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カンダタの藁  作者: KEY
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第三話 おりゃせ、よりゃせ


村人が、独特の節まわしのお囃子を口にしながら組まれた竹の周囲をゆっくりと歩いている。その様子を、棚田は夢中でビデオカメラにおさめていた。

「お~りゃ~せぇ~」

「よ~りゃ~せぇ~」

「お~りゃ~せぇ~」

「よ~りゃ~せぇ~」

歩くのは瀬古の老人達の役目のようである。と言っても、若手であろう人員も六十代前後のようである。棚田と同年代と言えそうな人物は、ほぼいないようだ。

いや、一人だけ、いた。

混じっている者がいる。

男たちの中でも目に付く若さの彼は、田舎に似つかわしくない筋肉質なというか性的ホルモンがムンムンしていると言おうか、男っぽい格好よさがある。そして、背が高い。おそらく、軽く180センチを超えているだろう。身体的な特徴のみならず、彼は、端的に言ってハンサムなのである。

そんな一際目立つ彼は、控えめに手水舎に隠れるようにひっそりと立っていた。

せっかく若者が顔出ししているというのに、本格的に参加していないのはさみしいというよりは残念なのではと棚田は思った。それとも、参加するための資格のようなものがあったりするのだろうか。

――それか、何か細かな仕来りのようなものでもあるとか?

考えられなくもない。が、何処も伝統を受け継がせる為に十代二十代若者もやりたい関わりたいと言えば、大喜びで積極的に関わらせているものだ。なのに、手持ち無沙汰感丸出しで突っ立たせているのはどういう事だろう。

――この町では細かな制限のようなものが、まだまだ残っているのかな?

そうこうする間も、お囃子は続いている。

節まわしは、ピアノの鍵盤でいえば黒鍵盤、つまり半音の音程ばかりを使用していた。平坦から上がり、上がってから下がるという、単純な音のくり返しである。

民謡などでは、お馴染みの音程だ。

日本だけでなく、世界中、どこの国でも古い歌にはよく半音が使用されている。母親の胎内に居たときに耳にしていた心音がこの様に聞こえていると言われており、そこの国でも表現しようとすると似たような音程になるらしい、と聞いたことがある。

 ――そうなのかな?

 確かに懐かしいが、聞き続けていると何となく不安になってくる。ここは既に、手厚い庇護下にある体内ではない、腹の中から放り出されている自分を自覚せよ、とせっつかれているようにも感じられるのである。

いつの間にかとっぷりと陽が落ちて、境内は暗くなっていた。境内の灯籠に火がはいり、社の左右に篝火がたかれると、何もかもの輪郭がぼんやりと緩んで、持ち上がるに照らされる。

すっかり棚田が気に入ったらしい蒔蔵は、訊かれてもいないのにお囃子の説明をし始めた。

「お囃子のな、おりゃあせ、はな、神さんよ、ござらっしゃるか、と聞いとるわけやな。よりゃあせ、はな、神さんよ、ござらっしゃったらちぃっと寄ってってんか、とまあ、そういう呼びかけなんや」

「はあ、なるほど、そんな意味が」

 頷きながら、棚田は頭の中でそれぞれ漢字変換をしてみた。

 おりゃせイコール居りゃせ、よりゃせイコール寄りゃせ、という感じだろうか。

「昔はな、瀬古におる年男が、お役目さん、言うて、呼び子をさせてもろとったんやがな、どうにも、人が足りん。そんで、瀬古の代表がやるようになってったんやな」

つまり、あの唯一混じっている青年は年男で、だとすると、自分とより近い年上の年男ならば三十六歳だ。

「なるほど。僕の田舎でも人が少なくなって、お祭りの時に必要な役が出せなくって、お祭り自体を交代制にしてしまいました」

「ほうか」

蒔蔵は、笑った。

自分たちの町内だけでなく、どこもカツカツで伝統を支えているのだと知ってなお、どこか小馬鹿にしているような、そんな、引っかかりを感じる笑い方だった。

「お囃子が済んだら、瀬古の代表さんらが八幡さんにお供えものをして、今日はおめえや。夜中すぎたら、お供物で太鼓で村中に粥占いのお知らせしてまわるんやが、これを『おふれさん』、いうんやな」

