記念SS 宝物の羽ペン
電子書籍の発売記念SSです。
結婚後のお話。
急ぎの要件があってルカ様が休日出勤になってしまったので、私はアトリエにこもって筆記用具のメンテナンスをすることにした。
作業机に所狭しと並ぶのは鉛筆、万年筆、羽ペンだ。
ルカ様に自作の体格差エロ漫画が見つかった時に『女神様の愛し子』の事を教えて貰ったのだけれど、鉛筆や万年筆は過去にこの世界に生を受けた『愛し子』が開発したものだそうだ。
過去に開発されたといっても万年筆は超高級品なので、学生時代は羽ペンをよく使っていた。実は、鉛筆もそこまで安くはない。だから美術クラブで鉛筆を支給された時は本当に嬉しかった。
「万年筆、さすがに集めすぎだよね……」
Gペンや丸ペンの代用として万年筆を買い集めたのだけど、使用感によってはほとんど使っていないものがある。お店のおじちゃんに、万年筆は使わずにいると中でインクが固まってしまうので、毎日使用することが一番のメンテナンスになると教えてもらったけど……このままだとせっかくの万年筆が無駄になってしまいそうだ。
「使用人の皆に渡したら使ってくれるかな」
絵を描くには向いていないけど、文字を書くことには何の支障もない。別邸の使用人はそんなに多くないから全員にプレゼントしてもちゃんと行き渡る。あとで執事のブランに相談してみよう。
「お金があるから爆買いしちゃったけど、今後の買い物は慎重にしないといけないね」
そんな独り言を呟きながら、万年筆は1本ずつ慎重に洗浄を行った。インクを補充すればすぐに使えるようになるはずだ。
鉛筆は使いやすいように削っておき、羽ペンもペン先をナイフで削って形を整えた。休日を一緒に過ごすはずだったルカ様が留守にしていて寂しかったけれど、結果的には良い時間になったと思う。
「最後はこの子!」
黒い布に包んだ羽ペンは私の宝物だ。
「今日も綺麗だね」
なぜなら、羽がちょっとだけ光る。
羽自体の色は輝くような純白なのだけど、この羽は風に当たると青白い光を放つのだ。拾った時はもっと強い光だったけど、4年が経った今では本当にうっすらとした光に落ち着いている。羽としての寿命が近づいているのだと思う……もしかしたら、私が何度も息を吹きかけて光らせたせいで寿命が縮んだのかもしれない。
万年筆を加工してペン先にこの羽を装着できるようにしたので、私にとっては特別製の羽ペンなのだ。前世で見た事がある『羽飾りがついたボールペン』をイメージして、ホルト家で暮らしている時に修繕部門担当のワイヤードじいちゃんに作ってもらった。光る羽を見せたら驚かせてしまうと思ったので、これと同じ大きさの羽を渡して全体のバランスを整えてもらったのだ。
――コンコン
「アイリス、ただいま」
「ルカ様?」
アトリエに入って来たのは愛しの旦那様だ。
汗を流してきた後なのか、髪が少しだけ濡れている。
「お帰りなさい! 急ぎの仕事はもう大丈夫でしたか?」
「アイリス、なぜそれを持っている?」
笑顔を浮かべていたルカ様は、私の手に握られている羽ペンを見ると一瞬で顔色を変えた。
「えっ、これは……羽ペンですけど……」
「それはルミナリー・フェントの羽だろう?」
ルカ様がツカツカと足音を立てて近づいてくるので、椅子から降りて同じだけ距離を取った。
「こちらに渡しなさい」
ルカ様の顔が怖い。
どうして怒っているんだろう。
4年前に拾ったことが、バレたのかな。
「ルミナリー・フェントは4年前に私が討伐したのを最後に目撃されていない」
そうだ。これは、4年前にルカ様が首を落としたという魔物の死骸から落ちた羽だった。
「さぁ、アイリス。早く渡しなさい」
「いや! だってこれは、私の宝物なんだもん!」
「アイリス!」
走って逃げようとしたらすぐに捕まってしまった。抵抗したけど、あっという間に羽ペンを取り上げられてしまう。
「4年も前の羽が光を帯びているのはおかしいんだ。魔物の力が宿っている可能性があるものをアイリスに触らせるわけにはいかない。分かってくれ」
「魔物の、力?」
ルカ様は羽ペンを色んな角度で見ながら用心深く点検している。その真剣な横顔に、大変な事になってしまったと身体が震えてしまう。
「力は……感じないな。大丈夫そうだ」
返してもらった羽ペンには傷一つ付いていなかった。ルカ様が丁寧に扱ってくれたおかげだ。
「アイリス、どこでこれを手に入れた? ルミナリー・フェントを使えるのは王族か一部の上級貴族だけだ。普通は装飾品に使われる希少な羽をペンに加工するなんて……まさか、私以外の上級貴族が……」
ルカ様の目が光を失っていく。
もしかして、誰かにプレゼントされたと勘違いしてる!?
