5 ルカは嫉妬深い、とても嫉妬深い
時系列は番外編2ジュリア・ヴァレスティンの後ぐらいです。
今日はルカ様と二人でデートをするために商業地区までやってきた。
上級貴族のほとんどは自宅に商会を呼び寄せてお買い物をするのが一般的だ。生家のグレイシー家は下級貴族だったのでドレスや宝石などは商会に出向いてお買い物をしていたけれど、両親に溺愛されていたチェルシーと違って冷遇されていた私は家の外に連れて行ってもらえた事は一度も無い。
ルカ様がホルト家に遊びに来てくれた時にその話をしてみたら『次の休みは街に出かけてみようか』と提案してくれたのだ。今日は朝から侍女達に磨かれて、おめかしされて、お迎えに来てくれたルカ様の馬車に乗って商業地区まで移動したのだ。
ここカルディア国ではエリアがしっかりと分けられている。大まかにいうと王城周辺、貴族街、貴族向けの商業地区、学園地区、平民街という感じだ。関所があるわけではないので出入りは自由だけど明らかに身分の違いが分かる時は騎士団から職質のようなものをされる事もあるらしい。
各エリアごとに騎士団が配置されていて、ルカ様は学園地区を警護する白鷲騎士団の団長を務めている。
「わぁ、商業地区に来たのは初めてです! 思ったより賑わっていますね」
「人が多い分、トラブルも多いぞ。アイリスは私から離れないようにな」
ルカ様と手を繋いで、力強く頷いてみせた。本当はエスコートしてもらった方が良いのだろうけど……いかんせん身長差がありすぎる。10cmぐらいのヒールを履けば何とか恰好がつくかもしれないけど、ヒールに慣れていないから生まれたての小鹿になってしまいそうだ。
でも、ルカ様に『社交はしなくても良い』と言われているからエスコートの事はとりあえず忘れておこう。
「この辺から歩いてみるか? アイリスの気になる店があれば入ってみよう」
「はい! 楽しみです!」
手を繋いで街中を歩いていると、込み合っているはずなのに自然と人垣が割れていく。きっとルカ様から溢れだす高貴なオーラのおかげだろう。あと、後方に護衛が数名ついてきているから威圧感も出ているかもしれない。
「ルカ様、可愛い小物屋さんがあります」
「入ってみるか?」
ルカ様に手を引かれてファンシーな内装をした小物屋さんに入ってみた。お店がそれほど広くはないので護衛は店外で待機してもらっている。
「い、いらっしゃいませ。おっ、お気に召すものがあると良いのですが……」
こちらは下級貴族向けのお店なのかもしれない。お手頃価格のアクセサリーや髪飾りがいくつも並んでいた。でも、明らかに上級貴族と分かるルカ様に怯えているようで店主の女性がちょっとだけプルプル震えていた。
格が違うってこういう事なんだ、と納得する。家格に合わせた店を選ばないと、お店の人にも迷惑がかかってしまう。一つ賢くなった。
「ルカ様、この髪飾り可愛いね。子どもの頃、こういうのに憧れていたんです」
自分の瞳と同じ緑色の宝石が中央に飾られている青色のリボン。チェルシーが持っていたけど、あれで自分のポニーテールを飾れたら可愛いだろうなと考えた事があった。まぁ、すぐに諦めたよね。
今の私は下級貴族の娘ではなくて中級貴族ホルト家の義娘、そして上級貴族ルカ・ヴァレスティンの婚約者。私がこのリボンを着用する事は『格』が許さないだろう。
「店主、これを包んでくれ。あぁ、あとそちらのアメジストがついたリボンも一緒にしてくれるか」
「か、かしこまりました!」
いいの? という気持ちでルカ様を見上げてみる。
「欲しいものを諦める必要は無いぞ。次のお茶会ではこのリボンをつけて可愛くなったアイリスを見せてくれるか?」
「はい! ルカ様、ありがとう!」
なるほど、自宅で使う分には構わないという事か。
可愛らしい包装紙で包まれていくリボンを見ていると胸の辺りが温かくなるのが分かった。私の心の中にいる子ども時代の自分が慰められたような気がした。
「さぁ、次はどの店にする?」
「えっと……」
小物屋さんを出て通りを少し歩いてみると、お店に出入りするお客さんの服装で何となくその店の『格』が分かるようになってきた。お店の迷惑になったらいけないから入る店はちゃんと選ばないといけないな。
