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7. 梅干しと瓜と

(梅干しと瓜と)


 気がつくと、床の上で寝ていた……

 日差しは、すっかり傾いていた……

「……、午後四時ごろかな……、……、大変だ、晩ご飯の支度をしないと……」

 きっと昔の人も、太陽が照っているうちに、晩ご飯を済ませたいと思っていたに違いない……

 暗がりでは、作るのも、食べるのも大変だ……

「……、お腹がすいた……、そう言えば、お昼ご飯、食べずに寝てしまった……」

 僕は、茄子と瓜の入った籠を持って、台所に急いだ……

 今日もライターで火を起こし、朝、水に浸しておいた七分つき玄米の入ったお釜を竈にかけた……

「……、後は、……、また、今日も大根と牛蒡の味噌汁にしようかな……」

 でも、今日は茄子と瓜がある……

 茄子は囲炉裏で、串に刺して丸焼きにしよう……、瓜は食後のデザートだ……

 日に日に、ここの生活にも慣れてくる……

 不思議なことに、食卓に肉や魚が無くても、満足できる……

 こんな野菜だけの質素な食事なのに……

 仕事をしていないせいなのか……、世間のストレス、仕事のストレスが無いせいなのか……、ここでは、よく眠れる……

 健康な心だからこそ食べ物に執着しない……

 食べ物に拘らなくても、幸せなのだ……

 どんな物を食べても、食べなくても、幸せなのだ……

 自然と共に生き……、自然の時の流れの中に漂う……

 僕は何処に行くのか……、時の流れの中で……

 今日を生き、今を生きる……、ただそれだけが人生の目標だ……

「……、それって、ただの動物……、……」

 動物たちは、明日の事を考えない……

 お腹がすけば、狩りをして、後は寝てばかり……

 明日の食べ物を蓄える動物は少ない……

 動物たちは、無理をしない……、自然に任せ、自然に生きてゆく……

「……、きっとストレスも無いだろうな……、……」

 人は、明日を見て生きて行く……、明日のために生きる……

 だから、働き、貯蓄をする……、貯蓄こそ人生なのだ……、貯蓄が無ければ生きられない社会……

 社会こそ貯蓄なのだ……

 その中にいれば、貯蓄しなければならない……、貯蓄のため働き無理をする……

 何のための貯蓄なのか……、幸せのための貯蓄なのだ……

 幸せとは何だ……、自在な人生……

 そのために人は、今を苦しみ、ストレスに立ち向かい貯蓄している……

 僕の幸せは何だ……、もちろん、自在な人生だ……

 それなら、今こそ……、自在な人生ではないか……

 僕は今、幸せの中にいる……


「あら……、まだ、居るのね……」

 月見だ……、もう、すっかり日が落ちて、黄昏時……、竈の火をかき出した……、火の粉が、薄暗い竈の上を舞う……

 月見は、白小袖と赤い着物を羽織って立っていた……、手には灯明皿を持っていた。

 その灯明皿を高灯台に乗せ囲炉裏の前に座った。

「今日のご飯は何……、……?」

「……、昼間……、村に行って、茄子と瓜をもらってきたんだ……、鍋の中は昨日と同じ味噌汁だけど、茄子と瓜が食べられるよ……」

「ほんと、食べたことないわ……、……」

 月見は、微笑んでいた……、灯明に照らされて、赤い顔で、僕を見ていた……

 僕は、土間から床に上がり、囲炉裏の火で炙っている茄子の焼け具合を見て、ひっくり返して、また囲炉裏の火に当てた……

「……、月見……、綺麗だよ……、……」

「何が……、綺麗なの……?」

「……、月見が、綺麗だよ……」

「綺麗って、何……、……?」

「……、綺麗って、……、好きだと言うこと……、月見が好きだ……、……」

「だから……、何……、……?」

 僕は、無理矢理、月見を抱きしめた……

 抱きしめて、キスをして……、……

 でも、月見は何の抵抗もせず、なされるまま、不思議そうな顔をしていた……

 僕は、月見が拒絶しないことをいいことに、人形の着物を剥ぐ様に、月見を裸にした……

 僕も裸になって、月見を抱きしめた……

 抱きしめ、床に寝かし、体を重ねて、思いを遂げる……

 僕は、貯蓄が無くても自在な人生を今、生きている……

 

