3 ホルト家の顔合わせ
短めなのでホルト家のお話を2話更新しています。
ホルト家には3人の子どもがいるので義娘になった私と顔合わせをしよう! という計画を以前からしていたのだけど、3人とも別々の騎士団に所属しているから日程を合わせるのが難しくて……今日になってようやく実現できることになった。
代々騎士を輩出している家系のため3人ともが既に家を出てそれぞれの寮に入っているらしく、長男ガルヴァンはルカ様と同じ白鷲騎士団、次男ロドリックは貴族街を警護する青鹿騎士団、三男ヴィクトルは平民街を警護する翠馬騎士団に在籍中との事だった。
ちなみに、ルカ様も寮に団長としての部屋を持っているけれど、私と結婚した後は通いにすると決めている。何かあったときだけ寮に泊まるけど、私と一緒に居たいから絶対に帰って来ると断言していた。
「初めまして。アイリスです、よろしくお願いします」
昼餐や晩餐ではなく午前のお茶の時間で気楽な顔合わせをする事になったので、淑女の礼で挨拶をするとティールームで待機していた使用人の皆から拍手された。
ちなみに……3人のお義兄様にはそれぞれに婚約者がいるのだけれど、今日は家族だけの顔合わせという事になっている。
「私は長男のガルヴァンだ。まさか子リス令嬢が自分の妹になるとは思わなかったなぁ」
ガルヴァンお義兄様はルカ様が率いる白鷲騎士団でグレートアックスという斧を使っている騎士様だ。筋骨隆々な感じでムッキムキである。
「演習場でいつも大きい斧をブンブン振っていて、凄いなと思っていました。ガルヴァンお義兄様、よろしくお願いします」
「ガルヴァンは長いだろう、ガルで良い」
「はい。ガル義兄様」
お言葉に甘えて『ガルヴァンおにいさま』から『ガルにいさま』にしてみた。なんだか嬉しそう。
「私は次男のロドリックで21歳。呼び方はロドで良い。こんなに可愛らしい妹ができた事を嬉しく思う」
「素敵なお義兄様が一気に3人も出来て私も嬉しいです! ロド義兄様、よろしくお願いします」
仕事中のロド兄様は長剣を装備しているのだけれど、遠征で魔物を討伐する時は大きな盾を使って魔物をなぎ倒すみたいだ。ガル義兄様と同じように筋骨隆々のマッチョだった。
「私は三男ヴィクトル、19歳だからアイリスとは2歳違いだね。平民街を警護する翠馬騎士団に所属しているよ」
「ヴィクトルお義兄様……」
「うーん、言いづらそう。ヴィーで良いよ」
「はい! ヴィー義兄様、よろしくお願いします」
ヴィー義兄様は上の二人とは違って細マッチョだ。武器は二刀といって、細めの剣を両手に持って戦うみたい。
「あらまぁ、筋肉の樽が3つもあるとアイリスがますます小さく見えるわねぇ」
「母上、息子を樽扱いしないで下さいよ」
ガル義兄様は苦笑していたけれど、すぐに笑顔になって『アイリス、座って話そう』と促してくれた。ジェイドお義父様もシェリーナお義母様も久しぶりに息子達が揃った事が嬉しいようで幸せそうに微笑んでいる。
「兄上、さっき言っていた『子リス令嬢』って何の事? アイリスと面識があるの?」
ヴィー義兄様が興味津々といった様子で問いかけている。ガル義兄様は私の方をチラッと見て『話して良いか?』と確認をしてくれたので、こくんと頷いてみた。
「アイリスは学園に通っている間、ほとんど毎日騎士団の見学に来ていたんだよ。4年……いや、5年かな?」
「はい。12歳で入学して卒業するまでの5年間ですね」
「何年か経ったら、子どもみたいに小さくてリスみたいな令嬢という意味の『子リス令嬢』という呼び名が定着し始めたんだよ。私達はアイリスの事をずっと『子リス令嬢』と呼んでいたんだ」
その説明にコクコク頷いてみると、シェリーナお義母様はちょっとだけ眉間に皺を寄せていた。
「令嬢にあだ名をつけるなんて駄目じゃない。失礼でしょう?」
「いや、その頃のアイリスは今みたいな感じじゃなくて……まぁ、確かにそうだな。アイリス、ごめんよ」
ガル義兄様は『平民のようだったから』という言葉を飲み込んで謝罪してくれた。
