5. 永遠の時代に生きる
蒼は、少し山を下って村に向かった。コリを抜けると深い谷間に段々畑があり、その中腹に家々が点在していた。その一軒に立ち寄ると縁側に四人の老婆がいた。
(永遠の時代に生きる)
朝……、目を覚ますと、裸で床に寝ていた……
昨日は朝から、玄米を突いて、草むしりをして、お湯を沸かして、月見と一緒にお湯浴びをした……
それで、裸で月見と寝てしまった……
記憶が途切れるほど、疲れていたのか……
僕の上には白小袖がかけられていた……
月見がかけてくれたのか……、自分で着たのかわからない……
月見を探そうと、起き上がって、床に散らばったパンツとシャツを着て、母屋に出向いた……
やっぱり、月見はいない。
昨日のお湯浴びをした所にも行ってみた。
赤い着物が昨日のまま置かれていた。
僕は、そこでズボンを履いて、靴下と月見の着物を持って母屋に戻った……
「……、そろそろ洗濯物しないと……」
母屋の奥の部屋に着物を掛けるような掛け台があった。それに着物をかけ、台所に戻った。
囲炉裏の火を起こして、昨日の釜の中のご飯を鍋に入れて、お粥にして食べた……
「……、今日は、山を下って、畑と村を見てこよう……、婆さんたちがいるというから……」
今日もいい天気で、空が青い……
屋敷の前の道をお寺とは反対方向に進んで坂を下ると、しばらくして森を抜けた……
森を抜けた所から、すぐに段々畑が広がっていた……
その中腹に家々が見えた……
深い谷間のわずかに開けた土地だった……
それでも、家々は密集しておらず、畑を囲んで点在していた……
僕は道沿いに、さらに下って一軒の一番近い家を目指した。
家の北側には人影は無く、家の脇から南側に回った……
縁側に四人の老婆を見つけた。
「……、すみません……、……」
更に近づいて、大きな声で声を掛けた。
「おー、男だね……、……」
「変わった男だ……、……」
「若い男だ……、……」
「和尚とは、違うね……、……」
「あーはは、ほんとうだ……、……」
「こりゃー、めでたい……、めでたい……」
「男だよ……、いい顔した男だ……、……」
「痩せた男だ……、……」
「太っているのは、和尚だけだよ……」
「何、食っているんだか……」
「女、食っているんだよ……」
「女じゃないよ……、大根と牛蒡だよ……」
止まらない老婆の会話に、割って入った……
「……、すみません……、和尚さんから聞いてきました……、その大根と牛蒡……、僕も一本づつもらいました……、美味しかったです……、ありがとうございました……」
「誰が持っていったんだい……、……」
「あたしじゃないよ……、……」
「あたしじゃないよ……、……」
「誰でもいいさ……、……」
暖かい春の様な日差しの中、お婆さんたちの笑顔も賑やかで温かい……
「……、それで今、お寺の隣のお屋敷にいるんですけど……、何か食べ物を分けてもらいたいんですけど……、……」
お屋敷という言葉に、老婆たちの笑顔が消えた。
「あの女の屋敷だ……、……」
「あいつの屋敷だ……、……」
「男はみんな、あそこで泊まるんだよ……」
「あの女がいるからか……、……」
「そうさ……、若い女がいるからさ……」
「やだね……、女か……、……」
「若い女が、いいのさ……、男はみんな……」
老婆たちは、顔をしかめながらも、話が途切れなかった……
「……、それで、すみません……、何か食べ物いただけませんか……?」
「食べ物だってさ……、……」
「あんた、食べさせておやりよ……」
「わしの体をかい……、……」
「あんたの体は、食べんじゃろう……」
「わしの体は、良く熟れていて、美味しいじゃろう……」
「熟れすぎて、腐っているじゃろう……」
「いやいや、しわしわで、黒くて甘いぞう……」
「そりゃ……、干し柿じゃー、……」
「まだ……、あるかのう……?」
「あるある、干し柿じゃー、……」
お婆さんは胸を開いて、僕に見せた。
「……、いえ、いえ、……、他に何か食べ物無いですか……?」
「男は干し柿が嫌いだとさ……」
老婆たちは、一斉に大笑いして、はやし立てた。
「婆さんたちに何言っても無駄だよ……、気がおかしいから……」
その声に振り向くと、30歳代か40歳代の女の人がいた。
「おや……、男だね……、珍しいね……、最近、森が騒ついていたから、あんたのせいか……」
「……、すみません……、道に迷って、この森に迷い込んで出られなくなりました……」
