4 ホルト家の使用人日記
短めなのでホルト家のお話を2話更新しています。
ホルト家の使用人日記
「皆さんにお知らせがあります」
ホルト家の使用人が利用する休憩室には手の空いた者たちが集まっていた。それなりの人数が集合しているので休憩室の人口密度は凄い事になっている。
そこで、使用人を統括する立場にある執事・ベリアルが説明を始めた。
「アイリスお嬢様をお迎えして1ヶ月が経過しました。奥様や旦那様が毎日を楽しそうに過ごしておられる事は皆もよく知っていますね?」
突如、養子としてホルト家に加わったアイリスお嬢様。日焼けをした肌に手入れのされていない髪を見て『平民かな?』と思った者は多かった。
けれど、アイリスお嬢様の愛らしい性格や微笑ましい行動に使用人達は癒されまくっている。たった1ヶ月で使用人達は心を鷲掴みにされていた。
「お坊ちゃま達が独立された後、奥様が毎日のように気落ちしていた事は皆も記憶に新しいでしょう」
ホルト家には3人の息子がいる。代々騎士を輩出している家系のため3人ともが既に家を出て騎士団の寮に入っているのだ。長男は白鷲騎士団、次男は青鹿騎士団、三男は翠馬騎士団に在籍中だ。
長男はホルト家の後継者なのだが、本人の強い希望で25歳になるまでは騎士を続け、その後は後継者として屋敷に戻る約束になっている。その約束が果たされるのは2年後だ。
「アイリスお嬢様も1年後にはヴァレスティン家に嫁がれます。そこで、奥様が1年後に寂しい思いをしないようにアイリスお嬢様の思い出を皆で残しておこうと考えました」
執事のベリアルは1冊のノートを取り出した。
「休憩室にこのノートを置いておきます。アイリスお嬢様に関する事でしたら何でも構いませんので記録をお願いします。皆の協力があれば、1年後にアイリスお嬢様をお見送りした後の奥様の御心をお慰めする事が出来るでしょう」
その提案に使用人達は力強く頷いた。
こうして、ホルト家の使用人日記が綴られていく事になったのだ。
そのうちのほんの一部だが、ここで紹介していこう。
5月25日 侍女 カリナ
アイリスお嬢様は今日も楽しそうに奥様と旦那様の肖像画を描いていらっしゃいました。その色彩の素晴らしい事といったら……あのキャンバスを見るたび、言葉には出来ない程の感動を頂いています。
お義父様はね、お義母様を見つめるときに目じりがちょっと下がるの。愛し合ってる夫婦って素敵だよね、とアイリスお嬢様が仰っていた時は全力で頷きました。きっとアイリスお嬢様も旦那様と奥様のようなご夫婦になること間違いありません。
5月28日 庭師みならい エドワード
ぼくは庭師のみならいです。おとうさんにしごとをおしえてもらっています。6さいです。字はべんきょうちうです。アイリスおじょうさまが がんばててえらいね と、おかしをくれました。くっきいです。おいしかったです。
6月3日 料理長 ヘイズ
奥様と相談してアイリスお嬢様の食事量を調整してきたが、ようやく一般的な食事量になった。最初は少しずつしか食べられなかったアイリスお嬢様がここまで食べられるようになった事は本当に感慨深い。
アイリスお嬢様から頂いたレシピを使ってパンケーキなるものを作ってみたがこれは良いな。これまでの堅いパウンドケーキとは違う、軽さとアレンジの豊富さに驚いた。アイリスお嬢様は生クリームとベリー類を飾ったパンケーキがお気に入りのようだった。他にもアレンジの方法を考えてみようと思っている。
6月10日 執事ベリアル
本日、アイリスお嬢様が制作されていた絵画がお披露目されました。
可愛らしく微笑んでいる奥様、そして、奥様を優しい表情で見つめる旦那様。まるでいつものお二人の姿をそのまま写し取って枠にはめ込んだような芸術品、その美しさはこれまでに目にしたことのない逸品でした。また、お坊ちゃま達もこの鑑賞会のために休暇を取って邸に戻ってきて下さいましたので、とてもとても賑やかな時間になりました。
これは国宝にふさわしいレベルです。しかし、国宝にしてしまうとホルト家で見る事が出来なくなってしまうので国宝には出来ませんね…
奥様も旦那様も涙を流してアイリスお嬢様に御礼を言っていました。私達使用人は、その様子を見守らせて頂きましたが本当に幸せな時間でした。
6月12日 庭師みならいエドワード