「なるほど、独特ですね」

「おふれさんが神社にけえってきよる頃合いに、夜が明けよる。そしたら、粥を炊く火がへえる」

蒔蔵があごをしゃくった先で、瀬古の代表役の男たちが、白い裃に着替えていた。せめて社務所で行えばいいものを、手水舎の軒下で、お互いにひっつきむしのようになりながら、苦心して着替えており、棚田は思わず吹き出した。

「どうも、みっともねえところを見せてまっとるな。わけもんらは、裃もよう着られんで、かなわんわ」

また、蒔蔵は笑った。

確かに、蒔蔵からすれば町内の殆どの者は年下の若造になってしまうだろうが、それにしても言いようがあろう。今度は、あからさまに蔑みの成分がにじみ出ている。背中に、ヒヤッとするものを感じながら、棚田はそれとなく話題をかえた。

「あ、あの、さ、左義長といえば、僕の田舎もそうなんですけど、粥占い、よくやりますよね」

「左義長で手習いの紙燃やすと、字が達者になる、とも言われとるわな」

「僕の田舎でもです」

「左義長以外の祭りの取材やらも、するつもりなんか?」

「はい、ご迷惑でなければ、是非にと」

土井教授のつもりで了承を得た取材であるからと棚田が下手に出て頭を下げると、蒔蔵には痛快に映ったらしい。 

ふぇっへっへ、と独特の笑い声を上げた。つまり、蒔蔵は虚栄心がよほど強い人物なのだろう。そして、一事が万事、はいはい、と顔を真っ赤にして頷き返し、感嘆してみせる棚田が、蒔蔵は大のお気に入りになったようだった。

「来やええやろが、何でも教えたるわい」

「はい」

機嫌が良くなっている隙を見逃す手はない、とばかりに、「では早速」と棚田はメモ帳を取り出した。

名刺を渡そうとした折の態度からしても、蒔蔵はボイスレコーダーでやりとりをこっそり保存するなどという行為に憤慨し、拗ねるであろうから、秘密にしておかねばなるまい。ばれれば、最悪、取材拒否されるに違いない。

「あの、バス停の所にある灯籠なんですが、あれは常夜灯だったのでしょうか?」

「そうや、あれの事を、お灯明さん言うとるのやが、縮まってな、おあけさんになったんや。実の所はやな、おあけさんはお伊勢さん詣での事やったんや」

「お伊勢さん詣で? そうなんですか?」

江戸時代中期以降、街道が整えられたこともあり、庶民の間で伊勢神宮への参詣が流行した。いわゆる、お伊勢講という言われるものだ。極度の移動制限が課せられていた農民たちにとって、お伊勢さん詣では自由が満喫できる、一生に一度有るか無しの一大レジャーだったのである。

「各瀬古の年男、つまりお役目さんがやな、それか、代表者が行くことになっとったんや。これを、『だいさんさん』、言うのやが、今はもう殆ど知られん言葉やな。で、『だいさんさん』が貰うてきよったお札はやな、昔は庄屋様が、今は自治会長の家の神棚さんに預かってもうとってやな、最後は左義長でお返しするんやな」

「お伊勢さん詣でといえば、農閑期に行われる事が多いですけど、七月にやるのは珍しいですね?」

「ほや、この辺りでも、昔は冬場に行かせて貰うとったんや。夜中に出発して、六泊七日程度の旅程やったそうや」

「なるほど」

「昔は堤防の補強改修工事が、村の共同作業として入っとったからな。お伊勢さんに行ける順番が回ってくるのが楽しみやったゆうて、お坊主の頃に、よお爺さんに寝物語に聞かされたもんや」

