表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『花檻(はなおり)の契り ──大奥百合絵巻──』  作者: 《本能寺から始める信長との天下統一》の、常陸之介寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/81

第十六話 ふたり、夜桜に誓う

追放の沙汰が下った夜。


大奥は、異様なほど静まり返っていた。


宴もなければ、囁き声すらない。

ただ、冷えた夜気が、無言の別れを告げるように広がっていた。


 


雪乃宮が去るということ。


それは、大奥の「異物」が消えるということだった。

それを喜ぶ者も、悲しむ者も──もう誰も表には出さなかった。


 


だが。


朝霧だけは違った。


 


たった一人、

必死に、

願っていた。


 


(まだ……終わりじゃない)


 


 


***


 


 


夜更け。


朝霧は、雪乃宮との最後の密会に向かっていた。


誰にも見つからぬよう、音を立てずに歩く。

足袋が夜露を含んだ砂利を踏みしめるたび、胸が痛んだ。


 


廊下を抜け、裏庭へ。

そして──


 


そこには、雪乃宮がいた。


 


夜空に舞う、満開の桜吹雪の中で。


淡い小袖を纏い、

まるでこの世のものとは思えぬほど美しく、静かに立っていた。


 


月明かりが、

その白い肌を照らす。


風が、髪をそっと撫でる。


 


朝霧は、息を呑んだ。


ただ、見惚れてしまった。


このひとを、

こんなにも、愛している──。


 


「……来てくれたのですね」


 


雪乃宮が、微笑んだ。


その笑みは、

悲しみと喜びを、同時に孕んでいた。


 


朝霧は、何も言わず、

ただ、駆け寄った。


その細い身体を、ぎゅっと抱きしめた。


 


「雪乃宮様……」


 


声が震える。

涙が、滲む。


だけど、

今だけは、泣きたくなかった。


この大切な夜を、

涙で曇らせたくなかった。


 


雪乃宮は、そっと朝霧の髪に手を伸ばし、

優しく撫でた。


指先が、震えていた。


それを感じて、朝霧の胸が、締め付けられた。


 


「朝霧」


 


耳元で、柔らかな声が囁く。


 


「あなたと出会えて、

 わたくしは、本当に……幸せでした」


 


頬に、雪乃宮の温もりが触れる。


 


「でも、これからは──」


 


「違います」


 


朝霧は、顔を上げた。

涙に濡れた瞳で、まっすぐに雪乃宮を見つめた。


 


「これからも、です」


 


「これからも、わたくしは……

 雪乃宮様と、生きていきます」


 


 


桜吹雪が、ふたりの間を舞った。


柔らかな花びらが、

雪乃宮の肩に、朝霧の髪に、静かに降り積もる。


 


「たとえ世界が敵でも」


 


朝霧は、ふるえる手で、雪乃宮の手を握った。


 


「あなたとなら、

 どこまでも、生きていけます」


 


 


雪乃宮は、

一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。


だがすぐに、

ゆっくりと、微笑んだ。


 


「……朝霧」


 


その名を、愛おしげに呼ぶ声。


たったそれだけで、

すべてが救われた気がした。


 


「わたくしも」


 


雪乃宮は、朝霧の手をぎゅっと握り返した。


 


「どこまでも、あなたと」


 


「たとえ、どれほどの闇が待っていようとも」


 


「あなたとなら」


 


「生きていける」


 


ふたりは、

額を寄せ合った。


 


呼吸が、重なる。

心音が、響き合う。


 


もう、

誰にも引き裂くことはできない。


 


 


夜桜が、

ふたりを包んでいた。


 


淡い花びらの雨の中で、

ふたりは静かに、

未来への契りを交わした。


 


涙と、笑顔と。

すべてを込めて。


 


 


***


 


 


その翌朝。


雪乃宮は、

大奥を、去った。


 


朝霧は、ただ静かに、

その背中を見送った。


 


けれど、

心は泣かなかった。


別れではない。

終わりではない。


これは、始まりだ。


 


(必ず……また、会える)


(必ず……)


 


朝霧は、胸に手を当て、

堅く誓った。


 


どんな苦難も、

どんな陰謀も、


ふたりで乗り越えていく。


 


この命を賭しても。


 


 


──そして、運命の歯車は回り始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