5 イケメンは正義
――ヴァレスティン家でのお茶会から2日後。私は、ホルト家にやってきたソフィア様から謝罪をされていた。
「ソフィア様のお話をまとめると、1週間後に義妹を紹介すると言ってお友達に招待状を配っていたということで合っていますか?」
「えぇ、そうなの……」
「問題は、招待客がアイリスお義姉様のことを誤解したままという事ね」
ジュリア様も付き添いで来てくれていて、難しい顔をしている。
「うーん……裏技を使って婚約をしたのは事実なので、私が悪く言われる事はそんなに気にしなくても良いとは思うのですが、ヴァレスティン家を下に見られるのは困りますね」
「アイリスさんに事情があって、しかもこんなに素敵な方だと思わなかったので嫌がらせするつもりでお茶会を計画してしまったの。本当にごめんなさい」
しかもその日はルカ様が遠征に行く日で、私にはお茶会の開催を前日に知らせるつもりだったようだ。参加したとしても準備不足で恥をかかせることができるし、突然の欠席をした場合は無礼者扱いをさせるつもりだったらしい。貴族は怖い。
「変わり者と噂の令嬢が嫁いでくるそうね、あなたも騎士団の演習場に日焼けをしに行くの? と冷やかされる前にアイリスさんだけが注目されるようにしてしまおうと思っていたの。何度謝っても足りないくらいだわ」
中々えげつないやり方だとは思うけど……上級貴族として、ヴァレスティン家の嫁としての立場を守るための行動だから仕方ないと思う。むしろ何でもかんでも打ち明けてくれるソフィア様のことが大好きになってきた。
「それにアイリスさんが困れば良いと思って、子ども達も連れてきて構わないと伝えているの。5歳以下の子たちだから少し騒がしくなると思うわ」
お友達が5人、お子様が8人。自分たちも含めると総勢16人のお茶会になるらしい。ソフィア様から何度目かの『ごめんなさい』を頂いた。そんなに気にしなくて良いのにな。むしろ貴族の流儀を学べて有難いと思っているぐらいだよ。
「アイリスお義姉様の絵を飾ろうかしら?」
「そうね、あの素晴らしいマティアスの絵を見せるのが一番良いかもしれないわ」
「ちょっと待ってください。あと1週間ありますよね?」
お子様達の相手をしつつ、ソフィア様のお友達を絵で黙らせる、一石二鳥の良い方法を思いついた。1週間もあれば良いものが作れそう。なんだかワクワクしてきたぞ!
「将を射んとする者はまず馬を射よ作戦です」
「馬? アイリスお義姉様、今はお茶会の話をしているのよ」
「目標を達成するためには、まずその相手が大切にしているものから攻略しなさいという古い格言のようなものです。まずはお子様達を満足させて、同時にお母様方を攻略します! メリッサ様やソフィア様が攻略されたように!」
マティアス様の絵を見た瞬間に手のひらをクルッと返した事を思い出したのか、ソフィア様が照れ笑いを浮かべていた。
「1週間もあれば準備できます。当日を楽しみにしていて下さいね!」
ジュリア様とソフィア様は心配そうにしていたけれど、私が自信満々で『大丈夫ですよ!』とアピールしたら何とか納得して帰ってくれた。
ちなみに、ソフィア様の企みについては未遂に終わったのと、事前に色々と打ち明けてくれたので水に流して忘れる事にした。貴族のやり方を勉強させてもらったという事にしておこう。
心配させないように、ルカ様にはこのようなお手紙を出しておいた。
『ソフィア様のお友達に紹介して貰える事になりました。ルカ様が社交はしなくて良いと言って下さったけど、誘われたことが嬉しかったのでお茶会を楽しんできます。新しい絵を描いていくつもりなので、お茶会が終わったらルカ様も見てくださいね。
今週は遠征の準備があるから会えなくて寂しいけど、帰ってきたらたくさんお喋りしましょうね。
あなたの子リスより』
自分で『子リス』を名乗るのはちょっと恥ずかしかったけど、ルカ様ならきっと喜んでくれると思うから頑張ってみた。ルカ様からは作業中でも片手で食べられる焼き菓子と、紫色の可愛らしいドレスが贈られてきた。あとでジュリア様に教えてもらったけど、この素敵なドレスは王都で大人気のデザイナーがいるドレスショップに金貨を積んで特急仕上げをしてもらったらしい。ルカ様が遠征から帰ったらたくさん御礼をしよう……
――そして迎えたお茶会当日
「皆さん、ようこそ。今日はルカの婚約者になったアイリスさんを紹介するわ。仲良くしてちょうだいね」
ジュリア様とソフィア様がどんなふうに働きかけたのか分からないけど、当日にヴァレスティン家に行ってみるとメリッサ様が招待客を出迎えてくれていた。
お茶会のホストであるソフィア様ではなく、わざわざ当主の妻がやってきて紹介をしたのはルカ様の色に身を包んだ私。これはヴァレスティン家がこの娘を大切にしていますよ、というアピールだ。
お友達の皆様はここで『おや? 聞いていた話と違うな』と思ったようだが顔には出さずに挨拶をしてくれた。メリッサ様はここで退出したけれど、紹介役をしてくれたおかげで出だしは好調、あとは自分の力で乗り越えるのみっ……!
