十二話「隠された真意と知りたかったこと」
「待って待って、情報量が多い!」
気が付けば、思わずそんなツッコミを口にしていた。
待って? 夏帆ちゃんの家が妖怪を祓う祓い屋をしていて、けれど夏帆ちゃんには妖は見えなくて、従兄弟から聞いた妖の話を元にモノノ怪学園シリーズという小説を書いている……と。
いや、まとめても十分情報量が多い。
そもそも、何でこんな話を急に?
「あはは、ごめん。でも、暘ちゃんには話しておきたくて」
わたしのツッコミを受けた夏帆ちゃんは明るく笑って、ストローでグラスの中をかき混ぜた。
「暘ちゃんの目がね、従兄弟と同じなんだ。ふとした時に見せる顔が……見える側の人間なんだって気付いたの」
「……何で、その話を?」
「何でかなぁ。見えるなら、そういう世界もあるよって伝えたかったのかも。ほら、今の時代、見える人って減ってるし……暘ちゃんは一般家庭でしょ? 家族の理解とか……分からないけど、もし一人で抱えてたらつらいかもなー、とか。そういう感じ」
夏帆ちゃんの言葉はふわふわしていたけれど、その想いは何となくだけど伝わってきた。
わたしが見えるようになった中谷くんを気遣うように、そういう世界があると知っている夏帆ちゃんはわたしを気遣ってくれたのだろう。
「あと、これは懺悔。あの時本屋で同じ本取ろうとしたの偶然じゃなくて……。自分の本を買う人が居るのか、見たかったの。そしたら嬉しそうな顔で手に取ろうとしてる人見かけて、思わず声かけちゃった。同じファンとして。ごめんね、嘘ついて」
眉を下げる夏帆ちゃんに、わたしはどう声をかけようか迷う。
「そんな……こと、無いよ。わたしだって、同じ熱量で語れる相手が居るって嬉しかったし、その……女友達出来たの、初めてだったから。わたし、あの時夏帆ちゃんに声かけてもらえてよかったって、ずっと思ってるよ。ありがとう」
詰まりながらも、わたしは自分の思いを口にする。
そうだ。たとえ夏帆ちゃんが作者だってことを隠して近付いたことに、わたしは傷付いたりなんかしていない。
あの時声をかけてもらえて、カフェで一緒に小説の話が出来て、すごく楽しかったのは事実だから。
「……あ、でも、作者相手にあれだけ語ったのはちょっと恥ずかしいかも……」
「え! そんなこと無いよ! 私、暘ちゃんと話した時すっごく元気出たんだから! ああ、こんな風に自分の作品をしっかり見てくれる人が居るんだって……だから、お礼を言うのは私の方。ありがとね、続き書く元気もらったよ」
にっこりと笑う夏帆ちゃんに釣られ、わたしも小さく笑う。
「それで、この喫茶店にも居るの?」
「うん、まぁ。害は無いと思うんだけど……それに、ここの店主さんのこと、大切に想ってるみたいだし」
そう言って、店主へ視線を向ける。
黙々とグラスを拭いているその肩に、寄り添うように体を寄せる女性の妖。
「そっかぁ。私見えないけど、暘ちゃんは会った時から何となく雰囲気が変わってるなーって思ってたんだよね」
「え、雰囲気って……?」
「何か、人でいて人じゃないような……そんな感じ?」
相変わらずふわふわとした物言いだ。
「よく分かんないよ」
「あはは、私もよく分かんないけど」
明るく笑い飛ばす夏帆ちゃんに、肩の力が抜ける。
そう言えば、夏帆ちゃんの従兄弟も見える人なのか。
クラスに中谷くんという新しく見えるようになった人が居るとは言え、何だか不思議な気持ちだ。
「ま、水着は買えたしよかったよね。海行くの、楽しみにしてる」
「うん、わたしも」
そうこうしているうちに、夏休みに入った。
課題を少しずつこなしながら、家でだらだらと過ごす。
こうも暑いと、外へ出る気力が無い。
コンコン、と窓を叩く音が聞こえ、虫か何かがぶつかったのかと視線を向ける。
「よう」
「うわ、カケルくん!?」
そこには、カケルくんが居た。
窓を開けてカケルくんを部屋へ上げる。
「お前が全然来ないから、どうしたのかと思ってな」
「いや、こうも暑いと外に出るのだるいなー、みたいな」
「相変わらず人間は軟弱だな」
