十一話「買い物」
夏帆ちゃんと間に合わせ、水着を買いにやってきた。
「お待たせ、暘ちゃん!」
現れた夏帆ちゃんは白のワンピースを見にまとっていた。
背中の真ん中あたりまで伸びた髪をおさげにし、前に垂らしている。
手にはレースの白が眩しい日傘だ。
か、可愛い……! まるで、絵本から飛び出してきたみたいだ。
「可愛い、夏帆ちゃん、その恰好すごく可愛いよ!」
「えへへ、ありがとう! 暘ちゃんもスポーティーでいいね!」
スポーティー、と言われたわたしの恰好と言えば、Tシャツにハーフパンツ、それから黒のキャップだ。
フリルがふんだんにあしらわれた服や、レースといった可愛いモチーフは好きだ。
女の子って感じの雰囲気で、絵本から飛び出したような可愛さ。
けれど、普段から妖にちょっかいをかけられることが多いわたしは、そういった服を着ることに抵抗があった。
妖にいたずらされて汚れたり、破れたら悲しい。
だったら、最初から着ない方がいい。そう思った。
そんなわたしにとって夏帆ちゃんの恰好はまぶしく、まぶたに焼き付くようだった。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
店内は冷房が効いていて涼しい。
外に出て汗のにじんだ体が冷やされていく。
店に入ると、色んな形の水着が売られていた。
布面積の少ないビキニ。可愛らしいワンピースタイプ。競泳用の水着なんかも売っている。
「そろそろ新しい水着欲しいなって思ってたんだよね」
「そうなんだ」
プライベートで水着を買い替える、という概念はわたしには無い。
なぜなら学校行事以外で水着なんて着る機会が無かったから。
楽しそうに水着を選ぶ夏帆ちゃんの横顔に、一緒に海へ行くのだとワクワク感がよみがえる。
「あ、これ可愛くない?」
夏帆ちゃんが手に取ったのは、上下で分かれているタイプの水着だった。
ビキニというほど露出度は高くなく、出るとしたらお腹部分が少々といった可愛らしいデザインのものだ。
「可愛い!」
「あー、でも最近ちょっと太り気味だからなぁ……お腹出るの恥ずかしいかも」
「え、全然そんなこと無いと思うけど」
わたしの真面目な言葉に、夏帆ちゃんは「えー」と小さく笑った。
年頃の女の子は体型を気にするものだという概念は分かっている。
女友達が居なかったわたしにも、教室で交わされる「最近太っちゃってさ」「そんなことないよー」のやり取りぐらいは耳に入ってくるものだ。
けれど、視界に入る「最近太っちゃってさ」と言う女の子たちは、みんな十分細いとわたしは思う。
太った、のラインがどの程度なのかは本人によるとしか言えないけど、夏帆ちゃんだって十分細い部類だろう。
程よくメリハリのある夏帆ちゃんの体型と違い、わたしなんて鳥ガラのようなものだ。
元から肉が体に付きにくいのか、食べてもわたしの体がふっくらすることは無かった。
おまけに背も低いので、華奢と言うよりは貧相と言った方がいい。
ビキニなんてとてもじゃないが着られそうにない。
ふと目に付いた水着を手に取る。
夏帆ちゃんに似合いそう……でも、勧められたら迷惑だろうか。
ちらりと横眼で確認すると、夏帆ちゃんはまだ決まっていないようだ。
「ね、ねぇ……これは?」
と、手に取った水着を夏帆ちゃんに勧めてみる。
「え? わ、可愛い! え、これならお腹もあんまり出なくていいかも!」
明るい顔になった夏帆ちゃんに、ほっと安堵する。
わたしが夏帆ちゃんに勧めたのは、上下で分かれているタイプだけど、上に一枚透けた素材のトップスを着るタイプの水着だ。
これならお腹を出しても人目が気にならないんじゃないかと思ったのだ。
「ありがとう~! 私、これにするよ。暘ちゃんは?」
「わたしは……どうしようかな」
夏帆ちゃんの水着選びに夢中で、自分の水着を選んでいなかった。
とは言え、ビキニは選択肢にないので除外。着るとしたらワンピースタイプの水着か……。
「あ、これなんてどう?」
夏帆ちゃんが手に取ったのは、薄緑のワンピースタイプの水着だった。
透けた素材の上着も付いている。
「これ、私に選んでくれた水着と同じシアートップス付きで可愛いし、どうかな?」
