6 美術クラブでの再会
繋ぎ回なので短めです。
明日の投稿が最終話となります。
今日はルカ様が騎士団をお休みする日だったので前々から計画していた美術クラブへの恩返しをしに行くことにした。その後はルカ様の家でお喋りをしたあと、ジュリア様とカイゼル様を呼んでお茶会をする予定になっている。
「アイリス、美術クラブに行くのは久しぶりだよな?」
「はい! 卒業してから初めて行きます。ルカ様、一緒に来て下さってありがとうございます」
「これを理由にアイリスと出掛けられるんだ。喜んでお供するさ」
ルカ様のエスコートで学園に入り、美術クラブの活動棟に移動したけれど、事前にお手紙を送っておいたおかげで手続きがスムーズだった。
「先生、お久しぶりです。アイリス・ホルトです」
「アイリスさん、久しぶりね。しばらく見ないうちに綺麗になったわ」
美術クラブ顧問のクラリス・ケリンワード先生がお出迎えしてくれた。クラリス先生からは相変わらず優しさが溢れていた。お世話になった方にこんなことを言ってはいけないけど、本当に癒される……
「本当ですか? 嬉しいです! ところで、お手紙でもお知らせしたのですが今日は寄付をさせて頂こうと思って訪問しました」
「とても助かるわ。本当に良いのかしら?」
「はい! 実は、入部した時に頂いたスケッチブックで騎士団が訓練しているところを絵に描いていたんです」
ジュリア様が買い取ってくれたから手元にはないけど、あのスケッチブックの事は今でも大切な我が子のように思っている。
「入部した時というと……カルバス様から寄付して頂いたスケッチブックかしら?」
「はい! そのスケッチブックに興味を持って下さったのがジュリア・ヴァレスティン様なのです」
美術クラブでもらったスケッチブックに描き続けた絵を購入してくれたジュリア様の事、そこから縁が出来てルカ様と婚約する事が出来たと説明するとクラリス先生は目に涙を浮かべて『おめでとう』とお祝いの言葉を贈ってくれた。
「OBの皆さんが寄付をして下さったおかげで好きなだけ絵を描くことが出来て、本当に嬉しかったんです。どうか恩返しの寄付をさせてください」
準備しておいた小袋にはジュリア様から貰った金貨のうち4分の1に当たる金貨50枚が入っている。大金だけど、私の代わりにルカ様が運んでくれたので強盗に遭う心配をせずに済んだ。
「それと、画材を扱う商会に私も愛用しているスケッチブックを50冊注文しました。今週中には届くと思います」
「まぁ……! こんなにたくさん、ありがとう。大切に使わせて頂きます。使用した金額の明細は年度が終わる際に一覧にして届けさせるわね」
「年度末でしたらヴァレスティン家の方に送って下さい。その頃には私の妻になっているでしょう」
ルカ様にそっと肩を抱かれる。1年後には結婚しているという事を意識してしまったせいで頬が熱くなるのが分かった。クラリス先生も嬉しそうに微笑んで『分かりました』と答えてくれた。
「おや? そこにいるのはグレイシーさんじゃないか?」
背後から聞こえてきた声には聞き覚えがあった。というかこの人の声を聴き間違えることはない。だって、この人は私の恩人の……
「カルバス様! お久しぶりです!」
上級貴族でありながら美術商もしているスクラート・カルバス様だ。学生時代に私が描いた絵のほとんどを購入してくれた大恩人。カルバス様のおかげで臨時収入を得ることが出来た上に、美味しい串焼きを騎士団に差し入れすることが出来たのだ。
「婚約したと聞いたよ。おめでとう」
「はい、ありがとうございます!」
カルバス様は上級貴族だからヴァレスティン家とも関りがあるのかもしれない。普段と変わらない様子でルカ様と挨拶を交わしていた。
「ところで、新しい絵を生み出したとか? 良かったらまた購入させておくれ」
「は……」
「アイリスは私の婚約者です。今後はヴァレスティン家を通してもらいましょう」
危ない! 安請け合いする所だった!
「カルバス様が私の絵を購入して下さったおかげで今の私があります。それに、カルバス様が寄付して下さったスケッチブックに描いた絵をきっかけにして、ルカ様と婚約することが出来たんですよ。本当にありがとうございました」
「アイリスさんから多額の寄付を頂きましたの。カルバス様が繋いで下さったご縁に感謝します」
「ははは! 私の目に狂いは無かったという事だな」
カルバス様はご機嫌に笑っていたけど、ルカ様は『アイリスの絵……今からでも回収できるか?』とブツブツ言っていた。ハッキリ言って、学生時代の絵は実力がバレないように手を抜いていたからルカ様に見られるのは恥ずかしい。どうか私の拙い絵の事は早めに忘れてほしい。
「クラリス先生、また美術クラブに来ても良いですか? カルバス様みたいにたくさんの支援は出来ないかもしれませんが、デッサンの指導や助言ならしてあげられると思います」
「えぇ、是非お願いするわ!」
「いい心掛けだ。一緒に若手を育てていこうじゃないか!」
学生時代は助けられるだけだった私が、誰かを救う立場になれた事が本当に嬉しい。これからもたくさんの絵を描いて、お金を稼いで、画家の卵達を助けていこう。それが美術クラブへの一番の恩返しになると思う。
「次の予定がありますので、これで失礼します」
「カルバス様、クラリス先生、さようなら!」
ルカ様に肩を抱かれたまま方向転換させられて美術クラブの活動棟を後にした。先生もカルバス様も笑って見送ってくれたよ。
「アイリス、彼とは親しいのか?」
「親しいというか……私の恩人です。美術クラブのOBは寄付をしてくれる人の他にも、学生の絵を買って育てるタイプの人がいるんです。カルバス様はその両方をしていた人で、私が描いた絵をほとんど購入してくれたんですよ!」
そのおかげで騎士団に差し入れをする事が出来たんだけど、ルカ様は私からの差し入れって事は知らないだろうからこのまま黙っておこうかな。匿名で差し入れしていたのに後から名前を明かすなんてちょっと恩着せがましい気がする。
「アイリス、家に帰る前に寄りたい場所があるんだが構わないか?」
「はい! 午後のお茶まではまだ時間があるので大丈夫ですよ」
行き先が分からないまま馬車が走り出した。
いつもお喋りに付き合ってくれるルカ様は何か考え込んでいるようで、ずっと黙ったままだった。どうしたんだろう……?