呆れたような物言いに、カチンとくる。
「そういうカケルくんは暑くないの?」
「妖は人間ほど熱や寒さに敏感では無い。この程度ならなんてこと無いが……そうか、お前がこないのなら俺がここへくることにしよう」
そう言うと、カケルくんはごろりと床へ寝転がる。
いくら何でも初めて入った女子の部屋でくつろぎすぎだろう。
これでも一応結婚(仮)の約束をした相手だというのに……。
「カケルくんは最近何してるの?」
「お前が外に出ないから山に居ることが多いな。川の水が冷たくていいぞ」
「ふぅん」
「聞いておいて興味無さそうだな」
「まぁね」
そんな会話をしながら、各々好き勝手に過ごす。
わたしはスマホでSNSのチェックをしたり動画を見る。
カケルくんはと言うと、目を瞑って寝始める始末だ。
意識されているのか意識されていないのか、よく分からない。
カケルくんが普段何をしているのかは謎だ。
わたしが学校に行っている時は毎日律儀に学校まで付いてきていたけど、夏休みに入ってからはわたしから会いに行かないと姿を見ない。
街中で見かけないのは本人曰く、人混みは好かん、とのことだった。
まぁ、わたしも人混みはどちらかと言えば苦手なので、気持ちは分かる。
「そう言えば、海にはいつ行くんだ」
「三日後だけど」
「そうか」
寝てるのかと思ったら起きていたらしい。
そんな短い会話を済ませると、カケルくんは部屋を出て山の方へ飛んで行った。
「水着は持ったかー!?」
「持ったー!」
「飲み物の準備は大丈夫かー!?」
「大丈夫ー!」
「よし、行くぞー!」
「おー!」
そんな風に盛り上がりながら、夏帆ちゃんと一緒に電車へと乗り込む。
ガタンゴトンと電車に揺られ、目的地に着く。
電車を降りると、潮風が気持ちいい。
「海の匂いだ……」
「ねー。さ、行こ!」
夏帆ちゃんに手を引っ張られ、更衣室で水着に着替え、砂浜へと足を踏み入れる。
サンダルでさくさくと砂を踏む。
「わー! 綺麗……」
「わたし、海きたの初めて」
「えっへへー! 私は二回目!」
「そんな変わらないじゃん」
胸を張ってドヤる夏帆ちゃんにツッコミながら、海へと視線を向ける。
よく腫れた青い空に白い雲。太陽の光を浴びてキラキラと輝く海。
友達と海に、きたんだ。
胸にじんわりと広がる興奮に、口元がゆるむ。
海は、夏休みに入っていることもあり人があふれかえっていた。
砂浜で寝そべって肌を焼いている人や、海の家でくつろいている人。
海の中ではしゃぐ人、浮き輪でぷかぷかと浮かんでいる人などなど。
「よーし、泳ぐぞー!」
「お、おー!」
浮き輪を借りて海へと走る。
サンダルを脱ぐと、砂浜は少し熱いぐらいだった。
アチアチ、と二人してはしゃぎながら砂浜を歩く。
学校のプールとは違う、自然の中にある水の塊。
どこまでも広がるその雄大さに、思わず足がすくみそうになる。
「暘ちゃん、こっちこっち!」
明るい声でわたしを呼ぶ夏帆ちゃんに引っ張られるように浮き輪を抱えて海の中に入っていく。
水温は、やや冷たい、ぐらいだった。ちょうどいいと言えばちょうどいい。
冷たすぎず、ぬるくない。
流されないよう浅瀬で遊ぶことにした。
「それ!」
「わっ」
不意に顔に水を掛けられる。口に入り込む塩の味。
「しょっぱ!」
「そりゃ海だもん!」
あはは、と笑う夏帆ちゃんに、釣られるように笑う。
楽しい――楽しいな。
妖のことを忘れて友達と遊べる日がくるなんて思ってもいなかった。
「あれ?」
はしゃぎ疲れ、浮き輪に乗ってぷかぷかと浮いていると、ふっと影が差した。
顔を上げると、そこにはカケルくんが居た。
「え」
何で……と声を上げるより先に、カケルくんが口を開いた。
「……似合ってるじゃないか、水着とやら」
それだけ言って、カケルくんは瞬く間に飛んで行ってしまった。
――人じゃなくてもいいなら、居る。
ぶわっと顔に熱が集まるのを感じた。
「え、えー!」
「わ、どうしたの? 暘ちゃん。顔真っ赤!」
熱中症かとあわてる夏帆ちゃんに、上手く返事ができなかった。