序
土井教授の専門は民俗学である。
日本有数の水郷の里における生活とそれに密着した伝承のなぞをひも解くことに研究テーマの主軸を置いており、この分野においての第一人者として学会でも知られている。
今回、教授が訪れる予定だった町、というよりも村は、その中に残された、貴重な複合輪中堤の中の一つである。
この輪中堤の成り立ちは古い。
資料によれば、江戸時代以前と伝えられている。それこそ大小合わせてごまんとあったが、『昭和の堤防切り』と言われた輪中堤撤去運動により、殆どが姿を消した。
その荒波、いや洪水を乗り越えて、今なお昔ながらの輪中暮らしを保持し、古い伝統を伝えている貴重な町だった。
海抜ゼロメートル地帯が続く地域であり、過去に大きな水害の被害に幾度もあってきた土地で、それらを題材にした、民話、神話、言い伝えを繋ぐ対象、つまり、祭りの取材が取材対象である。
この地の祭りは独特で、県の重要無形文化財に指定されていた。この無形文化財となっている祭りに重点を置いて取材する計画を、土井教授はたてていた。
『複合輪中堤の過去から現在、そして未来における存在意義としての祭典』
今回の研究主題を、土井教授はそう銘打っていた。
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