第二話 華と棘の女人たち
大奥。
女人だけで築かれた、もうひとつの城。
その内部に一歩踏み込んだ瞬間、朝霧は思い知った。
ここには、甘い花の香りと、剣より鋭い毒が、満ちている。
「……新入りかえ?」
古びた畳敷きの広間。
ずらりと並ぶ女たちの視線が、一斉に朝霧に突き刺さる。
美しい者もいれば、幼さの残る者もいる。
だがその誰もが、微笑みの裏に冷たい計算を潜ませていた。
まるで、猛獣の群れに投げ込まれた子鹿のようだった。
「ここの規則は、上の言うことは絶対。それだけ覚えときな」
口元を歪めた若い女――御年寄見習いの【菖蒲】が、朝霧を見下ろした。
「さぁさぁ、お姫様。まずは洗濯場からお勉強なさい」
くすくす、と周囲の笑い声が広がる。
朝霧は黙って、頭を下げた。
逆らえば、もっと酷い目に遭う。
そう本能で悟った。
案内されたのは、裏庭の隅にある、石造りの洗い場。
桶に溜められた水は、春先とはいえ氷のように冷たかった。
「今日から毎日、ここで雑巾を洗うのがあんたの役目。
覚悟しいや、新入り」
菖蒲は鼻で笑い、振り返りもせず去っていった。
朝霧は、そっと水に手を浸した。
びりり、と神経を裂かれるような冷たさに、思わず顔をしかめる。
指先はすぐに赤く腫れ、感覚を失っていく。
それでも、誰も助けてはくれない。
(負けたら、ここでは死ぬも同じ)
母の言葉が、頭の奥で反響する。
ここでは、優しさも、正しさも、意味をなさない。
ひとたび踏みつけられれば、二度と立ち上がることなどできない。
かじかむ手で、朝霧は黙々と布を洗った。
背筋を伸ばし、顔を上げない。
決して、涙を見せない。
冷たい水に浸かりながら、
朝霧の心は、ゆっくりと鋼へと変わっていった。
「わたしは、負けない」
小さく、小さく呟きながら、
少女は、無言の戦いを始めた。
(続く)