「アイリスさんは絵が得意なのよ。マティアスの絵を描いて頂いたのですけれど、これがもう素晴らしくて……後で皆さんにもお見せしますわ」
全員の自己紹介が済んだ後でソフィア様が私に有利な流れを作ってくれたので、これに全力で乗っかることにした。
「お近付きの印に作品を持ってきましたの。子どもたち、ここに集まってくれないかしら?」
あらかじめ用意してもらっていた場所に移動すると、マティアス様を先頭にして子どもたちが集まってくれた。私が座る椅子から見て扇状に椅子を配置してもらっているだけでなく、お友達の皆さんはテーブルから動かずにこちらを見ることが出来るような配置になっている。
「さぁ、紙芝居が始まりますよー!」
この日のために紙芝居を作ってきたのだ! 全12枚! しかもフルカラー!
見たこともない絵と聞いたこともないお話に子どもたちはすぐに夢中になるだろう。大人向けには劇場で演劇を見たりオペラを聞いたりするなどの娯楽があるけれど、子ども向けの娯楽が少ないこの時代で一度味わった楽しさは簡単には忘れられない思い出になるはずだ。子どもたちがこの紙芝居をまた見たいと言い出したらお母様方は私に頼むしかないのだ。
ヴァレスティン家を下に見るとお子様の願いが叶えられなくなりますのでそこんとこよろしくゥ! という気持ちで仕上げた。私もソフィア様を見習って貴族らしいやり方を考えてみたのだ。
「末っ子セリオの騎士物語」
1枚目はシンプルにタイトルだけ。騎士に憧れる子は多いのか、タイトルを告げただけで目を輝かせた子が数名いた。
「あるところに、騎士になったばかりの少年セリオがいました」
セリオは15歳ぐらい。可愛い系の美少年でサラサラの髪がチャームポイントだ。表紙をめくってセリオの絵が見えた瞬間、目をキラキラと輝かせたお母様が居た。きっと少年が好きなんだろう。
「セリオには二人の兄がいて、二人とも立派な騎士として活躍しています。一番上の兄はアーサー」
紙芝居を1枚めくると一人のお母様がピクッと反応した。アーサーは24歳ぐらいでワイルド系のイケメン。体格が良くてロングソードを愛用している。この絵ではアーサーがセリオの頭を撫でている場面だった。
「そして、二番目の兄はバルド」
さらに1枚めくると数名のお母様が反応した。バルドは19歳ぐらい。少年から青年へと成長した正統派イケメン。スラっとした体格で弓を得物にしている。この場面ではバルドがセリオの肩に手を置いて短剣の使い方をレクチャーしている場面だった。
子どもたちだけでなく、お母様方も紙芝居に目が釘付けだった。『将を射んとする者はまず馬を射よ』作戦と『イケメンは正義』作戦の効果は抜群だ!
「ある日、王都の近くにある森に見た事のない魔物が出たという知らせがありました。騎士団が遠征をして魔物を討伐することになったのです。セリオはこの討伐が初陣でした。緊張で眠れない夜を過ごし、騎士団の皆と一緒に王都を出発しました」
武装した騎士団が森に向かって遠征していく様子だ。私は背景にも手を抜かないよ! 美術クラブで鍛えた風景画の威力に驚くが良い!
「そこには見た事のない魔物がいました!」
魔物は触手タイプにした。
「いやー!」
「こわいよぉ!」
「魔物は切りつけるたびに増えていきます。そして部隊の後方にいたセリオの元にも魔の手が忍び寄ってきました」
どうだい? シュルシュルッ! って音が聞こえてきそうでしょう?
「ああ、なんということでしょう! セリオが捕まってしまいました!」
「きもちわるいー!」
「にょろにょろいやー!」
触手に絡め取られるセリオ!
うかつに手が出せなくて焦るアーサー!
弓を引き絞って狙いを定めるバルド!