「いいえ、大丈夫です。それに……ふふっ、その『子リス』って言いだしたのはルカ様ですから」
「団長が?」
「はい。だから私も『子リス』は気に入っているんです!」
笑顔で説明したのが良かったのかもしれない。シェリーナお義母様もホッとしたように笑ってくれた。
「ねぇ、お義母様、いま絵を描いても良いですか? お義兄様たちの絵があればお義母様とお義父様が寂しくないと思うんです」
「まぁ……アイリス、嬉しい気遣いをありがとう。もちろん、好きなだけ絵を描いて良いのよ」
「今はアイリスが居てくれるからそれほど寂しくはないぞ?」
ジェイドお義父様の言葉を聞いたお義兄様達は『嘘でもいいから寂しいと言って下さいよ』と大ウケしていた。
「喋りながら描けるので、このままお話させて下さいね」
侍女に頼んで自室からスケッチブックを持ってきてもらった。スケッチブックを横長の状態にしてホルト家の団欒を描いてみる。
「団長が義理の弟になるなんて、変な感じだな」
「そうだな。ルカ様は年上だが末っ子のアイリスと結婚するという事は、戸籍上は義弟となる訳か……」
「アイリスが嫁いでも妹である事は変わらないんでしょう? そんなに気にしなくて良いんじゃないの?」
養子なのに、当然のように末っ子扱いされた事が嬉しくて、頬が緩んでしまった。
「そうだ、家族になった記念としてアイリスにドレスや髪飾りを贈るのはどうかな?」
「ヴィー、それは駄目なのよ。ルカ様が婚約者としてドレスも装飾品も特注品を贈りたいから少し待ってくれと仰っているの。既製品のドレスを何着か買ってあるから春物のドレスはもう十分ね。夏前にまた購入しようと思っているわ」
「わぁ……あのルカ様が……溺愛してる」
ホルト家はヴァレスティン家の寄り子だから交流があるんだろうけど……ヴィー義兄様、あのルカ様ってどういうこと……?
「ルカ様は浮いた話が一つも無かったからな。『子リス』という愛称をつけたぐらいだし、きっとアイリスの事を一途に思っていたのではないか?」
「団長が溺愛するのも当然だな」
ロド義兄様とガル義兄様の会話に『なるほど』と納得する。ルカ様は硬派だと思われていたんだね。……そんなことないよ、ルカ様は私に対して甘々で、めちゃくちゃ過保護だよ。
「アイリスは本当に絵が上手いなぁ。こんなに素晴らしい絵画を見る事ができるなんて、私たちは幸せ者だ」
ジェイドお義父様がスケッチブックを覗き込んで賞賛してくれた。ガル義兄様の絵は学生時代のスケッチブックに何度か描いた事があるし、体格のいい男性は前世から描き慣れている。家族の団欒というスケッチはすぐに描きあがった。
「簡単な素描ですけど、とりあえず出来ました! お義母様とお義父様の肖像画が仕上がったら次はこれを大きなキャンバスに描こうかな?」
少しだけドキドキしながらシェリーナお義母様にスケッチブックを差し出してみた。
「まぁ~~! 凄いわ! まるで今の時間をそのまま閉じ込めたみたいね! でも、アイリスが居ないわ……ここにアイリスも描けるかしら?」
「あ、そうか! ここに私も描き足しますね」
「大事な娘だから真ん中に描けるかい? 私とシェリーナの間が良いんじゃないか?」
ジェイドお義父様の言葉に頷いてスケッチブックを受け取った。二人の間にあるクッションをそっと消して、そこに私がちょこんと座っている様子を描き足してみた。今の気持ちを表すように満面の笑みを浮かべている私。自画自賛だけど良い感じになったと思う。
この時に描いた家族の絵を大きなキャンバスに描き直したのだけど、何故か団欒室や晩餐室ではなくホルト家の玄関ホールに飾られる事になった。
ルカ様と結婚をしてホルト家を離れた後も、里帰りをするたびに『家族』の絵が私を出迎えてくれる。大好きな義両親、頼りになる義兄達、そして、私をこの家の娘として敬ってくれる使用人の皆……
私にとって『実家』になった場所。
この場所に帰ってくる度に胸が温かな気持ちでいっぱいになる。
――ホルト家の子になれて、本当に良かった!