで住むのかという話になったのだ。

 カケルくんは、わたしの母の家の近くで、自分が人に化けて生活していこうと言ってくれた。

 でも、わたしはカケルくんの住んでいる烏天狗の里に行くことを決めた。

 これは、告白の返事をしてからずっと考えていたことだった。

 わたしはもっと、妖のことを知りたい。

 怖いだけの存在じゃないと、カケルくんを通じて知ったから。

 人間と妖のハーフ……半妖のわたしなら、烏天狗の里でも生活していけるだろうとカケルくんは言った。

 里なら、カケルくんの家族や知り合いも助けてくれるとのことだ。

 下手に人の住む町に居るより妖に襲われることも減るだろう。

 それに、里に行くと言っても、カケルくんの羽根ならあっという間に母の居る町まで来れる。

 だから、何も心配していない。

「暘さんのことは、僕が必ず守るので。だから、安心してください」

「ありがとう。カケルさん、暘をよろしくね」


 里についたかと思えば、あっという間に女性の妖に囲まれて着替えさせられた。

「カケルくん、これって……!」

 わたしが着替えたのは、白無垢だった。

 高校生活の中でほとんど化粧もしたこと無かったのに、紅まで差してもらった。

「すごくきれいだ、暘。女衆が張り切って……嫌じゃ、なかったか?」

「全然! うれしいよ、すごく。でも……いいの?」

「うちの一族は、人間が好きなやつの方が多いんだ。だから、大歓迎だって」

 はにかむように笑うカケルくんに、わたしも胸が躍る。

 結婚式は、烏天狗の一族によって盛大に祝われた。

 色とりどりの花びらが舞い、みんながわたしとカケルくんの結婚を祝福してくれる。

 「おめでとう」の声が飛び交う中、二人顔を見合わせて笑う。

「暘、写真撮ろう。俺、人に化けるからさ。暘のお母さんに送ってやろう」

「カケルくん、ありがとう」

 白無垢姿のわたしと、人に化けたカケルくんがスマートフォンの画面に収まる。

 また、こうしてカケルくんと写真に写ることができるなんて……夢みたいだ。

 スマートフォンの画面に映る二人の顔は、とてもしあわせそうだった。――昔撮ったときと。同じように。

 半妖というのはめずらしい存在らしい。だからか、里のどこへ行くにも視線を集めた。

 速さを誇る烏天狗たちは、村一番の速さを持つカケルを射止めたのはあの娘かとやいのやいの騒ぎながら見ていた。

 しかし、その視線はどれも単純な好奇心や興味に見え、悪意や敵意は感じなかった。

 半妖……つまり、わたしには半分妖の血が混ざっている。

 もしかしたら、カケルくんのように妖の力が使えるようになったりするのかもしれない。

 それならやっぱり、この里にきてよかったのだろう。

 母を一人にする不安はもちろんあったけど、カケルくんの羽根があればすぐに飛んでいける。文字通り。

 結婚式の夜、わたしとカケルくんは同じベッドに入った。

 初夜、というものがあるのは理解している。カケルくんは今夜、わたしを抱くのだろう。

 ところが、寝室に入ってきたカケルくんは穏やかなものだった。緊張の欠片も見えない。

「暘。、里にきてくれてありがとう。これから慣れない生活で不安も多いだろうけど、サポートするから」

「う、うん。ねぇカケルくん……」

「うん?」

「わたしのこと、抱かないの?」

 本題を切り出すと、カケルくんはぶほっと噴き出し、唾が変なところに入ったのかゲホゲホとむせていた。

「暘……俺が何年お前に片思いしてたか、知ってるよな?」

「わたしが五歳のころからだから……十三年でしょ?」

「そりゃあ、妖の俺にとっちゃ人間の十三年なんてあっという間と言ってもいい。でも、暘に片思いしてた十三年は千年かと思うほど長かったんだ」

 千年はさすがに大げさでは……と思ったが、カケルくんの目があまりにも真剣なので口にはしなかった。

 カケルくんはなぜかベッドの上で正座をし姿勢を正す。

「……やさしく、できないかもしれない。ていうか、下手だったらどうしよう」

「……? カケルくん、初めてじゃないでしょ?」

「初めてだよ! 俺は暘と出会うまで、恋なんてしたこと無かったんだから……!」

「えぇ!?」

 人間よりも長生きな妖のことだし、何よりカケルくんはカッコいい。

 さぞおモテになり、経験豊富なんだろうとばかり思っていた。

「どうて――」

「言うな! だから、その……上手に、できないかもしれない」

「自信が無いってこと? そんなの、わたしだって初めてなんだし、一緒だよ」

 カケルくんは、何とも言えない複雑な顔をしている。

 それは照れているようにも見え、何だかおかしくてわたしは笑ってしまう。

「大丈夫だよ。二人とも初めてなら、これから練習していけばいいでしょ?」

「で、でも初めては……いい思い出にしたいだろう」

 もじもじと体をよじらせながらつぶやくカケルくんに、わたしはあはは! と笑い声をあげる。

「あーもう、そういうのいいんだって! カケルくんは初めてじゃないと思ってたから、カケルくんの初めてがもらえるだけでわたしはうれしいよ」

「暘……男前だな」

「だから……ね? わたしの初めてもカケルくんが、もらってよ」

「……ッ、もちろん、だ……!」

 その夜、カケルくんのたくましい腕の中で、わたしはしあわせな眠りについた。

 色んなことがあった。幼い時は、妖が見えることが嫌でたまらなかった。けれど、今は――

 妖が見えて、よかったと思う。関わってきた妖たちを、愛おしく思う。

 これから先、何が待っているのかは分からない。もしかしたら、母と父のようにこじれてしまうのかもしれない。

 けれど――カケルくんはいつだって、わたしの元に飛んできてくれる。だからきっと――大丈夫。

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