「さぁ、皆でセリオを応援して!」
「セリオーまけないでー」
「セリオがんばえー!」
「セリオ! 頑張るのよ!」
皆の声援を受けながら素早く紙芝居をめくる。読み聞かせをする時はこういう演出も大事だよ。
「そのとき、セリオは触手の中にキラキラと光る核があるのを見つけました。力強く戦うアーサーのように、繊細な操作で正確に狙いを定めるバルドのように、セリオはその核に短剣を突き刺しました! 魔物の力が弱まったぞ! アーサーが飛び出していき、目にも留まらぬ早業で魔物を切り裂きます。そのとき、魔物に捕まっていたセリオが空中に投げ出されましたが、下で待機していたバルドがしっかりとキャッチしました」
ここが一番力を入れて描いた場所だ。
勇ましく剣を振るアーサー、バルドにお姫様抱っこされた(触手の液体でちょっと濡れている)セリオ。
「セリオのおかげで魔物の弱点が分かったので、あとは騎士団の全員で魔物を倒しました。兄弟で力を合わせたら、こんなに強い魔物でも倒すことができると分かりました」
ここで、タイトルを書いただけの表紙を一番前に持ってきた。ここから紙芝居のまとめに入るよ。
「ここに居るお兄さんやお姉さんはアーサーやバルドのように弟や妹を守ってあげてくださいね。下の子たちは、お兄さんやお姉さんをお手本にして学ぶと良いですよ。そして、兄弟で力を合わせてお家を盛り上げていってください。これで『末っ子セリオの騎士物語』はお終いです」
貴族では跡取りの問題があるので複数の子を持つことが一般的だ。ここにいる子ども達にも兄弟が増えることが予想されるからこの内容で良かったと思う。その証拠に同じ内容の紙芝居なのに3回もやらされた。
お母様方の食いつきも良くて『セリオ物語の新作が出たら披露会に招待してほしい』と懇願された。漫画っぽい絵を公開できた上に触手と美少年の絡みも描けたし、お茶会は上手くいったし、良い結果になったと思う。私の絵を公開できる機会を作ってくれたソフィア様に感謝したいぐらいだ!
招待客の全員をお見送りしたあと、ヴァレスティン家の皆の前でもう一度紙芝居を読むことになってさすがに疲れたけど、皆が楽しんでくれたから私も嬉しかった。マティアス様に至っては5回目になるのに目を輝かせて鑑賞してくれたよ。
――それから数日後、遠征から戻ったルカ様がホルト家に遊びにきてくれたので紙芝居を披露してみると少年のような笑顔を見せてくれた。
「これは素晴らしいな! アイリスは天才だ! 特にアーサーが魔物を倒すところが素晴らしい!」
「ふふ、ありがとうございます。ルカ様に褒めてもらえて嬉しいです」
「それにしても……アイリスはグリントマーレを知っているのか? 形は違うが特徴がよく似ている」
「グリントマーレ? なんですか?」
話を聞いてみると触手タイプのグリントマーレという名前の魔物が実在するらしい! 切ると増殖すること、核を攻撃すると弱体化することが一致していたみたいだけど、さすがに偶然です!
「魔物図鑑とか作ったら騎士団の勉強に役立つかもしれませんね!」
「魔物、図鑑?」
「植物図鑑ってあるじゃないですか。あれみたいに魔物の絵を描いて、特徴とか出現する時期とか、取れる素材とか弱点をまとめておいたらセリオみたいな新米騎士でも周囲を警戒できるんじゃないかなって思って」
ありそうで無かった魔物図鑑。
ビジネスチャンスの予感がするよ。
「騎士たちがそれぞれに持っている知識をまとめて図鑑にする……なるほど、素晴らしいアイデアだ!」
「ルカ様、魔物の絵は私が描きますよ。遠征にもついて行きたいです。スキルを使えば遠くから観察できますし……」
そう提案してみたけど、ルカ様からは『アイリスに危険な事はさせたくない』と断られてしまった。
「それに、他の騎士たちにアイリスを見せたくない」
「私はルカ様の婚約者ですよ?」
「それでも、だ」
ソファに隣り合うように座っていたけれど、ルカ様の手が伸びてきて、あっという間に膝の上で横抱きにされてしまった。
「長い間、君の事を想っていたんだ。やっと手に入れた、大切なアイリス」
「ルカ様……」
「王都は私が守る。だからアイリスは安全な場所に居てほしい」
「分かりました。ルカ様が遠征に行くのは寂しいけど、良い子で待っていますね」
その答えに安心したみたいだ。ルカ様は私の前髪をそっと避けると額に触れるだけのキスを落としてくれた。
「ルカ様、唇は……結婚式までお預けですか?」
「私の子リスはおねだりが上手だな」
ルカ様が優しく微笑んだ。
柔らかな日差しが差し込む午後、二人だけのお部屋。
私とルカ様は初めてのキスをした。
「アイリス、愛してるよ」
「……はいっ!」
恥ずかしくて、私も愛してるって言えなかった。
それでもルカ様が嬉しそうに笑ってくれて、私も嬉しかった。ルカ様のことが大好きって、次はちゃんと伝えたいな……