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十三話「寂れた祠」

 海に行ってからというもの、すっかり日焼けしてしまった。

 毎年夏休みはほとんど外に出ないため真っ白だった肌がやや小麦色になっている。

 鏡で見ると、少し日に焼けている方が健康的に見える……ような気がする。

 いや、そもそもわたしの場合は元の体が貧相な上に肌まで白いと病弱に見えるのだ。

 とは言え、あまり焼けすぎるのも何なので外へ出る時は日焼け止めを塗る。

 夏帆ちゃんみたいに日傘でも差そうか。

 日陰になっている分多少は涼しそうに見える。

 最近は日差しも強くなり、男性でも日傘を差していると聞くし……。

 今度、夏帆ちゃんにオススメの日傘でも聞いてみようかな。

 近所のコンビニの買い物の途中、ふと道端に寂れた祠があることに気付く。

「こんなところに祠……?」

 近付いてみると、屋根は欠けずいぶんと痛んでいるように見える。

 そんな状態だから、当然だけどお供え物も無かった。

 誰も居ないかもしれないけど……。

 わたしはコンビニの袋から羊羹を一つ取り出し、祠の前に置いた。

 そして、祠の前にしゃがんで手を合わせる。

 ――和田暘と言います。これからも穏やかな日々が続くように守っててください。

 祈り、ぺこりと頭を下げてその場から立ち去った。


「うぅ……」

「……」

 帰り道、行き倒れている河童らしき妖と遭遇した。

 祠にお供え物をしたばかりだというのに、何ということ。

 思わず天を仰ぐ。しかし、こうしていてもどうにもならない。

「……はぁ」

 仕方なく、わたしは腕に下げた袋からペットボトルを取り出す。

「お茶でもいいのかな……」

 とりあえずジュースでは無いのでいいだろうと判断し、キャップをひねり、河童に皿の上でペットボトルを傾ける。

 じょぼじょぼとお茶を被った渇いていた皿はどこか艶が出た。

「うぅ……ん?」

 こんなもんでいいだろう、と立ち上がる。

「もう行き倒れないでね」

 小さく声を掛け、家路を急いだ。


『暘ちゃん! よかったら今度従兄弟の家で花火しない?』

 そんな誘いがあったのは一週間前のことだった。

 夏帆ちゃんからメッセージがあり、かかってきた電話に出て早々にこれだ。

 花火。夏の風物詩だ。

 ワクワクと心が躍る。

「行く!」

 と勢いにまかせて返事をしてから、夏帆ちゃんの従兄弟って見える人だっけ? と思い当たる。

 同じ景色が見える人。

 学校に行けば中谷くんも居るけど、彼は幼いころから見えていたわけでは無い。

 おばあさんによってその力を封印されていたからだ。

 わたしと同じで、幼いころから妖が見える人。

 そんな人に会うのは、初めてだった。

 どんな話ができるだろうか――ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

 