字のべんきょうになるから、たくさんかいていいって、しつじのべりあるさまにいわれました。きょうは、アイリスおじょうさまがねこをさがしていたので、ぼくもおてつだいしました。ねこはあたたかいところにいるので、すぐにわかりました。ありがとう、といってくれました。おかしをもらいました。はちみつのあめでした。おいしかったです。
6月21日 洗濯メイド ベッキー
今日はアイリスお嬢様が水を扱うメイド達にハンドクリームをプレゼントしてくれました。手荒れに気が付いてくれて嬉しかったです。
もったいなくて使えないですと言ったら、またプレゼントするよと笑ってくれました。アイリスお嬢様はとても優しいです。
7月5日 侍女 ケイリー
本日はアイリスお嬢様の婚約者であるルカ・ヴァレスティン様がお見えになりました。アイリスお嬢様は朝からソワソワと落ち着かないご様子でした。何度も窓の外を確認する仕草が堪らなく可愛らしかったです。
お二人が挨拶を終えると、アイリスお嬢様はすぐにルカ様の膝の上に座らされていました。その状態でスケッチブックに何か描いているアイリスお嬢様の口元にせっせとケーキを運ぶルカ様、大変に微笑ましいお姿でした。
私に絵心があればこの様子を絵画にして遺しましたのに…もう少し美術を学んでおけば良かったと後悔いたしました。
7月23日 料理長 ヘイズ
アイリスお嬢様が教えてくれた プ リ ン という菓子が凄い。とんでもねぇ革命が起きた。
7月23日 パティシエ リューズ
プリンは本当にすごい。あれだけの材料で、どうしてあのように素晴らしいお菓子が作れるのだろうか。火加減が少し難しいが安定して作れるようになってきた。旦那様に鶏舎の増築を願うべきか、真剣に迷っている。むしろ今後を見据えて養鶏業に投資をした方が良いのではないかと思っている。
7月29日 庭師みならいエドワード
プリンおいしかったです。リューズさんがプリンにしっぱいしたらみんなでたべていいことになっています。庭のおはなをかいていたアイリスおじょうさまにプリンのことをはなしてみたら なまくりーむをそえてもおいしいよ とおしえてくれました。
※補足 プリンの生クリーム添えというレシピが誕生しました(執事ベリアル)
8月2日 修復部門担当 ワイアード
アイリスお嬢様に頼まれていた 氷を削る機械 が仕上がった。ハンドルを回すと、それに連動するように刃を固定した板が回る、氷を薄く削ることができるという仕様だったが設計図案を描いてくれたおかげでなんとかなった。アイリスお嬢様は何でも描けるんだな。十分な資金を預かっていたおかげで納得いくまで試作できた。すげぇ楽しかった。また作りてぇな。
8月2日 料理長 ヘイズ
アイリスお嬢様が作らせた か き 氷 機 という道具で作る菓子?氷菓?が凄い。とんでもねぇ革命が起きた。
それと、この邸で美味いもんが食えると気づいた坊ちゃま達がちょこちょこ顔を出してくれるようになった。喜んで食べてくれるから俺も作り甲斐があるぜ!
8月2日 パティシエ リューズ
ジャムより薄い果実のソースを作ってほしいとアイリスお嬢様に頼まれたときは驚いたが、かき氷というお菓子?氷菓?が出来上がった時はもっと驚いた。これは暑い夏にぴったりなお菓子だ。
旦那様や奥様もとても気に入っていて、氷はたくさん用意できるから使用人も食べると良いと勧めてくれた。本当に有難い。水を氷に変えるというスキル『氷結』を持っているメイドのヘレンが大活躍してくれた。私はソースの研究を進めようと思う。
8月5日 執事 ベリアル
「かき氷機」はこれまでにない発明品ということで、アイリスお嬢様の婚約者であるルカ様のご実家かつホルト家の寄親であるヴァレスティン家に報告したところ、王家に献上するからもう1台作るようにと指示がありました。
アイリスお嬢様とルカ様がご相談された結果、信用のできる商会に設計図を渡し、売上があるたびに発案者のアイリスお嬢様と作成者のワイアードに一定の金額が入るよう契約するとの事でした。ワイアードは恐縮していましたがアイリスお嬢様から これは作成者のワイアードも受け取るの。当然の権利です! と詰め寄られ、最終的には頷いていました。今年は上級貴族であればかき氷機を手に入れられるでしょう。来年あたりは中級貴族にも浸透しているかもしれませんね。
9月3日 メイド ヘレン