「画材屋さんに行っても良いですか?」
「もちろん」
私が画材を爆買いした商会の店舗がどこかにあるはずだ。ルカ様が護衛の一人に商会名を告げると『しばらくお待ちください』と言って姿を消した。調べに行ってくれたのかもしれない。
「ルカ様、騎士団の人が何人か歩いてますね」
「ここはトラブルが多いからな。いつもの巡回だろう」
商業地区を警護しているのは黒狼騎士団だ。白鷲騎士団とは騎士服のデザインが違うからすぐに分かった。
「え……? あの人は……」
「アイリス?」
たまたま近くを歩いていた騎士さんの顔には見覚えがあった。
「髭おいちゃん! 髭の、おいちゃんだ!」
「アイリス! 待ちなさい!」
走りだす直前、ルカ様に腕を引かれて制止させられる。そして、腕をガッチリと摑まれたままで騎士さんに近づいた。完全に自業自得だけど信用がゼロで泣けてくる……今の行動は完全に子どものようだった。突然走りだすなんて淑女がやる事じゃない。反省しなければ……
「あの、何か御用でしょうか?」
騎士さんの年齢は30代後半といったところだろうか、記憶にある顔は髭面だったけれど今は髭がなくて、渋めのイケオジになるちょっと手前という感じだった。
「髭のおいちゃん、私だよ。6年ぐらい前に平民街で保護してもらったの、覚えてる?」
「平民街だと?」
「平民街……」
ルカ様と髭のおいちゃんの声が綺麗に重なった。
「……あぁ! あのときの嬢ちゃん! っと、失礼致しました。立派なレディになられましたね。私のような一兵卒にお声がけ頂き光栄です」
私の服装と、一緒に居るルカ様を見て上級貴族だと判断したのだろう。おいちゃんは騎士の礼を取ってくれた。
ルカ様は胸元から何かを取り出して騎士さんに見せている。よく見えなかったけれど白鷲騎士団の紋章が刻まれていたから騎士団長の勲章のようなものかもしれない。
「名乗りを」
「はっ! 黒狼騎士団、第一部隊所属のマークス・ステイツと申します!」
「私の婚約者との関係は?」
やばい。こわい。
ルカ様の声が冷えっ冷え……
「6年ほど前でしょうか、こちらのご令嬢が一人で平民街を歩いていた事がありまして、明らかに下級貴族のお子様が護衛を撒いてお忍びをしているという雰囲気でしたので保護して貴族街までお連れした事がありました。また、当時は翠馬騎士団に所属していた為、髭を生やしておりました」
翠馬騎士団は平民街を警護する騎士団だ。平民を相手にするから威圧感を出すために髭を生やしていたのかもしれない。
「そうか。君のように正義感のある騎士が巡回をしているなら安心だな」
刺々しい雰囲気だったルカ様の表情が和らいだ。
「失礼、うちの者が何か……って、ルカ! 久しぶりだな!」
貴族と騎士のトラブルだと思ったのかもしれない。黒狼騎士団の制服を着た若い騎士が話し掛けてきたと思ったらルカ様の肩を軽くポンポンと叩いている。
「うるさい。気安く触るなといつも言っているだろう、グレアム」
「相変わらず冷たい男だなー。それで、うちのが何かしたか?」
グレアムさんはルカ様と知り合いで、たぶんマークスおいちゃんの上司だ。今もさりげなくマークスおいちゃんを背中にかばっている。グレアムさんは身長が小さめだから、あまり隠せてないけど。
「いや、私の婚約者と面識があるようだから少し昔話をしていた。彼は優秀だな。お前の部下だろう?」
「そうそう、翠馬から黒狼に引き抜いたんだよ。欲しいって言ってもやらねーぞ。マーク、下がっていい。巡回を続けてくれ」
「失礼します」
マークスおいちゃんは騎士の礼をしてからこの場を去っていった。私の方を見なかったのはルカ様の怒りを買わないためだろう。
「黒狼騎士団の第一部隊長をしているグレアム・オーリヴァントと申します。ルカとは学園の同期でした」
「ご挨拶をありがとうございます。アイリス・ホルトです」
ルカ様の同期!? ……ということは、12歳で学園に入学した時のルカ様とか、騎士科の訓練で無双するルカ様とか、学園で講義を受けているルカ様を知っている……?