「違っ、違いますよ! これは凱旋のときに拾ったんです!」
「凱旋?」
「白鷲騎士団が珍しい魔物を倒して凱旋するって話を聞いたから、貴族街と平民街の境目ぐらいに見に行ったんです!」
騎士団が通る道にはたくさんの人が待っていた。私もその場所の端っこの方で、心臓をドキドキさせながらルカ様が通るのを待っていた。
愛馬に騎乗して騎士団の先頭を進んでいくルカ様は本当に素敵だった。
荷台には倒した魔物の死骸が乗せられていて、その姿が見えないように大きな布が掛けられていた。でも、突然吹いた風が布を巻き上げて、青白い光を放つ魔物が観衆の目に晒された。
そのとき、1本の羽が私の所まで飛ばされてきた。思わずキャッチしてしまったけど観衆は荷台に積まれている魔物に夢中で、こちらには気が付いていなかった。
「街の人たちが『騎士団長が止めを刺したんだってよ』と言っていたので、誰にも見られていないのを良い事にこっそり持って帰りました。でも、駄目だったんですね」
シュンと肩を落として落ち込んでいると、ルカ様がそっと私を抱き上げた。そのまま膝の上に座らされ、優しく抱きしめられる。
「討伐した魔物は女神様の教会で浄化をしてもらう決まりだ。素材に魔物の力が宿ったままだと稀に健康が害される事があるんだ」
「え、怖ぁ……私、何も知らなかったです……」
「アイリスは女神様の愛し子だから影響を受けなかったのかもしれないな」
つむじにチュッとキスを落とされた。さっきは本当に怖かったけど、いつもの優しいルカ様に戻ったみたいでホッとする。
「ルカ様、ルミナリー・フェントってどんな魔物なの?」
「数年に一度、繁殖期になると王都の周辺に出現する鳥型の魔物だな。羽が青白く発光するから夜空を舞う姿は中々に美しいぞ」
自分の意志に関係なく羽が光るってことは外敵に狙われるよね。もしかしたら、個体数も少ないのかもしれない。
「あの時は王都の近くにある町を荒らしたと報告があったから討伐対象になった。魔物の死骸は女神様の教会で『浄化』されてから解体をするんだが……発光する羽毛が得られるのは1体につき10枚あるかどうかなんだ。恐ろしく希少で、王家か上級貴族しか手に入れることができないんだよ」
ただの羽だと思ったけど、とんでもないプレミア商品だった!
「アイリスの宝物、か」
「……はい。羽ペンに加工したのは1年前だけど、それまでは黒い布に包んで持ち歩くようにして……ルカ様の事を考えたい時に取り出して、光らせていたの」
「私が倒した魔物だからこっそり持ち帰ったのか。アイリスが大切にしていたから、4年が経った今でも光を帯びているのかもしれないな」
いつもしていたように、ふーっと息を吹きかけてみると……青白い光が次第に弱々しくなっていき、まるで命が尽きたかのようにフッと光を失ってしまった。
「ちょうど、寿命が来たみたい」
「これからは普通の羽ペンとして使えるな」
「はい! でも、宝物に変わりはないですよ。だってルカ様が倒した魔物だもん」
「ふふ……私の子リスは、私を喜ばせる天才だ」
上機嫌になったルカ様。
もう一度、つむじにキスを落とされた。
「時間が短くなってしまうが商業地区でデートしようか」
「いいの?」
「宝物を収めるケースを買ってやらないとな」
「うん! 賛成です!」
そして、ふと思った。
あの時……風に乗って私のところに届いた羽は……女神様からのプレゼントだったのかもしれない。
団長さんとの繋がりをあげるよ
試練があるけど、乗り越えるんだよ
最愛の人と結ばれて良かったね
大切にしてくれてありがとう
これで羽は役目を終えるよ
都合が良い考えかもしれない。
でも、そうだったら……嬉しいな。