この夏にたくさんの氷を作ったことを褒められて旦那様とアイリスお嬢様からお賃金とは別のお賃金をもらいました。夏だけの仕事だと思っていたけど、アイリスお嬢様から 冬の暖炉の前で食べるかき氷も最高に美味しいのよ と教えてもらったので冬にも出番がありそうで嬉しいです。たくさん使ったらからか分からないけどスキルを使ってもそれほど疲れなくなりました。成長したのかもしれないです。とっても嬉しいです。
10月20日 庭師みならいエドワード
きょう、おかあさんがゆでてくれたいもをおやつにたべていたらアイリスおじょうさまが じゃがいもがあるのね ときいてきました。ぼくは、 ぼくたちはいもをよくたべるけど、きぞくのひとはあまりたべませんよ といいました。
アイリスおじょうさまが いもはむすとおいしいのよ。ばたーをのせるとさいこうなの と、つくりかたをおしえてくれたのでおかあさんにつくってもらいました。おいしかったです。ばたーは、うしかいのトッドのところでやすくかえます。
10月21日 料理長 ヘイズ
アイリスお嬢様に詳しい話を聞いて試作した ふかし芋 が凄い。芋の世界にとんでもねぇ革命が起きた。
10月25日 従僕ニコラウス
フライドポテトが凄いです。僕はあんなに美味しい芋を初めて食べました。まわりがカリカリしているのに中身はホクホクです。それから、うすく切ってあるポテトチップスも美味しすぎてビックリしました。まかないに、鶏肉をたくさんの油で焼いた料理がでてきました。僕はもう女神様の花園に来てしまったのかと思うくらいには美味しかったです。アイリスお嬢様のおかげで毎日が美味しいです。本当にありがとうございます。
11月10日 執事 ベリアル
アイリスお嬢様が提供して下さったレシピはヴァレスティン家に都度報告しています。アイリスお嬢様が「目立ちたくない」とおっしゃるので、ヴァレスティン家から王家に献上して頂き、今後は晩餐会や昼食会で順番に振る舞われるそうです。誰も見た事のない料理を真っ先に食べられるなんて、ホルト家にお仕えしている我々は本当に幸せ者ですね。
1月3日 執事 ベリアル
新年のお祝いにアイリスお嬢様から使用人全員へ贈り物がありました。なんと、それぞれの肖像画です。アイリスお嬢様は 鉛筆描きでごめんね とおっしゃっていましたが、使用人の立場で肖像画を描いてもらう機会はあまりありませんので皆とてもとても喜んでいました。もちろん私も涙が出そうになるほど嬉しかったです。それぞれの使用人のイメージに合わせた色の額縁をオーダーしてくださったようで、カラフルな額縁に収められた肖像画が大広間に並ぶ光景は圧巻でございました。一生の宝物に致します。
※※以下、肖像画への感謝と感想が続く※※
2月14日 パティシエ リューズ
アイリスお嬢様から この日はどうしても大好きな人たちにお菓子を配りたいの と相談されていた。数日前から準備を重ね、日持ちのするクッキーやパウンドケーキは前日までに仕上げてラッピングまで済ませておいた。
もちろんアイリスお嬢様もエプロンをつけて厨房で一緒に作ってくれた。
もっと前から準備をして作ったのは チョコレート という見た事のない菓子だ。南国から取り寄せた実を炒って、中身を取り出してひたすらすり潰す。根気のいる作業だったが騎士のスチュワートが『剛腕』のスキルを持っていたから手伝ってもらった。あとは砂糖とバターを加えながら湯煎と冷却を繰り返して、型に流して固めたら出来上がりだ。とんでもない工程だったが楽しかった。アイリスお嬢様は本当に面白い。
2月14日 庭師みならいエドワード
きょうは、アイリスおじょうさまがおかしをくれました。だいすきなひとたちにおかしをわたすひだとおしえてくれました。くっきいがたくさんです。
おとうさんももらっていたので、おうちにかえっておかあさんとぼくとおとうさんでいっしょにたべました。あいりすおじょうさま、ありがとうございました。
※※以下、バレンタインの報告が続く※※
使用人日記のごく一部を紹介させてもらったが、この記録ノートには毎日のようにアイリスお嬢様に関することが書かれていた。
結婚後に義両親からこのノートの存在を自慢されたルカ・ヴァレスティンが『複写させてくれ!』と頼み込んでくるのだが、それはまた別の話――
本人も知らぬうちに王家からも愛し子として認識されました。