 この世界……、僕と月見だけしか居ない……

 それで、この家で暮らしている……

 どうにかならない方が、おかしいではないか……

 和尚は、月見がもののけだと言う……

 僕は、それでもいい……、もののけでも怪異でも……、僕の側に居てくれるのなら……、少なくとも、僕は、幸せだ……、……

「……、ごめん……、ご飯前だったね……、……」

「いいのよ……、……、……」

 月見は、何もなかった様に起き上がった……

 僕は、裸の月見に、白小袖を着せた……

 僕も服を着て、食事の支度をした……


「……、茄子……、焼けたかな……?」

 茄子は、すっかり焼けていた。

 串に刺したまま皮を剥いて、陶器のお皿に塩を振ってから盛った。

「……、梅味噌があると美味しいんだけど……」

「梅……? ……、梅ならたくさんあるわよ……」

「……、梅……、梅干しあるの……?」

「そう……、梅は塩漬けして、干して、紫蘇の葉を入れて保存しておくの……、土間の大きな瓶の中にあるはずよ……」

 僕は勇んで、月見が指差した大きな瓶に行き、ふたを開けた。

「……、気が付かなかったよ……、これが梅干しなんだ……」

 瓶の中には、梅干しとは、ほど遠い、黒く干からびた、つぶつぶした物がたくさん入っていた。

「……、これでは、ドライ梅干しだ……、食べられるかな……?」

 でも、梅干しは腐らないって言うから……、お湯で戻せば、食べられるかもしれない……、黒い塊を四個五個拾って別の鍋に入れ……、水も足して、囲炉裏の火にかけた。

 しばらく煮ていると、梅干しの香りがしてきた……

「……、食べられそうだ……」

「和尚さんのところに行けば、もっと新しい梅干しがあるんじゃないかしら……」

「……、ほんと、毎回毎回、お湯で戻していると大変だから、少し分けてもらってこよう……」

 鍋の中の梅干しを一つ取って、ご飯に乗せて食べてみた。

「……、美味しい……、……」

 もうすっかり酸味は無く、梅干しの甘さだけが残っていた……、古い梅干しが美味しいと言われるわけが分かった。

 月見も僕の真似をして、ご飯に梅干しを乗せて食べていた……

「……、美味しいかい……?」

「美味しいの……、……?」

「……、まーあ、そんなもんだよ……、梅干しだから……」

 茄子の丸焼きにも梅干しを乗せて食べてみた……、梅干しが茄子の甘さを引き立ててくれた……


「その着物を着ている……、あなたの住んでいた所の事を知りたいわ……、みんな、そんな細い物を着ているの……?」

「……、そうだね……、こんな格好だね……、洋服って言うんだ……、もちろん、月見の着ている着物もあるよ……、和服って言うんだ……、みんなそれぞれ、色々な服を着ているよ……」

「楽しいそうね……、……、でも、その洋服作った人って凄いわ……、縫い目が細かく揃っているわ……、達人ね……、貴方の乳母が作ったの……? それとも、お方様……?」

「……、これは、ミシンと言う機械で縫うんだ……、はた織り機の様な物で、糸と糸の間を横糸が潜っていく様に、ミシンと言うはた織り機は、布と布の間を針と糸が自分で潜っていくんだ……、だから布目の様に細かく揃っているんだよ……」

「はた織り機で縫えるのね……、……」

「……、ちょっと、形が違うけどね……、月見は、着物が縫えるのかい……?」

「昔のことだけど……、多分、この赤い着物、私が仕立てたのよ……、私の好きな着物なの……、他にどんな物があるの……?」

「……、他には、お湯を沸かしてくれる機械とか、ご飯を炊いてくれる機械とか……、これ、ライター、……、油に火花を飛ばして火を点けてくれる機械……」

 囲炉裏の側に置いてあったライターを手に持って点けて見せた。

「凄いわ……、……、その小さな入れ物も綺麗……」

 月見は、目を輝かせて見ていた……

「……、いや……、例え、火が簡単に起こせても、便利な機械に囲まれていても……、それが、幸せとは限らないよ……、……、僕の居た街では、便利な道具に囲まれていても、皆んな疲れて、不平不満を言って、不機嫌に暮らしているんだ……、……」

「どうして……、……?」

「……、人があまりにも多くて、何千人何万人と同じ街で暮らしているんだ……、人が多ければ多いほど、諍いも、多いし、煩わしい事も多い……」

「そんなに人が多くて暮らしているの……?」

「……、そう……、街では、それぞれに役割が決められていて、仕事をしなければならない……、仕事をして、お金をもらう……、この服も服を専門に作る人がいるんだ……、僕はその人から、お金を払って服を買い、自分では服を作らない……、でも僕は、色々な人の食事を作ってあげて、お金をもらっている……、食事をする人たちは、その時だけでも食事を作らなくても食べられるんだ……、僕の役割は食事を作る事なんだ……」

「今と同じね……、……」

「……、そうだね……、……」

「それなら、私にもあるわ……」

「……、何……?」

「和尚さんや、お婆さんたちに月見草の花を持っていくこと……、私の仕事よ……」

「……、どうして、月見草の花を届けるの……?」

「さーあ……、知らないわ……、夕顔のお局様が、毎日持って行けって言うから……、持って行っているだけ……、私の仕事よ……」

「……、夕顔の局様って、誰……?」

「村に住んでいるお局様よ……、古くから居るみたい……」

「……、今朝、昼顔さんに会ったよ……、和尚さんに言わせると人ではないそうだけど……、夕顔さんも同じなのかな……?」

「昼顔のお局様は、夕顔のお局様から聞いたことがあるわ……、会ったことはないけど……」

「……、そうなんだね……、……、でも、女の人なんだね……」

「そうよ……、とっても優しい人よ……」

「……、一人で暮らしているの……?」

「多分、一人じゃないかしら……、この村で見る人は、それだけだから……、貴方の居たところとは大違いね……」

「……、でも、……、何万人住民がいても、皆んな背を向けて、関わらない様に生きている……、だから、僕みたいに寂しい人の方が多いかもしれない……」

「貴方は、……、寂しいの……?」

「……、そうだね……、きっと、……、一人で山に登るくらいだから……」


 パチパチと囲炉裏の薪が破ぜる……

 囲炉裏の火が、心を落ち着かせてくれる……

 ここは、静かだ……、……

 元いた世界も、……、今いる世界も……、同じ様なものかも知れない……

 孤独という言葉がよく似合う……

 元いた世界では、引きこもりが問題だと言う……

 家に閉じこもり、孤独でいる……

 皆んな、一人の世界が好きなだけなんだ……

 でも、今の僕は違う……、側に月見がいる……

 一人よりも、二人の方がいい……

 この幸せは、何よりも変えがたい……

 それが、幻でも……


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