 夏帆ちゃんの従兄弟の父親が車で迎えにきてくれるとの話だったので、待ち合わせの駅へ向かう。

「暘ちゃーん」

 手を振る夏帆ちゃんに手を振り返し、隣に立っている中年の男性にぺこりと頭を下げる。

 穏やかな眼差しをした男性だった。

「初めまして。君が……」

「和田暘です。夏帆ちゃんとは仲良くさせていただいてて……」

「そうかい。いつもありがとうね。さ、暑いだろう、早く車に乗って」

 夏帆ちゃんと一緒に車へ乗り込む。

 車の種類はよく分からないが、ファミリー向けの大き目の車、ということだけは分かった。

 後部座席に二人並んで座る。

 車内は冷房がよく効いており、日差しが強い外から入ると涼しかった。

「あ、私コンビニでちょっと買い物したい!」

「じゃあそこのコンビニに寄ろうか。暘さんも行くかい?」

「え? いえ、わたしは大丈夫です」

 思わず反射的に断ってしまった。

「じゃ、ちょっと買ってくるねー!」

 と夏帆ちゃんが車から出て行って、ようやく友達の従兄弟の父親と二人きりというきまずい空気に気付く。

 わたしもついて行けばよかったかも……という後悔も後の祭りだ。

「……君は、妖怪が見えるんだってね」

「え、あ、はい」

 夏帆ちゃんから聞いたのだろうか。

 運転席に座るおじさんは穏やかな口調で続けた。

「夏帆ちゃんがね、嬉しそうに話すんだよ。とても仲の良い友達ができた、と」

「それは……嬉しい、ですね」

 思わず本音がこぼれた。

 そっか。夏帆ちゃんもわたしのこと、友達って思ってくれてるんだ……。

 じんわりと感動に浸っていると、運転席から声が続く。

「夏帆ちゃんから聞いていると思うけど、家は代々祓い屋をしていてね、私の跡は息子が継いだんだ。息子とも、話が合うかもしれないね」

「息子……夏帆ちゃんの従兄弟、ですか」

「ああ。私と違って優秀な祓い屋だよ。今日は仕事で居ないんだがね」

 祓い屋……妖を、祓う仕事。

 どんな人なんだろう。

 わたしと同じ、幼いころから当たり前に妖をその目に映してきた人。

「たっだいまー!」

 明るい声にはっと顔を上げる。

 袋を手に持った夏帆ちゃんが帰ってきていた。

「おかえり」

「何の話してたのー?」

「夏帆ちゃんの話だよ」

「えぇ―? 何それ」

 ケラケラと明るく笑う夏帆ちゃんとそれに応えるおじさんの姿は、まるで父娘のように見えた。

 そう言えば、何で夏帆ちゃんの家じゃ無くて、従兄弟の家で花火をやることになったのだろう。

 夏帆ちゃんは以前、家に居場所が無かったと言っていた。

 ……もしかして、家族仲があまりよくない、とか。

 妖が見えないという、それだけの理由で?

 なんとなく、小石を飲み込んでしまったような引っかかりを感じた。


「着いた! ここが、従兄弟の家」

「わぁ……ずいぶん、大きいんだね」

 夏帆ちゃんの従兄弟の家は、まさに日本家屋といった風貌をしていた。

 平屋の一軒家。しかし、庭が広い上に端の方に蔵らしき建物が見える。

「ありがとう」

 照れたようにはにかむおじさんは、付け足すように「夏帆ちゃんの家のほうが立派だけどね」と笑った。

 それを聞いたわたしはこれよりも大きい家……!? と素直におどろいたが、隣の夏帆ちゃんの表情はどこか固く見えた。

「さ、上がって上がって」

 夏帆ちゃんに促されるまま、玄関を上がる。

 長い廊下を進み、一つの部屋に案内された。

「花火は暗くなってからね。日が暮れるまで時間あるから、それまでゲームしよ」

「ゲーム……」

 従兄弟の家だと言うのに我が物顔で上がり込んだ夏帆ちゃんがテレビ台から取り出したのは、テレビにつなぐゲーム機だった。

 ゲーム。クラスメイトが公園でやっているところを遠くから見たことはあるけど、自分でやったことは無い。

 ゲームとは、友達同士で集まってワイワイするものだというイメージがあったから、母にゲーム機をねだったことは無かった。

 友達の居ないわたしが持っていても、仕方が無いと思ったからだ。

「わたし、ゲームやったこと無い」

「え、そうなの? じゃあ初体験だね!」

 ゲーム機をいそいそとテレビにつないだ夏帆ちゃんから、コントローラーらしき物を渡される。

 何をどうするのか、さっぱりだ。

 隣に座ってコントローラーを慣れた手つきで動かす夏帆ちゃんを見ながら、見よう見真似でコントローラーをいじってみる。

「これはレースのゲームね。車に乗って順位を競うの」

「う、うん」

 コントローラーの扱いは夏帆ちゃんの手元を見て真似るしか無い。

 ごくりと唾を飲む。

 人の家でゲームをするなんて初めてだ。

 ドキドキと早鐘を打つ心臓に、落ち着くためにゆっくり呼吸をする。

「キャラを選んだら、決定ボタンね。よし、レース始まるよ!」

「わ、分かった」

 カウントダウンが始まり、気が付くとレースが始まっていた。

「え? あれ、もう始まってる?」

「始まってるよー」

 わたわたとあわてながらも何とかスタートする。

 夏帆ちゃんは慣れた手つきで操作している。

「わー! 待って待って、壁にぶつかってる!」

「あはは! 暘ちゃん頑張れー!」

 ぎゃあぎゃあ言いながらも何とか一レースを終えた。

 これが、ゲーム……! 操作は難しいけど、楽しい。

 幼いころ、友達同士でワイワイと騒ぎながらゲームをする姿にあこがれていた。

 いつかわたしにも、あんな風にゲームできる友達ができるだろうか、と。

 それが今、あっけなくその夢は叶った。

「よーし、次のレース行くよ!」

「うん!」

 二回、三回とレースを重ねていくうちに、段々と操作にも慣れてきた気がする。

「あはは! 暘ちゃん、車と一緒に体も動いてるよ」

「んぐぐ……」

 曲がり角では体も一緒に傾いてしまう。

 コントローラーなのだから体を傾ける必要は無いと分かっているけど、体が勝手に動いてしまう。

「行け―! これでも食らえ!」

「わー! 何々!?」

 突然飛んできたカメの甲羅に弾かれ、車体が止まる。

 なるほど、こういう妨害もできるわけだ。

 ゲームってのは、こんなに面白いものだったのか。

 ああ、それとも――かつてあこがれたように、友達と一緒にやってるからかな。

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