確かに晩春から中秋まで、台風や前線の影響があれば即洪水に見舞われる土地柄である。農閑期は生命線である堤防の補修に務めるのが先で、神頼みもその一環だったのだろうし、大変な重労働である工事から大っぴらに逃れられる詣でに参加するのは待ち遠しい事だっただろう。

「では、なぜ、夏場に?」

「ふん、まあ、七月が定着したんは戦後ちょっとしてからやな。本格化しよったのはバブル期になってからや。まあ、農作業が楽になってきて冬場の旅行は辛うなってきた、どうせ行くならのんびり行きてえわ、言うんが本当のところやわな」

「なるほど」

「ま、今は、お伊勢さん参りのバスツアー頼んで、びゃーっと行ってしまうがな」

「バスツアーですか」

「便利な世の中になったもんやわな、ほんまに」

棚田と蒔蔵のでこぼこコンビがおかしいのか、おはやしと着替えを終えた瀬古の男衆たちが、今度は白木の三方に供物を用意しながら、からかってくる。

「よぉ、蒔蔵さおじっさよ、学者先生にご高説たれられて、えれぇご満悦やな?」

「ふぇっへっへっへ、どやな、うらやましいやろ?」

肩をゆらしながら、蒔蔵は愉快そうに歯を見せて笑う。男衆たちも、屈託のない豪快な笑い声をあげた。供物の撮影しても良いかどうかを、棚田は蒔蔵に尋ね、了承を得てから、三方にデジカメとビデオを向ける。

「なるほど、お供えものは、お米に、麦に……あ・ずき……に、……ざっ、こく?」

呆然として言葉が出なくなった棚田は、瀬古の代表の男衆たちが遠慮もなく声を出してからかってくる。

「どや? ええ考えやろ、学者先生さんよ?」

「は、はぁ……」

「わしらのな、ここはな、ちっとばかし違うんや」

言いながら、にいっと蒔蔵は笑い、こめかみの辺りをトントンと指先で叩いてみせる。

三方の上には、お米と麦とならんで、『炊飯器にこのまま入れて炊くだけ!』という生協の宅配便マークが入った雑穀米のパックと、小豆ご飯のパックが置かれていたのだった。

「今の世の中、雑穀だの五穀だの、逆になかなか手に入らないもん」

そう言って、みくが棚田にウィンクしつつ親指を立てた。茶目っ気たっぷりの仕草に、棚田も苦笑いしか出てこない。

蒔蔵は、白の裃に着替えていない為、お社の中にあがるのは控えるが、背後から何もかも指示を出さずにはいられないらしく、一緒になって、せかせかと社の方と歩いていった。三方は、他の瀬古代表の男衆たちが手にして、拝殿に上がっていく。

その間に、蒔蔵が棚田のカメラの前にふい、と杖の柄をさしだしてふってきた。

「さて、学者先生さんよ。こっから先は、ビデオやカメラは遠慮してもらおか。だいじな神さんやで、『見せもの』にしたないんや」

「はい。ここまで撮影させていただけただけでも、十分すぎます。すばらしい取材ができました、ありがとうございます」

素直にカメラとビデオを引っ込めて電源を切ってファインダーにフタをする棚田に「学者先生さんは、年寄りの言うことに対して素直やな」と蒔蔵は頬をゆるめた。気難しく頑なな老人ほど一度人を気に入るととことん、となるのは全国共通のようだった。

「夜中の十二時を過ぎよったら、粥占いの『おふれさん』が村中まわりはじめよるでな、コミュニティセンターの前も通るように言うといたるで、いっしょにこっちに出てきたったらええわ。その先は、カメラに撮ってもろて、一向にめへんでな」

「はい、ぜひ」

棚田は寒さに鼻の頭を赤くしながら、何度も何度も頷いたのだった。


次話:護田満夫

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