あ、ああいう透けた素材のトップスのこと、シアートップスって言うんだ。オシャレだね……なんて、どうでもいいことが頭を駆け抜ける。
夏帆ちゃんが選んでくれた水着を手に取る。
胸元にあしらわれたフリルやスカート。絵本から飛び出てきたような可愛さ。
「可愛い……でも、似合うかな」
「似合うよ! 暘ちゃん、可愛いんだから」
ふんすと鼻息荒く語る夏帆ちゃんの熱意に推され、わたしはその水着を買うことにした。
可愛らしい服。スカートだって制服以外じゃ着ないのに、そんなわたしに似合うだろうか。
「暘ちゃんはさ、その水着見せたいなーって人、居ないの?」
「え? ……どうかな」
あいまいに笑い、会計を済ませた。
可愛い服を着た自分を見せたい人。
……人じゃなくてもいいなら、居る。
「この近くに喫茶店あるから行こ」
「うん」
夏帆ちゃんに案内されて喫茶店に入ると、そこはレトロな雰囲気漂う喫茶店だった。
おじいさんが一人で切り盛りしているのか、店内は穏やかな空気が流れていた。
「ここのプリン美味しいんだよ」
「へぇ……」
ふと、視界の端を何かがよぎった。
目で追うと、そこには若い女性が居た。ふわふわと巻かれた金髪に青い瞳。まるで西洋人形のように美しい女性だった。
お客さん? それにしては少し雰囲気が……。
不意にその女性と目が合った。女性はにこりと小さく微笑み、店主のおじいさんに寄り添うように体を寄せた。
「暘ちゃん? どうしたの?」
「……ううん、何でもないよ」
おじいさんは、自分の肩へ寄りかかるその女性に気付いていない様子だった。
――妖か。目が合ったけど、ちょっかいはかけてこないだろうか。
注文したプリンと飲み物が運ばれてくる。
おじいさんは、若干腰が曲がっているがテキパキとよく動いた。
そんな彼に寄り添う美しい女性の妖。
どういう関係なんだろう。おじいさんに妖は見えていないようだけど、女性はおじいさんを穏やかな目で見ている。
「……ねぇ、暘ちゃん」
「なぁに、夏帆ちゃん」
夏帆ちゃんに話しかけられ、わたしは思考を切り替えるためにアイスココアを口に含む。
「暘ちゃんて……何か、見えるの?」
「……!」
口に含んだアイスココアをそのまま噴き出すところだった。
あわてて飲み下し、夏帆ちゃんの顔を見る。
その目は、真剣そのもので――からかっているようには、とても見えなかった。
幼いころの記憶がよみがえる。
『嘘つき!』
『せんせー、和田さんがまた嘘ついてます』
あの、蔑むような目。
あの、怖がるような目。
あの、侮蔑の混じった目。
一瞬、ぞわりとした感覚が体を駆け抜けた。
でも、夏帆ちゃんはそのどれもと違う。真剣でいて、どこか不安なような……とにかく、わたしをからかおうという悪意は見えなかった。
「……祓い人って、分かる?」
夏帆ちゃんが口にした言葉に頭が付いてこず、わたしはおとなしく首をかしげた。
「幽霊、怪異、妖怪……そういうモノを、祓う仕事。家、祓い屋なんだ」
カラカラと、ストローで氷の入った液体をかき混ぜる音だけが響いた。
「子供のころから、妖怪や怪異――そういうモノが、当たり前の世界に居た。でも、私には妖怪を映す目が無かった」
キリキリと心臓が痛む。
夏帆ちゃんは、一体何の話をしているのか。
祓い屋? ……妖怪を、祓う仕事。
「見えない私に、家での居場所は無かった。三つ年上の従兄弟が居てね。彼はとても優秀だった。優秀だけど驕らず、私によく妖怪について語ってくれた」
夏帆ちゃんの言葉は、とても静かだった。
見えることが当たり前の世界で、見えない自分。
その悲しさを、寂しさを、孤独感を、一切にじませない声だった。
「私はその話を聞くうちに、段々と妖怪をテーマにした小説を書きたいと思うようになった。<モノノ怪学園シリーズ>、私が手掛けた作品だよ」
モノノ怪学園シリーズ……それは、わたしと夏帆ちゃんが出会うきっかけとなった小説だ。
あの小説の新刊を棚から取ろうとした時、偶然わたしと夏帆ちゃんの指先が触れ、夏帆ちゃんと友達になれた。
……待って、今、「私が手掛けた」って言わなかった?
「モノノ怪学園シリーズの作者なの、私」