「そんな事は無いよ……、出ようと思えば、出られるはずだ……、ここの婆さんたちとは違うから……」
「……、でも、帰ろうとしたんですよ……、でも、また戻って来てしまいました……」
「それは、あんたが、ここに戻りたいと思ったからさ……、あの楢木は、あんたの思いを叶えてくれたのさ……」
「……、そうなんでしょうか……、……?」
「まあ……、気が済むまでゆっくりしていきな……、ここでは、年中何も変わらないから……、……」
「……、ありがとうございます……、それで、何か食べ物を分けてもらおうと思って来たんですが……」
「何でも見つけて持ってお行き……、ここでは、誰も何も言わないから……、……」
「……、それで、いいんですか……?」
「いいさ……、好きなだけ持っていきな……、大したものはないけど……、……」
女の人は、それだけ言うと、僕の横を通って、婆さんたちの方に向かった……
「朝顔だ……、朝顔が来たよ……、……」
「また、朝顔だ……、やだよ……」
「何しに来た……、男を見に来たのか……?」
老婆たちは恐れるように、小さくなってお互いに寄り添った……
「誰が、朝顔よ……、私は昼顔よ……、さー、働いた……、働いた……」
「やだよ……、動けないよ……」
彼女は床の上に上がり、婆さんたちの背中を叩いて回った……
「働かないと、おまんま食わせないよ……」
「鬼だ、鬼だ……、朝顔の鬼だ……」
「朝顔じゃない……、昼顔よ……」
老婆たちは、転げるように庭に追い立てられて、畑の中に消えた……
「あんたも、畑の中で好きなものを持っておいき……、今なら瓜が美味しいよ……、茄子も食べごろだ……」
「……、本当ですか……? 嬉しいです……」
「そこの籠に好きなだけ入れて持っていけばいいさ……」
「……、ありがとうございます……」
僕は、婆さんたちと一緒に瓜と茄子をもいだ……
お昼になって帰り道……
和尚さんにも、瓜と茄子を分けてあげようとお寺によった。
本堂から読経の声がした……
本堂に上がると、和尚さんは読経を止め振り返った。
「……、朝、村に行ってきました……、お婆さんたちと昼顔さんに会いました……、それで、瓜と茄子をもらったので、おっそわけです……、食べてください……」
「村に行ったのかね……、……?」
和尚さんは、表情を変えずに、話した。
それでも、笑みを浮かべているように見えた。
「……、はい、綺麗な段々畑で、稲穂も良く実っていて、野菜もこの通り良く育っていました……、昼顔さんが、自由に使っていいと言う事なので、今度、畑で何か作ってみようと思います……」
「そんな心配は、ここでは要らない……、作物は自然に生えてくる……、昼顔に遭ったんだね……」
「……、婆さんしかいないと言っていたのに、綺麗な女の人もいるじゃないですか……」
「昼顔は、名前の通り、婆さんたちが育てていた朝顔の怪異、妖物だよ……、月見草と同じ、もののけだ……」
「……、え……、そうなんですか……?」
「あの婆さんたちは、楢の木と月見草の怒りをかって、もう何百年も死ねないで、生きているんだよ……、それを見た朝顔が、婆さんたちを憐れんで、世話をしている訳だ……、その昔、愛情を持って育てた恩義かもしれんが……、あんな婆さんたちでも、優しい心が、少しはあるのだろう……」
「……、和尚さんも、お婆さんと同じで、死ねないんですか……?」
「そうだ……、わしは、婆さんたちのしていた事を見ていた……、止められなかった……、恐ろしい事だ……、……」
「……、それから、どれだけ……、時が立っているのですか……?」
「さー、……? 分からん……、年を数えてもしょうがない事だ……、いつからか、考えることも忘れた……」
「……、裸で歩いていた、彼女を見ただけで、ここは普段とは違うと思っていました……」
和尚は、僕を見据えて大笑いした。
「普段かね……、……、あんたの奇妙な格好を見れば、世の中が、ずいぶん変わった事が分かるよ……、でも、ここではどうでもいい事なんだ……、この土地からは出られない……、まるで、あの楢の木と同じように、何百年も……、ただ根を張って、立っているだけだ……」
「……、でも……、僕はこの村が好きになりました……」
「それは良かった……、……」
和尚は、話を切るように、また前を向いて読経を始めた。
「……、瓜と茄子を台所に置いて行きます……」