「1年後に結婚予定だがお前は来なくて良いぞ」
「なんでだよ! 結婚式には呼べよ! 親友だろうが!」
グレアムさんがルカ様と肩を組もうとするけどルカ様にペシペシと叩かれて拒絶されている。……いいな、この感じ。
ちなみに、体格差エロ漫画を連載している時の合間にライトノベルの表紙を依頼された事が何度かあったからBのLも少しは知っている。
身近な人で妄想するのは良くないけどつい妄想してしまう。
『騎士科の幼馴染』とか『年上部下が押しても押しても微動だにしない』とか……駄目だ。タイトルのセンスが絶望的すぎるし、今は『紙芝居 末っ子セリオの騎士物語』の続編で忙しいから時間が足りない。
この世界には図鑑とか学術的な専門誌ばかりで小説というジャンルがない……まずはそこからだ。小説を出版して、字書きの誕生を待とう。私の最終目標である体格差エロ漫画の出版までは遠い遠い道のりになるけど、諦めずに一歩ずつ進んでいこう。
ルカ様とグレアムさんのワチャワチャを眺めていたらグレアムさんが私に騎士の礼をしてからこの場を去っていった。
もう少し真面目に観察しておけば良かった……なんて事を考えていた罰が当たったのかもしれない。ルカ様に怒られた。
「アイリス、私から離れないようにと言ったよな?」
「はい……最初に言われました」
「相手が善良な騎士だったから良かったものの、迂闊に近づいて傷つけられたらどうするつもりだ? 数年経てば性格が変わる事もあるんだぞ」
「ごめんなさい……おいちゃ……ある意味、命の恩人と再会できた事が嬉しくて、身体が先に動いてしまいました」
素直に謝罪をすると、ルカ様はフーッと長めの溜息を吐いた後で『反省しているなら良いんだ』と許してくれた。
「アイリス、なぜ平民街に?」
上級貴族向けのカフェに入って喉を潤す事にしたけれどルカ様からの質問はまだ続いていた。ちなみに、個室が空いていたので座り心地の良いソファに二人並んで座っている。
「あれは学園に入る前だから11歳の時ですね、私の事を気にかけてくれていた祖母が病気で臥せっていたので、両親から少しずつ家を追い出され始めたんです」
ルカ様の眉間に皺が寄った。凄く深い皺が寄った。
「知り合いも居ないしお金もないしで家の周りをウロウロしていたんですけど、実家は貴族街の端っこだったので気づいたら平民街の路地裏に迷い込んでしまって……」
あれは怖かった。ちょっと治安が悪い場所だったようで、貴族街とは明らかに空気が違っていた。
「平民が着るような服だから大丈夫と自分に言い聞かせて元の場所に戻ろうとしたんです。そんなときに髭のおいちゃん、マークスさんに保護されました」
『嬢ちゃん、下級貴族だろう? こんな所にいたら危ないぞ』
『どうして分かるの?』
マークスおいちゃんは私を抱き上げると足早に貴族街へと移動をしてくれた。
『肌が綺麗だからな。どれだけ粗末な服を着ていても肌の綺麗さは隠せない。護衛を撒いたんだろうが、こんな事は二度とするなよ。騎士団が見回っているが子どもなんてすぐに攫われちまうぞ』
普段から粗食だけどお風呂だけは毎日入っている。肌が綺麗に見えたのはそのおかげだろう。
『ごめんなさい。時間を潰したかったんだけど、失敗しちゃったね』
そう説明すると、マークスおいちゃんは驚いて固まってしまった。
『嬢ちゃん、学園には行くんだろう? 貴族の子どもは学園に通う義務があるからな』
『うん、もうすぐ12歳だよ』
『学園のそばに白鷲騎士団の演習場がある。そこは誰でも見学が出来るから、時間を潰したいなら騎士団を見に行くと良い』
『髭のおいちゃんみたいな騎士さまがいっぱいいる?』
髭のおいちゃんと呼ばれて苦笑いを浮かべていたけれど、マークスおいちゃんはすぐに笑顔を見せてくれた。
『あぁ。おいちゃんなんかよりも若くて活きの良い騎士がたくさん居るぞ』
『ありがとう、行ってみる』
「……という事がありまして、あのまま平民街をうろついていたら私は今ここに居なかったかもしれません」
「なるほど……それは命の恩人といっても過言ではないな」
