第四話 甘やかな毒──招かれざる友情
それから、すべては早かった。
「この子を、わたくしの側仕えに──」
雪乃宮のひと言で、朝霧は正式に彼女の身の回りを世話する役目を与えられた。
出仕して間もない無名の見習いが、上臈方に抜擢される。
それは大奥において、前代未聞の出来事だった。
周囲の空気が、変わった。
それまで無関心だった女たちの視線が、刺すように鋭くなる。
擦れ違うたび、ささやき声が耳を掠める。
「雪乃宮様に取り入った」
「一夜で成り上がった」
「何をしたのかしら──」
朝霧は、言い返さなかった。
何もしていないと叫んだところで、炎は強まるばかりだと知っていた。
ただ、唇を噛み締め、頭を下げる。
それが、今の自分にできる精いっぱいだった。
けれども。
その屈辱の中、雪乃宮だけは変わらず微笑みを向けてくれた。
「朝霧」
夕暮れ時、薄紅に染まる廊下で、雪乃宮が振り返る。
その小さな手には、淡い紫色の組紐が握られていた。
「これを──貴女に」
手渡されたのは、精緻な刺繍が施された小さな巾着袋。
中には、香り袋が仕込まれている。
桜と沈丁花の、やさしい匂い。
「私の傍にいれば、誰も手出しできない」
雪乃宮は、そっと笑った。
まるで、何でもないことのように。
ただ、朝霧に春の陽だまりを分け与えるように。
胸が、ぎゅう、と締め付けられる。
こんなにも優しく、
こんなにも美しい人が、
どうして──この冷たい大奥に、いるのだろう。
わからなかった。
ただ、怖かった。
この人にすがれば、きっと守られる。
けれど同時に、
この人と共に歩めば、きっと自分は、もう元には戻れない。
「……ありがとうございます」
小さく、かすれる声で礼を言う。
雪乃宮は何も問わず、ただ微笑み返した。
その笑顔に、朝霧は知らず、深く、深く堕ちていく。
それが、
甘やかな毒であるとも知らずに──。
(続く)