あの場で窮状を訴えていれば今とは違う未来があったかもしれない。でも、実家で冷遇されていたのは私にとっての日常だったし、私の受け答えが大人びていたせいでマークスさんも『護衛を撒いた、したたかなお嬢様』だと思い込んだのだろう。
でも、この時代に実家から引き離されて施設に入れられていたらルカ様と出会う事は出来なかった。だから、特に後悔はしていない。マークスさんには白鷲騎士団の事を教えて貰えたから今となっては良い思い出だ。
「……くそっ」
「ルカ様?」
「私がその場にいればアイリスを救い出せたのに……」
「ルカ様は私を救ってくれましたよ?」
あのパーキンス家から私を救い出してくれたのはルカ様とジュリア様だ。
「11歳のアイリスを助けたかった。髭のおいちゃんじゃなくて、白鷲のおにいちゃんとしてアイリスの記憶に残りたかった」
ルカ様の雰囲気がどんよりしてきた。
「でも、11歳で実家から引き離されて施設に入れられたらルカ様と婚約なんて絶対に無理でしたよ。……だからきっと、あの時間も……私には必要な事だったのだと思います」
「アイリス……」
このままだと落ち込みすぎたルカ様が闇落ちしてしまいそうだったから、ルカ様の膝の上に座ってみた。こんなこともあろうかと、最近はスケッチブックを持ち歩くようにしているので……ルカ様の膝の上でお絵かき開始だ。
「これは……?」
1ページのど真ん中、横線を真っすぐに引いた。さらにページ上半分の中央に縦線を引いてみる。これで1ページに3コマ分のスペースが出来た。
「18歳のルカ様は白鷲騎士団に入団後、平民街に視察に来ました」
1コマ目に18歳ぐらいの見た目をしたルカ様(胸から上だけ描いたバストアップ)を描いて目線は下に。
「そこで道に迷って困っている11歳のアイリスを見つけました」
お隣の2コマ目に11歳ぐらいの私(腰から上)を描いて目線は上に。
「18歳のルカ様は11歳のアイリスを抱き上げると、安全な場所まで連れて行ってくれました」
1ページの下半分を丸ごと使った3コマ目でルカ様(18)に抱っこされて満面の笑みを浮かべるアイリス(11)を描いた。
「11歳のアイリスはニコニコ笑顔で『白鷲のおにいちゃん、ありがとう。大人になったら私をお嫁さんにしてくれる?』と聞きました。そこで、18歳のルカ様は何とお返事をしましたか?」
ルカ様の膝から降りて元の場所に戻ると、ルカ様は泣きそうな顔で笑ってくれた。
「もちろんだ。アイリス、これからの数年間は辛い日々が続くかもしれない、それでも必ず君を迎えに行く。私を信じて待っていてくれるか?」
「11歳のアイリスは『うん! 白鷲のおにいちゃんが迎えに来てくれるのを待ってるね』とお返事しました。そして、白鷲のおにいちゃんことルカ様は大人になったアイリスを本当に迎えに来てくれました!」
物語を締めくくるとルカ様の瞳に光が戻って来た。めでたしめでたしだ。
「何故だか気持ちが落ち着いた。アイリス、ありがとう」
「ふふふ。夢を描いた絵、夢絵と名付けましょうかね」
推しと数年前に会っていたら? という妄想を形にしてみた。マークス成り代わり夢小説のイラストバージョン、夢絵である。たった1ページだけど……もしかして、この世界で初めて作られた漫画なのでは……?
「このページ、あとで綺麗に切り取ってルカ様にプレゼントしますね」
「ありがとう。額装して寝室に飾らせてもらうよ」
「そ、そこまでしなくても良いですよ!」
カフェを出た後はお目当ての画材屋さんに行って漫画制作に使えそうな文房具を買い漁った。何が代替品になるか分からないから色々と試してみよう。
「アイリス、これは何だろうか」
「これは建築用の定規ですね。曲線を描くのに使えそう……」
――ルカ様って、前に自分でも言っていたけど、けっこうヤキモチ妬きだ。ルカ様に不快な思いをさせたくないからこれからは行動に気を付けよう!
ルカはヤキモチ妬きどころか、アイリスに男性が絡んでくると軽率にヤンデレへとジョブチェンジします(大事なことなので後書きに書くのは2回目です)
ひとまず完結とさせて頂きますが、また何か思いついたら番外編として更新していきます。ここまで子リス令嬢にお付き合い頂き、ありがとうございました! もしよろしければ評価を頂けると嬉しいです!